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第29話 春になったら、少しだけ大きくなっていた



 雪の家は。


 結局。


 二階建てにはならなかった。


「まだ言ってる!」


「危ないから駄目だって言っただろ」


「ラグナが支える!」


「一冬ずっと支える気か」


「…………」


「無理だろ」


「三階なら?」


「増やすな」


 そんなやり取りを。


 何度したか分からない。


 けれど。


 冬がずっと続くわけでもない。


 ある朝。


 家の屋根から。


 ぽた。


 ぽた。


 水が落ち始めた。


 数日すると。


 木の根元から。


 少しずつ。


 土が見え始める。


 そして。


「お父さん!」


「なんだ」


「雪の家が!」


 外から。


 フェルナの悲鳴。


 行ってみると。


 冬の間。


 八人で作った雪の家は。


「…………」


 半分になっていた。


「小さくなった!」


「暖かくなったからな」


「屋根ない!」


「昨日崩れた」


 セレス。


「壁も低い」


 ラグナ。


「木苺置くところ……」


 ノエルが。


 一番悲しそうだった。


「そこか」


「大事だった」


「一回も木苺置かなかっただろ」


「置きたかった」


「同じじゃない」


 ユラは。


 溶けた壁の前へしゃがんでいる。


「おとうさん」


「ん?」


「もう、なおさない?」


「ああ」


「なんで?」


「直してもまた溶ける」


「…………」


 昔なら。


 ここで。


 不安そうな顔をしたかもしれない。


 でも。


 ユラは。


 しばらく雪の家を見てから。


「またふゆきたら?」


「ああ」


「つくる?」


「みんなが作りたければな」


「つくる!」


「フェルナも!」


「今度もっと大きく!」


「私は屋根上手く作る」


 リシェル。


「木苺の棚も」


 ノエル。


「そこは必要ない」


「いる」


「いらない」


 俺が言っても。


 ノエルは譲らなかった。


     ◇


 春になった。


 と言っても。


 山の上だ。


 朝晩はまだ寒い。


 雪も。


 日陰には残っている。


 それでも。


 冬とは。


 明らかに違った。


「お父さん!」


 フェルナが。


 地面を指差す。


「緑!」


「ああ」


「昨日なかった!」


「芽だな」


「食べられる!?」


「何で何でも食おうとするんだ」


「ノエルじゃない!」


「ノエルは木苺だけ」


「聞いてたのか」


「うん」


 リシェルも。


 しゃがむ。


「これは?」


「山菜」


「食べられる?」


「これはな」


「これは?」


「食うな」


「なんで?」


「腹壊す」


「似てる」


「ああ」


「どうやって見分ける?」


「葉の形」


「匂いも?」


「ものによる」


「根は?」


「リシェル」


「なに?」


「一個ずつだ」


「…………うん」


 春になって。


 リシェルの質問も。


 少し増えた気がする。


 冬の間。


 本ばかり読んでいた反動だろうか。


     ◇


「お父さん!」


 今度は。


 ラグナ。


「見て!」


「何を?」


 薪割り場。


 太めの薪。


 斧を構える。


「ちゃんと加減する」


「そうしろ」


「いく」


 振り下ろす。


 ぱかん。


 薪だけが。


 綺麗に二つに割れた。


「…………」


 昔。


 薪どころか。


 切り株と地面まで。


 まとめて叩き割った子とは思えない。


「できた」


「ああ」


「一回で」


「ああ」


「地面壊してない」


「そこを喜ぶのも変な話だけどな」


「すごい?」


「すごいぞ」


「…………」


 口元が。


 にやける。


「もう一回」


「仕事なんだから好きなだけやれ」


「うん!」


 次。


 ぱかん。


 また。


 薪だけ。


「お父さん!」


「見てる」


「上手くなった!」


「ああ」


 力そのものが。


 弱くなったわけじゃない。


 むしろ。


 前より。


 強くなっている気さえする。


 ただ。


 壊したいものだけを。


 壊せるようになってきた。


 それなら。


 悪くない。


     ◇


「お父さん」


 セレス。


「ん?」


「こっち来て」


「どうした?」


 家の中。


 壁際。


 柱の前。


「何だ?」


「これ」


 柱。


 そこに。


 小さな線がある。


「覚えてない?」


「…………」


 よく見る。


 薄い。


 鉛筆代わりの炭で引いた線。


「冬の最初?」


「うん」


「何の線だっけ」


「フェルナが」


「私!」


 本人が飛んでくる。


「どっちが大きいか!」


「誰と?」


「ラグナ!」


「勝負にならないだろ」


「でも測った!」


 そういえば。


 冬の初め。


 二人が。


 背比べをしていた気がする。


「これフェルナ!」


「こっち私」


 ラグナ。


 少し上。


「じゃあ」


 セレスが。


 壁へ背中をつける。


「今も測って」


「何で急に」


「春になったから」


「大きくなったか知りたい」


 リシェルまで。


 本を閉じて来た。


「全員?」


「うん」


「…………」


 まあ。


 面白そうではある。


「じゃあ並べ」


     ◇


 最初。


 ユラ。


「背中つけろ」


「こう?」


「かかとも」


「かかと?」


「足の後ろ」


「これ?」


「そう」


 頭の上。


 板を置いて。


 柱へ印。


「できた」


「ユラおっきい?」


「前の線が」


 少し下。


「あ」


「伸びてるな」


「どれくらい!?」


 指一本分。


 いや。


 もう少しか。


「これくらい」


「いっぱい?」


「ユラにしたらな」


「やった!」


 ぴょん。


 跳ねる。


「おっきくなった!」


「少しな」


「もうお姉ちゃん?」


「誰の」


「…………」


 考える。


「くま!」


「木彫りの熊相手なら前からだ」


「じゃあノエル姉!」


「まだ無理」


 ノエル。


 即答。


「むぅ」


     ◇


 次。


 ノエル。


「…………」


「どうした?」


「眠い」


「立ってるだけだ」


「寝ながら測れない?」


「身長変わるだろ」


「じゃあ立つ」


「最初からそうしろ」


 線を引く。


「お」


「伸びた?」


「ああ」


「木苺何個分?」


「その単位やめろ」


「分かりやすい」


「分かりにくい」


     ◇


 ミレア。


 リシェル。


 フェルナ。


 ラグナ。


 セレス。


 一人ずつ。


 測る。


「私!」


 フェルナ。


「ラグナに近づいた!?」


「…………」


 線を見る。


「近づいてはいる」


「やった!」


「でもラグナも伸びてる」


「えっ」


「差はあんまり変わってない」


「なんで!」


「二人とも大きくなったからだろ」


「ラグナ止まって!」


「嫌!」


「ちょっとだけ!」


「嫌!」


「追いつけない!」


「それが普通だ」


「むぅ!」


     ◇


 最後。


 セレス。


 壁へ立つ。


「もっと真っすぐ」


「こう?」


「ああ」


 板を置く。


 印。


「…………」


「どう?」


「伸びたな」


「ほんと?」


「ああ」


「どれくらい?」


「これくらい」


 前の線との間。


 セレスが。


 指でなぞる。


「……大きくなった」


「ああ」


 嬉しい。


 はずなのに。


 何となく。


 顔が違った。


「どうした?」


「何でもない」


「本当?」


「…………」


 金色の目を。


 隠す。


「それ、自分が嘘つく時の癖になってるぞ」


「……お父さんずるい」


「目は使ってない」


「顔で分かる?」


「ああ」


「…………」


 セレスが。


 もう一度。


 線を見る。


「大きくなったら」


「ああ」


「家を出る?」


「…………」


 なるほど。


 そこか。


     ◇


「誰が言った?」


「誰も」


「じゃあ何で?」


「本」


「また本か」


「子供は大きくなったら」


「ああ」


「家を出て、自分で暮らすって」


「そういう人もいる」


「絶対じゃない?」


「絶対じゃない」


「…………」


 少し。


 安心した顔。


「でも」


「ああ」


「いつかは出る?」


「それはお前が決めろ」


「私?」


「ああ」


「お父さんじゃなくて?」


「何で俺が決める」


「大人になったから出てけって」


「言わない」


「…………」


「もちろん」


 俺は柱へ。


 七本。


 新しく増えた線を見る。


「いつまでも何もしないで俺に飯食わせてもらうだけなら話は別だけどな」


「…………」


「冗談だ」


「今ちょっと本気だった」


「セレス」


「ふふ」


 笑うようになった。


     ◇


「大きくなったら」


 俺は。


 少し考える。


「やりたいことができるかもしれない」


「やりたいこと?」


「ああ」


「ラグナなら」


 外。


 薪割り場を見る。


「竜になりたいとか」


「なる!」


「リシェルなら」


「もっと知りたい」


「もう答えた」


「うん」


「フェルナは」


「熊!」


「何で熊なんだ」


「会う!」


「戦うはやめろよ」


「…………」


「今黙ったな?」


「見るだけ!」


「本当か?」


「たぶん!」


「信用できん」


 ミレア。


「私は」


「ああ」


「みんなが怪我したら助けたい」


「その前に自分も大事にな」


「うん」


 ノエル。


「木苺いっぱい」


「夢が食い物だけなのか?」


「畑」


「…………」


「作る」


「木苺畑?」


「うん」


「意外とちゃんとしてた」


 ユラ。


「おとうさん!」


「俺?」


「いっしょ!」


「何するんだ?」


「わかんない!」


「まだ三歳だからな」


     ◇


「セレスは?」


 俺が聞く。


「私?」


「ああ」


「大きくなったら何したい?」


「…………」


 止まった。


「分からない」


「じゃあそれでいい」


「いいの?」


「今決める必要ない」


「でも」


「ああ」


「みんなある」


「ユラなんて俺と一緒って言っただけだぞ」


「ユラある!」


「何が?」


「だっこ!」


「それ今でもできるだろ」


「いま!」


「今は話してる」


「あとで!」


「はいはい」


 セレスが。


 笑う。


「じゃあ」


「ああ」


「私もあとで決める」


「そうしろ」


     ◇


 その日の午後。


 七人が。


 柱の前へ。


 また集まっていた。


「何してる?」


「名前」


 リシェル。


「線だけだと分からなくなる」


「なるほど」


 それぞれの線。


 横へ。


 印をつける。


 文字を書ける子は。


 自分で。


 まだ難しいユラは。


「ユラ!」


 俺が書いた。


「ここ?」


「ああ」


「ユラの?」


「そう」


「消えない?」


「柱削らなければな」


「けずらない!」


「誰も削るなよ」


「フェルナは?」


「削らない!」


「ラグナ」


「削らない」


「何で二人だけ聞くの!?」


「一応」


     ◇


「お父さん」


 ラグナが。


 俺を見る。


「何だ」


「お父さんも」


「俺も?」


「測る」


「何で」


「八人」


 セレス。


「私たちだけ七人」


「俺はもうそんな伸びないぞ」


「でも測る」


「おとうさんも!」


 ユラ。


「…………」


「分かったよ」


 柱へ。


 背中をつける。


「誰がやる?」


「私」


 セレスが。


 板を持つ。


「真っすぐ立って」


「はい」


「動かないで」


「はい」


「……できた」


 線。


 七人の。


 ずっと上。


「高い!」


 ユラ。


「お父さん大きい!」


 フェルナ。


「大人だからな」


「ラグナ」


「ああ」


「いつか抜く!」


「何の勝負だ」


「身長!」


「それは好きにしろ」


「力も!」


「それはもう怪しい」


「ほんと!?」


「喜ぶな」


     ◇


 壁には。


 八人分の線。


 七人は。


 少しずつ。


 伸びていた。


 俺だけ。


 たぶん。


 来年も。


 ほとんど同じだろう。


「お父さん」


 セレス。


「来年も測る?」


「ああ」


「その次も?」


「柱が残ってる限りな」


「じゃあ」


 フェルナ。


「毎年!」


「好きにしろ」


「誰が一番伸びるか勝負!」


「また競争か」


「ユラ!」


 突然。


 全員。


 一番下を見る。


「ユラいっぱい伸びる!」


「たぶんな」


「おっきくなる!」


「ああ」


「おとうさんくらい?」


「すぐには無理だ」


「じゃあ明日?」


「もっと無理だ」


     ◇


 夜。


 七人を寝かせる前。


 セレスが。


 また。


 柱を見ていた。


「気になる?」


「うん」


「大きくなるの怖い?」


「……ちょっと」


「何で?」


「変わるから」


「ああ」


「今と」


「うん」


「違くなる」


「そうだな」


「お父さんは?」


「俺?」


「変わる?」


「歳は取る」


「…………」


「そんな顔するな」


「でも」


「明日急に老人にはならん」


「ほんと?」


「本当」


「…………」


「それに」


 俺は。


 セレスの頭へ。


 手を置く。


「変わること全部が悪いわけじゃない」


「ああ」


「今日のお前」


 柱の線を見る。


「冬の初めより少し大きかった」


「うん」


「前よりよく笑う」


「…………」


「妹に頼れるようになった」


「うん」


「甘えるようにもなった」


「……それ言わないで」


「何で」


「恥ずかしい」


「でも悪くないだろ」


「…………」


 少し。


 笑う。


「うん」


     ◇


「大きくなって」


 俺は言う。


「やりたいことができたら」


「ああ」


「やればいい」


「うん」


「山を出たくなったら」


 セレスの顔が。


 少し強張る。


「出ればいい」


「…………」


「帰りたくなったら」


「ああ」


「帰ってくればいい」


「……うん」


「何も決まらなかったら?」


「ここにいる」


「それもいい」


「…………」


「大きくなっただけで」


 頭を。


 軽く撫でる。


「家族じゃなくなるわけじゃない」


「うん」


 今度は。


 ちゃんと。


 笑った。


     ◇


 その夜。


「おとうさん」


 毛布の中から。


 ユラ。


「なんだ?」


「ユラ」


「ああ」


「おっきくなったら」


「うん」


「だっこできない?」


「重くなったらな」


「やだ!」


「じゃあ自分で歩け」


「だっこ!」


「今ならできる」


「いま!」


「寝る時間だ」


「…………」


「明日な」


「やくそく?」


「明日起きたら一回」


「うん!」


 満足して。


 毛布へ潜る。


 その横から。


「お父さん」


 ラグナ。


「何だ」


「私も大きくなった」


「ああ」


「抱っこ」


「お前は無理」


「なんで!」


「重い!」


「ユラだけずるい!」


「年齢考えろ!」


 笑い声。


 冬が終わって。


 春が来た。


 七人は。


 ほんの少し。


 大きくなった。


 背だけではなく。


 できることも。


 考えることも。


 少しずつ。


 増えている。


 たぶん。


 これから。


 季節が変わるたびに。


 もっと増えるのだろう。


 それでいい。


 急がなくていい。


 一日で。


 大人になる必要なんてない。


 春になったら。


「前より少し大きくなったな」


 そう言えるくらいで。


 今は。


 十分だった。


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