第40話 喧嘩しても、同じ家で暮らす
朝から。
何かがおかしかった。
「…………」
「…………」
セレスとラグナが。
一言も話さない。
いや。
正確には。
互いにだけ。
話さない。
「セレス」
「なに、お父さん」
「今日、畑の方頼めるか?」
「うん」
「ラグナ」
「なに?」
「薪を運んでくれ」
「分かった!」
二人とも。
俺には普通に答える。
だが。
「ラグナ、畑の横通るなら――」
「フェルナ!」
「なに!?」
「セレス姉が何か言ってる!」
「聞こえてるでしょ!」
「聞こえない!」
「今返事したじゃない!」
「フェルナに言った!」
「なんでフェルナ!?」
これは。
間違いなく。
喧嘩している。
◇
「何があった?」
朝飯の片づけをしながら。
ミレアに聞く。
「昨日の夜」
「うん」
「ラグナがセレスの木皿を使ったの」
「木皿?」
「あの、少し深いやつ」
「ああ」
セレスが。
気に入って使っている皿だ。
「それで喧嘩?」
「それだけじゃなくて」
ノエルが横から入る。
「ラグナ、外に置いた」
「なんで?」
「木の実洗ってた」
「皿で?」
「うん」
「……まあ、それくらいなら洗えばいいだろ」
「そのあと」
リシェル。
「踏んだ」
「誰が?」
「フェルナ」
「フェルナ!?」
「なんで私!?」
本人が飛んできた。
「そこにあったから!」
「踏んだのは本当なんだな」
「見えなかった!」
「割れたのか?」
「割れてない!」
「じゃあ」
「でも傷ついた」
ミレアが言った。
「セレスが大事にしてたから」
「なるほど」
それで。
セレスは怒った。
「ラグナが置いた」
「フェルナが踏んだ」
「でも」
ノエルが。
淡々と言う。
「ラグナは謝らなかった」
「…………」
「なんで?」
俺が聞くと。
「セレス姉が先に怒ったから」
ユラが答えた。
「ラグナも怒った」
「何て?」
「『皿くらいで怒らなくてもいい』」
「…………」
それは。
余計に怒るな。
◇
畑へ行く。
セレスは。
無言で草を抜いている。
「セレス」
「なに?」
「昨日のこと」
「…………」
手が止まった。
「まだ怒ってるか?」
「怒ってない」
「そうか」
「…………」
「じゃあラグナと話せる?」
「それは嫌」
「怒ってるじゃないか」
「怒ってない」
「じゃあ?」
「……知らない」
なるほど。
本人も。
上手く言葉にできていないらしい。
俺は隣にしゃがむ。
「皿、大事だったか?」
「うん」
「何で?」
「…………」
セレスが。
少し考える。
「お父さんが作ってくれたから」
「あれか」
冬前。
木の塊を削って。
七人に一枚ずつ作った皿。
形は。
少しずつ違う。
セレスのものは。
最初に作ったせいで。
少し深くなった。
「私のだけ形違う」
「ああ」
「好きだった」
「壊れてはいないんだろ?」
「でも傷ついた」
「そうだな」
「ラグナが使って」
「ああ」
「外に置いて」
「ああ」
「フェルナが踏んで」
「フェルナは巻き込まれた感じもするけどな」
「でも!」
「分かってる」
セレスは。
唇を少し尖らせる。
「それでラグナに怒った?」
「うん」
「何て?」
「勝手に使わないでって」
「それだけ?」
「……大事にできないなら触らないでって」
「それで?」
「ラグナが」
声が小さくなる。
「『皿より私の方が大事でしょ』って」
「…………」
ああ。
大体分かった。
◇
今度は。
薪置き場。
ラグナは。
いつもより。
勢いよく薪を積んでいた。
「壊すなよ」
「壊さない!」
「ラグナ」
「なに?」
「昨日の話」
「…………」
ぴたり。
止まる。
「セレスの皿使った?」
「使った」
「勝手に?」
「……うん」
「外に置いた?」
「うん」
「謝った?」
「…………」
「ラグナ」
「だって!」
薪を置く。
「セレス姉、すぐ怒った!」
「だから謝らなかった?」
「うん!」
「それは違うだろ」
「でも!」
「怒られたことと、自分が悪かったことは別だ」
「…………」
ラグナが。
黙る。
「勝手に使ったのは?」
「悪かった」
「外に置いたのは?」
「忘れた」
「悪かった?」
「……悪かった」
「じゃあ謝れ」
「…………」
「嫌か?」
「…………」
「何で?」
ラグナは。
少し俯いた。
「セレス姉」
「ああ」
「皿の方が大事みたいだった」
「…………」
「ラグナより」
「そう言われたのか?」
「言われてない」
「じゃあ何でそう思った」
「すっごく怒ったから」
「怒ると大事ってことになるのか?」
「だって」
「ラグナ」
「ああ?」
「お前、フェルナが危ないことした時怒るだろ」
「怒る」
「じゃあフェルナが嫌いか?」
「違う!」
「むしろ大事だから怒ることもある」
「…………」
ラグナは。
薪を見る。
「皿も?」
「皿も大事だったんだろうな」
「ラグナも?」
「それは本人に聞け」
「…………」
◇
昼。
八人で食卓を囲む。
「…………」
「…………」
まだ。
二人は話さない。
フェルナが。
その間に座って。
右を見る。
左を見る。
「ねえ」
「なに?」
セレス。
「なに?」
ラグナ。
「フェルナ挟むのやめて」
「誰も頼んでない」
「じゃあどっちか動いて!」
「嫌」
「嫌」
「息ぴったりじゃん!」
「違う!」
「違う!」
また。
同時。
「ほら!」
二人とも。
余計に機嫌が悪くなる。
「お父さん」
ユラが。
小さな声で聞く。
「なかなおり、しない?」
「そのうちする」
「ほんと?」
「ああ」
「どうして?」
「家族だから」
「かぞくなら?」
「喧嘩しても終わりじゃない」
「…………」
ユラは。
二人を見る。
「ずっと、いっしょ?」
「少なくとも今日はな」
「明日も?」
「たぶん」
「じゃあ」
少し安心した顔。
「だいじょうぶ」
そう言って。
飯を食べ始めた。
◇
午後。
空が曇った。
「雨来るな」
俺は。
外に干していたものを取り込む。
「セレス!」
「はい!」
「畑の道具!」
「分かった!」
「ラグナ!」
「なに!?」
「薪に布かけるぞ!」
「うん!」
動き出す。
雨は。
思ったより早かった。
「降ってきた!」
フェルナ。
「家入れ!」
「まだ道具ある!」
セレスが。
畑から鍬を運んでくる。
その時。
「セレス姉!」
ラグナが叫んだ。
「そこ滑る!」
「分かって――」
ずるっ。
「わっ」
足を取られた。
斜面。
大した高さではない。
けれど。
転べば。
鍬も危ない。
俺が向かうより。
ラグナの方が早かった。
「セレス姉!」
腕を掴む。
「っ!」
二人。
一緒に尻餅をついた。
「…………」
「…………」
「大丈夫か!」
駆け寄る。
「私は平気」
セレス。
「ラグナは?」
「平気!」
「手見せろ」
「平気だって!」
「見せろ」
「…………」
掌。
少し擦っている。
「擦り傷だな」
「これくらい」
「洗うぞ」
「うん」
セレスが。
ラグナの手を見る。
「…………」
「何?」
「別に」
「…………」
また。
黙った。
◇
家に戻る。
ラグナの傷を洗い。
布を巻く。
「痛い?」
ユラが聞く。
「全然!」
「ほんと?」
「ほんと!」
「泣かない?」
「泣かない!」
「フェルナなら泣く」
「なんで私!?」
「前泣いた」
「昔!」
「三日前」
「昔!」
「三日は昔じゃない」
ノエルが言う。
いつもの。
少し騒がしい空気が戻る。
ただ。
セレスだけ。
黙っていた。
◇
夕飯前。
「お父さん」
セレスが来た。
「どうした?」
「皿」
「ああ」
「直せる?」
「見せてみろ」
持ってきた。
傷は。
確かにある。
だが。
浅い。
「削り直せば目立たなくなる」
「ほんと?」
「ああ」
「同じになる?」
「完全には無理だな」
「…………」
「でも使える」
「うん」
「直すか?」
「……うん」
俺が。
小刀を用意する。
すると。
「私もやる」
後ろから。
声。
ラグナ。
「…………」
セレスが振り返る。
「何?」
「ラグナがやったから」
「削れるの?」
「分かんない」
「じゃあお父さんにやってもらえばいい」
「でも」
ラグナが。
拳を握る。
「ラグナが悪かった」
「…………」
「勝手に使った」
「うん」
「外に置いた」
「うん」
「忘れた」
「うん」
「フェルナが踏んだ」
「そこは私のせいじゃない!」
「フェルナは黙って!」
「なんで!」
「今大事なところ!」
「はい……」
フェルナが。
妙に素直に引いた。
「それで」
ラグナは。
セレスを見る。
「ごめん」
「…………」
「皿」
「うん」
「大事だったのに」
「うん」
「ごめん」
セレスは。
しばらく答えなかった。
「セレス?」
俺が呼ぶ。
「分かってる」
少し。
声が震えた。
「私も」
「ああ」
「言いすぎた」
ラグナを見る。
「大事にできないなら触らないでって」
「うん」
「もう貸さないって」
「うん」
「ラグナより皿が大事なわけじゃない」
「…………」
ラグナの顔が。
少しだけ上がる。
「ほんと?」
「当たり前でしょ」
「でもすごく怒った」
「大事な皿だから!」
「ほら!」
「だからってラグナより大事じゃない!」
「どっち!?」
「両方大事なの!」
「分かんない!」
「もう!」
また。
声が大きくなる。
「お前ら」
二人が。
止まった。
「仲直りするのか、もう一回喧嘩するのかどっちだ」
「…………」
「…………」
そして。
二人とも。
同時に笑った。
◇
「じゃあ」
俺は。
皿を机に置く。
「直すぞ」
「ラグナやる!」
「俺が削る」
「なんで!」
「お前に任せたら穴開く」
「開けない!」
「力入りすぎる」
「必要なだけ使う!」
「覚えてたか」
「うん!」
「じゃあ」
小刀ではなく。
仕上げ用の荒い布を渡す。
「これでゆっくり磨け」
「これ?」
「ああ」
「力いっぱい?」
「今の話聞いてたか?」
「必要なだけ!」
「そう」
ラグナが。
慎重に。
傷の部分を磨く。
「ゆっくり」
セレスが言う。
「分かってる」
「そこ強い」
「分かってる!」
「ほら強い!」
「じゃあセレス姉やって!」
「ラグナがやるって言ったんでしょ!」
「喧嘩するな!」
「してない!」
「してない!」
また同時。
◇
しばらくして。
傷は。
かなり目立たなくなった。
「どうだ?」
「…………」
セレスが。
指で触る。
「少し残ってる」
「ああ」
「でも」
皿を持ち上げる。
「これでいい」
「もっと削るか?」
「ううん」
「何で?」
セレスは。
ラグナを見る。
「これ見るたび」
「ああ」
「ラグナが勝手に使ったの思い出す」
「ええ!?」
「あと謝ったのも」
「…………」
「それなら」
少し笑う。
「残っててもいい」
「セレス姉」
「なに?」
「それ」
ラグナが。
ものすごく真剣な顔で言う。
「ずっと言う?」
「言う」
「やだ!」
「じゃあもう勝手に使わないで」
「分かった!」
◇
夜。
布団へ入る。
いつもの並び。
セレスの隣。
ラグナ。
「…………」
「…………」
「まだ喧嘩してる?」
ユラが。
心配そうに聞いた。
「してないよ」
セレス。
「もう終わった!」
ラグナ。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ」
ユラが。
少し考える。
「て、つなぐ?」
「なんで?」
「なかなおり」
「別にそこまでしなくても」
「する!」
ラグナが。
セレスの手を掴んだ。
「ちょっと!」
「これでいい?」
ユラを見る。
「うん!」
「じゃあ寝る!」
「待って、寝にくい!」
「仲直りだから!」
「ずっと繋ぐ必要ないでしょ!」
「ユラが言った!」
「ユラはずっとって言ってない!」
「じゃあいつ離す!?」
「今!」
「早い!」
結局。
また。
騒がしい。
◇
「お父さん」
暗くなってから。
ユラが呼ぶ。
「どうした?」
「かぞく」
「ああ」
「けんかする?」
「する」
「いっぱい?」
「時々な」
「きらいになる?」
「そういう時もあるかもしれない」
「…………」
「でも」
俺は。
布団の中で。
七人を見る。
「嫌いって思うくらい腹が立っても」
「ああ」
「それで全部終わりにしなくていい」
「おわりじゃない?」
「ああ」
「明日も?」
「明日も家族だ」
「…………」
「謝れるなら謝る」
「ああ」
「許せるなら許す」
「ああ」
「まだ腹が立つなら少し離れる」
「うん」
「でも帰ってくる場所は同じ」
「ここ?」
「ここ」
ユラは。
しばらく。
天井を見た。
「じゃあ、だいじょうぶ」
「ああ」
「おやすみ」
「おやすみ」
◇
少しして。
「セレス姉」
「なに?」
「まだ手」
「…………」
「離さないの?」
「ラグナが握ってるんでしょ」
「セレス姉も握ってる」
「……寝なさい」
「うん」
暗闇の中。
小さな声。
家族だから。
喧嘩しないわけじゃない。
むしろ。
近いからこそ。
腹が立つことも。
傷つけることも。
あるのだろう。
それでも。
朝になれば。
また同じ食卓へ座る。
同じ畑へ行く。
同じ屋根の下へ帰ってくる。
喧嘩しても。
すぐ仲直りできなくても。
それだけは。
七人に覚えていてほしかった。
この家には。
怒ったままでも。
泣いたままでも。
帰ってきていいのだと。




