第44話 七人にも、自分だけの場所ができました
仕事分けを始めてから数日。
朝の家には、以前とは少し違う光景が増えていた。
ユラとノエルが鶏の餌を確認し、セレスとミレアが畑へ出る。ラグナは薪を運び、フェルナはその横で必要以上に張り切り、リシェルは仕事分けの板を見ながら、昨日と違うところがないかを確認している。
もちろん、毎日その通りに進むわけではない。
雨なら畑仕事は変わるし、誰かが眠そうなら別の者が代わる。フェルナが「今日はこっちやりたい!」と言い出して朝から予定が崩れることもある。
それでも以前より、俺が「次はこれをしろ」と一つずつ言う回数は減った。
「……楽になったな」
つい呟くと、近くで薪を積んでいたラグナが振り返った。
「ラグナのおかげ?」
「お前だけじゃない。七人全員のおかげだ」
「じゃあ七人すごい!」
「ああ」
「お父さんも?」
「俺は?」
「教えたからすごい!」
「自分たちだけじゃなく俺まで褒めるのか」
「八人すごい!」
それなら間違ってはいない。
俺が笑っていると、家の中から大きな声がした。
「お父さん!」
セレスだ。
慌てた声ではない。ただし、少し困っている。
「どうした?」
「来て!」
家へ戻ってみると、新しく作った棚の前に七人が集まっていた。
正確には。
一つの小さな木箱を巡って、集まっていた。
◇
「これ、フェルナの!」
「違う」
ノエルが淡々と否定した。
「昨日ここに羽入れた」
「でもその前はフェルナの石入ってた!」
「石は下の棚に移した」
「だから空いた!」
「空いてない。羽が入った」
「今出した!」
「勝手に出した」
「…………」
フェルナの手には、青みがかった羽が一枚。
ノエルが以前拾ってきたものだ。
「戻せ」
「でも箱ほしい!」
「別の使えばいい」
「別のない!」
「ある」
「どこ!?」
ノエルが指差した先には、少し大きめの籠がある。
「それ大きすぎる!」
「いっぱい入る」
「フェルナはこの箱がいい!」
「どうして?」
「ちょうどいいから!」
「ノエルもちょうどいい」
「…………」
「…………」
二人とも譲らない。
「何入れたいんだ?」
俺が聞くと、フェルナは自信満々に答えた。
「宝物!」
「何がある?」
「石!」
「下にあるだろ」
「木の実!」
「食えるやつは保存場所へ持ってけ」
「きれいな枝!」
「それは?」
「これから探す!」
「まだないじゃないか」
「でも入れる場所は先にいる!」
妙なところだけ計画的だ。
「ノエルは?」
「羽。抜け殻。木片。あと見つけたもの」
「つまり二人とも、自分が見つけたものを入れておきたいわけか」
「うん!」
「そう」
なるほど。
棚を増やしたせいで、今まであちこちに置いていた物をまとめられるようになった。その結果、今度は「自分の物を置く場所」が欲しくなったらしい。
俺は周りを見る。
するとラグナまで口を開いた。
「ラグナも箱ほしい」
「何入れる?」
「…………」
考える。
「強いやつ」
「物で説明しろ」
「丸い石!」
「お前も石か」
「フェルナのと違う!」
「どう違う?」
「ラグナの!」
「説明になってないぞ」
その横で、ユラも小さく手を上げた。
「わたしも」
「ユラは何を入れる?」
「どんぐり」
「ああ」
「あと、おとうさんにもらったの」
「何かあったか?」
ユラは自分の服の胸元から、小さな木の欠片を取り出した。
以前、俺が割れた器を直した時に余った木片だ。何となく丸く削って渡した覚えがある。
「まだ持ってたのか」
「たいじ」
「そうか」
するとミレアも、セレスも、リシェルも。
何となく棚を見る目が変わった。
「……全員欲しいのか?」
七人。
顔を見合わせる。
「欲しい」
セレスが代表するように言った。
◇
「なら作るか」
そう言うと。
「七個!?」
フェルナが飛びつくように聞いた。
「七個だな」
「全部同じ!?」
「そのつもりだけど」
「フェルナの少し大きく!」
「なんで」
「いっぱい入れる!」
「じゃあラグナも大きい!」
「お前らだけ大きくしたら喧嘩になるだろ」
「ノエルは小さくていい」
「ほんと?」
「うん。小さいもの入れるから」
リシェルが横から言う。
「同じじゃなくてもいいんじゃない?」
「ん?」
「入れるもの違う」
「まあ、それはそうだな」
「でも」
セレスが少し不安そうに七人を見る。
「大きさ違ったら、また誰の方が大きいってなるよ」
全員。
一瞬。
黙った。
そして。
「ならない!」
フェルナ。
「なる」
ノエル。
「ラグナは大きい方がいい!」
「ほら」
セレスがため息をつく。
「じゃあ基本の大きさは同じにする」
俺が決めた。
「形や中の仕切りは、それぞれ考えればいい」
「仕切り?」
ミレアが首を傾げる。
「箱の中を分ける板だ。小さい物と大きい物を別々に入れたりできる」
リシェルの目が変わった。
「考えていい?」
「もちろん」
「蓋は?」
「つけられる」
「開く向きは?」
「好きにしろ」
「取っ手は?」
「必要なら」
もう頭の中では完成しているらしい。
「フェルナも考える!」
「何を?」
「すっごいやつ!」
「それだけでは作れない」
◇
その日は急ぎの仕事を早めに終えて、七つの箱を作ることになった。
俺が板を切り、七人には磨いたり、形を決めたりしてもらう。
「名前も書く?」
セレスが聞いた。
「文字はまだちゃんと教えてないだろ」
「じゃあ印」
リシェルが言う。
「自分の印をつければ分かる」
「それいい!」
フェルナが真っ先に炭を取った。
「フェルナこれ!」
板に大きく描いたのは。
……丸から何本も線が伸びたもの。
「何だこれ」
「太陽!」
「爆発かと思った」
「違う!」
ラグナは。
拳らしきものを描いた。
「それ何?」
「ラグナ!」
「お前自身なのか?」
「強そうでしょ!」
「まあ、分かりやすい」
ノエルは羽。
ミレアは小さな花。
ユラは。
少し考えて。
「これ」
大きな丸と。
その周りに七つの小さな丸。
「……何だ?」
「おとうさんと、みんな」
「自分の印じゃないのか?」
「わたしのたいじ」
そう言われると。
何も言えない。
「じゃあ、それでいい」
「うん!」
セレスは七枚の葉を描いた。
「七人?」
俺が聞くと。
「うん。でも一枚だけ少し大きくした」
「自分?」
「……お姉ちゃんだから」
言ったあと。
少し恥ずかしそうに笑った。
「でも、本当は同じくらいでいいかな」
「描き直す?」
「ううん」
一度考えてから。
「今の私だから、これでいい」
前なら。
姉だから大きくなければいけない。
そう考えたかもしれない。
今は。
その自分も含めて。
残しておこうと思ったらしい。
◇
最後。
リシェルだけが。
なかなか描かない。
「決まらないか?」
「うん」
「難しく考えなくていいぞ」
「分かってる」
「なら」
「でも」
炭を持ったまま。
じっと板を見る。
「今好きなもの描いたら」
「ああ」
「あとで違うもの好きになるかもしれない」
「なるかもな」
「そしたら変?」
「別に」
「でも印は残る」
「ああ」
「…………」
考え込む。
「リシェル」
「なに?」
「変わったら、描き足せばいい」
「…………」
「今の印が消える必要はないだろ」
「前の成功も、駄目になるわけじゃない」
以前話したことを。
ちゃんと覚えていた。
「ああ」
「じゃあ」
リシェルは。
小さな線を一本。
板へ描いた。
「それだけ?」
フェルナが覗く。
「うん」
「何それ?」
「始まり」
「何の!?」
「まだ分からない」
「分からないの!?」
「これから増やすから」
「ずるい!」
「何が?」
「後から変えられる!」
「フェルナも描き足せばいい」
「…………」
フェルナが。
自分の太陽を見る。
「もっと線増やす!」
「もう十分多いぞ」
◇
箱ができた。
七つ。
大きさはほぼ同じ。
けれど。
中は少しずつ違う。
フェルナの箱には大きめの仕切りを一枚。
ラグナは仕切りなし。
「大きいもの入れる!」
とのこと。
ノエルは小さな区画をいくつか。
ミレアは布を敷いた。
ユラは蓋の裏にも、自分で小さな丸を描いた。
セレスは二つに分け。
リシェルだけは。
「まだ決めない」
と言って、中を空けたままにした。
「よし」
俺は七つを棚へ並べる。
「今日から、ここがそれぞれの場所だ」
「フェルナの!」
「ラグナの!」
「ノエルの」
「私の」
「わたしの!」
嬉しそうな声が重なる。
「ただし」
全員。
俺を見る。
「人の箱を勝手に開けるな」
「…………」
フェルナが。
ほんの少し。
目を逸らした。
「お前、もう何かする気だったな」
「してない!」
「じゃあ何で目逸らした」
「見てない!」
「俺を見ろ」
「…………」
ゆっくり。
こちらを見る。
「開けない?」
「開けない!」
「勝手に取らない?」
「取らない!」
「ラグナも」
「なんでラグナも!?」
「念のためだ」
「開けない!」
ノエルが。
静かに言う。
「見せてって聞けばいい」
「そういうことだ」
「嫌って言われたら?」
フェルナ。
「諦めろ」
「でも気になる!」
「気になるのと、勝手に見ていいのは別だ」
「…………」
難しい顔をする。
「自分の物って」
リシェルが聞いた。
「他の人が触っちゃ駄目?」
「本人が嫌ならな」
「家族でも?」
「ああ」
「七人でも?」
「ああ」
「お父さんも?」
「俺もだ」
すると。
ユラが。
急いで自分の箱を抱えた。
「おとうさんも、みない?」
「見てほしくないなら見ない」
「…………」
「見てほしい?」
「うん」
「どっちだよ」
「でも」
ユラは。
箱を開く。
「いっしょにみる」
「それなら見る」
「うん」
◇
そこから。
七人は。
家中に散らばった。
自分の箱へ入れるものを探すらしい。
「これ!」
フェルナ。
石。
「これ!」
もう一つ石。
「これ!」
曲がった枝。
「それ入るのか?」
「…………」
箱より長い。
「切る?」
「宝物切るのか?」
「じゃあ外!」
「それ箱の意味ないだろ」
「どうしよう!」
「自分で考えろ」
ラグナは。
丸い石。
少し変わった木の実。
それから。
以前一緒に運んだ薪の。
小さな欠片。
「薪?」
「初めて必要なだけ使った時の!」
「そんな記念だったのか」
「うん!」
ノエルの箱には。
羽。
虫の抜け殻。
鳥みたいに見える木片。
白い小石。
「それ沢から持ってきたのか?」
「これは別の」
「ああ」
「沢のは置いてきた」
「覚えてるのか」
「うん」
ミレアは。
小さな布。
乾かした花。
俺と二人で出かけた時に拾った木の実。
目立つものは少ない。
けれど。
一つずつ。
手に取ってから。
丁寧に入れていた。
◇
セレスの箱は。
最初。
なかなか埋まらなかった。
「何もない?」
俺が聞く。
「あるよ」
「じゃあ?」
「入れていいのかなって」
「自分の箱だぞ」
「でも」
持っているのは。
例の木皿だった。
ラグナとの喧嘩で傷がつき。
二人で直した皿。
「それは普段使うだろ」
「うん」
「箱に入れたら飯食いにくいぞ」
「そうなんだけど」
少し考えて。
結局。
皿は箱へ入れなかった。
「ここに入れなくても」
「ああ」
「私の大事なものなのは変わらない?」
「当たり前だ」
「そっか」
代わりに。
皿を直した時に出た。
小さな削り屑。
その中から。
少し形が残っているものを一つ拾った。
「それは入れるのか」
「うん」
「ゴミだぞ?」
「私には違う」
「……そうだったな」
ノエルと話した時と。
同じだ。
誰かには何でもない物が。
別の誰かには。
取っておきたい物になる。
◇
ユラは。
最初に言った通り。
どんぐり。
丸い木片。
それから。
俺が昔作ってやった。
小さな木の匙。
「それ、まだ使えるぞ」
「でも、ちいさい」
「今のお前にはな」
「むかし、つかった」
「ああ」
小さい頃。
大きな匙では上手く食べられなかったから。
ユラ用に作ったものだ。
「これ」
箱へ。
そっと入れる。
「もう使わない?」
「うん」
「捨てない?」
「うん」
「何で?」
「わたし、ちいさかった」
「…………」
「いま、おおきい」
「そうだな」
「だから、もってる」
本人なりに。
昔の自分を。
残しておきたいらしい。
◇
そして。
リシェル。
「何も入れないのか?」
箱は。
まだ空だった。
「考えてる」
「何を?」
「大事なもの」
「ない?」
「いっぱいある」
「じゃあ入れろよ」
「入らない」
「そんなに大きいのか?」
「うん」
「何?」
リシェルは。
家の中を見る。
セレス。
ラグナ。
フェルナ。
ミレア。
ノエル。
ユラ。
そして。
俺。
「七人とお父さん」
「…………」
「箱に入らない」
「そりゃそうだ」
「だから」
少し考え。
自分の板を一枚取った。
「描く」
「何を?」
「今の家」
箱の底へ。
炭で。
小さな家。
周囲に。
八つの丸。
「これなら入る」
「なるほど」
「本物じゃないけど」
「ああ」
「思い出す」
「それで十分だろ」
リシェルは。
満足そうに。
初めて箱へ物を入れた。
◇
夕方。
七つの箱が。
棚へ並んだ。
外から見れば。
ただの木箱だ。
でも。
印が違う。
中身も違う。
何を大事だと思うかも。
全部違う。
「お父さん」
フェルナが聞いた。
「お父さんの箱は?」
「俺?」
「七人ある」
「ああ」
「お父さんない!」
「別にいらないぞ」
「駄目!」
「なんで?」
「八人なのに七個!」
「箱まで八人揃える必要あるか?」
「ある!」
ラグナも頷く。
「お父さんも宝物入れる!」
「俺の宝物?」
「ああ?」
「何?」
七人が。
一斉にこちらを見る。
「…………」
こういう時。
変な期待をされると困る。
「じゃあ」
俺は。
七人を順番に見る。
「お前たち」
「…………」
静かになった。
フェルナが。
自分の体を見る。
「箱入らないよ?」
「入れないよ」
「じゃあ駄目じゃん!」
「リシェルと同じだ」
「絵描く?」
「俺は絵苦手だ」
「フェルナ描く!」
「爆発みたいな太陽描くやつに任せられるか」
「太陽!」
◇
結局。
俺の箱は。
作らなかった。
ただし。
「お父さんの場所」
ということで。
七つの箱の真ん中に。
少しだけ空間を空けられた。
「何もないぞ」
「いい」
ユラ。
「ここ、おとうさん」
「俺、棚に住むのか?」
「違う!」
フェルナが笑う。
「お父さんの場所!」
「だから何を置くんだ?」
「そのうち!」
「誰が?」
「お父さん!」
「いらないって言ってるだろ」
◇
夜。
布団へ入る前。
フェルナが。
こそこそ。
棚へ近づいた。
「フェルナ」
「っ!」
セレスの声。
「何してるの?」
「見てるだけ!」
「どこ見てるの?」
「ノエルの箱」
「開けちゃ駄目」
「開けない!」
「ほんと?」
「……見せてもらう」
ノエルのところへ行く。
「ノエル」
「なに?」
「箱見せて!」
「いいよ」
「いいの!?」
「うん」
あっさり。
二人で箱を開く。
「これ何!?」
「抜け殻」
「これは!?」
「羽」
「これは!?」
「木」
「いっぱいある!」
「うん」
しばらくして。
「フェルナのも見る?」
「見る!」
「違う」
フェルナが。
自分の箱を持ってくる。
「見せる!」
「うん」
二人。
互いの箱を見せ合う。
勝手に開けるのと。
見せてもらうのでは。
結果だけなら。
同じものを見る。
けれど。
きっと。
意味は全然違う。
◇
「お父さん」
寝床から。
リシェルが呼んだ。
「何だ?」
「自分の場所って」
「ああ」
「一人になる場所?」
「そういうのもあるな」
「箱も?」
「まあ、自分だけの場所ではある」
「でも見せてもいい」
「ああ」
「見せなくてもいい」
「ああ」
「家族でも?」
「ああ」
「…………」
少し考える。
「分かった」
「何が?」
「一緒にいるのと」
「ああ」
「全部一緒は違う」
「……そうだな」
七人は。
ずっと一緒だった。
食事も。
寝床も。
遊びも。
仕事も。
大抵は。
何でも一緒。
けれど。
大きくなれば。
少しずつ。
自分だけのものが増える。
自分だけの考え。
自分だけの好きなもの。
誰にも見せたくないものだって。
いつかできるかもしれない。
それでも。
一緒にいられる。
全部同じでなくても。
家族でいられる。
「お父さん!」
「今度は何だ?」
「フェルナの箱いっぱい!」
「今日作ったばっかりだぞ!」
「もう入らない!」
「何入れた!」
「石!」
「何個だ!」
「いっぱい!」
「減らせ!」
「宝物!」
「全部宝物にするな!」
どうやら。
自分だけの場所を持つには。
片づけ方も。
一緒に覚える必要がありそうだった。




