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第36話 今日は、ノエルが見つけたものを全部見に行く



 翌朝。


「今日はノエル」


 朝飯の席で。


 本人が言った。


「珍しく早いな」


「昨日から決めてた」


「そうなのか?」


「うん」


 ノエルは。


 いつも通り。


 大きな声を出すでもなく。


 椀を持ったまま。


 こくりと頷いた。


「ノエル、どこ行くの?」


 フェルナが聞く。


「まだ決めてない」


「滝いいよ!」


「フェルナが行ったところでしょ」


「もう一回行けばいい!」


「今日はノエルの日」


 セレスが言う。


「フェルナが決めないの」


「むう」


「ノエル」


 ラグナが身を乗り出す。


「石運ぶ?」


「運ばない」


「強くなれるよ!」


「別に今はいい」


「なんで!?」


「ノエルは」


 リシェルが。


 隣から静かに言った。


「たぶん、歩くだけで楽しい」


「うん」


 ノエルが頷く。


「見るものいっぱいあるから」


「見るもの?」


 ユラ。


「うん」


「なに?」


「まだ分からない」


「分からないのにあるの?」


「行けばある」


「…………」


 ユラが。


 難しい顔になった。


「ノエルらしいね」


 ミレアが笑った。


「じゃあ」


 俺は。


 ノエルを見る。


「今日は、行き先を決めずに歩くか」


「いいの?」


「危ないところへ行かない範囲でな」


「うん」


 その瞬間。


 ノエルの目が。


 ほんの少しだけ。


 いつもより明るくなった。


     ◇


 家を出て。


 森へ入る。


「どっち行く?」


 俺が聞く。


「こっち」


 ノエルが。


 迷わず右を指した。


「理由は?」


「昨日、鳥が飛んでた」


「鳥?」


「青いやつ」


「見たことあるだろ」


「昨日のは少し違った」


「どこが?」


「尾っぽ」


 そこまで見ていたのか。


「長かった?」


「ううん」


「色?」


「違う」


「じゃあ?」


「飛び方」


「…………」


 俺には分からない。


「行ってみるか」


「うん」


     ◇


 少し歩く。


 鳥はいなかった。


 代わりに。


「あ」


 ノエルが止まる。


「どうした?」


「これ」


 しゃがんだ。


 地面から。


 小さな芽が出ている。


「昨日なかった」


「よく覚えてるな」


「ここ通ったから」


「何の芽か分かるか?」


「分からない」


「じゃあ抜くなよ」


「うん」


 ノエルは。


 触らず。


 ただ見ている。


「育ったら分かるかも」


「そうだな」


「また来る」


「ああ」


 二歩。


 歩く。


「あ」


「今度は何だ?」


「蟻」


「蟻なら家の近くにもいるぞ」


「これ大きい」


「…………本当だな」


 普通より。


 少し大きい。


「どこ行くんだろ」


「巣じゃないか?」


「どこ?」


「追うのか?」


「うん」


「鳥は?」


「また後で」


 目的が。


 もう変わった。


     ◇


 二人で。


 蟻を見る。


 追う。


 途中。


 蟻は。


 枯れ葉の下へ潜った。


「消えた」


「下にいるな」


「持ち上げていい?」


「そっとな」


 ノエルが。


 枯れ葉を持ち上げる。


「あ」


 その下に。


 小さな穴。


「巣?」


「たぶんな」


「入る?」


「お前は入れないぞ」


「蟻」


「ああ」


「うん」


 覗く。


「暗い」


「そりゃそうだ」


「中どうなってる?」


「掘れば見えるかもしれないが」


「掘らない」


「いいのか?」


「家壊れる」


「そうだな」


「蟻困る」


「ああ」


 ノエルは。


 枯れ葉を。


 元の位置へ戻した。


「見るだけ」


「それでいい」


     ◇


 また歩く。


「あ」


「今度は?」


「木」


「ずっと木だらけだぞ」


「これ」


 一本の木の幹。


 そこに。


 細い傷があった。


「何だと思う?」


「爪?」


「かもしれない」


「熊?」


「熊ならもっと高い」


「鹿?」


「角かもしれないな」


「ここにいた?」


「いつかは」


「今も?」


「分からん」


「…………」


 ノエルが。


 木の傷を指でなぞる。


「森って」


「ん?」


「何もいなくても、いたって分かる」


「ああ」


「変なの」


「そうか?」


「姿見えないのに」


「足跡もそうだろ」


「うん」


「食べた跡とか、寝た跡とか」


「全部残る?」


「全部じゃない」


「じゃあ」


 ノエルは。


 少し考えた。


「見つけたら、その時だけ分かる?」


「そうだな」


「じゃあ見ないと無くなる?」


「雨が降れば消えるものもある」


「…………」


 ノエルは。


 急に。


 周囲を見回した。


「どうした?」


「いっぱい見たい」


「急がなくても森は逃げないぞ」


「でも跡は消える」


「…………」


 そういう意味か。


「全部見るのは無理だぞ」


「分かってる」


「なら」


「今見つけたの見る」


「それでいい」


「うん」


     ◇


 昼前。


 小さな沢へ出た。


「ここ知ってる?」


 ノエルが聞く。


「知ってる」


「来たことある?」


「何度も」


「何がある?」


「水」


「それは見れば分かる」


「石」


「それも」


「魚は少ない」


「他は?」


「自分で探せ」


「うん」


 ノエルは。


 嬉しそうに。


 沢沿いを歩き始めた。


「あ」


「早いな」


「これ」


 拾ったのは。


 白い小石。


「きれい」


「持って帰るのか?」


「ううん」


「いいのか?」


「ここにある方がきれい」


「そうか」


 水へ戻す。


 また少し進む。


「あ」


「今度は?」


「穴」


 岩の隙間。


「何かいる?」


「見てみろ」


 しゃがむ。


 覗く。


「…………」


「どうだ?」


「見えない」


「手入れるなよ」


「なんで?」


「何かいたら噛まれる」


「じゃあ待つ」


「出てくるとは限らないぞ」


「うん」


「どれくらい?」


「分かんない」


「昼飯食うか」


「ここで?」


「ああ」


「じゃあ見る」


「食いながらか?」


「うん」


     ◇


 二人で。


 岩に座る。


 握り飯を食べる。


 ノエルは。


 食べながら。


 ずっと穴を見ていた。


「そんなに気になるか?」


「うん」


「何がいると思う?」


「トカゲ」


「どうして?」


「小さいから」


「虫かもしれないぞ」


「それでもいい」


「何もいなかったら?」


「それでもいい」


「…………」


 俺は。


 少し笑った。


「何?」


「いや」


「お父さん笑った」


「ああ」


「変だった?」


「違う」


「じゃあ?」


「ノエルは」


 握り飯を一口食べる。


「何か見つけるのが好きなんだな」


「うん」


「すごいものじゃなくても?」


「うん」


「役に立たなくても?」


「うん」


「食べられなくても?」


「うん」


「強くなくても?」


「うん」


「何で?」


 ノエルは。


 俺を見る。


 逆に。


 不思議そうな顔をした。


「知らないから」


「知らないと?」


「知りたい」


「知ったら?」


「次の知らないの見る」


「終わらないな」


「うん」


 即答。


「楽しい?」


「楽しい」


     ◇


 その時。


 岩の隙間から。


 何かが。


 ぬるりと出た。


「あ」


 ノエルが。


 動きを止める。


 小さな。


 茶色いトカゲだった。


「当たりだな」


「…………」


「ノエル?」


「しー」


「ああ」


 声を落とす。


 トカゲは。


 俺たちを警戒しながら。


 岩の上へ出てきた。


 少し。


 日向に留まる。


「暖かいところ来た」


 ノエルが。


 囁く。


「そうだな」


「触れる?」


「逃げると思うぞ」


「じゃあ触らない」


「いいのか?」


「見てる」


 しばらく。


 二人で。


 何も言わず。


 トカゲを見た。


 やがて。


 トカゲは。


 また岩陰へ消えた。


「行った」


「ああ」


「いたね」


「いたな」


「待ってよかった」


「そうだな」


     ◇


 昼飯のあと。


 帰り道。


「お父さん」


「なんだ?」


「ノエルね」


「ああ」


「みんなが見ないもの見るの好き」


「そうなのか」


「フェルナは先に走る」


「ああ」


「ラグナは大きいもの見る」


「ああ」


「セレス姉はみんな見る」


「そうだな」


「ミレアは静かなもの見る」


「うん」


「ユラはお父さん見る」


「……そうか?」


「よく見てる」


「知らなかった」


「リシェルは考える」


「ああ」


「ノエルは」


 足元を見る。


「小さいの見る」


「なるほど」


「でも」


「ん?」


「みんな見ないから」


「うん」


「たまに」


 少し。


 声が小さくなった。


「言っても分かってもらえない」


「…………」


「昨日」


「何かあったか?」


「虫の抜け殻見つけた」


「ああ」


「フェルナに見せたら」


 ノエルは。


 フェルナの真似をするように。


 少しだけ声を高くした。


「『それだけ!?』って」


「言いそうだな」


「それだけじゃないのに」


「ノエルには?」


「うん」


「大事だった?」


「大事っていうか」


 しばらく。


 言葉を探す。


「面白かった」


「ああ」


「でもフェルナには面白くなかった」


「そうだな」


「どっちが正しい?」


「どっちも」


「…………」


「ノエルが面白いと思うものを、フェルナも面白いと思う必要はない」


「うん」


「フェルナが好きなものを、ノエルが好きになる必要もない」


「うん」


「でも」


「でも?」


「ノエルが面白いと思ったことは、ノエルにとってはちゃんと面白い」


「…………」


「それでいい」


 ノエルが。


 しばらく黙る。


「変じゃない?」


「全然」


「小さいものばっかりでも?」


「ああ」


「ずっと見てても?」


「帰る時間は守れ」


「うん」


「危ないものには触るな」


「うん」


「飯も忘れるな」


「リシェルみたいに?」


「そう」


「分かった」


     ◇


 少し歩いたところで。


「あ」


 また。


 ノエルが止まった。


「今度は何だ?」


「羽」


 地面に。


 一枚。


 青みがかった羽が落ちている。


「朝言ってた鳥?」


「たぶん」


 拾う。


「尾っぽじゃない」


「そうだな」


「でも同じ色」


「なら近くにいたのかもな」


「持って帰っていい?」


「ああ」


「みんなに見せる」


「フェルナ、また『それだけ』って言うかもしれないぞ」


 ノエルは。


 少し考えた。


 それから。


「いい」


「いいのか?」


「フェルナが面白くなくても」


 羽を。


 大事そうに持つ。


「ノエルは面白いから」


「そうか」


「あと」


「ん?」


「お父さんは見てくれた」


「ああ」


「だからいい」


     ◇


 家へ戻る。


「おかえり!」


「何した!?」


 案の定。


 フェルナが最初に来た。


「いっぱい見た」


 ノエルが答える。


「何!?」


「蟻」


「うん!」


「木の傷」


「うん!」


「芽」


「うん!」


「トカゲ」


「おお!」


「羽」


 青い羽を見せる。


「…………」


 フェルナが見る。


「それだけ?」


 ぴたり。


 ノエルが。


 俺を見る。


 俺も。


 ノエルを見る。


「…………」


 二人で。


 笑った。


「なんで!?」


 フェルナが叫ぶ。


「何!?」


「何で笑ったの!?」


「何でもない」


 ノエルは。


 羽を持って。


 家へ入る。


「待って!」


「ノエル!」


「説明して!」


 フェルナが追いかける。


     ◇


 その夜。


 夕飯を食べたあと。


 ノエルは。


 拾った羽を。


 窓の近くに置いていた。


「そこに置くのか?」


「うん」


「なくすなよ」


「大丈夫」


「また鳥探す?」


「うん」


「見つかるといいな」


「見つからなくてもいい」


「そうなのか?」


「羽見つけたから」


「それで満足?」


「ううん」


「じゃあ?」


「次は別のもの見つける」


「なるほど」


 ノエルが。


 窓の外を見る。


 山は。


 もう薄暗い。


 昼間なら。


 何でもない地面にも。


 葉の裏にも。


 石の隙間にも。


 あいつには。


 きっと。


 俺が気づかないものが。


 いくつも見えている。


「お父さん」


「なんだ?」


「また二人で歩く?」


「ああ」


「行き先なしで?」


「いいぞ」


「何も見つからなかったら?」


「それも一日だ」


「うん」


 ノエルは。


 嬉しそうに。


 少しだけ笑った。


 七人いれば。


 同じ山を見ても。


 きっと。


 七通りのものが見えている。


 そして俺は。


 今日。


 ノエルが見ている山を。


 ほんの少しだけ。


 一緒に見ることができた。


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