第34話 今日は、セレスと二人で
翌朝。
「じゃあ、今日は誰にする?」
朝飯のあと。
俺がそう言った瞬間。
「ラグナ!」
「ノエル」
「わたし!」
三人の声が重なった。
「昨日より増えたな」
「だってフェルナ楽しそうだった!」
ラグナが言う。
「楽しかった!」
本人が胸を張る。
「滝行った!」
「それ昨日から何回聞いたと思ってる?」
セレスが呆れる。
「まだ言う!」
「もう分かった」
「木も登った!」
「それも聞いた」
「お父さんと水入った!」
「それも」
「二人でご飯食べた!」
「それも!」
セレスがとうとう声を上げた。
フェルナは満足そうだった。
「だから今日はラグナ!」
「ノエル」
「わたしも!」
ユラまで手を上げる。
「私は別に後でいい」
リシェルはいつも通り。
そして。
「私も後でいいよ」
セレスが言った。
「…………」
俺は。
セレスを見る。
「何?」
「いや」
「みんな行きたいみたいだから」
「ああ」
「私は待てるし」
「そうか」
「うん」
そう言って。
セレスは食器を重ね始めた。
「じゃあ決めた」
「ラグナ!?」
「ノエル?」
「わたし?」
「今日はセレス」
「…………え?」
本人が。
一番驚いていた。
◇
「なんで私?」
家を出てからも。
セレスはまだ聞いてきた。
「嫌だったか?」
「嫌じゃないけど」
「ならいいだろ」
「でも、みんな行きたそうだった」
「セレスは?」
「え?」
「行きたくなかったのか?」
「…………」
少し。
返事が遅れる。
「行きたかった」
「じゃあ問題ない」
「でも」
「でも?」
「私はお姉ちゃんだから」
「それが?」
「小さい子からの方がいいかなって」
「誰が決めた?」
「私」
「俺は決めてないぞ」
「…………」
「それに」
俺は歩きながら言った。
「セレスだって俺の娘だ」
「うん」
「なら、順番を欲しがっていい」
「…………うん」
小さな返事だった。
◇
今日の目的は。
薪に使えそうな倒木を見に行くこと。
遊びだけではない。
そろそろ。
春のうちに乾かしておく薪も増やしたい。
「二人の日なのに仕事?」
「嫌なら別のことにするか?」
「ううん」
セレスは首を振った。
「お父さんと二人なら、何でもいい」
「そうか」
「それに」
少し笑う。
「私、こういうの好き」
「薪集めが?」
「必要なものを準備するの」
「変わってるな」
「お父さんが言う?」
「なんでだ」
「冬になる前、ずっと薪の山見て嬉しそうだった」
「安心するだろ。薪が十分あると」
「私も同じ」
「……なるほど」
似たのかもしれない。
◇
しばらく歩くと。
一本。
風で倒れた木が見えた。
「これ?」
「ああ」
セレスが近づく。
幹を触る。
「まだ濡れてる」
「よく分かったな」
「重そう」
「それもある」
「すぐ燃やせない?」
「ああ。切って割って、しばらく乾かす」
「どれくらい?」
「場所と木によるな」
「春に集めるのは?」
「冬までに少しでも乾かしておきたいから」
「…………」
「どうした?」
「覚える」
「別に全部覚えなくていいぞ」
「でも」
セレスは。
倒木を見ながら言った。
「私が覚えてたら、お父さんが忘れても大丈夫」
「俺を何歳だと思ってる」
「忘れる時あるでしょ」
「……あるな」
「ほら」
勝ち誇った顔。
「でもな」
「うん?」
「セレスが全部覚える必要もない」
「…………」
「俺が忘れたら、みんなで思い出せばいい」
「でも、お姉ちゃんだし」
「またそれか」
セレスが黙る。
◇
「セレス」
「なに?」
「お姉ちゃんって、何だ?」
「…………」
突然聞かれて。
困ったらしい。
「妹たちより先に生まれた人?」
「まあ、そうだな」
「みんなを見てる人」
「誰が決めた?」
「私」
「またか」
「だって」
セレスが。
少しだけ口を尖らせる。
「私がちゃんとしないと」
「どうなる?」
「…………」
「ラグナが暴れる?」
「暴れる」
「フェルナも?」
「暴れる」
「ノエルは?」
「勝手に何か始める」
「ユラは?」
「ついていく」
「リシェルは?」
「止めるより観察する」
「ミレアは?」
「たぶん困る」
「大変だな」
「大変なの!」
思わず。
笑ってしまった。
「笑わないで!」
「悪い悪い」
「本当に大変なんだから」
「知ってる」
「お父さん、たまに気づいてないし」
「……そうか?」
「そう!」
「例えば?」
「フェルナとラグナが静かな時」
「静かならいいだろ」
「違う」
即答された。
「静かな時が一番危ない」
「…………」
「二人で何かしてるから」
「なるほど」
「この前も」
「何した?」
「屋根の上に登ろうとしてた」
「聞いてないぞ」
「私が止めたから」
「…………」
知らなかった。
「他には?」
「ユラが夜に水飲みに行く時、暗いからついていったり」
「ああ」
「ノエルが一人で変な虫持って帰ろうとした時も止めた」
「それも知らない」
「リシェルは考え始めるとご飯忘れる」
「それは知ってる」
「ミレアは自分から言わない時あるから、顔見てる」
「…………」
思っていたより。
ずっと。
セレスは見ていた。
六人を。
◇
「偉いな」
俺が言うと。
セレスは少し嬉しそうにした。
「ほんと?」
「ああ」
「ちゃんとお姉ちゃんできてる?」
「できてる」
「よかった」
「でも」
足を止める。
「やりすぎだ」
「…………え?」
「全部セレスがやる必要はない」
「でも」
「俺がいる」
「…………」
「それに、六人だって少しずつ自分でできるようになってる」
「うん」
「セレスが助けるのは悪くない」
「うん」
「でも、セレスが疲れるまでやるのは違う」
「疲れてないよ」
「本当に?」
「…………」
目を逸らした。
分かりやすい。
「セレス」
「ちょっとだけ」
「何が?」
「たまに」
声が小さくなる。
「みんなみたいに、お父さんに何でも言えたらいいなって思う」
「言えばいいだろ」
「でも」
「またお姉ちゃんだから?」
「…………うん」
「関係ない」
「あるよ」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある!」
「じゃあ」
俺は。
セレスの頭に手を置いた。
「今だけお姉ちゃんやめろ」
「…………」
「今日は二人だ」
「…………」
「妹たちいないぞ」
「…………」
セレスは。
しばらく黙った。
それから。
「じゃあ」
「うん?」
「一個だけ」
「何だ?」
「…………手」
「手?」
「繋いでもいい?」
思わず。
セレスの顔を見る。
「それだけ?」
「それだけって何!」
「いや」
もっと大変なお願いかと思った。
「いいぞ」
手を差し出す。
セレスは。
少し迷ってから。
俺の手を握った。
「…………」
「どうした?」
「何でもない」
「そうか」
「うん」
歩き出す。
しばらく。
何も話さなかった。
◇
倒木の場所をいくつか確認して。
帰る途中。
「お父さん」
「なんだ?」
「私、小さい?」
「何が?」
「もう大きくなった?」
「前よりはな」
「じゃあ手繋ぐの変?」
「別に」
「ほんと?」
「ああ」
「ラグナたちが見たら笑うかな」
「笑ったら俺が言っとく」
「何て?」
「羨ましいなら次の番で繋げって」
「…………」
セレスが笑った。
「それ絶対、全員やる」
「そうか?」
「やるよ」
「じゃあ大変だな」
「お父さん手七本ないよ」
「一本ずつでいいだろ」
「二人の日だから?」
「ああ」
「…………そっか」
握る手が。
少しだけ強くなった。
◇
家が見えてくる。
「あ」
セレスが。
手を離した。
「どうした?」
「みんないる」
玄関の前。
六人が待っている。
「別に離さなくてもいいぞ」
「…………」
「セレス?」
「やっぱり」
もう一度。
俺の手を掴んだ。
「今日は最後まで二人の日」
「ああ」
◇
「おかえりー!」
最初にフェルナが走ってきた。
そして。
俺たちの手を見る。
「…………」
「…………」
フェルナが。
目を見開いた。
「手!」
「ああ」
「繋いでる!」
「見れば分かるだろ」
「ずるい!」
「やっぱり」
セレスが笑う。
「ラグナも!」
「ノエルも」
「わたしも!」
予想通り。
一斉に騒ぎ始める。
「今日はセレスの番」
セレスが言った。
「昨日フェルナが言ってたでしょ」
「待つの?」
「そう」
「…………」
フェルナが。
ぐぬぬ。
という顔をした。
「フェルナが教えたやつ……」
「そうだな」
「自分に返ってきた……」
「いい勉強になったな」
「うれしくない!」
◇
その日の夜。
夕飯のあと。
俺が皿を片づけようとすると。
いつもなら。
真っ先にセレスが立つ。
けれど。
今日は。
「セレス姉」
ミレアが言った。
「今日は座ってて」
「え?」
「私やる」
「ノエルも」
「わたしも!」
ユラも立った。
「ラグナもやる!」
「フェルナも!」
「割ったら駄目だよ」
「割らない!」
リシェルまで。
黙って皿を持っていく。
「みんな、どうしたの?」
「だって」
フェルナが言う。
「今日はセレスの日!」
「もう帰ってきたよ?」
「でも夜まで!」
「誰が決めたの?」
「今!」
「またそれ?」
セレスは。
困ったように笑った。
それでも。
座ったままだった。
俺は。
その隣に座る。
「落ち着かないか?」
「ちょっと」
「そのうち慣れる」
「慣れていいの?」
「ああ」
「お姉ちゃんでも?」
「お姉ちゃんでも」
「…………」
セレスは。
台所で騒ぐ六人を見る。
「お父さん」
「なんだ?」
「今日、楽しかった」
「ああ」
「仕事しただけなのに」
「二人だったからか?」
「うん」
少し考えて。
「あと」
「あと?」
「今日は」
セレスが。
俺の肩へ。
ほんの少しだけ寄りかかった。
「お姉ちゃんじゃなくてもよかったから」
「そうか」
「うん」
六人のお姉ちゃんであることは。
きっと。
これからも変わらない。
頼られて。
心配して。
先に気づいて。
時には叱って。
たぶん。
これからもっと。
姉らしくなっていく。
でも。
俺の前でまで。
ずっと姉でいる必要はない。
セレスも。
七人のうちの一人。
俺の娘なのだから。
「お父さん!」
台所からラグナの声。
「皿落ちる!」
「持つな!」
「持ってない!」
「じゃあ何が落ちるんだ!」
「フェルナ!」
「フェルナ落ちない!」
「何してるんだお前ら!」
立ち上がろうとすると。
袖を引かれた。
「セレス?」
「もう少し」
「でも」
「今日だけ」
台所を見る。
六人。
騒いでいるが。
どうやら危険ではない。
「……分かった」
座り直す。
セレスは。
嬉しそうに笑った。
今日は。
姉ではなく。
ただの娘でいられる日だった。




