第32話 今日は、ミレアと二人で
春になって。
薬草も。
少しずつ。
採れるようになってきた。
「そろそろ補充するか」
棚。
冬の間に使った分だけ。
薬草が減っている。
大きな怪我はなかった。
風邪。
擦り傷。
腹痛。
その程度。
それでも。
八人もいれば。
少しずつ減る。
「お父さん」
「ん?」
横から。
ミレアが覗き込む。
「これ、少ない?」
「ああ」
「採りに行く?」
「今日行こうと思ってる」
「私も行く」
「いいぞ」
「…………」
「どうした?」
ミレアが。
少し驚いた顔をしている。
「いいの?」
「何で駄目なんだ」
「みんなも?」
「今日は二人でいいだろ」
「…………」
その瞬間。
「なんで!?」
後ろから。
フェルナ。
「どこから聞いてた」
「今!」
「私も行く!」
ラグナまで。
「薬草取りだぞ」
「持つ!」
「私も」
セレス。
「種類知りたい」
リシェル。
「木苺」
ノエル。
「薬草だって言ってるだろ」
「おとうさんといく!」
ユラ。
「…………」
結局。
七人。
全員集まった。
◇
「今日はミレアだけ」
俺が言うと。
「なんで!」
当然。
フェルナが一番に聞いた。
「薬草を覚えたいのはミレアだから」
「フェルナも覚える!」
「本当に?」
「…………」
「薬草の名前三つ言ってみろ」
「…………」
「一つでもいい」
「…………草!」
「全部草だ」
「むぅ!」
リシェルが。
手を上げる。
「私は覚えたい」
「お前は今度」
「どうして今度?」
「今日はミレア」
「…………」
「全員一緒じゃないと駄目か?」
七人。
少し。
静かになる。
「でも」
ラグナ。
「いつも一緒」
「ああ」
「一人だけ?」
「ああ」
「ずるくない?」
「何が?」
「お父さんと二人」
「…………」
そこか。
ミレアが。
急に。
困った顔になる。
「じゃあ」
「ん?」
「みんなで――」
「いや」
俺は止めた。
「今日は二人で行く」
「でも」
「ミレア」
「ああ」
「お前が行きたいって言ったんだろ」
「うん」
「なら行こう」
「…………」
「他の六人も」
俺は。
娘たちを見る。
「順番に一人で何かする日があっていい」
「フェルナも!?」
「ああ」
「熊!?」
「それは別だ」
「なんで!」
◇
「家族って」
セレスが聞いた。
「ずっと一緒じゃなくてもいい?」
「当たり前だろ」
「…………」
「風呂まで八人一緒には入らない」
「そうだけど」
「寝る時だって自分の寝床がある」
「うん」
「リシェルが本読んでる時」
「ああ」
「フェルナは木登ってる」
「登っていい木だけ!」
「最近はな」
「ラグナは薪割り」
「うん」
「それでも家族だろ」
セレスが。
少し考える。
「うん」
「じゃあ」
肩をすくめる。
「一人ずつ俺と出かけても同じだ」
「帰ってくる?」
ユラ。
「ああ」
「ミレア姉も?」
「ああ」
「おやつまで?」
「そこまでには戻る」
「…………」
「何で急に安心した」
「おやつ」
「ノエルみたいになってきたな」
「おやつ大事」
ノエルが頷く。
◇
「じゃあ行ってくる」
籠。
小刀。
水。
簡単な昼飯。
「ミレア」
「うん」
「自分の分持てる?」
「持てる」
「重くなったら?」
「言う」
「よし」
玄関。
六人が。
並んでいる。
「早く帰ってね」
セレス。
「ああ」
「ミレア」
ラグナ。
「お父さんが重いもの持ってたら手伝って」
「うん」
「危ないところ行かない!」
フェルナ。
「それ俺が言う側だろ」
「リシェル姉より先に薬草覚えないで」
「何で?」
「……私も知りたい」
「今度一緒に見る」
「うん」
ノエル。
「木苺あったら」
「分かった」
「持って帰る?」
「見つけたらな」
「いっぱい」
「必要な分だけ」
「…………」
そこは不満らしい。
最後。
ユラ。
「ミレア姉」
「なに?」
「おとうさん、かえしてね」
「…………」
「俺は借り物か?」
ミレアが。
くすっと笑う。
「ちゃんと連れて帰る」
「やくそく」
「うん」
◇
二人で。
山道を歩く。
「…………」
「静かだな」
「うん」
「嫌か?」
「ううん」
「じゃあ?」
「変」
「何が」
「いつも」
ミレアが。
後ろを振り返る。
「誰かいる」
「ああ」
「今日は誰もいない」
「俺いるぞ」
「お父さんはいる」
「じゃあ二人だ」
「…………」
少し笑う。
「二人」
「ああ」
「変だけど」
「うん」
「ちょっと嬉しい」
「そうか」
「言っていい?」
「何を」
「嬉しいって」
「何で駄目なんだ?」
「みんなもお父さん好きだから」
「…………」
「私だけ嬉しいって言ったら」
「ああ」
「悪いかなって」
「別に」
「ほんと?」
「他の六人が嫌いになったわけじゃないだろ」
「うん!」
「ならいい」
◇
春の山。
雪解け水。
柔らかい土。
若い葉。
「ミレア」
「なに?」
「これ」
地面。
細長い葉。
「薬草?」
「ああ」
「何に使う?」
「傷を洗った後に使う」
「治す?」
「傷の治りを助ける」
「私の光より?」
「遅い」
「じゃあ」
ミレアが。
少し考える。
「私が治した方がいい?」
「場合による」
「また?」
「世の中、大体そうだ」
しゃがむ。
「小さい傷なら」
「ああ」
「これで十分」
「うん」
「大きな傷なら?」
「お前の力が必要な時もある」
「じゃあ」
葉を。
一枚。
そっと触る。
「使い分ける」
「そう」
「私の力」
「ああ」
「使わなくていい時もある」
「ある」
「…………」
「嫌?」
「ううん」
首を横に振る。
「ちょっと安心する」
「何で?」
「私がいなくても」
薬草を見る。
「治せることある」
「ああ」
「じゃあ」
「うん」
「全部私が治さなくてもいい」
「最初からそう言ってる」
「でも」
ミレアが。
少し笑う。
「見た方が分かった」
◇
薬草を。
根ごと抜かず。
必要な葉だけ取る。
「全部取らない?」
「ああ」
「また生える?」
「そう」
「次に必要な時」
「ああ」
「また使える」
「よく覚えてるな」
「木も」
「うん」
「木苺も」
「ああ」
「鹿も」
「そう」
「お父さん」
「ん?」
「何でも残すね」
「全部じゃないぞ」
「でも」
「ああ」
「なくならないようにする」
「必要ならな」
「…………」
ミレアが。
籠の中を見る。
「力も?」
「力?」
「私の」
「ああ」
「全部使わない」
「そうだな」
「残す」
「自分の分を?」
「うん」
「いい考えだ」
◇
しばらく歩いたところで。
「お父さん」
ミレアが。
突然。
俺の袖を引いた。
「どうした?」
「あれ」
木の根元。
小さな獣。
「兎か」
横倒しになっている。
「怪我」
「ああ」
後ろ足。
血。
罠ではない。
尖った枝か。
岩で切ったか。
「治す」
ミレアが。
すぐ手を伸ばす。
「待て」
「なんで?」
「まず見る」
「…………」
以前。
ユラが転んだ時にも。
言ったことだ。
「触って平気?」
「噛むかもしれない」
「兎が?」
「怖ければな」
「…………」
ミレアが。
一歩。
止まる。
「じゃあどうする?」
「俺が押さえる」
「うん」
「お前は少し離れて」
「ああ」
「必要なら使え」
「うん」
◇
俺が。
布で。
兎の体を包む。
「大丈夫」
と言っても。
兎に通じるかは分からない。
暴れる。
「お父さん!」
「平気」
「噛まれない?」
「たぶん」
「……たぶん」
「今は突っ込むところじゃない」
傷を見る。
「深くはない」
「治す?」
「できる?」
「うん」
「じゃあ少しだけ」
ミレアの手。
白い光。
柔らかい。
暖かい。
傷が。
ゆっくり閉じる。
「…………」
「どう?」
「もういい」
「全部?」
「十分」
「でも」
「少し傷跡残ってる」
「ああ」
「もっとできる」
「できるだろうな」
「じゃあ」
「ミレア」
「…………」
「走れるくらいならいい」
「でも」
「お前が疲れるほどやる必要ない」
「…………」
「この兎は」
布を。
少し緩める。
「後は自分で治る」
「自分で?」
「ああ」
「全部治してあげなくていい?」
「助けるのと」
兎を見る。
「全部代わりにやるのは違う」
「…………」
◇
手を離す。
兎。
一瞬。
止まる。
それから。
ぴょん。
少し足をかばいながら。
森へ。
「行った」
「ああ」
「まだちょっと痛そう」
「そうだな」
「追いかける?」
「何で」
「ちゃんと治るまで」
「追いかけられた方が怖いだろ」
「…………」
「今できることはした」
「ああ」
「後は?」
「兎の仕事だ」
「兎の?」
「ああ」
「休んで」
「うん」
「食べて」
「うん」
「治す」
「そう」
ミレアが。
森の奥を見た。
「じゃあ」
「ああ」
「待つ?」
「そうだな」
「また会える?」
「たぶん会えない」
「…………」
「でも」
「うん」
「それでいい」
「……うん」
◇
昼。
小さな沢のそばで。
二人で飯を食べた。
「静か」
ミレア。
「家よりな」
「お父さん」
「ん?」
「一人の時」
「ああ」
「いつもこんなだった?」
「大体」
「寂しくなかった?」
「慣れてた」
「今は?」
「今?」
「もし」
パンを。
小さくちぎる。
「みんながいなかったら」
「…………」
考える。
「静かすぎるだろうな」
「寂しい?」
「たぶん」
「…………」
「何だ」
「嬉しい」
「何で?」
「お父さんも」
「ああ」
「私たちいた方がいい?」
「今さら何言ってる」
「言って」
「…………」
「お父さん」
「いた方がいいよ」
ミレアが。
にっこり。
笑った。
「うん」
「満足か?」
「うん」
◇
帰り道。
木苺は。
まだ実がなかった。
「ノエル残念」
「葉っぱ持って帰る?」
「食えないぞ」
「見せる」
「なら少しだけ」
一枚。
落ちていた葉を拾う。
「これなら?」
「ああ」
「取らなくていい?」
「落ちたのならな」
「うん」
◇
家が見える。
その瞬間。
「お父さん!」
フェルナ。
「早いな」
走ってくる。
「ミレア!」
ラグナも。
「おかえり!」
セレス。
リシェル。
ノエル。
ユラ。
全員。
家の前。
「おとうさん!」
「ただいま」
「ミレア姉!」
「ただいま」
ユラが。
ミレアへ。
とことこ。
「おとうさん、かえした?」
「うん」
「よし」
「お前が一番偉そうだな」
◇
「何した!?」
フェルナ。
「薬草」
ミレア。
「だけ?」
「兎いた」
「うさぎ!?」
「食べた!?」
「フェルナ!」
「冗談!」
「怪我してた」
ミレアが。
兎の話をする。
「治した?」
セレス。
「少し」
「少しだけ?」
「うん」
「なんで?」
ラグナ。
ミレアは。
少し考えてから。
「全部私がしなくても」
「ああ」
「兎も自分で治せるから」
「…………」
「助けるけど」
自分の手を見る。
「全部代わりにやらない」
「お父さんが言った?」
リシェル。
「うん」
「なんで?」
「自分の力も残す」
「…………」
リシェルが。
もう考え始めた。
◇
「ノエル」
「なに」
ミレアが。
木苺の葉を。
差し出す。
「実なかった」
「…………」
「でもこれ」
「葉っぱ」
「うん」
「食べられない」
「うん」
「…………」
ノエルが。
受け取る。
「ありがとう」
「いるの?」
「木苺だから」
「葉っぱだぞ」
「木苺の」
机の上へ。
大事そうに置く。
基準が。
よく分からない。
◇
「お父さん!」
フェルナ。
「次!」
「何が」
「一人の日!」
「今日帰ってきたばっかりだ」
「次フェルナ!」
「順番決めてない」
「じゃんけん!」
「待て」
六人。
もう構え始める。
「一人ずつ?」
ラグナ。
「ああ」
「お父さんと?」
「ああ」
「何する?」
「その子がやりたいことか」
少し考える。
「覚えたいこと」
「竜!」
「それは俺教えられない」
「薪割り!」
「いつもやってる」
「じゃあ考える!」
「私は本」
リシェル。
「一緒に読むだけ?」
「分からないところ全部聞く」
「それ俺が一番大変な奴だ」
「木苺」
ノエル。
「分かった」
「熊!」
フェルナ。
「分かってない」
◇
「お父さん」
セレスが。
騒ぐ妹たちを見ながら。
少し笑う。
「一人ずつでも」
「ああ」
「帰ってきたら七人?」
「そうだ」
「…………」
「何だ?」
「今日は」
「ああ」
「ミレアがいない時」
「うん」
「ちょっと変だった」
「そうか」
「でも」
「ああ」
「帰ってきた」
「見れば分かる」
「だから」
セレスが。
ゆっくり頷く。
「大丈夫だった」
◇
その夜。
「ミレア姉」
ユラ。
「なに?」
「おとうさんとふたり」
「うん」
「たのしかった?」
「楽しかった」
「…………」
ユラが。
少し羨ましそうにする。
「ユラも今度行く?」
「いく!」
「何する?」
「…………」
考える。
考える。
「だっこ」
「山まで抱いていくのか?」
「うん!」
「それ散歩するの俺だけじゃないか」
「おとうさんとふたり!」
「目的は合ってるけどな」
七人が。
笑う。
◇
家族だから。
いつも。
全員でいなければならない。
そんなことはない。
一人で本を読みたい日もある。
二人で話したい時もある。
誰かとだけ。
出かけたい日もある。
それで。
残った家族が。
家族じゃなくなるわけでもない。
ミレアと二人で山へ行って。
帰ってきたら。
ちゃんと。
七人の娘が。
家にいた。
そして。
次は自分だと。
六人が騒いでいる。
「お父さん!」
「なんだ?」
「ほんとに次フェルナ!」
「寝てから考える!」
「熊!」
「熊以外を考えろ!」
「じゃあ大きい熊!」
「大きさの問題じゃない!」
どうやら。
一人ずつの時間を作るという考え自体は。
悪くなかったらしい。
ただ。
フェルナの番だけは。
何をするか。
俺が決めた方がよさそうだった。




