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第30話 今日植えたものは、明日には育たない



 春になって。


 雪がだいぶ消えた。


 畑の土も。


 ようやく。


 掘り返せるくらいまで柔らかくなってきた。


「よし」


 鍬を持つ。


「今日は畑やるぞ」


「はたけ!」


 フェルナが。


 なぜか嬉しそうに飛び出してきた。


「お前、畑仕事好きだったか?」


「いっぱい掘る!」


「遊びじゃないぞ」


「掘るの得意!」


「手で?」


「うん!」


「鍬使え」


 その後ろから。


 七人。


 いや。


 残り六人も集まってくる。


「何植えるの?」


 セレス。


「まず芋」


「あとは?」


「豆とか」


「木苺」


 ノエル。


「お前は絶対言うと思った」


「植える?」


「木苺は別の場所だな」


「今日?」


「苗があればな」


「…………」


 ノエルの赤い目が。


 妙に真剣になる。


「探す」


「山へ勝手に行くな」


「お父さんと」


「今日は畑だ」


「じゃあ明日」


「天気と仕事次第」


「約束?」


「条件付き」


「…………」


 最近。


 条件まで。


 ちゃんと確認するようになった。


     ◇


「まず」


 畑の端。


 冬の間に固くなった土を。


 鍬で起こす。


「こう」


 ざく。


 土を返す。


「石があったら取る」


「なんで?」


 リシェル。


「根が伸びにくくなる」


「全部?」


「小さいのまで全部取ってたら終わらない」


「じゃあ大きいの」


「そう」


「これ!」


 ユラが。


 小石を一つ拾う。


「それくらいなら残していいぞ」


「…………」


 手の中を見る。


「いらない?」


「畑には別に」


「じゃあユラの」


「好きにしろ」


 ポケットへ。


 入れた。


 何でも持って帰る。


「お父さん!」


 ラグナ。


「私やる」


「鍬?」


「うん」


「力入れすぎるなよ」


「分かってる」


 鍬を持つ。


 構える。


「土だけ」


「うん」


 ざく。


 土が。


 綺麗に返った。


「お」


「できた」


「ああ」


 もう一回。


 ざく。


「地面割れてない」


「畑の地面は少し割っていいんだぞ」


「…………」


「今までと逆?」


「そうだな」


「難しい」


 壊しすぎるな。


 でも。


 土はほぐせ。


 確かに。


 こいつには少し難しいかもしれない。


     ◇


「フェルナも!」


「順番」


「手でやる!」


「だから鍬――」


 もう遅かった。


 しゃがんで。


 両手。


 ざっざっざっざっ。


「速い!」


 黒い爪。


 獣人の手。


 土を。


 ものすごい勢いで掘っていく。


「お父さん!」


「何だ」


「フェルナ鍬いらない!」


「…………」


 確かに。


 速い。


 ただ。


「フェルナ」


「なに?」


「そこ植える列じゃない」


「…………」


 見事に。


 横へ掘っていた。


「なんで!」


「畑だからだ!」


「土いっぱい掘れた!」


「掘ればいいってもんじゃない!」


 リシェルが。


 地面へ線を引く。


「ここからここ」


「うん」


「まっすぐ」


「分かった!」


「本当に?」


「まっすぐ!」


 今度は。


 線に沿って。


 ざざざざざっ。


「…………」


「できた!」


「速いな」


「でしょ!」


「でも深すぎる」


「なんでええ!」


     ◇


 畑仕事は。


 思っていたより。


 教えることが多かった。


「セレス」


「うん」


「種は詰めすぎるな」


「どうして?」


「近すぎると育ちにくい」


「離す?」


「ああ」


「これくらい?」


「もう少し」


「ミレア」


「なに?」


「土かぶせる時、押し固めすぎなくていい」


「軽く?」


「そう」


「リシェル」


「うん」


「全部同じ深さじゃなくても育つ」


「でも揃えた方が」


「お前は本当に揃えたがるな」


「だめ?」


「駄目じゃない」


「じゃあ揃える」


「好きにしろ」


 ノエルは。


 ずっと。


 何も植えていない畑の端を見ている。


「ノエル」


「なに」


「手止まってるぞ」


「木苺」


「まだ言ってる」


「ここに植える」


「そこ芋」


「…………」


「睨んでも芋は木苺にならない」


     ◇


 昼前。


 ようやく。


 一つ目の畝が終わった。


「できた!」


 ユラが。


 土の上を見て。


 嬉しそうに言う。


「お芋!」


「まだ芋は見えないぞ」


「どこ?」


「土の中」


「…………」


 しゃがむ。


「みえない」


「ああ」


「だす?」


「出すな」


「でもみたい」


「植えたばっかりだ」


「いつでる?」


「芽ならしばらくしたら」


「しばらく?」


「何日か」


「明日?」


「たぶんまだ」


「明後日?」


「まだかもしれない」


「そのつぎ?」


「そのうち」


「…………」


 ユラの顔が。


 少し。


 不満になる。


「おとうさん」


「なんだ?」


「おそい」


「植物だからな」


「ラグナ姉なら?」


「何が?」


「はやくできる?」


「無理」


 ラグナ本人が答えた。


「フェルナ!」


「掘るのは速い!」


「育てるのは?」


「分かんない!」


「ミレア姉!」


「治す力は」


 ミレアが。


 畑を見る。


「たぶん違う」


「リシェル姉!」


「本には成長には時間が必要って」


「…………」


 ユラが。


 最後。


 俺を見る。


「おとうさん」


「俺でも無理だ」


「…………」


「待て」


「またまつ?」


「ああ」


「おとうさんかえってくるのもまった」


「そうだったな」


「雪とけるのも?」


「待ったな」


「お芋も?」


「待つ」


「…………」


 どうやら。


 待つものは。


 世の中に。


 結構多い。


     ◇


「お父さん」


 ラグナが。


 植えた畝を見ながら聞いた。


「強くしたら」


「ああ」


「早く育つ?」


「何を強くするんだ」


「水いっぱい」


「腐ることもある」


「肥料いっぱい」


「やりすぎると駄目なこともある」


「土いっぱい」


「芽が出にくくなる」


「…………」


「何でも多ければいいわけじゃない」


「また?」


「まただな」


「難しい」


「お前、最近ずっとそれ言ってるな」


「だって」


 自分の手を見る。


「いっぱいできる方が簡単」


「ああ」


「ちょうどいいが難しい」


「そういうもんだ」


「じゃあ」


「うん」


「植物にも合わせる?」


「ああ」


「人と同じ?」


「似てるところはあるな」


「…………」


 ラグナが。


 畑を見る。


「急がせたら駄目」


「そうだな」


     ◇


 フェルナは。


 もっと分かりやすかった。


「お父さん!」


「なんだ」


「水!」


「ああ」


「いっぱい持ってきた!」


 桶。


 二つ。


 なみなみ。


「一回に全部撒くなよ」


「なんで!?」


「今話しただろ!」


「いっぱい飲んだ方が大きくなる!」


「お前だって一気に桶二杯飲んだら腹壊すだろ!」


「…………」


 桶を見る。


 自分の腹を見る。


「飲めない」


「植物も同じと思え」


「じゃあちょっと」


「ああ」


 柄杓。


 一杯。


「ここ?」


「そこ」


「ここも?」


「ああ」


「ここ!」


「そう」


「…………」


 少しずつ。


「お父さん」


「ん?」


「いっぱいやるより時間かかる」


「ああ」


「でも失敗しにくい?」


「そうだな」


「…………」


「何だ?」


「フェルナ」


「ああ」


「すぐ全部やりたい」


「知ってる」


「でも待つ」


「できる?」


「…………」


 植えた畑を見る。


「お芋食べたいから」


「理由が強いな」


     ◇


 午後。


 今度は。


 ノエルの番だった。


「木苺」


「分かったよ」


 山の斜面。


 家から遠くない場所。


 雪が消えたところへ。


 木苺の低木を探しに行く。


「これ」


 ノエルが。


 すぐ見つけた。


「よく分かったな」


「匂い」


「実ないのに?」


「覚えてる」


「食い物に関してだけ異常に強いな」


「大事」


 根元を見る。


「全部持っていく?」


「一本だけだ」


「いっぱいある」


「ああ」


「じゃあいっぱい」


「駄目」


「なんで」


「山にも残す」


「…………」


「来年」


「ああ」


「また実がなる」


「…………」


「全部取ったら?」


「山の木苺なくなる」


「困る」


「だろ」


 ノエルが。


 しばらく。


 木苺の低木を見る。


「じゃあ一個」


「ああ」


「元気そうなの」


「そうしよう」


     ◇


 根を。


 できるだけ傷つけないように。


 周りから掘る。


「ノエル」


「なに?」


「引っ張るなよ」


「うん」


「根切れる」


「うん」


「ゆっくり」


「うん」


 珍しく。


 ものすごく真剣だ。


「お父さん」


「ん?」


「これ」


「ああ」


「家に持っていったら」


「うん」


「木苺いっぱい?」


「今年すぐ大量になるとは限らないぞ」


「…………」


「植え替えたら弱ることもある」


「…………」


「枯れることも」


「やだ」


「だから大事に育てる」


「水」


「ああ」


「いっぱい?」


「適量」


「…………」


「ラグナと同じ顔するな」


     ◇


 家へ戻る。


「ノエル何それ!?」


 フェルナ。


「木苺」


「実ない!」


「あとでなる」


「いつ!?」


「そのうち」


 ノエルが。


 俺より先に答えた。


「明日?」


「ならない」


「明後日?」


「たぶんならない」


「その次?」


「待つ」


「…………」


 フェルナが。


 俺を見る。


「ノエルが待つって言った!」


「木苺は強いな」


「大事」


     ◇


 畑の端。


 少し日当たりのいい場所。


 そこへ。


 木苺を植える。


「ここ」


 ノエル。


「いい?」


「ああ」


「お水」


「少しな」


「土」


「ああ」


「押す?」


「軽く」


「…………」


 全部。


 覚えている。


「できた」


「ああ」


「木苺」


「まだ木だぞ」


「木苺」


「はいはい」


 ノエルが。


 その場へ。


 しゃがむ。


「何してる?」


「待つ」


「今から?」


「うん」


「今日実はならないぞ」


「…………」


「家戻る」


「そうしろ」


     ◇


 それから。


 毎朝。


「お父さん」


「まだだ」


「まだ見てない」


「木苺だろ」


「うん」


 ノエルは。


 起きると。


 木苺を見に行った。


 一日目。


「ない」


「言っただろ」


 二日目。


「ない」


「まだだな」


 三日目。


「ない」


「ああ」


 四日目。


「…………」


「どうした?」


「葉っぱ増えた」


「お」


 よく見る。


 小さな。


 新しい葉。


「ほんとだな」


「木苺?」


「実じゃない」


「でも」


「ああ」


「育った」


「そうだな」


 ノエルが。


 じっと。


 新芽を見る。


「待ったから?」


「待っただけじゃない」


「水やった」


「ああ」


「土見た」


「ああ」


「寒い日は布かけた」


「ああ」


「じゃあ」


 少し考える。


「毎日ちょっとやったから?」


「そうだな」


 赤い瞳が。


 少しだけ。


 嬉しそうに細くなる。


     ◇


 その日。


 七人で。


 芋の畑も見た。


「お父さん!」


 フェルナ。


「これ!」


 土。


 小さな緑。


「芽だな」


「出た!」


「出たな」


「お芋!?」


「まだ芽」


「掘る!?」


「掘るな!」


「でも下に芋!」


「まだ小さい!」


「見たい!」


「待て!」


「また!?」


「まただ!」


 ラグナが。


 芽の前へ。


 しゃがむ。


「これ」


「ああ」


「私が水やったところ?」


「たぶんな」


「ちゃんと育った」


「ああ」


「強くしなくても」


「うん」


「育った」


「そうだな」


「…………」


 指を。


 伸ばしかけて。


 止める。


「触らない」


「偉い」


「壊したくない」


「ああ」


     ◇


「お父さん」


 セレスが。


 畑を見ながら言う。


「子供も?」


「何が?」


「同じ?」


「植物と?」


「うん」


 妙な質問だ。


「すぐ大きくしようとしても」


「ああ」


「無理?」


「そりゃ無理だろ」


「いっぱい教えたら?」


「頭いっぱいになる」


「いっぱい仕事したら?」


「疲れる」


「いっぱい食べたら?」


「ノエルみたいになる」


「どういう意味」


 ノエル。


「食いすぎるってこと」


「木苺なら平気」


「平気じゃない」


 セレスが。


 笑った。


「じゃあ」


「ああ」


「少しずつ?」


「そうだな」


「私たちも?」


「…………」


 俺は。


 七人を見る。


「それでいいんじゃないか」


「お父さん」


 ラグナ。


「何?」


「早く大きくなってほしい?」


「何で」


「大きくなったらいっぱい手伝える」


「今も手伝ってる」


「もっと」


「別に急がなくていい」


「…………」


「そのうち勝手に大きくなるだろ」


「ほんと?」


「今朝測った線より、来年はたぶん上になる」


「…………」


「だから」


 畑を見る。


「今日できることだけやれ」


     ◇


 夕方。


 ユラが。


 畑の前へ。


 小さな椅子を持ってきた。


「何してる?」


「まつ」


「お前も?」


「お芋」


「今日出ないぞ」


「芽でた」


「ああ」


「つぎ」


「葉っぱ増えるな」


「まつ」


「…………」


 隣。


 ノエル。


 木苺の前。


「待つ」


「二人とも家入れ」


「なんで」


「夕飯」


「…………」


 二人。


 同時に立った。


「そこは早いな」


     ◇


 夜。


「お父さん」


 リシェルが。


 本を抱えながら。


 聞いた。


「待ってるだけじゃ育たない」


「ああ」


「でも触りすぎても駄目」


「ああ」


「必要なことはする」


「うん」


「それ以外は待つ」


「そうだな」


「見えなくても?」


「土の下の芋みたいにな」


「…………」


 リシェルが。


 少し考える。


「結果が見えない時も?」


「ああ」


「途中で掘ったら?」


「芋なら駄目になることもある」


「じゃあ」


「ああ」


「確かめたくても待つ」


「時にはな」


「難しい」


「お前までラグナみたいなこと言うな」


「難しいものは難しい」


「まあな」


     ◇


 灯りを消す。


「おとうさん」


 ユラ。


「なんだ?」


「明日」


「ああ」


「お芋できる?」


「まだ」


「明後日?」


「まだ」


「そのつぎ?」


「たぶんまだ」


「…………」


「待て」


「うん」


「待てる?」


「うん」


「本当に?」


「お芋できたら」


「ああ」


「いっぱいたべる」


「食いすぎるなよ」


「ノエル姉みたい?」


「お父さん」


 暗闇から。


 ノエルの声。


「起きてたのか」


「聞こえた」


「ごめんごめん」


「木苺は別」


「何が別なんだ」


 笑い声。


     ◇


 今日植えたものは。


 明日には。


 育たない。


 水をやって。


 土を見て。


 寒ければ守って。


 それでも。


 できるのは。


 待つことだけの日もある。


 何でも。


 早ければいいわけじゃない。


 力を入れれば。


 すぐ結果が出るわけでもない。


 たぶん。


 子供も。


 同じなのだろう。


 教えて。


 失敗して。


 また教えて。


 できるようになるまで。


 待つ。


 七人が。


 どんなふうに育つのか。


 今の俺には。


 まだ分からない。


 でも。


 それでいい。


 明日の朝。


 畑を掘り返して。


 無理やり答えを見るような真似だけは。


 しないでおこうと思った。


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