第38話 リシェルは、答えを聞くより先に考えたい
翌朝。
「今日はリシェル!」
なぜか。
フェルナが宣言した。
「お前じゃないだろ」
「最後だから!」
「最後なのはリシェルだ」
「知ってる!」
「じゃあ本人に言わせろ」
見る。
食卓の端。
リシェルは。
パンをちぎりながら。
いつものように静かに座っていた。
「リシェル」
「うん」
「今日でいいか?」
「いい」
「どこへ行きたい?」
「まだ考えてる」
「今?」
「昨日から」
「長いな」
「決めること多いから」
フェルナが。
身を乗り出した。
「滝!」
「行かない」
「早い!」
「石!」
ラグナ。
「運ばない」
「森!」
ノエル。
「行くかもしれない」
「おうち」
ユラ。
「それもいい」
「全部ありじゃない」
セレスが笑う。
「何したいの?」
ミレアが聞く。
「お父さんに聞きたいことがある」
「俺に?」
「うん」
「ここで聞けばいいだろ」
「二人の時がいい」
「…………」
その一言で。
残り六人の顔が変わった。
「何聞くの!?」
フェルナ。
「秘密?」
ノエル。
「強くなる方法?」
ラグナ。
「違う」
「じゃあ何?」
「秘密」
「秘密なの!?」
自分から言っておいて。
フェルナが一番驚いた。
「二人の日だから」
リシェルは。
平然と言う。
「あとで話したくなったら話す」
「話したくなかったら?」
「話さない」
「ずるい!」
「何が?」
「気になる!」
「フェルナが勝手に気になってるだけ」
「むううう」
今日は。
出発する前から。
大変そうだった。
◇
朝の仕事を終え。
二人で家を出る。
「結局、どこ行く?」
「上」
「上?」
「少し高いところ」
「山頂は駄目だぞ」
「分かってる」
「崖側も」
「行かない」
「じゃあ」
俺は少し考える。
「昔、炭焼きに使った平場がある」
「どんなところ?」
「今は何もない」
「いい」
「何もないぞ」
「だからいい」
また。
リシェルらしい答えだった。
◇
道中。
ほとんど話さなかった。
それが。
別に気まずくない。
リシェルは歩きながら。
地面。
木。
空。
時々俺。
色々なものを見る。
けれど。
ノエルみたいに。
見つけるたび止まるわけではない。
何かを見て。
頭の中で。
そのまま考えている。
「疲れたら言えよ」
「まだ大丈夫」
「水飲むか?」
「あとで」
「腹は?」
「まだ」
「…………」
「何?」
「いや」
「心配?」
「まあな」
「六人の時も?」
「ああ」
「一人だと増える?」
「増えるな」
「どうして?」
「他に見るやつがいないから」
「…………」
「何だ?」
「お父さんも」
リシェルが。
少しだけ笑う。
「セレス姉みたい」
「俺が?」
「みんな見てる」
「親だからな」
「セレス姉も同じこと言いそう」
「それは困るな」
「なんで?」
「俺まで長女扱いされる」
「似てるって意味」
「分かってるよ」
◇
炭焼き跡へ着いた。
昔。
小さな窯を作って。
木炭を作った場所。
今はもう使っていない。
木々の間が。
少しだけ開けている。
「ここ?」
「ああ」
「静か」
「何もないからな」
「ある」
「何が?」
「空」
「…………」
見上げる。
確かに。
木が少ない分。
空が広く見えた。
「あと風」
「ああ」
「鳥の声」
「ああ」
「お父さん」
「俺も数えるのか」
「いるから」
「ユラみたいなこと言うな」
「昨日聞いた」
「何を?」
「『いるから見る』って」
「話したのか」
「うん」
「秘密じゃなかったのか?」
「ユラは秘密にしなかった」
「そうか」
◇
二人で。
倒れた丸太へ座る。
「それで」
俺は聞いた。
「何を聞きたかった?」
「…………」
リシェルは。
すぐ答えなかった。
膝の上で。
指を組む。
「お父さん」
「うん」
「私たち」
「ああ」
「いつまでここにいる?」
「…………」
思っていたより。
大きな質問だった。
「家に?」
「山に」
「ああ」
「ずっと?」
「どうだろうな」
「分からない?」
「分からない」
「お父さんでも?」
「ああ」
リシェルは。
空を見る。
「七人とも?」
「何が?」
「ずっと一緒?」
「それも分からない」
「…………」
「嫌か?」
「分からない」
「そうか」
「でも」
少し間を置く。
「考えると変になる」
「どう変になる?」
「今は」
リシェルは。
指を一本立てる。
「八人」
「ああ」
「朝起きる」
二本目。
「ご飯食べる」
三本目。
「仕事する」
四本目。
「夜寝る」
五本目。
「また朝」
「ああ」
「ずっと同じ」
「同じに見えるな」
「でも違う」
「何が?」
「みんな大きくなってる」
「…………」
さすが。
よく見ている。
「前はユラ抱っこされてばっかりだった」
「ああ」
「今は薪持つ」
「ああ」
「ラグナはもっと大きい石持てる」
「ああ」
「フェルナは前より遠くまで走る」
「ああ」
「セレス姉はもっと色々する」
「ああ」
「ミレアも、ノエルも」
「うん」
「私も」
「そうだな」
「だから」
指を閉じる。
「ずっと同じじゃない」
「ああ」
◇
「お父さん」
「何だ?」
「大きくなったら」
リシェルが。
今度は。
俺を見る。
「何するの?」
「好きなことすればいい」
「好きなこと?」
「ああ」
「ここにいても?」
「いい」
「出ても?」
「いい」
「一人でも?」
「いい」
「みんな一緒でも?」
「それもいい」
「…………」
「ただ」
「ただ?」
「その時、自分で決めろ」
「自分で?」
「ああ」
「お父さんが決めない?」
「決めない」
「どうして?」
「リシェルの人生だからだ」
「じんせい」
「ああ」
難しい言葉だったか。
「生き方ってことだ」
「…………」
「俺は危ないことなら止める」
「うん」
「知らないことなら教える」
「うん」
「困ったら助ける」
「うん」
「でも」
俺は。
少し考えて。
「何を好きになるかまで、俺が決めるのは違う」
「…………」
「誰といるかも」
「うん」
「どこで暮らすかも」
「うん」
「大きくなったら、自分で決める」
リシェルは。
しばらく。
何も言わなかった。
◇
「怖い?」
俺が聞く。
「少し」
「何が?」
「決めるの」
「ああ」
「間違えたら?」
「やり直せることならやり直せ」
「やり直せないことは?」
「決める前によく考える」
「それでも間違えたら?」
「その時考える」
「…………」
「何でも先に答えが分かるわけじゃない」
「お父さんでも?」
「ああ」
「また」
「何が?」
「お父さんでも分からない」
「多いぞ」
「思ってたより」
「俺を何だと思ってたんだ」
「何でも知ってる人」
「違うぞ」
「何でもできる」
「それも違う」
「でも大体できる」
「それは否定しにくいな」
「ほら」
「嬉しそうにするな」
◇
風が吹く。
枝が鳴る。
リシェルは。
しばらく空を見ていた。
「お父さん」
「うん?」
「私」
「ああ」
「考えるの好き」
「知ってる」
「分からないこと」
「ああ」
「すぐ答え聞くより」
「ああ」
「自分で考えたい」
「いいんじゃないか」
「でも」
「でも?」
「時間かかる」
「かければいい」
「みんな待ってくれる?」
「待てない時もある」
「フェルナ?」
「主にフェルナ」
「やっぱり」
「でも」
俺は続ける。
「急がないと危ない時は急げ」
「うん」
「今すぐ決めなくていいなら、考えろ」
「うん」
「分からなかったら聞け」
「うん」
「聞いても最後に決めるのは自分だ」
「…………」
「難しいか?」
「難しい」
「そうだな」
「でも」
リシェルは。
ほんの少し。
笑った。
「好き」
「難しいのが?」
「考えるの」
「そうか」
◇
昼飯。
二人で。
木の実入りのパンを食べる。
「お父さん」
「何だ?」
「もう一個聞く」
「今日は質問の日だな」
「いい?」
「ああ」
「お父さんは」
「うん」
「ずっとここにいる?」
「…………」
今度は。
俺が。
答えるまで時間がかかった。
「少なくとも」
「ああ」
「お前たちが、自分で生きていけるようになるまではいる」
「そのあと?」
「そのあとも、たぶんいる」
「たぶん?」
「俺の方が先にどうなるかなんて分からないからな」
「…………」
リシェルの顔から。
表情が消えた。
「お父さん」
「ん?」
「いなくなる?」
「ああ」
「いつか?」
「いつかはな」
「…………」
しまった。
まだ。
早かったか。
「リシェル」
「待って」
「うん?」
「考える」
「今?」
「うん」
止められた。
◇
かなり長く。
リシェルは黙っていた。
俺も。
待つ。
鳥の声。
風。
葉が擦れる音。
それだけが。
しばらく続く。
「…………嫌」
ようやく。
声がした。
「何が?」
「お父さんいなくなるの」
「ああ」
「でも」
「うん」
「ずっとは無理?」
「たぶんな」
「…………」
「だから」
「だから?」
「今、一緒にいる」
「…………」
「明日も」
「ああ」
「明後日も?」
「ああ」
「その次も?」
「予定がなければな」
「予定」
「何十年先じゃなくて、もっと近い話だ」
「分かる」
「今からそんな先まで心配してたら疲れるぞ」
「でも」
「考えるのは悪くない」
「うん」
「怖くなったら一人で考え続けなくていい」
「聞く?」
「俺でも、姉妹でも」
「…………」
「答えが出ないことを、八人で考えてもいい」
「八人で」
「ああ」
◇
帰り道。
リシェルは。
行きより。
俺の近くを歩いていた。
「手、繋ぐか?」
「…………」
聞くと。
少し驚いた顔。
「セレス姉みたいに?」
「ああ」
「私もいい?」
「駄目な理由あるか?」
「ない」
手を差し出す。
リシェルは。
そこへ。
自分の手を重ねた。
「小さいな」
「大きくなる」
「そうだな」
「大きくなったら」
「ああ」
「手、繋がない?」
「繋ぎたければ繋げばいい」
「変じゃない?」
「誰に言われるんだ」
「分からない」
「じゃあ今考える必要ないな」
「…………」
「どうした?」
「それ」
「何が?」
「今考えなくていいこともある」
「ああ」
「覚える」
◇
家が近づく。
案の定。
玄関前に。
六人。
「おかえり!」
フェルナが走ってくる。
そして。
俺とリシェルの手を見る。
「あっ!」
「何だ」
「また手!」
「またって何だ」
「セレス姉もやった!」
「私の真似?」
セレスが笑う。
「違う」
リシェルは。
手を離さなかった。
「自分で決めた」
「おお」
なぜか。
セレスが嬉しそうだ。
「何したの!?」
ラグナ。
「話した」
「何の!?」
「秘密」
フェルナが。
飛び上がった。
「ほんとに秘密だった!」
「朝言った」
「教えて!」
「まだやだ」
「なんで!」
「もう少し考える」
「ずるい!」
「フェルナ」
俺が止める。
「本人が話したくなるまで待て」
「待つの!?」
「ああ」
「最近それ多い!」
「必要だからな」
「むううう」
ラグナが。
リシェルを見る。
「楽しかった?」
「うん」
「何もしてないのに?」
「いっぱいした」
「何?」
「考えた」
「…………」
ラグナが。
ものすごく困った顔をする。
「それ楽しい?」
「楽しい」
「分かんない」
「分からなくていい」
「いいの!?」
◇
その夜。
七人が寝る前。
リシェルが。
突然。
口を開いた。
「みんな」
「なに?」
ユラが答える。
「大きくなったら」
「ああ?」
フェルナ。
「何したい?」
「何って?」
ラグナ。
「分からない」
セレス。
「今決めるの?」
ミレア。
「決めなくていい」
「じゃあなんで聞いたの?」
ノエル。
「考えたかった」
「一人で?」
「みんなでも」
六人が。
顔を見合わせる。
「フェルナは」
真っ先に。
腕を上げた。
「お父さんといる!」
「ラグナも!」
「わたしも」
ユラ。
「今の話、大きくなったらだよ」
セレスが笑う。
「大きくなっても!」
「そうなると思った」
「ノエルは?」
「まだ分からない」
「ミレアは?」
「私も」
「セレス姉」
「考えたことなかった」
「じゃあ」
リシェルは。
少し笑った。
「今は分からなくていい」
「なんで?」
「あとで決めるから」
「お父さんが?」
「自分で」
「…………」
六人。
また。
違う顔をした。
分かった顔。
分からない顔。
不安そうな顔。
面白そうな顔。
「でも」
リシェルが続ける。
「困ったら八人で考える」
「それお父さんも?」
フェルナ。
「うん」
「じゃあいい!」
早い。
「何がいいの?」
セレス。
「分かんない!」
「分かってないじゃない」
「でも八人ならいい!」
ラグナも頷く。
「それは分かる!」
「ラグナも分かってないでしょ」
「分かる!」
「何が?」
「八人!」
「そこだけ?」
笑い声が。
家の中に広がった。
◇
七人。
それぞれと。
一人ずつ過ごした。
ミレア。
フェルナ。
セレス。
ラグナ。
ノエル。
ユラ。
リシェル。
同じ家で。
同じ飯を食べ。
毎日顔を見ている。
それでも。
二人になって初めて聞くことがあった。
二人になって初めて見える顔があった。
七人まとめて。
俺の娘。
それは間違いない。
けれど。
七人は。
一人ずつ違う。
好きなものも。
怖いものも。
考え方も。
欲しい時間も。
少しずつ違う。
なら。
これからも。
たまには。
一人ずつ見る日を作ろう。
七人全員といる時間を。
大事にしながら。
一人しかいない時にしか見えないものも。
見落とさないように。
「お父さん!」
寝床から。
フェルナの声。
「今度はまた最初から!?」
「もう次の順番考えてるのか」
「うん!」
「寝ろ!」
「明日考える!」
「今考えるな!」
「リシェルが考えていいって!」
「今考えなくていいこともあるって言った」
リシェルの声。
「どっち!?」
「明日でいい」
「じゃあ明日!」
やっぱり。
静かな日は。
まだ当分。
来そうになかった。




