第41話 雨の日は、八人で家の中を広くする
朝から。
雨だった。
「つまんない」
フェルナが。
窓に額をくっつけている。
「外行けない」
「雨くらいなら行けるぞ」
俺が言うと。
ぱっと振り返った。
「ほんと!?」
「用事があるならな」
「遊び!」
「それは家にいろ」
「なんで!」
「濡れるためだけに出る必要ないだろ」
「濡れるの楽しい!」
「風邪引いたら楽しくない」
「引かない!」
「その台詞は信用しない」
以前。
同じようなことを言って。
びしょ濡れになった娘がいる。
「誰?」
「お前だ」
「…………」
フェルナは。
静かに窓へ戻った。
「覚えてない」
「俺は覚えてる」
◇
雨の日は。
できる仕事が減る。
畑は最低限。
薪も。
昨日のうちに屋根の下へ運んである。
鶏の世話を済ませれば。
あとは。
家の中でできることくらいだ。
「今日は何する?」
ラグナが聞く。
「道具の手入れ」
「地味」
「布の繕い」
「地味」
「乾燥させてる薬草の確認」
「地味」
「棚の整理」
「もっと地味!」
「じゃあ寝てろ」
「それは嫌!」
「わがままだな」
セレスが。
机の上を見回す。
「棚、本当にいっぱいだね」
「ああ」
冬の間にも。
色々増えた。
器。
布。
道具。
七人が拾ってきたもの。
リシェルが書いた板。
ノエルが集めた羽や抜け殻。
フェルナの石。
「これラグナ!」
「え?」
フェルナが。
丸い石を持ち上げる。
「私の!」
「フェルナが拾ったでしょ」
「そうだった!」
「何で私なの」
「石だから!」
「どういう意味!?」
「重そう!」
「喧嘩売ってる!?」
「売ってない!」
「朝から元気だな」
◇
俺は。
壁際の棚を見る。
「……もう一段増やすか」
「作る?」
リシェルが。
すぐ反応した。
「ああ」
「今?」
「雨だしな」
「木は?」
「残ってる板がある」
「長さ足りる?」
「測ってみるか」
すると。
フェルナまで寄ってきた。
「作るの!?」
「ああ」
「家?」
「棚」
「小さい!」
「家の中に家作ってどうする」
「秘密基地!」
「七人で入ったら秘密にならないだろ」
「じゃあ一人用!」
「誰のだ」
「フェルナ!」
「却下」
「早い!」
◇
板を出す。
「お父さん」
リシェルが。
すでに炭を持っている。
「ここ」
「ああ」
「今の棚からここまで?」
「そうだな」
「何置く?」
「それを先に決めるか」
「どうして?」
「置くものによって高さ変えたい」
「…………」
リシェルが頷く。
「なるほど」
「じゃあ何置く?」
セレスが聞く。
「布?」
ミレア。
「薬草?」
ノエル。
「食べ物!」
ラグナ。
「食い物は別だ」
「なんで!」
「湿気と虫」
「じゃあ石!」
フェルナ。
「重いから下」
「じゃあ羽!」
ノエル。
「軽いから上?」
「そうだな」
「わたしの?」
ユラが聞く。
「ユラの何かあったか?」
「…………」
考える。
「どんぐり」
「あったな」
「どこ?」
「たぶん」
俺は。
棚の端。
小さな箱を出す。
「ここ」
「ある!」
去年拾った。
形のいいどんぐり。
何個か。
まだ残していたらしい。
「これも、おく」
「ああ」
◇
「じゃあ」
リシェルが。
板へ線を引く。
「上は軽いもの」
「ああ」
「下は重いもの」
「ああ」
「真ん中は?」
「よく使うもの」
「なんで?」
「取りやすいから」
「…………」
また線が増える。
「お父さん」
「ん?」
「前の棚」
「ああ」
「これ考えた?」
「何となく」
「何となく?」
「作りながら決めた」
「…………」
「何だその顔」
「今より雑」
「悪かったな」
「失敗した?」
「使えてるだろ」
「じゃあ成功?」
「そうとも言える」
「でも今ならもっとよくできる」
「ああ」
「じゃあ」
リシェルは。
真面目な顔で言った。
「前の成功より、今の成功の方がいい?」
「そうなるかもな」
「成功も変わる?」
「そりゃ変わる」
「…………」
「また考え始めたな」
「うん」
「手も動かせ」
「うん」
◇
板を切る。
さすがに。
刃物は俺が使う。
「お父さん!」
ラグナが横に立つ。
「ラグナも!」
「何を?」
「切る!」
「駄目」
「なんで!?」
「危ない」
「力ある!」
「力の問題じゃない」
「必要なだけ使える!」
「それでも駄目」
「むう」
「代わりに」
切った板を渡す。
「端を磨け」
「これ?」
「ああ」
「地味」
「大事だぞ」
「どれくらい?」
「触って引っかからないくらい」
「分かった!」
ラグナは。
布を持つ。
ごしごし。
「強い!」
セレスが止めた。
「削れすぎるよ」
「必要なだけ!」
「全然できてない!」
「今覚えてる!」
「昨日覚えたんじゃなかったの?」
「今日もっと覚える!」
「便利な言い方」
◇
フェルナには。
木屑を集めてもらう。
「もっとすごい仕事!」
「これも必要」
「でも」
「床に残したら刺さるぞ」
「…………」
見る。
床。
木屑。
「ユラに?」
「誰にでも」
「やる!」
急に。
真剣になった。
「そこ!」
「はい!」
「こっちも!」
「はい!」
「お父さんの足元!」
「それは今切ってる最中だ」
「じゃああと!」
「ああ」
分かりやすい。
◇
ノエルは。
余った木片を。
並べていた。
「何してる?」
「形違う」
「切った余りだぞ」
「これ鳥みたい」
「どこが?」
「ここ」
少し尖ったところ。
「くちばし」
「なるほど」
「これは魚」
「そう見えなくもない」
「これは」
長い。
細い。
「蛇」
「それはただの細長い板だろ」
「蛇」
「そうか」
「取っていい?」
「少しなら」
「やった」
「全部は駄目だぞ」
「なんで?」
「焚き付けに使う」
「…………」
ノエルが。
木片を見る。
「じゃあ」
三つ。
選ぶ。
「これだけ」
「いいぞ」
「残り燃やす?」
「ああ」
「役に立つ?」
「火をつける時にな」
「じゃあいい」
◇
ミレアは。
布を仕分けていた。
「これはまだ使える」
「ああ」
「これは小さい」
「当て布にする」
「これは?」
「ぼろぼろだな」
「捨てる?」
「細く裂けば紐代わりにはなる」
「じゃあ残す」
「全部残すとまた棚いっぱいになるぞ」
「…………」
手が止まる。
「難しい」
「何が?」
「使えるもの」
「ああ」
「全部取っておいたら」
「増える」
「でも捨てたら」
「あとで必要になるかもしれない」
「うん」
「だから」
「必要そうな分だけ?」
「そう」
「ラグナみたい」
「何が?」
「必要なだけ使う」
「似てるな」
ミレアが。
少し笑う。
「物も同じなんだ」
「たぶんな」
◇
ユラは。
俺のそば。
「おとうさん」
「ん?」
「これ、もつ?」
「その板か?」
「うん」
「持てるか?」
「もてる」
「じゃあ頼む」
「どこ?」
「あっち」
「うん」
一枚。
運ぶ。
戻ってくる。
「つぎ?」
「今はない」
「じゃあ」
俺の隣に座る。
「みる」
「またか」
「うん」
しばらく。
黙って。
俺の手元を見る。
「おとうさん」
「ん?」
「なんで、まっすぐ?」
「何が?」
「いた」
「ああ」
「きったら、まっすぐ」
「線引いたからな」
「でも」
リシェルが引いた線を見る。
「せんから、でない」
「ゆっくり切ってるから」
「ラグナなら?」
「たぶん出る」
「聞こえてる!」
向こうから。
ラグナの声。
「出ない!」
「じゃあいつか練習だな」
「今日!」
「今日は駄目」
「なんでー!」
◇
昼。
棚は。
半分くらいできた。
「まだ?」
フェルナ。
「まだ」
「いつできる?」
「夕方までには」
「遅い!」
「急いで雑に作るよりいい」
「でも早く置きたい!」
「何を?」
「石!」
「重いのは一番最後」
「なんで!」
「棚が倒れる前に固定するから」
「……棚倒れる?」
「今はな」
フェルナが。
一歩下がった。
「石置かない」
「固定したら置いていい」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ待つ!」
「最近待てるな」
「いっぱい練習した!」
「何の練習だよ」
◇
午後。
棚板を。
壁へ固定する。
「お父さん」
セレスが。
板を支える。
「ここでいい?」
「ああ」
「傾いてない?」
「リシェル」
「右が少し下」
「分かるの?」
「見たら」
「お父さん?」
「俺もそう見える」
「じゃあ上げる」
「もう少し」
「これ?」
「ちょっと上」
「これ?」
「下」
「どっち!」
「今行きすぎた」
「難しい!」
セレスが。
笑いながら。
板を調整する。
「そこ」
「ほんと?」
「うん」
「お父さん?」
「いいぞ」
「じゃあ固定」
「ああ」
◇
一段。
二段。
三段。
棚ができる。
「できた!」
フェルナが。
真っ先に寄る。
「まだ触るな」
「なんで!」
「確認する」
「何を?」
「ちゃんと固定できてるか」
「どうやって?」
「揺らす」
「フェルナやる!」
「お前は全力でやるから駄目」
「必要なだけ!」
「それラグナの言葉!」
「借りた!」
「勝手に使わない!」
「言葉ならいいでしょ!」
「騒ぐな」
俺が軽く揺らす。
問題ない。
「よし」
「置いていい!?」
「ああ」
◇
そこから。
今度は。
棚に何を置くかで。
また騒ぎになった。
「フェルナの石ここ!」
「下だって!」
セレス。
「ノエルの羽は上」
「見えない」
ノエル。
「じゃあ真ん中?」
「真ん中はよく使うもの!」
リシェル。
「羽見る」
「よく?」
「たまに」
「じゃあ真ん中じゃない」
「ユラのどんぐり」
「どこにする?」
「おとうさんのちかく」
「棚の場所の話だぞ」
「ここ」
俺がよく座る場所に。
一番近い端。
「そこならいいか」
「うん」
「ラグナ何置く?」
フェルナが聞く。
「…………」
「ないの?」
「ある!」
「何?」
「…………」
「ないじゃん!」
「ある!」
「だから何!」
「今探す!」
「それは今ないってことだよ」
「うるさい!」
◇
結局。
一番上。
軽くて。
壊れやすいもの。
ノエルの羽。
小さな抜け殻。
リシェルの書いた板のうち。
あまり使わないもの。
真ん中。
布。
薬草。
普段使う小物。
下。
石。
木片。
重い道具。
「ラグナのここ!」
最後に。
ラグナが。
小さな木の枝を置いた。
「何それ?」
フェルナ。
「今日見つけた!」
「家の中で?」
「木屑の中!」
「それただの切れ端じゃない?」
「違う!」
「何が?」
「ラグナの!」
「それ理由?」
「理由!」
俺は。
何も言わなかった。
本人が。
置きたいなら。
今はそれでいい。
◇
夕方。
雨は。
まだ降っていた。
「でも」
ミレアが。
新しい棚を見る。
「少し広くなったね」
「ああ」
「家は大きくなってないのに」
セレス。
「物が片づいたからな」
「じゃあ」
フェルナが。
部屋の真ん中へ立つ。
「もっと棚作ればもっと広くなる!?」
「限界はある」
「壁全部!」
「やめろ」
「天井も!」
「落ちてくる」
「床!」
「それは収納じゃなくて穴だ」
「地下!」
「掘るな」
「全部駄目!」
「家壊す気か」
◇
夜。
夕飯のあと。
七人が。
新しい棚を。
何度も見ている。
「お父さん」
リシェルが言う。
「今日」
「ああ」
「家、少し変わった」
「そうだな」
「前よりいい?」
「使いやすくなった」
「成功?」
「ああ」
「でも」
今度は。
前からある棚を見る。
「昔の棚も使ってる」
「ああ」
「昔の成功も、まだ成功?」
「そうだな」
「…………」
「難しい顔するな」
「考えてる」
「何を?」
「前よりいいものができても」
「ああ」
「前のが駄目になるわけじゃない」
「全部じゃないな」
「…………」
リシェルは。
新旧二つの棚を。
交互に見る。
「覚える」
「何に使うんだ」
「まだ分からない」
「そうか」
◇
「お父さん」
今度は。
ユラ。
「なに?」
「今日、どこもいかなかった」
「ああ」
「でも、ひろくなった」
「家が?」
「うん」
「本当は広さ同じだけどな」
「でもひろい」
「なら広くなったんだろ」
「うん」
満足そうに頷く。
その横で。
フェルナが。
突然。
両手を広げた。
「もっと広く使える!」
「走るなよ」
「走らない!」
たたたたた。
「走ってるだろ!」
「これは早歩き!」
「昨日も聞いたぞそれ!」
「昨日じゃない!」
「いつだ」
「分かんない!」
◇
寝る前。
雨音が。
屋根を叩いている。
外へ出られない一日。
何か特別な場所へ行ったわけでもない。
珍しいものを見つけたわけでもない。
それでも。
朝まで。
物でいっぱいだった壁に。
新しい棚が増えた。
七人のものが。
それぞれ。
そこへ並んでいる。
羽。
どんぐり。
石。
木片。
書いた板。
布。
どれも。
外から見れば。
大したものじゃない。
けれど。
誰かにとっては。
取っておきたいものだった。
「お父さん」
暗くなった部屋で。
セレスの声。
「棚、いっぱいになったら?」
「また考える」
「もう一個作る?」
「必要ならな」
「家狭くなったら?」
「その時も考える」
「大きくする?」
「必要なら」
すると。
フェルナの声。
「二階!」
「作らない」
「まだ言ってない!」
「絶対それだろ!」
「なんで分かったの!?」
「何年一緒にいると思ってる!」
雨音の中。
七人が笑う。
家は。
昨日と同じ大きさだ。
なのに。
少しずつ。
物が増えて。
思い出が増えて。
七人のできることも増えていく。
だから。
きっと。
これから先も。
同じ家のままでは。
いられない時が来る。
その時は。
また八人で。
どうすればいいか。
考えればいい。
今はまだ。
この家には。
新しい棚を一つ増やすくらいの余地が。
ちゃんと残っていた。




