第43話 七人で仕事を分けたら、お父さんの仕事がなくなるらしい
翌朝。
俺が目を覚ますと、昨日とは違う意味で家の中が騒がしかった。
「だから、鶏はユラ!」
「ノエルもする」
「じゃあ二人!」
「薪はラグナ!」
「フェルナもできる!」
「運ぶだけならね。斧は駄目」
「分かってる!」
「畑は?」
「私とミレアかな」
「リシェルも見る」
「見るだけじゃ仕事にならないでしょ」
「考える」
「もっとならないよ!」
寝床から体を起こし、しばらく声だけ聞いてみる。
どうやら喧嘩ではない。
それなら急ぐ必要もないかと思ったが、次に聞こえた一言で考えを変えた。
「これで、お父さんは何もしなくていい!」
「またか」
居間へ出る。
七人が机を囲み、その真ん中には一枚の木の板が置かれていた。板には炭で何本もの線が引かれ、その横へ妙な印が並んでいる。
「おはよう、お父さん」
セレスが最初に気づいた。
「おはよう。それ、何してるんだ?」
「仕事を分けてるの」
「誰の?」
「みんなの」
リシェルが板をこちらへ向ける。
読める文字ではない。
まだ七人には文字そのものをほとんど教えていないから、鶏らしい絵、薪らしい棒、鍋、畑、家らしい四角などを描いて、誰が何をするか分かるようにしているらしい。
「よく考えたな」
「昨日、お父さん休ませたから」
セレスが言う。
「でも一日だけだと、また今日からお父さんが全部するでしょ?」
「全部じゃないぞ。普段から手伝ってもらってる」
「でも、お父さんが一番いっぱいする」
ユラが言った。
「だから」
ラグナが胸を張る。
「今日からもっと分ける!」
「なるほど」
考え方自体は悪くない。
むしろ、昨日一日を任せたことで、自分たちにもできる仕事が増えたと実感したのだろう。
「それで、俺は何をするんだ?」
聞いた瞬間。
七人が。
黙った。
「…………」
「…………」
「おい」
リシェルが板を見る。
「今考えてる」
「俺だけ後回しか」
「だって」
フェルナが言った。
「お父さん何でもできるから、余ったやつ!」
「余り物みたいに言うな」
◇
朝飯のあと。
本格的に仕事分けが始まった。
「鶏は」
リシェルが板を指差す。
「ユラとノエル」
「うん」
「できる」
二人が頷く。
「餌だけじゃなくて、水も見るんだぞ」
俺が言うと。
「みず」
ユラがすぐに印を一つ増やした。
「それと卵」
「たまご!」
「毎朝あるとは限らないから、驚かすなよ」
「そっと見る」
ノエル。
「よし」
「お父さん」
セレスが俺を見る。
「もう仕事してる」
「口出しただけだろ」
「教えるのも仕事」
「じゃあ何も言わないぞ」
「それは困る」
「どっちだよ」
◇
「薪はラグナ」
リシェルが続ける。
「うん!」
「とフェルナ」
「やった!」
「運ぶだけ」
「分かってる!」
「置く場所も考える」
「ラグナ分かる!」
「昨日置いたところ?」
「そう」
俺が確認する。
「濡れた薪と乾いた薪を混ぜるなよ」
「分かる!」
「本当に?」
「…………」
ラグナが止まった。
「どっちがどっち?」
「ほら」
「今覚える!」
フェルナが薪を一本持ってくる。
「これは?」
「乾いてる」
「どうして?」
「軽い!」
「それだけじゃないぞ」
「音?」
ラグナが。
薪同士を軽く打ち合わせる。
乾いた音がする。
「前に教えたな」
「覚えてた!」
「なら大丈夫そうだ」
フェルナも真似する。
こん。
「これも!」
「それはまだ少し湿ってる」
「同じ音!」
「違う」
「分かんない!」
「そのうち分かる」
「いつ!?」
「いっぱい触れば」
「じゃあ今日いっぱい触る!」
「全部出すなよ」
◇
「畑は」
セレス。
「私とミレア」
「私も」
リシェルが手を上げる。
「考えるだけじゃなくて?」
セレス。
「草を見る」
「それノエルみたい」
「違う」
リシェルは真面目だった。
「どこに何植えたか、育ち方見る」
「ああ、それは助かる」
俺は頷いた。
「葉の色とか、虫に食われてないかとか。毎日見てると変化に気づきやすい」
「じゃあやる」
「草取りも」
「それもする」
「水やりは?」
「必要なら」
「毎日じゃないの?」
ミレアが聞く。
「雨のあとならいらない時もある。土を見て決める」
「…………」
リシェルがすぐ板に何か描き始めた。
「何書いてる?」
「雨の日は水いらないことがある」
「まだ雨の絵しか分からないぞ」
「私には分かる」
「ならいいか」
◇
「ご飯は?」
フェルナが聞いた。
「お父さん!」
七人の声が揃う。
「そこだけ俺なのか」
「だって」
ラグナが言う。
「お父さんのご飯おいしい!」
「昨日はお前たちも作っただろ」
「作った!」
「美味かったぞ」
「でも」
セレスが少し考える。
「毎日全部はまだ無理」
「そうだな」
「切るの危ないものあるし」
「ああ」
「火も」
「ああ」
「じゃあ、ご飯はお父さん」
「了解」
「でも」
ミレアが手を上げる。
「誰か一人ずつ手伝うのは?」
「いいな」
「毎日交代?」
ノエル。
「それならみんな覚えられる」
セレスも賛成する。
「フェルナも包丁!」
「まだ駄目」
「なんで!」
「そこは昨日から変わってない」
「じゃあ混ぜる!」
「それならな」
「やった!」
◇
残るのは。
掃除。
水汲み。
道具の手入れ。
家の修理。
獣避けの確認。
保存食。
薬草。
細かな仕事を数え始めると。
「いっぱいある……」
フェルナの勢いが少し落ちた。
「これ、お父さん全部してた?」
「全部一人じゃない」
「でも」
セレスが板を見る。
「思ってたより多い」
「生活ってそういうもんだ」
「毎日全部?」
「毎日やるものと、必要な時だけのものがある」
「じゃあ」
リシェルが聞く。
「誰の仕事って決められないのもある?」
「ああ」
「家の屋根壊れる日、決まってない」
「決まってたら嫌だな」
「罠も?」
「獣の動き次第」
「薬草は?」
「必要な時に採ることもある」
「…………」
リシェルが板を見る。
「全部分けられない」
「そうだな」
「じゃあどうする?」
「その時、できるやつがやればいい」
「決めなくていい?」
「ああ」
「でも誰もやらなかったら?」
「困るな」
「…………」
また考え始めた。
◇
その日の仕事は。
本当に。
七人が決めた通りにやってみることになった。
俺は。
あえて手を出しすぎない。
まず鶏。
「おとうさん」
ユラが呼ぶ。
「何だ?」
「みず、へってる」
「じゃあ?」
「いれる」
「そうだな」
「これくらい?」
「もう少し」
「うん」
ノエルは。
鶏小屋の端をじっと見ている。
「どうした?」
「羽」
「抜けたやつか?」
「うん」
「今は拾わないで仕事先にしろよ」
「…………」
「ノエル」
「分かった」
少し残念そうに。
餌桶へ向かった。
仕事が終わったあと。
ちゃんと羽を拾っていた。
◇
薪置き場。
「ラグナ!」
「なに!?」
「そっち湿ってる!」
「分かってる!」
「こっち乾いてる!」
「それも分かってる!」
「じゃあ何で持ってるの!?」
「置き場所ない!」
「作ればいい!」
「どうやって!」
「ずらす!」
二人で。
薪の山を。
少しずつ動かし始める。
「待て待て」
俺が止めた。
「全部崩すな」
「でも場所ない!」
「上じゃなくて横へ広げろ」
「横?」
「あそこ空いてるだろ」
「…………」
二人。
見る。
「あった!」
「最初から見ろ」
「お父さんすごい!」
「すごくない」
◇
畑。
こちらは比較的平和だった。
「これは草」
セレス。
「うん」
ミレアが抜く。
「これは?」
「野菜」
「これは?」
「……どっち?」
「リシェル?」
二人が呼ぶ。
少し離れて観察していたリシェルが来る。
「分からない」
「お父さん?」
今度は三人がこちらを見る。
「残しとけ」
「やっぱり」
リシェルが頷く。
「分からない時は待つ」
「ユラの時もそうだったね」
ミレア。
「覚えてた?」
「うん」
「じゃあ」
セレスが。
その芽の横へ小さな枝を立てる。
「間違えて抜かないように印」
「いいな」
「お父さん褒めた」
「普通に良いと思ったからな」
「じゃあこれからもする」
◇
昼前。
俺は。
薪割りをしていた。
「…………」
妙だ。
いつもより。
仕事が少ない。
鶏。
終わっている。
畑。
終わっている。
薪運び。
終わっている。
掃除も。
いつの間にかミレアとユラが済ませていた。
「……暇だな」
思わず呟く。
すると。
「お父さん」
リシェルが。
後ろに立っていた。
「どうした?」
「今、暇って言った?」
「ああ」
「成功」
「何が?」
「仕事分け」
「…………」
確かに。
「でも薪割りはしてるぞ」
「それはお父さんしかできない」
「そうだな」
「ご飯も」
「ああ」
「家直すのも」
「危ないところはな」
「じゃあ」
リシェルが。
板を見る。
「お父さんの仕事」
「ああ」
「難しいもの」
「随分ざっくりしてるな」
「あと」
「ああ」
「教える」
「それも?」
「今日いっぱい教えてる」
「…………」
「お父さん」
リシェルは。
俺を見上げる。
「仕事なくならなかった」
「残念だったか?」
「ううん」
「そうか」
「安心した」
「なんでだ?」
「何もしないお父さん」
少し考える。
「変だったから」
「昨日散々休めって言ったの誰だ」
「休むのと何もしないは違うって分かった」
「なるほどな」
◇
昼飯。
今日は。
セレスが料理当番の手伝いだった。
「これくらい?」
「もう少し薄く」
根菜を切る。
俺が横で見る。
「手はこう」
「うん」
「刃の前に指出すな」
「うん」
「急がなくていい」
「うん」
横から。
フェルナが覗く。
「フェルナも!」
「次の番な」
「今日!」
「今日はセレス」
「じゃあ明日!」
「順番決めろ」
「フェルナ一番!」
「昨日から何でも一番だな」
「早く覚えたい!」
「それならちゃんと待て」
「……待つ」
成長した。
本当に。
少しだけ。
◇
出来上がった昼飯を。
八人で食べる。
「おいしい!」
ラグナ。
「今日のはセレス姉?」
「手伝っただけ」
「何した?」
「切った」
「全部?」
「少し」
「じゃあ」
フェルナが。
煮込みの中から。
一つ具を持ち上げる。
「これセレス姉?」
「分からないよ!」
「これは?」
「知らない!」
「じゃあ全部セレス姉!」
「お父さんも作った!」
「二人!」
「そうだな」
セレスが。
少し嬉しそうに笑う。
◇
午後。
少し問題が起きた。
「誰!?」
セレスの声が。
家の中へ響く。
「水汲みまだ!」
「…………」
七人。
止まる。
「誰の仕事?」
フェルナ。
「決めた?」
ラグナ。
「…………」
リシェルが板を見る。
「ない」
「ない!?」
「水汲みの印、作るの忘れた」
「じゃあ誰がするの?」
ユラ。
「…………」
誰も答えない。
「お父さん?」
七人。
俺を見る。
「俺に戻すな」
「でも!」
「自分たちで分けるんだろ?」
「…………」
七人。
顔を見合わせる。
「じゃあ」
セレスが言う。
「私行く」
「セレス姉、畑した」
ミレア。
「じゃあ私」
「ミレアも畑した」
ユラ。
「ラグナ行く!」
「薪したでしょ」
「まだできる!」
「フェルナも!」
「二人で行くと遊ぶ」
「遊ばない!」
「本当?」
「…………」
「間があった」
◇
「じゃあ」
リシェルが。
板の空いているところへ。
新しい印を描いた。
「決まってない仕事」
「印にするの?」
セレス。
「うん」
「誰がする?」
「その時」
「どうやって決める?」
「まだ仕事少ない人」
「…………」
七人。
互いを見る。
「ノエル?」
フェルナ。
「鶏した」
「それだけ?」
「羽も拾った」
「羽は仕事じゃない」
「ノエルには大事」
「今は仕事の話!」
「じゃあ」
ノエルが。
自分から立つ。
「水行く」
「一人は駄目」
俺が言う。
「じゃあわたし」
ユラが。
手を上げる。
「ユラも鶏やっただろ」
「でも、できる」
「なら二人で行くか」
「うん」
「重くしすぎるなよ」
「はーい」
◇
二人が。
水汲みへ向かう。
それを見送りながら。
リシェルが言った。
「全部最初に決めなくていい」
「ああ」
「忘れるのもある」
「ああ」
「その時決めればいい」
「そうだな」
「でも」
板を見る。
「忘れたことは覚えた方がいい」
「次に使えるからな」
「うん」
また。
線が一つ増えた。
◇
夕方には。
七人とも。
朝より少し疲れていた。
俺も。
自分の仕事はした。
けれど。
いつもより余裕がある。
「終わった……」
セレスが椅子へ座る。
「仕事いっぱい」
「朝はお父さん全部なくすって言ってたのに」
ミレアが笑う。
「なくならなかった」
リシェル。
「むしろ増えた気がする」
「なんで?」
ラグナ。
「分けるの考える仕事」
「それ誰の?」
「私」
「じゃあリシェルが一番大変?」
「分からない」
「お父さんは?」
フェルナが聞く。
「今日は楽だった?」
「いつもよりな」
「ほんと!?」
「ああ」
七人。
顔が明るくなる。
「じゃあ成功!」
「成功!」
「やった!」
「でも」
俺は。
板を指差す。
「毎日これ通りにしなくていいぞ」
「なんで?」
セレス。
「体調悪い日もある」
「ああ」
「気分が乗らない日もある」
「ああ」
「別の仕事が増える日もある」
「ああ」
「誰かができないなら」
七人を見る。
「できるやつが助ければいい」
「交換?」
「それでもいい」
「お父さんも?」
「もちろん」
「じゃあ」
ラグナが言う。
「ラグナが疲れたらお父さん薪!」
「早速使うな」
「だって助ける!」
「まず自分でやれ」
◇
夜。
夕飯を終える。
今日は。
片づけまで。
当番を決めていた。
「フェルナ」
「はい!」
「皿落とさない」
「落とさない!」
「ラグナ」
「はい!」
「水こぼさない」
「こぼさない!」
次の瞬間。
「わっ」
「…………」
床に。
少し水。
「ラグナ」
「少し!」
「こぼした」
「少しだけ!」
「拭け」
「はい!」
まだ。
完璧には遠い。
◇
寝る前。
新しい棚の横。
リシェルが。
仕事分けの板を置いた。
「そこに置くのか?」
「見えるから」
「毎日使う?」
「しばらく」
「そのうちいらなくなるか?」
「覚えたら」
「そうだな」
俺は。
板を見る。
鶏。
薪。
畑。
鍋。
水。
そして。
一番端。
妙な大きな丸。
「これ何だ?」
「お父さん」
「俺?」
「うん」
「何で丸?」
「描くの難しかった」
「もう少し何かなかったのか」
「髪描く?」
「やめろ」
「じゃあ丸」
「俺、人間なんだが」
◇
「お父さんの仕事」
リシェルが。
丸の横を指差す。
そこには。
いくつかの印。
鍋。
斧。
家。
そして。
七つの小さな丸。
「この七つ何だ?」
「私たち」
「……俺の仕事なのか?」
「うん」
「何する仕事?」
「教える」
「ああ」
「見る」
「ああ」
「困った時助ける」
「…………」
「あと」
「まだあるのか?」
リシェルは。
少し考えた。
「お父さんでいる」
「それ仕事か?」
「分からない」
首を傾げる。
「でも必要」
「…………」
「なくならない?」
俺は。
七つの小さな丸を見る。
「たぶんな」
「じゃあいい」
「何が?」
「お父さんの仕事、残った」
それだけ言って。
リシェルは。
寝床へ向かった。
◇
しばらくして。
七人が布団へ入る。
「明日も同じ?」
フェルナ。
「少し変える?」
セレス。
「ラグナ薪!」
「ノエル鶏でもいい」
「わたしも」
「畑は?」
「雨なら違う」
「じゃあ朝見て決める?」
「うん」
自分たちで。
もう話している。
俺が口を挟まなくても。
明日の生活を。
七人で考えている。
「お父さん」
ユラが呼んだ。
「何だ?」
「あしたも、おとうさん?」
「…………」
「そりゃそうだろ」
「よかった」
「何の確認だ」
「だって」
ユラは。
眠そうな声で。
「しごと、なくなったら、いなくなる?」
「ならないよ」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあいい」
安心したように。
目を閉じる。
「仕事なくてもいる」
「ああ」
「ずっと?」
「少なくとも、お前たちがうるさくなくなるまではな」
「じゃあずっと!」
フェルナが即答した。
「自覚あるのかよ!」
笑い声が。
家の中へ広がる。
七人にできる仕事が増えれば。
俺の仕事は。
少しずつ減るかもしれない。
でも。
父親まで。
減るわけじゃない。
何かを教える日も。
ただ見ている日も。
助けてもらう日も。
一緒に飯を作る日も。
全部。
八人で暮らすことの中にある。
だから。
俺の仕事が本当になくなる日が来ても。
この家にいる理由まで。
なくなることはないのだろう。
少なくとも今は。
「お父さん!」
「今度は何だ!」
「明日の朝ご飯、フェルナ手伝う!」
「分かったから寝ろ!」
「包丁!」
「駄目!」
「まだ言ってない!」
「絶対それだろ!」
その日が来るのは。
まだまだ。
先の話だった。




