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第37話 ユラは、どこにも行かなくていいと言った



 翌朝。


「今日は」


 朝飯を食べ終えたところで。


 ユラが。


 俺の袖を。


 ちょん、と引いた。


「ん?」


「わたし?」


「ああ」


 残っているのは。


 ユラとリシェル。


 リシェルは昨日の夜から。


「私は最後でいい」


 と言っているので。


 今日は自然と。


 ユラの番になった。


「どこ行く!?」


 フェルナが聞く。


「滝?」


「石?」


 ラグナ。


「歩く?」


 ノエル。


「ユラが決めるの」


 セレスが止める。


「そうだぞ」


 俺も頷く。


「ユラ、どこへ行きたい?」


「…………」


 ユラは。


 少し考えた。


「いかない」


「ん?」


「どこも、いかない」


「家にいるのか?」


「うん」


「二人の日だぞ?」


「うん」


「それでいいのか?」


「いい」


 即答だった。


 俺の袖を。


 もう一度。


 きゅっと掴む。


「おとうさんのいるとこ、いる」


「…………」


 なるほど。


 そういう一日も。


 悪くないかもしれない。


     ◇


「じゃあ」


 俺は立ち上がった。


「今日は家の仕事をするか」


「する」


「薪も?」


「する」


「鶏も?」


「する」


「畑も?」


「する」


「昼飯作るのも?」


「する」


「全部か?」


「ぜんぶ」


「大変だぞ」


「へいき」


 胸を張る。


「おとうさん、いつもしてる」


「まあな」


「だから、みる」


「見るだけ?」


「てつだう」


「そうか」


「うん」


     ◇


 最初は。


 鶏の世話。


「餌、これくらい」


「うん」


「一か所に固めるなよ」


「なんで?」


「強いやつが全部食うから」


「…………」


 ユラは。


 餌を撒こうとしていた手を止めた。


「みんな、たべる?」


「ああ」


「じゃあ」


 少しずつ。


 場所を変えて撒く。


「こっち」


「ああ」


「こっちも」


「そうそう」


「ちいさいこ、たべた」


「よく見てるな」


「うん」


 ユラは。


 嬉しそうに。


 鶏を眺める。


「おとうさん」


「何だ?」


「いつも、これする?」


「毎朝な」


「ひとりで?」


「誰か手伝う時もある」


「でも、する?」


「ああ」


「…………」


「どうした?」


「しらなかった」


「何を?」


「おとうさん、いっぱいしてる」


「今さらか」


 笑うと。


 ユラは。


 真面目な顔で。


「もっとみる」


 と言った。


     ◇


 次は薪。


「これは運ぶだけだ」


「もつ」


「重いぞ」


「もつ」


「じゃあ二本な」


「もっと」


「二本」


「みっつ」


「二本」


「…………」


「ラグナみたいな顔するな」


「ラグナじゃない」


「知ってる」


 二本渡す。


 ユラは。


 両腕で抱える。


 歩く。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


「重いか?」


「…………へいき」


「顔がへいきじゃないぞ」


「へいき」


「無理するな」


「…………」


 あと少し。


 薪置き場まで。


 自分で運び切った。


「できた」


「ああ」


「もういっかい」


「休んでから」


「まだできる」


「休んでから」


「…………はい」


 素直に座る。


「おとうさん」


「ん?」


「いつも、なんほん?」


「もっとだな」


「ずるい」


「何が?」


「おとうさん、つよい」


「大人だからな」


「わたしも、おおきくなる」


「ああ」


「そしたら、いっぱいもつ」


「そうしろ」


「おとうさん、もたなくていい」


「それは困る」


「なんで?」


「俺の仕事なくなるだろ」


「…………」


 ユラが。


 少し考えた。


「じゃあ、はんぶん」


「半分?」


「おとうさん、はんぶん」


「ユラが半分?」


「うん」


「大きくなったらな」


「やくそく」


「はいはい」


     ◇


 畑へ行く。


 昨日。


 ラグナと並べた石も。


 ちゃんと残っている。


「あ」


 ユラが指差した。


「ラグナの?」


「ああ」


「これ?」


「そうだ」


「ラグナ、まもった?」


「畑をな」


「すごい?」


「すごいぞ」


「…………」


 ユラは。


 石を触った。


「フェルナは?」


「何が?」


「フェルナも、なんかした?」


「滝で遊んだ」


「…………」


「あいつはあいつで、ちゃんと色々覚えたぞ」


「セレスは?」


「薪にする木を見た」


「ノエルは?」


「いっぱい見つけた」


「ミレアは?」


「一緒に歩いた」


「…………」


「どうした?」


 ユラは。


 畑の土を見る。


「わたし、なにする?」


「今日は一緒に仕事してるだろ」


「でも」


「うん?」


「みんな、なんかある」


「ユラもあるぞ」


「なに?」


「俺の仕事を一日手伝う」


「それ、すごい?」


「助かってる」


「…………ほんと?」


「ああ」


「どれくらい?」


「鶏の餌やっただろ」


「うん」


「薪も運んだ」


「うん」


「これから草も取る」


「うん」


「十分だ」


「…………」


 少し。


 顔が明るくなる。


「じゃあ、いっぱいとる」


「根っこからな」


「うん!」


     ◇


 草取りは。


 思ったより長く続いた。


 ユラは。


 黙々と。


 一つずつ抜いていく。


「それは野菜だ」


「…………」


「抜くなよ」


「わかってた」


「今、掴んでたぞ」


「さわっただけ」


「本当か?」


「ほんと」


 怪しい。


「これは?」


「草」


「これは?」


「草」


「これは?」


「野菜」


「正解」


「これは?」


「草」


「これは?」


「…………」


「お父さん?」


「草……だと思う」


「わかんない?」


「たまにはな」


 ユラが。


 少し驚いた顔をする。


「おとうさんも?」


「何でも知ってるわけじゃないぞ」


「でも、おとうさん」


「うん」


「おとうさんなのに」


「父親は何でも知ってる生き物じゃない」


「…………」


 どうやら。


 かなり意外だったらしい。


「じゃあ」


 ユラが聞く。


「わかんないとき、どうする?」


「分かるまで触らない」


「なんで?」


「間違えて抜いたら戻せないからな」


「…………」


「分からないなら、待つ」


「まつ」


「ああ」


「おおきくなったら、わかる?」


「植物ならな」


「そっか」


 ユラは。


 分からなかった草を。


 そのまま残した。


「これ、まつ」


「ああ」


     ◇


 昼。


 今日は。


 二人で飯を作る。


「切る?」


「ユラにはまだ危ない」


「できる」


「今日は混ぜる方」


「…………」


 不満そうだ。


「包丁はもう少し大きくなってから」


「おおきくなったら?」


「教える」


「やくそく?」


「ああ」


「じゃあまつ」


「今日はよく待つな」


「できる」


 胸を張る。


「何混ぜる?」


「鍋」


「それは分かる」


「言うようになったな」


     ◇


 俺が切った野菜を。


 ユラが鍋へ入れる。


 木べらで混ぜる。


「ゆっくり」


「うん」


「底から」


「うん」


「こぼすなよ」


「うん」


「熱いから近づきすぎるな」


「うん」


 返事だけは完璧だ。


「おとうさん」


「ん?」


「いつも、これする?」


「飯はな」


「まいにち?」


「ああ」


「ずっと?」


「食わない日はないからな」


「…………」


「どうした?」


「たいへん」


「そうか?」


「だって」


 鍋を混ぜながら。


「まきも」


「ああ」


「にわとりも」


「ああ」


「はたけも」


「ああ」


「ごはんも」


「ああ」


「おうちもなおす」


「まあな」


「みんなもみる」


「それが一番大変かもしれないな」


「…………」


 ユラが。


 木べらを止める。


「おとうさん」


「ん?」


「つかれる?」


「そりゃ疲れる時もある」


「…………」


「でも寝れば大体治る」


「ほんと?」


「ああ」


「いっぱい?」


「何が?」


「いっぱい、つかれる?」


「今日は質問多いな」


「しりたい」


 真剣だ。


「まあ」


 少し考える。


「七人全員が同時に騒いだ日は、かなり疲れる」


「…………」


「冗談だ」


「ほんと?」


「半分くらい本当」


「…………」


 ユラが。


 ものすごく考え込んだ。


     ◇


 昼飯を食べる。


「おいしい?」


 ユラが聞く。


「ああ」


「わたし、まぜた」


「知ってる」


「おいしい?」


「さっき言っただろ」


「もういっかい」


「美味い」


「えへへ」


 それだけで。


 嬉しそうに食べる。


「おとうさん」


「ん?」


「ごはん、つくれるようになる」


「いいんじゃないか」


「まきも」


「ああ」


「にわとりも」


「ああ」


「はたけも」


「ああ」


「おうちも」


「屋根はまだ早い」


「おおきくなったら」


「そうだな」


「ぜんぶ、おぼえる」


「全部?」


「うん」


「どうして?」


「おとうさん、つかれたら」


 ユラは。


 当たり前のように言った。


「わたし、する」


「…………」


「そしたら、おとうさん、ねる」


「俺を隠居させる気か?」


「いんきょ?」


「何でもない」


「する?」


「まだしない」


「じゃあ」


 少し考える。


「いっしょにする」


「それなら助かる」


「うん!」


     ◇


 午後。


 家の裏で。


 道具の手入れをする。


 ユラは。


 俺の隣。


 ぴったり座っている。


「暇じゃないか?」


「ひまじゃない」


「見てるだけだぞ」


「みてる」


「面白い?」


「うん」


「何が?」


「おとうさん」


「俺?」


「うん」


「道具じゃなくて?」


「おとうさん」


「…………」


 そういえば。


 昨日。


 ノエルが言っていた。


 ――ユラはお父さん見る。


「ユラ」


「なに?」


「いつも俺のこと見てるのか?」


「うん」


「何で?」


「いるから」


「それだけ?」


「うん」


「…………」


 よく分からない。


「おとうさん」


「何だ?」


「ここ」


 ユラが。


 俺の手を指差した。


「傷」


「ああ」


 昔の傷だ。


「いたい?」


「もう痛くない」


「いつ?」


「ずっと前」


「わたしたち、くるまえ?」


「ああ」


「…………」


 ユラが。


 指先で。


 傷の少し横を触る。


「これも」


「それも昔だな」


「これも」


「ああ」


「いっぱい」


「山で暮らしてりゃ傷くらい増える」


「…………」


「心配するほどじゃないぞ」


「でも」


「ん?」


「おとうさんも、けがする」


「するぞ」


「つかれる」


「ああ」


「わかんないこともある」


「ある」


「…………」


 ユラが。


 俺の顔を見る。


「ふつう?」


「何が?」


「おとうさんも」


「ああ」


「普通だよ」


「…………そっか」


 なぜか。


 少し安心した顔になった。


     ◇


 夕方。


 他の六人が。


 薪拾いから戻ってきた。


「ただいま!」


「おかえり」


 フェルナが。


 真っ先にユラへ寄る。


「何した!?」


「いっぱい」


「どこ行った!?」


「いってない」


「え?」


「おうち」


「ずっと!?」


「うん」


「楽しかった!?」


「うん」


「…………」


 フェルナが。


 理解できない顔をする。


「何したの?」


 ミレアが聞く。


「にわとり」


「うん」


「まき」


「うん」


「はたけ」


「うん」


「ごはん」


「うん」


「おとうさんみた」


「最後だけ仕事じゃないね」


 セレスが笑う。


「いっぱいみた」


 ユラは。


 満足そうだった。


     ◇


 夜。


 布団へ入る前。


 ユラが。


 俺のところへ来た。


「おとうさん」


「どうした?」


「つかれた?」


「今日はそんなに」


「ほんと?」


「ああ」


「じゃあ」


 両手を広げる。


「ぎゅーする?」


「何でそうなる」


「つかれたら、ぎゅーするといい」


「誰に教わった?」


「わたし」


「自分で決めたのか」


「うん」


 仕方なく。


 抱き上げる。


「これでいいか?」


「うん」


 首に。


 腕が回る。


「おとうさん」


「ん?」


「きょう」


「ああ」


「どこもいかなかった」


「そうだな」


「でも」


 ユラが。


 俺の肩へ頬をつける。


「いっぱいあった」


「何が?」


「おとうさんのしてること」


「…………」


「しらないの、いっぱい」


「ああ」


「またみる」


「好きにしろ」


「またてつだう」


「助かる」


「おおきくなったら、はんぶん」


「覚えてたのか」


「うん」


「じゃあ頼む」


「やくそく」


「ああ」


 遠くへ行かなくても。


 珍しいものを見つけなくても。


 特別なことをしなくても。


 ユラにとっては。


 俺と一日。


 同じ場所にいて。


 同じ仕事をして。


 今まで知らなかったことを。


 一つずつ知る。


 それだけで。


 十分な「二人の日」だったらしい。


 そして。


 残るのは。


 あと一人。


「お父さん」


 少し離れたところで。


 リシェルが。


 こちらを見ていた。


「明日」


「ああ」


「私でいい?」


「もちろん」


「分かった」


 それだけ言って。


 リシェルは。


 自分の寝床へ戻った。


 七人目の二人の日。


 どうやら最後は。


 一番何を考えているのか分かりにくい娘になりそうだった。


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