第35話 ラグナは、役に立つところを見せたい
翌朝。
「今日はラグナ!」
朝飯が終わるより先に。
ラグナが宣言した。
「まだ何も言ってないぞ」
「でもラグナ!」
「順番の話か?」
「うん!」
昨日。
セレスと二人で出かけた。
一昨日はフェルナ。
その前はミレア。
となれば。
残る四人が、自分の番を気にするのも当然だった。
「ノエルも行きたい」
「わたしも」
ユラ。
「私はいつでも」
リシェル。
「ほら!」
ラグナが立ち上がる。
「ラグナが一番行きたい!」
「それを基準にするのか?」
「うん!」
「堂々と言うな」
セレスが苦笑する。
「でも、昨日からずっと待ってたよ」
「夜も?」
フェルナ。
「寝てた!」
「じゃあ待ってない!」
「寝ながら待ってた!」
「そんなのある?」
「ある!」
朝から。
いつもの調子だ。
「分かった」
俺は椀を置いた。
「今日はラグナ」
「やったあ!」
「ただし」
「なに!?」
「飯を飲み込んでから叫べ」
「むぐ」
「ほら」
◇
「それで」
家を出る。
「どこへ行きたい?」
「何かする!」
「随分広いな」
「フェルナは滝行った」
「ああ」
「セレス姉は薪の木見に行った」
「ああ」
「ミレアはお父さんと二人で歩いた」
「そうだな」
「だからラグナは」
胸を張る。
「すごいことする!」
「嫌な予感しかしない」
「なんで!?」
「お前の言う『すごいこと』は大抵危ない」
「今日は危なくない!」
「何するんだ?」
「分かんない!」
「決めてないのかよ」
「お父さん決めて!」
丸投げだった。
◇
少し考えて。
今日は。
山の斜面にある石を集めることにした。
「石?」
「ああ」
「何に使うの?」
「畑の端に並べる」
「なんで?」
「雨で土が流れにくくするためだ」
「…………」
ラグナが。
露骨に。
しょんぼりした。
「すごくない」
「役には立つぞ」
「もっとこう」
腕を振り回す。
「どーん! ってするやつ!」
「しなくていい」
「大きい獣倒すとか!」
「探しに行くな」
「木を一本持って帰る!」
「薪にするなら切れ」
「岩壊す!」
「石拾いでいいだろ」
「地味!」
「生活の大半は地味だ」
「むう……」
不満そうだ。
それでも。
帰るとは言わなかった。
◇
斜面へ着く。
大小の石が。
あちこちに転がっていた。
「このくらいのを集める」
両手で持てる程度の石を示す。
「これ?」
「ああ」
ラグナが持つ。
「軽い」
「なら二つくらいで――」
「これにする!」
「待て」
俺の言葉を遮って。
ラグナが向かったのは。
腰くらいまである岩だった。
「それは置いとけ」
「持てる!」
「持てるかどうかじゃない」
「じゃあ見てて!」
「話を聞け」
岩へ手をかける。
「んんんん……!」
「ラグナ」
「んんんんんん……!」
「腰痛めるぞ」
「んん……!」
岩が。
ほんの少し。
動いた。
「動いた!」
「だから何だ」
「持てる!」
「持って帰る必要がない」
「でも大きい!」
「畑にそんなの置いたら邪魔だ」
「…………」
止まった。
「邪魔?」
「ああ」
「役に立たない?」
「今回の目的にはな」
「…………」
ラグナは。
岩を見た。
少し寂しそうな顔になる。
「大きいのに」
「大きければいいってもんじゃない」
「強いのに」
「岩に強い弱いあるか?」
「重い」
「それは重いだけだ」
◇
しばらく。
二人で石を拾う。
「これ」
「ちょうどいい」
「これは?」
「少し小さいな」
「じゃあ二個持つ」
「ああ」
最初は不満そうだったラグナも。
そのうち。
使えそうな石を探す方に夢中になってきた。
「お父さん!」
「なんだ?」
「これ丸い!」
「そうだな」
「きれい!」
「それは畑用じゃなくて持って帰るのか?」
「うん!」
「好きにしろ」
袋へ入れる。
「お父さん!」
「今度は?」
「これ変!」
今度は。
三角形に近い石。
「ほんとだな」
「これも持って帰る!」
「石だらけになるぞ」
「いい!」
「誰が片づける?」
「ラグナ!」
「本当だな?」
「……セレス姉と」
「自分でやれ」
◇
昼前。
集めた石を。
少しずつ運ぶ。
「いっぱい持てるよ」
「知ってる」
「もっと載せて」
「駄目」
「まだいける」
「駄目」
「なんで?」
「転んだ時危ない」
「転ばない」
「昨日フェルナもそう言ってた」
「フェルナと一緒にしないで!」
「同じこと言ってるぞ」
「ラグナの方が強い!」
「強くても転ぶ時は転ぶ」
「…………」
少し考えたあと。
「じゃあ」
一個減らした。
「これなら?」
「いい」
「ちゃんと減らした」
「ああ」
「偉い?」
「偉い」
「えへへ」
それだけで。
機嫌が直る。
◇
畑へ戻り。
石を並べ始める。
「ここ?」
「ああ」
「こう?」
「少し隙間開けろ」
「なんで?」
「水が全部止まると困る」
「流すの?」
「少しずつな」
俺が説明すると。
ラグナは。
石を置き直した。
「全部止める方が強いのに」
「強すぎると困ることもある」
「…………」
「水は流れないと溜まる」
「うん」
「溜まりすぎれば畑が駄目になる」
「うん」
「だから」
「止めすぎない?」
「そう」
ラグナが。
並べた石を見る。
「難しい」
「そうだな」
「力いっぱいじゃ駄目?」
「ああ」
「何でも?」
「何でもとは言わないが」
俺は石を一つ置く。
「力があるなら、使い方も覚えないとな」
「使い方」
「ああ」
「強いだけじゃ駄目?」
「強いのは悪くない」
「ほんと?」
「もちろん」
「じゃあいい!」
「話を最後まで聞け」
「はい」
「強くて」
一度。
ラグナを見る。
「必要な時に、必要なだけ使えたらもっといい」
「…………」
「できそうか?」
「できる!」
即答だった。
「早いな」
「ラグナ強いから!」
「そこに戻るのか」
◇
昼飯は。
畑の横で食べた。
「お父さん」
「ん?」
「今日」
「ああ」
「すごいことしてない」
「石運んだな」
「地味だった」
「そうだな」
「でも」
握り飯を食べながら。
並べた石を見る。
「雨降ったら役に立つ?」
「ああ」
「畑守る?」
「たぶんな」
「野菜守る?」
「ああ」
「みんなが食べるやつ?」
「そうだ」
「…………」
ラグナが。
少し笑った。
「じゃあすごい?」
「十分すごいんじゃないか」
「どーんってしてないのに?」
「しなくていい」
「岩壊してない」
「壊すな」
「獣も倒してない」
「倒す必要ない」
「でも役に立つ」
「ああ」
「…………」
一口。
また握り飯を食べる。
「そっか」
◇
「お父さん」
「なんだ?」
「ラグナね」
「ああ」
「強くなりたい」
「知ってる」
「もっと」
「ああ」
「すっごく」
「分かった」
「山で一番!」
「熊より?」
「熊より!」
「大変だな」
「お父さんより!」
「俺も入るのか」
「入る!」
拳を握る。
「なんでそんなに強くなりたい?」
「だって」
ラグナが。
少し考える。
「みんな守れる」
「…………」
「セレス姉も」
「ああ」
「フェルナも」
「ああ」
「ミレアも、ノエルも、ユラも、リシェルも」
「ああ」
「お父さんも!」
「俺も?」
「うん!」
胸を張る。
「ラグナが一番強くなったら、お父さんも守れる!」
「そうか」
「嬉しい?」
「嬉しいぞ」
「ほんと?」
「ああ」
ラグナの頭を撫でる。
「ただ」
「なに?」
「守るってのは、殴るだけじゃない」
「殴らない?」
「場合による」
「獣なら?」
「必要なら追い払う」
「悪いやつなら?」
「まず逃げられるなら逃げる」
「でも!」
「戦わなくて済むなら、それが一番だ」
「…………」
納得しきれない顔。
「ラグナ」
「うん」
「今日やったのも守ることだぞ」
「石?」
「ああ」
「誰も殴ってないよ」
「畑を雨から守る」
「…………」
「冬の薪を集めるのもそうだ」
「寒いのから守る?」
「そう」
「ご飯作るのは?」
「腹減るのから守る」
「それ守るって言う?」
「言ってもいいだろ」
「じゃあ」
指を折る。
「家直すのも?」
「ああ」
「ユラ転びそうな時、手持つのも?」
「ああ」
「フェルナ止めるのも?」
「かなり大事だな」
「なんでフェルナだけ?」
「事故が多いから」
「分かる!」
大きく頷いた。
◇
帰る前。
ラグナが。
朝見つけた大きな岩の前で止まった。
「まだ持ちたいか?」
「ううん」
「お」
「これは」
岩を叩く。
「いらないから置いとく」
「そうしろ」
「でも」
「ん?」
「いつか必要になったら持つ」
「必要ならな」
「うん!」
ようやく。
大きいから。
重いから。
力を使えるから。
それだけで選ばなくなったらしい。
◇
家へ戻る。
「おかえり!」
六人が出てきた。
「何した!?」
フェルナが聞く。
「石!」
「石?」
「いっぱい運んだ!」
「…………それだけ?」
「それだけじゃない!」
ラグナが胸を張る。
「畑守った!」
「石で?」
「うん!」
「どうやって?」
「雨が!」
そこで。
止まる。
「…………お父さん」
「自分で説明しろ」
「むう」
頑張って説明を始める。
水が流れる。
土も流れる。
だから石を並べる。
でも。
止めすぎると駄目。
「だから!」
最後に。
両手を広げた。
「ちょうどよくする!」
「…………」
リシェルが。
少し考え。
「だいたい合ってる」
「やった!」
「でも説明は足りない」
「なんで!」
◇
その夜。
俺が薪を運んでいると。
「お父さん」
ラグナが来た。
「どうした?」
「持つ」
「いいのか?」
「うん」
「重いぞ」
「平気!」
「全部持つなよ」
「…………」
伸ばしかけた手が。
止まる。
「半分」
「お」
「これくらい?」
「ああ」
薪を半分渡す。
ラグナが抱える。
「必要なだけ?」
「そうだ」
「力いっぱいじゃない?」
「そうだな」
「偉い?」
「偉い」
「えへへ」
二人で。
薪を家へ運ぶ。
「お父さん」
「ん?」
「ラグナね」
「ああ」
「やっぱり一番強くなる」
「頑張れ」
「でも」
少しだけ。
考えてから。
「強いだけじゃなくする」
「そうか」
「うん」
「何になるんだ?」
「えっと」
悩む。
悩んで。
最後に。
「すごく役に立つ強い人!」
「そのままだな」
「分かりやすいでしょ!」
「ああ」
それでいい。
今はまだ。
強さの意味なんて。
全部分からなくていい。
重い石を持てることも。
危ないものから誰かを守ることも。
畑の土が流れないように。
必要な場所へ。
必要なだけの石を置くことも。
ラグナの中では。
今日から少しずつ。
同じ「強さ」の中へ入っていくのだろう。
そして。
「お父さん!」
「なんだ?」
「明日もラグナ?」
「違う」
「なんで!」
「残り三人が待ってる」
「待てるよ!」
「なら待て」
「…………」
「どうした?」
「待てるけど」
ラグナは。
少しだけ口を尖らせた。
「待つの好きとは言ってない」
「それでいいよ」
強くなるのにも。
どうやら。
まだ時間がかかりそうだった。




