第26話 雪山で一番速いのは、たぶん乗り物じゃない
予約投稿ミスしましたごめんなさい
雪が。
さらに積もった。
家の前。
昨日まで見えていた切り株が。
半分ほど埋まっている。
「お父さん!」
「なんだ」
「鹿できた!」
「鹿?」
外へ出る。
そこには。
「…………」
巨大な雪の塊があった。
「どこが鹿なんだ?」
「ここ!」
フェルナが指差す。
「顔!」
「丸いな」
「角!」
「枝刺しただけだな」
「足!」
「短いな」
「鹿!」
「言い張れば鹿になると思うな」
「鹿だよ!」
その横。
ラグナも。
腕を組んでいる。
「大きさは本物と同じ」
「昨日の鹿、こんな丸くないぞ」
「雪だから」
「便利な言葉だな」
ミレアとユラは。
雪鹿の背中へ。
小さな木の実を並べている。
「それ何だ?」
「かざり」
ユラ。
「鹿に飾りいるか?」
「かわいい」
「ならいい」
ノエルは。
雪鹿の口元へ。
木苺の枝を置いていた。
「食わせても食わないぞ」
「鹿だから」
「雪だぞ」
「鹿」
「お前まで言い張るのか」
◇
そんな騒ぎの横で。
リシェルだけが。
坂を見ていた。
「お父さん」
「ん?」
「これ」
雪の斜面。
「滑れる?」
「何で?」
「本に」
また本か。
「雪の上を板で滑る絵があった」
「ああ」
「できる?」
「できるぞ」
七人。
一斉に振り返った。
「滑る!?」
フェルナ。
「板で?」
ラグナ。
「速い?」
セレス。
「危なくない?」
ミレア。
「寒い?」
ノエル。
「のる!」
ユラ。
「待て待て」
全員食いついた。
「板って言っても」
俺は。
物置を見る。
「お前らが見たのはたぶん橇だな」
「そり?」
ユラ。
「ああ」
「何するもの?」
「荷物運んだり、人が乗ったり」
「速い!?」
フェルナ。
「坂ならな」
「作る!」
「俺が?」
「みんなで!」
「……まあ」
ちょうど。
古い板が余っている。
「一台なら作れるか」
「やったあああ!」
◇
午前中。
八人で。
橇を作った。
「板二枚」
リシェルが。
確認する。
「下」
「ああ」
「ここ曲げる?」
「先を少しな」
「どうして?」
「雪に刺さりにくくする」
「なるほど」
横では。
ラグナが。
板を押さえている。
「これ?」
「強く掴みすぎるなよ」
「掴んでるだけ」
「指の跡ついてる」
「…………」
「もっと弱く」
「これくらい?」
「そう」
「難しい」
最近。
ラグナは。
何をするにも。
力加減を気にするようになった。
良いことだ。
「フェルナ」
「なに!」
「縄持ってきて」
「分かった!」
走る。
「走るな!」
どさっ。
「いたい!」
「言ったそばから!」
「雪が!」
「雪は動いてない!」
◇
完成した橇を。
七人が囲む。
「これに乗る?」
ミレア。
「ああ」
「全員?」
「壊れる」
「ラグナだけなら?」
フェルナ。
「何で私だけ重いみたいに言うの!」
「強いから!」
「強さと重さ違うでしょ!」
「一人か二人ずつだ」
俺が止める。
「最初は俺が試す」
「お父さんが!?」
フェルナ。
「危なくない?」
セレス。
「だから試すんだ」
「じゃあ私が」
「お前が壊したら試験にならん」
「壊さない!」
「念のためだ」
緩い坂。
木の少ない場所。
雪も深すぎない。
俺は橇に乗る。
「行くぞ」
「うん!」
少し。
地面を蹴る。
すうっ。
滑る。
「おお」
悪くない。
「速い!」
フェルナの声。
坂の下で。
足を出して止める。
「こんなもんだな」
「次!」
フェルナが。
もう上から叫んでいる。
「順番だ!」
◇
最初。
セレスとミレア。
「二人で?」
「怖かったら一人ずつでもいい」
「……一緒がいい」
ミレア。
「じゃあ私前」
セレス。
「しっかり掴まれ」
「うん」
押す。
「行くぞ」
「うん!」
すうううう。
「わっ」
「速い!」
二人の声。
坂下。
無事止まる。
「どうだった?」
「楽しい!」
珍しく。
セレスが。
年相応の大きな声を出した。
「もう一回!」
「並び直せ」
「うん!」
◇
次。
リシェル。
一人。
「乗りながら見る」
「何を?」
「雪の抵抗」
「転ぶなよ」
「速度も知りたい」
「どう測るんだ」
「分からない」
「じゃあ今日は楽しめ」
「それも大事?」
「たぶんな」
「分かった」
押す。
滑る。
「…………!」
無言。
坂下。
「どうだった?」
リシェルが。
ゆっくり振り返る。
「もう一回」
「楽しかった?」
「もう一回」
「楽しかったんだな」
「うん」
◇
ノエル。
「乗る?」
「寒い」
「じゃあ家戻る?」
「でも一回」
「どっちなんだ」
「一回だけ」
乗る。
押す。
滑る。
「…………」
坂下。
止まる。
「どうだった?」
「速い」
「ああ」
「歩かなくていい」
「そこ気に入ったのか」
「上に戻るのも橇?」
「引いて上がる」
「…………」
「自分で歩くぞ」
「じゃあ一回でいい」
本当に。
戻ってこなかった。
◇
ユラ。
「のる!」
「一人は駄目だ」
「なんで?」
「小さいから」
「…………」
少し。
不満そう。
「俺と乗るか?」
「おとうさんと!」
「じゃあ前」
ユラを。
俺の前へ座らせる。
「掴まれ」
「ここ?」
「俺の腕でいい」
「うん!」
滑る。
「わあああ!」
「口開けるな。雪入るぞ」
「はやい!」
「そうだな」
「もっと!」
「これ以上速くしない」
「なんで!」
「止まれなくなる」
「ラグナ姉なら?」
「橇ごと飛びそうだから乗せるのが怖い」
◇
「聞こえた!」
ラグナ。
当然。
最後まで待っていた。
「私の番」
「ああ」
「一人?」
「一人」
「押して」
「自分で蹴るなよ」
「なんで?」
「力加減失敗しそうだから」
「……分かった」
橇へ座る。
「行くぞ」
「うん」
押す。
すうううう。
「…………」
普通だ。
問題ない。
と思った。
「もっと速くできる」
ラグナが。
途中で。
足を雪へついた。
「待て!」
どんっ!
橇が。
加速した。
「ラグナ!」
「わっ!?」
凄まじい速度で。
坂を下る。
「止まって!」
「どうやって!?」
「足!」
「足!?」
「雪に――」
がこん!
小さな雪山。
橇が乗り上げる。
「…………」
「…………」
飛んだ。
ラグナごと。
綺麗に。
宙へ。
「ラグナあああ!」
セレス。
どさああっ!
雪の山へ。
頭から。
突っ込んだ。
「…………」
一瞬。
静寂。
「ラグナ!」
俺たちは。
一斉に走った。
◇
雪から。
足だけ。
出ている。
「ラグナ!」
掘る。
「大丈夫か!」
「…………」
ずぼっ。
赤茶色の頭。
「ぷはっ!」
「怪我は?」
「ない」
「痛いところ」
「ない」
「ほんと?」
「……たぶん」
セレス。
「嘘じゃない」
「よし」
とりあえず。
無事だ。
「お父さん」
「なんだ」
「怒る?」
「怒る」
「…………」
「俺が止めたことをやったからな」
「ごめんなさい」
「何で駄目って言ったか分かった?」
「止まれない」
「そう」
「速すぎると」
「ああ」
「自分で困る」
「それもある」
俺は。
遠く。
橇を見る。
雪へ。
斜めに刺さっている。
「道具も壊れる」
「…………」
ラグナが。
しゅんとする。
「ごめんなさい」
「まず橇見よう」
◇
幸い。
橇は。
縄が一本外れただけだった。
「なおる?」
ユラ。
「ああ」
「よかった」
ラグナが。
ほっとする。
「私が直す」
「できる?」
「教えて」
「なら一緒にやる」
縄を。
もう一度通す。
「ここ?」
「そこ」
「締める?」
「締めすぎるな」
「…………」
ラグナが。
ものすごく慎重に。
引く。
「これくらい?」
「もう少し」
「これ?」
「もう少し」
「これ?」
「そこ」
「…………」
「何だ?」
「力弱くする方が」
「ああ」
「やっぱり難しい」
「でもできてる」
「うん」
◇
「次フェルナ!」
「待て」
「なんで!?」
「ラグナ見ただろ」
「フェルナ勝手に蹴らない!」
「本当?」
「約束!」
「じゃあいい」
乗る。
「行くぞ」
「うん!」
押す。
滑る。
「わああああ!」
順調。
そして。
坂の半分。
「…………」
フェルナが。
橇の横へ手を伸ばした。
「何してる!」
「雪触る!」
「触るな!」
「ちょっとだけ!」
手が。
雪へ。
ざざっ。
橇が。
傾く。
「わっ」
ころん。
「…………」
「…………」
今度は。
横へ転がった。
「フェルナ!」
駆け寄る。
「大丈夫!」
「怪我は?」
「ない!」
「何で触った!」
「雪近かったから!」
「当たり前だ! 上を滑ってるんだから!」
「触れそうだった!」
「だから触るな!」
「ごめんなさい!」
今日は。
怒る回数が多い。
◇
「遊ぶ時も」
俺は。
七人を集めた。
「何してもいいわけじゃない」
「うん」
「楽しくても」
ラグナ。
「ああ」
「危ないことは駄目」
「そう」
「できることでも?」
フェルナ。
「危ないならやらない」
「でも」
フェルナが。
首を傾げる。
「やってみないと分かんないこともある」
「それはそうだ」
「じゃあどうする?」
「少しずつ試せ」
「少しずつ?」
「最初から一番速くしない」
ラグナを見る。
「…………」
「途中で変なことしない」
フェルナを見る。
「…………」
「安全そうなところで」
「ああ」
「失敗しても大怪我しないように試す」
リシェル。
「そういうこと」
「じゃあ」
リシェルが。
雪面を見る。
「もっと急な坂は?」
「今日は行かない」
「どうして?」
「まだこの坂で二人転んだから」
「なるほど」
「上手くなったら?」
「その時考える」
◇
そこから。
しばらく。
全員で。
同じ坂を。
何度も滑った。
ラグナは。
途中で蹴らなくなった。
フェルナは。
手を雪へ伸ばさなくなった。
セレスは。
二回目から。
ミレアを前へ乗せて。
少し上手く曲がるようになった。
リシェルは。
橇が曲がる理由を。
ずっと考えている。
ノエルは。
本当に一回で終わって。
家の近くから眺めていた。
ユラは。
「もういっかい!」
俺と。
何度も。
滑った。
「これで最後だぞ」
「あといっかい!」
「今最後って言った」
「さいごのあと!」
「それは最後じゃない」
◇
昼。
家へ戻る。
「楽しかった!」
フェルナ。
「もう一回したい」
ラグナ。
「午後は薪」
「…………」
「…………」
二人。
同時に静かになる。
「遊んだから仕事もしろ」
「橇で薪運ぶ?」
リシェル。
「…………」
俺は。
少し考えた。
「それは使えるな」
「ほんと!?」
フェルナ。
「ああ」
「遊びながら仕事!」
「薪乗せた橇で遊ぶなよ」
「…………」
「今考えたな?」
「考えてない!」
◇
午後。
橇は。
ちゃんと。
仕事をした。
薪を積む。
縄で固定。
引く。
「おお!」
ラグナ。
「いっぱい運べる!」
「抱えるより楽だろ」
「うん!」
フェルナも。
縄を引く。
「速い!」
「走るな!」
「でも軽い!」
「雪で滑るからな」
「すごい!」
セレスが。
後ろから薪を押さえる。
「落ちそう」
「じゃあ積みすぎたな」
「減らす?」
「ああ」
「持てるのに?」
ラグナ。
「人は持てても橇には限界がある」
「…………」
「相手に合わせる?」
「そうだ」
ラグナが。
橇を見る。
「道具にも?」
「ああ」
「人にも?」
「ああ」
「…………」
少し。
考える。
「強い方が合わせる時もある?」
「あるだろ」
「どうして?」
「弱い方が無理して壊れたら困るからな」
「…………」
ラグナは。
その言葉を。
妙に真剣に聞いていた。
◇
夕方。
薪運びを終える。
「いっぱい!」
ユラが。
積まれた薪を見る。
「橇のおかげだな」
「そり、すごい!」
「ああ」
「ラグナ姉より?」
「何が?」
「はこぶ!」
ラグナが。
少し悩む。
「私の方が持てる」
「でも」
リシェルが言う。
「橇ならフェルナも運べる」
「…………」
「ユラも少しなら引ける」
「ユラも!」
「じゃあ」
ラグナが。
橇を見る。
「橇の方が便利?」
「便利な場面もある」
「私、いらない?」
「何でそうなる」
「橇で運べるなら」
「でも」
俺は。
薪の一番太いものを。
指差す。
「それを橇まで誰が乗せた?」
「私」
「坂で橇が引っかかった時は?」
「私が持ち上げた」
「じゃあ必要だろ」
「…………」
「道具ができることと」
「ああ」
「お前ができることは別だ」
「…………」
「どっちが上じゃなくて」
俺は。
橇を立てかける。
「使える方を使えばいい」
「そっか」
「ああ」
「じゃあ」
ラグナが。
少し笑う。
「橇と一緒ならもっと運べる」
「そういうこと」
◇
夜。
「お父さん」
リシェルが。
寝る前なのに。
紙を持ってきた。
「何だ?」
「橇」
「ああ」
「もっと曲がりやすくできる?」
「できると思う」
「どうやって?」
「明日考える」
「今」
「寝ろ」
「でも」
「頭も休ませる」
「…………」
「覚えてるだろ」
「うん」
渋々。
紙を閉じる。
「お父さん」
今度はラグナ。
「ん?」
「今日」
「ああ」
「勝手に速くしてごめんなさい」
「もう謝っただろ」
「でも」
「何だ」
「分かったから」
「何が?」
「できることでも」
「ああ」
「やっていいかは別」
「そうだな」
「強くできても」
「ああ」
「弱くした方がいい時ある」
「ある」
「相手に合わせる」
「ああ」
「道具にも」
「ああ」
「…………」
「難しい?」
「うん」
「じゃあ練習だ」
「うん」
◇
「フェルナも!」
「何が?」
「もう勝手に雪触らない!」
「橇乗ってる時はな」
「うん!」
「木登ってる時も変なもの掴むな」
「…………」
「何で黙る」
「今日枝折れた」
「聞いてないぞ!」
「落ちなかった!」
「そこじゃない!」
「ごめんなさい!」
「明日その木見せろ!」
「はーい!」
また。
一つ。
仕事が増えた。
◇
灯りを消す。
「おとうさん」
ユラ。
「なんだ?」
「そり」
「ああ」
「またのる?」
「雪があるうちはな」
「おとうさんと?」
「一人で乗れるようになるまで」
「…………」
「どうした?」
「ずっと一人でのらない」
「なんで?」
「おとうさんとのる」
「一人で乗れるようになっても?」
「うん」
「そうか」
「だめ?」
「別に」
「ふふ」
布団へ。
潜る。
今日は。
遊んで。
転んで。
怒って。
直して。
仕事にも使った。
一つの道具でも。
使い方次第で。
遊びにもなる。
仕事にもなる。
危ないものにもなる。
力も。
たぶん。
同じなのだろう。
強ければ。
何でもできるわけじゃない。
強いからこそ。
加減しないといけないこともある。
まあ。
それを七人が。
本当に理解するのは。
もう少し先かもしれない。
何しろ。
今のところ。
我が家で一番危険な乗り物は。
橇ではなく。
途中で橇を加速させる。
ラグナ本人なのだから。




