第42話 今日は、お父さんに何もしないでもらいます
雨が上がった翌朝。
目を覚ますと。
家の中が妙に静かだった。
「…………」
嫌な予感がする。
七人の娘がいる家で。
朝から静か。
経験上。
あまり良い兆候ではない。
寝床を出る。
いつもなら。
誰かが先に起きていたり。
誰かがまだ布団へ潜っていたり。
フェルナとラグナが朝から揉めていたりする。
だが。
今日は。
誰もいない。
「セレス?」
返事なし。
「ラグナ?」
なし。
「フェルナ?」
なし。
余計に怖い。
居間へ出る。
そこで。
「止まって!」
「うおっ」
セレスの声。
思わず足を止めた。
七人。
全員いた。
しかも。
横一列。
「何してるんだ?」
「お父さん」
セレスが。
妙に真剣な顔で言った。
「今日は」
「ああ」
「何もしないで」
「…………」
「何?」
「何も」
「それが一番困るんだが」
◇
「昨日ね」
朝飯の席。
と言っても。
今日は俺の前に。
すでに食事が並んでいた。
少し形の崩れたパン。
煮すぎた野菜。
なぜか普段より薄い汁物。
「みんなで話したの」
セレスが言う。
「何を?」
「お父さん、毎日いっぱい仕事してる」
「ああ」
「ユラが言った」
見る。
ユラが。
こくこく頷く。
「にわとり」
「ああ」
「まき」
「ああ」
「はたけ」
「ああ」
「ごはん」
「ああ」
「おうち」
「ああ」
「ななにん」
「最後だけ仕事扱いなのか?」
「いちばんたいへん」
「誰が言った」
「おとうさん」
「…………」
言った気がする。
冗談半分で。
「だから!」
フェルナが。
勢いよく身を乗り出した。
「今日はお父さん休み!」
「勝手に決めるな」
「もう決まった!」
「誰が?」
「七人!」
「俺が入ってないだろ」
「七対一だから!」
「多数決で父親の仕事を奪うな」
◇
「でも」
ミレアが。
少し遠慮がちに言う。
「一日くらい、いいんじゃない?」
「やることはあるぞ」
「私たちがする」
「全部?」
「できるところは」
セレス。
「分からなかったら聞く」
リシェル。
「危ないのはやらない」
ノエル。
「重いのはラグナ!」
「任せて!」
「走るのはフェルナ!」
「何で走る仕事がある前提なんだ」
「あるかもしれない!」
「ない」
「じゃあ作る!」
「作るな」
いつも通りだ。
「おとうさん」
ユラが。
俺の服をつまむ。
「きょう、やすむ」
「ユラまで」
「このまえ」
「ああ」
「つかれたら、わたしするっていった」
「言ってたな」
「きょうする」
「俺、別に疲れてないぞ」
「つかれるまえ」
「…………」
先回りされた。
◇
「分かった」
俺は。
諦めて椅子へ座り直した。
「午前だけな」
「一日!」
フェルナ。
「午前」
「一日!」
「午前」
「……お昼まで?」
「そう」
フェルナが。
六人を見る。
ひそひそ。
何か相談する。
「じゃあ」
セレスが代表して言った。
「お昼になったら、もう一回聞く」
「交渉を継続する気か」
「うん」
「誰に覚えたんだ」
七人。
全員俺を見る。
「俺か?」
◇
まず。
鶏の世話。
「餌はこれくらい」
ユラが。
小さな桶を持っている。
「一か所にいっぱいやらない」
「ああ」
「ちいさいこも、たべるようにする」
「ああ」
前に教えたことを。
ちゃんと覚えている。
「じゃあ」
俺は立ち上がった。
「一緒に――」
「お父さん」
セレス。
「何もしない」
「見るだけだ」
「座ってて」
「ここから鶏小屋見えないだろ」
「窓」
「小さすぎる」
「じゃあ」
ラグナが。
俺の椅子を持ち上げた。
「おい」
「窓の近く!」
「椅子ごと運ぶな!」
「何もしないで!」
「運ばれてる俺の身にもなれ!」
◇
結局。
椅子ごと窓際へ移された。
「……何なんだ今日は」
外を見る。
ユラとノエルが。
鶏へ餌をやっている。
「こっち」
「うん」
「そこ多い」
「じゃあ、こっち」
ちゃんとやれている。
鶏も。
いつも通り食べている。
「…………」
悪くない。
次。
セレスとミレアが。
食器を洗う。
「滑るから気をつけて」
「うん」
「それはこっち」
「こっち?」
「乾かす方」
「あ、そっか」
これも。
問題ない。
フェルナは。
床を掃く。
「お父さん!」
「何だ?」
「足!」
「足?」
「上げて!」
「ああ」
足を上げる。
その下を。
ほうきが通る。
「反対!」
「はいはい」
「何もしない!」
「足上げるくらいはさせろ」
◇
しばらくして。
ラグナが薪を運び始めた。
「それ持ちすぎだぞ」
「大丈夫!」
「前に言っただろ」
「必要なだけ!」
「その量が必要以上だ」
「…………」
一度。
薪を見る。
自分の腕を見る。
二本戻す。
「これなら?」
「いい」
「できた!」
「褒めるほどのことか?」
「前なら全部持ってた!」
「それはそうだな」
「じゃあ偉い!」
「ああ。偉い偉い」
「もっとちゃんと!」
「偉いぞ、ラグナ」
「えへへ」
嬉しそうに。
薪を運ぶ。
こういうところは。
まだ子供だ。
◇
問題が起きたのは。
畑だった。
「お父さーん!」
遠くから。
フェルナの声。
「何だー!」
「来てー!」
「何もしないんじゃなかったのか!」
「見るだけー!」
「絶対何かあるだろ!」
外へ出る。
畑。
七人が。
一か所に集まっている。
「どうした?」
セレスが。
困った顔で。
一本の草を指差した。
「これ」
「ああ」
「抜いていい?」
「…………」
見る。
野菜の列の端。
小さな芽。
「駄目」
「やっぱり」
リシェルが言った。
「野菜?」
「ああ」
「でも植えた場所と少しずれてる」
「去年の種が落ちてたんだろ」
「残す?」
「場所が悪いな」
「じゃあ抜く?」
「植え替える」
「どうやって?」
「周りの土ごと――」
手を出そうとする。
「お父さん!」
七人。
同時。
「…………」
「何もしない」
セレス。
「じゃあ説明だけ?」
ミレア。
「…………分かった」
◇
「周りから少し広めに掘る」
セレスが。
小さな匙を土へ入れる。
「そこじゃなくて、もう少し外」
「ここ?」
「そう」
「根を切らないように」
リシェル。
「見えないのに?」
「だから広く掘るんだ」
「なるほど」
少しずつ。
土ごと芽を持ち上げる。
「出た」
ノエルが覗き込む。
「根ある」
「触るなよ」
「触らない」
空いている場所へ。
そっと植える。
土を戻す。
ユラが。
少し水をやる。
「できた?」
「できた」
「枯れない?」
「分からない」
七人が。
俺を見る。
「植え替えは負担になるからな」
「じゃあ失敗?」
ラグナ。
「まだ分からん」
「待つ?」
フェルナ。
「ああ」
「また!」
「植物は待つこと多いぞ」
「畑、待ってばっかり!」
「だからお前にはちょうどいい」
「なんで!」
◇
昼前。
今度は。
七人だけで昼飯を作ると言い出した。
「それは俺も――」
「休み」
「包丁使うだろ」
「セレス姉と私だけ」
ミレアが言う。
「お父さんが前に教えた切り方だけにする」
「火は?」
「私が見る」
セレス。
「水は?」
「ノエル」
「混ぜるのは?」
「わたし」
ユラ。
「ラグナとフェルナは?」
「…………」
「…………」
二人が。
黙る。
「薪」
リシェルが言った。
「火加減見るから、必要になったら持ってきて」
「それだけ!?」
フェルナ。
「重要」
「ほんと!?」
「火が消えたらご飯できない」
「やる!」
ラグナも。
「いっぱい持ってくる!」
「必要なだけ」
「分かってる!」
◇
俺は。
また椅子へ座らされた。
「暇だな」
「休みってそういうもの」
リシェルが言う。
「お前、妙なこと知ってるな」
「昨日考えた」
「休みについて?」
「うん」
「何で?」
「お父さん、休むの下手そうだから」
「…………」
「当たった?」
「知らん」
「当たった顔」
「料理見てくる」
「駄目」
「火がある」
「セレス姉いる」
「包丁も」
「ミレアいる」
「フェルナもいる」
「…………」
リシェルが。
一瞬止まった。
「それは心配」
「だろ?」
「でも今は薪運んでる」
「それなら……」
何だ。
この扱い。
◇
台所から。
「わっ!」
「どうした!?」
立ち上がる。
「大丈夫!」
セレスの声。
「何があった!」
「芋落としただけ!」
「本当に?」
「本当!」
「見に――」
「何もしない!」
また座る。
「…………」
休みって。
こんなに落ち着かないものだったか。
少しして。
「できた!」
七人の声。
机へ。
昼飯が並べられる。
野菜の煮込み。
焼いた芋。
少し不揃いなパン。
「パン朝と同じじゃないか?」
「朝の残り!」
「作ったみたいに並べるな」
「温めた!」
「それはした」
ノエルが補足する。
◇
「食べて!」
フェルナが。
俺の前へ椀を置く。
「分かった分かった」
一口。
「…………」
七人が。
じっと見ている。
「どう?」
セレス。
「おいしい?」
ミレア。
「味ある?」
ラグナ。
「何で味ない可能性があるんだ」
「朝ちょっと薄かったから」
「自覚あったのか」
もう一口。
「美味いぞ」
「ほんと!?」
「ああ」
「どれが一番!?」
フェルナ。
「全部」
「またそれ!」
「料理まで順位つけさせるな」
「芋はフェルナ!」
「薪運んだだけだろ」
「火がフェルナ!」
「ラグナも!」
「二人とも薪だ」
◇
食べ終わる。
「さて」
俺は立つ。
「昼だ」
「…………」
七人が。
顔を見合わせる。
「約束通り」
「ああ」
「もう一回聞く」
セレスが言った。
「お父さん」
「何だ?」
「午後も休む?」
「断る」
「早い!」
フェルナ。
「何で!?」
「午前だけで十分だ」
「疲れ取れた?」
ユラ。
「元から疲れてない」
「じゃあ」
ユラが。
不思議そうに首を傾げる。
「やすみ、いらない?」
「…………」
少し。
答えに困る。
疲れているから休む。
そういう日もある。
でも。
「そういうわけでもないか」
「いる?」
「ああ」
「じゃあ午後も!」
「全部休む必要はない」
「なんで?」
「俺も仕事するの嫌いじゃないからな」
「…………」
七人が。
一斉に。
変な顔をした。
「何だ」
フェルナが。
恐る恐る聞く。
「薪割り好き?」
「嫌いじゃない」
「畑?」
「好きだぞ」
「鶏?」
「まあ好きだな」
「家直すの?」
「楽しい時もある」
「ご飯?」
「作るのは好きだ」
「…………」
七人。
さらに。
変な顔。
「お父さん」
ラグナが。
心配そうに言った。
「変?」
「お前に言われたくない」
◇
「仕事って」
リシェルが聞く。
「全部嫌なものじゃない?」
「違うな」
「でも疲れる」
「ああ」
「疲れるのに好き?」
「そういうのもある」
「難しい」
「好きなことでも疲れるだろ」
「走る!」
フェルナ。
「疲れるけど好き!」
「それだ」
「じゃあ仕事も走るのと同じ!?」
「全部じゃない」
「違うの!?」
「例えだよ」
◇
結局。
午後は。
俺も一緒に働くことになった。
「じゃあ」
俺は薪割り台へ向かう。
「午前の分、取り返すか」
「お父さん!」
セレス。
「無理にいっぱいしないで」
「しないよ」
「疲れる前に休んで」
ユラ。
「ああ」
「必要なだけ!」
ラグナ。
「それ俺にも使うのか」
「大事!」
フェルナまで。
「疲れたら言って!」
「何してくれるんだ?」
「フェルナが代わる!」
「斧はまだ駄目」
「じゃあ応援!」
「余計疲れそうだな」
「なんで!」
◇
薪を割る。
一つ。
二つ。
三つ。
横で。
七人が。
自分たちの仕事をしている。
午前とは違う。
俺も働く。
七人も働く。
誰か一人が。
全部やるわけじゃない。
「お父さん」
セレスが。
切った薪を拾いながら言う。
「こっちの方がいい?」
「何が?」
「みんなでやる方」
「ああ」
「休みは?」
「休みもいい」
「どっち?」
「両方」
「また」
「何でも一つに決めるな」
「…………」
セレスが。
少し考える。
「そっか」
◇
夕方。
一日の仕事が終わる。
いつもより。
少し早かった。
「終わった!」
ラグナが。
地面へ座る。
「疲れた!」
「朝から働いたからな」
「お父さん毎日これ?」
「もっとやる日もある」
「…………」
「どうした?」
「明日も休んでいいよ」
「急に優しくなったな」
「ラグナ疲れた」
「自分が休みたいだけじゃないか」
「一緒に休む!」
「それなら正直だな」
◇
夕飯のあと。
七人。
いつもより。
早く眠そうにしている。
「フェルナ」
「ねてない」
「目閉じてるぞ」
「考えてる」
「リシェルみたいに言うな」
「フェルナも考える」
「何を?」
「…………」
返事なし。
「寝たな」
「寝た」
ノエルが確認する。
少しして。
ラグナも。
ユラも。
眠った。
セレスが。
布団の中から。
小さな声で言う。
「お父さん」
「ん?」
「今日」
「ああ」
「少しは休めた?」
「休めたぞ」
「ほんと?」
「ああ」
「よかった」
「でも」
「なに?」
「一番助かったのは」
七人を見る。
「お前たちが、ちゃんと色々できるようになってたことだな」
「…………」
「前なら任せられなかった仕事もある」
「ああ」
「今は任せられる」
「…………」
「それが分かったから」
俺は。
少し笑う。
「いい休みだった」
セレスも。
小さく笑った。
「じゃあまたする」
「毎日はやめろ」
「たまに」
「それなら」
「ああ」
目を閉じる。
「おやすみ、お父さん」
「おやすみ」
◇
静かになった家で。
新しく作った棚を見る。
七人のもの。
八人で使うもの。
色々並んでいる。
昨日より。
少し使いやすくなった家。
今日。
俺が手を出さなくても。
朝の仕事は回った。
飯もできた。
畑のことも。
七人で考えた。
もちろん。
まだ俺が教えなければ。
できないことも多い。
危ないことも。
知らないことも。
山ほどある。
それでも。
少し前まで。
何をするにも。
「お父さん」
だった七人が。
今日は。
「お父さんは休んで」
と言った。
「……大きくなってるな」
誰にも聞こえないように。
小さく呟く。
すると。
「おとうさん」
「起きてたのか?」
ユラ。
目を閉じたまま。
「やすむ」
「ああ?」
「おとうさんも」
「…………」
「ねる」
それだけ言って。
また静かになる。
「はいはい」
俺も。
そろそろ寝ることにした。
娘たちに休めと言われる日が来るなんて。
少し前なら。
考えもしなかった。
たぶん。
これから。
こういう日が。
少しずつ増えていく。
俺がやらなくてもいいことが増えて。
七人に任せられることが増える。
それは。
嬉しいような。
少し寂しいような。
まだ。
よく分からない。
ただ。
「お父さん!」
「うおっ」
突然。
フェルナが起き上がった。
「明日はフェルナ休み!」
「お前が休むのかよ!」
「今日いっぱい働いた!」
「みんなだ!」
「じゃあ全員休み!」
「鶏の餌はどうする!」
「…………」
フェルナが。
しばらく考え。
「お父さん?」
「結局俺じゃねえか!」
やっぱり。
完全に任せられる日は。
もう少し先らしかった。




