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第24話 お父さんにも、あげたい



 冬になって。


 七人の服を直す回数が増えた。


 寒い。


 外で遊ぶ。


 雪に転ぶ。


 枝に引っかける。


 また転ぶ。


 主に。


「フェルナ」


「なに?」


「こっち来い」


「なんで?」


「袖」


「…………」


 黒い獣耳が。


 ぺたんと伏せる。


「破れてる」


「ちょっとだけ」


「肘見えてるぞ」


「フェルナ毛あるから寒くない!」


「服を着てる意味を考えろ」


「まだ着れる!」


「直せばな」


「お父さん直す?」


「ああ」


「じゃあ着れる!」


「最初からそう言ってる」


 俺は。


 針へ糸を通した。


 最近。


 針仕事まで。


 妙に上達した気がする。


 八人暮らしというのは。


 覚えることが多い。


「お父さん」


 ミレアが。


 横から覗き込む。


「私もやる」


「縫えるか?」


「この前より上手くなった」


「じゃあ半分頼む」


「うん」


 そこへ。


 リシェルまで来る。


「縫い目」


「ん?」


「この間と違う」


「補強してるからな」


「どうして?」


「フェルナだから」


「お父さん!」


「お前、同じところ二回破いてるだろ」


「雪が悪い!」


「雪は服引っ張らない」


「木!」


「木も追いかけてこない」


「…………」


 フェルナが。


 言い返せなくなった。


     ◇


 そんな午後。


「お父さん」


 セレスが。


 俺の後ろを見ていた。


「なんだ?」


「お父さんのも」


「何が?」


「破れてる」


「…………」


 見る。


 自分では見えない。


「どこ?」


「背中」


「ここ」


 ラグナが指差す。


 古い冬用の上着。


 肩の少し下。


 確かに。


 布が裂けていた。


「ああ」


「いつ破れたの?」


「薪運んだ時かな」


「直さないの?」


「後で」


 俺は。


 フェルナの袖へ針を通す。


「先にこっち」


「…………」


 セレスが。


 じっと見る。


「お父さん」


「ん?」


「昨日も後でって言ってなかった?」


「そうだっけ」


「言った」


「一昨日も」


 リシェル。


「覚えてるのか」


「うん」


「お父さん」


 ラグナ。


「自分の後回しにしてる」


「別にこれくらい」


「お父さんが」


 セレスの金色の目が。


 じっとこっちを見た。


「『これくらい』って言う時、だいたいちょっと無理してる」


「…………」


 覚えられている。


 非常に困る。


「着られないほどじゃない」


「寒い?」


「少しは」


「ほら」


「冬だから全員寒いだろ」


「違う」


「…………」


 逃げられそうにない。


「じゃあフェルナが終わったら直す」


「ほんと?」


「ああ」


「セレス」


 俺から。


 金色の目へ視線を移す。


「……ほんと」


「確認するな」


     ◇


 だが。


 その日は。


 結局。


 直せなかった。


 フェルナの上着。


 ユラの手袋。


 ラグナの靴紐。


 家の外壁の隙間。


 薪の整理。


 夕飯。


 気づけば夜だった。


「明日だな」


 上着を脱ぐ。


 壁へ掛ける。


 そのまま。


 寝た。


     ◇


 翌朝。


「…………?」


 壁を見る。


 上着がない。


「俺の上着知らないか?」


 朝飯の準備をしながら聞く。


「知らない!」


 フェルナ。


 速い。


「まだ誰にも聞いてないぞ」


「知らない!」


「怪しいな」


「ほんと!」


 セレスを見る。


「セレス?」


「…………」


「目逸らしたな」


「知らない」


「嘘?」


「…………」


「自分のは見えないんだったな」


「うん」


「便利だな」


 ラグナも。


 妙に静かだ。


 ミレアも。


 ノエルも。


 リシェルも。


 ユラまで。


 何かを隠すように。


 食卓を見ている。


「お前ら」


「なに?」


「何かしてる?」


「してない!」


 フェルナ。


「お前は黙ってた方が隠せるぞ」


「…………」


 口を両手で塞いだ。


「余計怪しい」


     ◇


 朝飯が終わる。


「じゃあ上着探すか」


 立ち上がる。


「お父さん!」


 セレス。


「なに?」


「今日は」


「ああ」


「家の中にいて」


「なんで?」


「…………」


 困る。


「寒いから」


「だから上着探してる」


「別の着て!」


「古いのあるけど」


「それ!」


「…………」


「今日はそれ!」


「何で命令されてるんだ」


「お願い」


「昨日の俺みたいな言い方するな」


「お父さんが教えた」


「便利に使うな」


 仕方なく。


 古い上着を出した。


     ◇


 昼前。


 妙なことに気づいた。


 七人が。


 やけにまとまって動く。


「お父さん」


 リシェル。


「薪、まだある?」


「あるぞ」


「じゃあ外行かなくていい」


「何でお前まで」


「寒い」


「お前が?」


「お父さんが」


「…………」


 次。


「おとうさん」


 ユラ。


「なんだ?」


「ここいて」


「なんで?」


「ユラとあそぶ」


「何する?」


「これ」


 木片。


「積むの?」


「うん」


「いいぞ」


 床に座る。


 積む。


 一個。


 二個。


 三個。


「おとうさん」


「ん?」


「もっとゆっくり」


「何で?」


「ながくあそぶ」


「…………」


 怪しい。


 ものすごく怪しい。


     ◇


 一方。


 寝室では。


「ここ!」


 フェルナが。


 小声で言った。


「もっと引っ張る!」


「駄目」


 セレスが止める。


「布伸びる」


「じゃあどうするの!?」


「少しずつ」


 俺の上着が。


 床に広げられていた。


 裂けた背中。


 その周りに。


 六人。


「針」


 ミレア。


「これ」


 ラグナが渡す。


「糸、通らない」


「貸して」


 リシェル。


「できる?」


「本で見た」


「本で見ただけ?」


「昨日お父さんも見た」


「じゃあできる!」


「それは違うと思う」


 ノエルが。


 布を押さえながら言う。


「お父さん起きてきたら?」


「ユラが止めてる!」


 フェルナ。


「三歳に任せて大丈夫?」


 ラグナ。


「大丈夫!」


     ◇


「ユラ」


「なに?」


「もう一時間くらい木積んでないか?」


「まだ」


「まだ?」


「もっと」


「俺ちょっと外見てくる」


「だめ!」


 俺の袖を。


 両手で掴む。


「何で」


「…………」


 考える。


「さむい」


「古い上着着てる」


「…………」


「ユラ?」


「おとうさん」


「ん?」


「だっこ」


「話逸らしたな」


「だっこ!」


「はいはい」


 抱き上げる。


 最近。


 こいつは。


 自分が小さいことを。


 かなり上手く使い始めている気がする。


     ◇


「できた?」


 セレス。


「たぶん」


 ミレア。


「でも」


 ラグナが。


 上着を見る。


「縫ったところ」


「ああ」


「目立つ」


 裂けた場所は。


 一応。


 閉じている。


 だが。


 縫い目は。


 曲がっている。


 太いところ。


 細いところ。


 何度も糸を通したところ。


 かなり。


 不格好だった。


「…………」


 六人。


 黙る。


「お父さんみたいじゃない」


 ミレア。


「やり直す?」


 ラグナ。


「時間ない」


 リシェル。


「それに」


 セレスが。


 縫い目へ触れる。


「何回も抜いたら布傷む」


「じゃあ」


 フェルナが。


 しゅんとする。


「失敗?」


「…………」


 その時。


 ノエルが言った。


「穴、閉じた」


「うん」


「風、入らない」


「たぶん」


「じゃあ使える」


「…………」


「お父さん、いつも言う」


 ノエルが。


 淡々と。


「使えるならいい」


 六人が。


 顔を見合わせた。


「……そうだね」


 セレスが笑う。


     ◇


 昼飯。


「お父さん」


 セレス。


「ん?」


「食べたら」


「ああ」


「渡したいものある」


「やっとか」


「…………」


「やっぱり上着だろ」


「いつから分かってたの!?」


 フェルナが叫ぶ。


「お前ら隠すの下手すぎる」


「ユラ頑張った!」


 ユラ。


「頑張ったな」


「だっこした!」


「そこ?」


「木も!」


「ああ」


「おとうさん、いかなかった!」


「そうだな」


 完全に。


 足止め役だったらしい。


「じゃあ」


 セレスが。


 寝室から。


 俺の上着を持ってきた。


「これ」


「…………」


 背中を見る。


「おお」


 縫われている。


「私たちで」


「ああ」


「直した」


 セレス。


 少し不安そうだ。


「上手じゃないけど」


「どれ」


 着てみる。


 肩。


 腕。


 背中。


 動かす。


「どう?」


 ミレア。


「問題ない」


「寒くない?」


「前よりはな」


「ほんと?」


「セレス」


「……ほんと」


「確認が早い」


     ◇


「でも」


 俺は。


 上着を脱いで。


 縫い目を見る。


「これ」


「…………」


 七人。


 少し緊張する。


「誰がやった?」


「みんな」


 セレス。


「ここは?」


 妙に糸が密集しているところ。


「フェルナ」


「…………」


 黒い耳が。


 ぺたん。


「何回刺した?」


「いっぱい」


「だろうな」


「だめ?」


「頑丈そうだ」


「…………」


「こっちは?」


 大きく曲がったところ。


「ラグナ」


「難しかった」


「力で針押し込まなかった?」


「ちょっと」


「布まで裂けなくてよかった」


「ごめん」


「謝るほどじゃない」


「こっち」


 細かい縫い目。


「ミレア?」


「うん」


「上手くなったな」


「ほんと?」


「ああ」


「これはリシェル?」


「どうして分かったの?」


「妙に同じ間隔だから」


「測った」


「やっぱり」


「ノエルは?」


「布押さえた」


「縫ってないのか」


「眠かった」


「それでも手伝ったんだな」


「うん」


「ユラは?」


「おとうさん!」


「俺?」


「とめた!」


「重要だったな」


「うん!」


 胸を張る。


     ◇


「お父さん」


 ラグナが聞く。


「嬉しい?」


「ん?」


「直したの」


「ああ」


「でも」


「うん」


「お父さんの方が上手」


「俺の上着だから」


「そうじゃなくて」


 少し。


 もじもじする。


「私たち」


「ああ」


「いつも」


 ミレアが。


 続きを言った。


「お父さんにもらってる」


「飯とか?」


「それも」


「服」


 セレス。


「ベッド」


 リシェル。


「木苺」


 ノエル。


「それ俺だけが用意してるわけじゃないだろ」


「だっこ!」


 ユラ。


「それは俺だな」


「あと」


 フェルナが。


 指を折る。


「いっぱい!」


「適当になったな」


「いっぱいもらってる!」


「それで?」


「だから」


 フェルナが。


 にっと笑う。


「お父さんにも、あげたい!」


「…………」


「だめ?」


 俺は。


 七人を見る。


「駄目じゃない」


「じゃあ!」


「ただ」


「ああ」


「別に返さなくていいぞ」


「なんで?」


「親が子供に飯作ったからって」


 肩をすくめる。


「代金取らないだろ」


「でも」


 セレスが言う。


「返したい」


「…………」


「だめ?」


「いや」


 俺は。


 直してもらった上着を。


 もう一度着る。


「それなら」


「ああ」


「好きにしろ」


 七人の顔が。


 一斉に明るくなった。


「やった!」


「今度は何!?」


「お父さんの靴!」


「待て」


「穴ある!」


 ラグナ。


「小さい穴だ」


「直す!」


「その前に練習しろ!」


「帽子も!」


 ミレア。


「手袋も古い」


 リシェル。


「木苺」


 ノエル。


「それはお前が食べたいだけだろ」


「半分あげる」


「前より減ってないか?」


     ◇


 その日の午後。


 俺は。


 七人に。


 一つだけ。


 新しい決まりを作った。


「まず練習する」


「ええっ!」


 フェルナ。


「何で!」


「俺の服が全部変な縫い目になるから」


「変じゃない!」


「背中見てみろ」


「…………」


「かっこいい!」


「そういうことにしておこう」


 古い布を。


 七人へ配る。


「ここで縫う練習」


「できたら?」


「好きに直していい」


「お父さんの?」


「ああ」


「やった!」


 ラグナが。


 針を持つ。


「力入れすぎるなよ」


「分かってる」


 ぷつっ。


「あ」


「糸切れた?」


「…………」


「まずそこからだな」


     ◇


 夕方。


 七人が。


 並んで針仕事をしていた。


 フェルナ。


「いたっ!」


「指刺したか?」


「ちょっと!」


「洗え」


「ミレア!」


「これくらい自分で洗う!」


「成長したな」


 ラグナ。


「また糸切れた」


「もっと弱く」


「これより?」


「半分」


「……難しい」


 リシェル。


「この幅なら同じ強さになる?」


「服は紙じゃないから、多少違っていい」


「でも揃えたい」


「好きにしろ」


 ノエル。


「…………」


「寝るな」


「起きてる」


「針持ったまま寝るなよ」


「危ない」


「分かってるなら置け」


 ユラ。


「おとうさん」


「ん?」


「できた!」


 布を見る。


 糸が。


 大きく。


 一回だけ。


 通っている。


「おお」


「できた?」


「できた」


「すごい?」


「最初の一回なら十分だ」


「ふふ」


 嬉しそうだ。


     ◇


 夜。


 寝る前。


「お父さん」


 セレスが。


 また。


 上着の背中を見た。


「本当に着る?」


「何で着ないんだ」


「ちょっと曲がってる」


「穴は塞がってる」


「でも」


「お前らが直したんだろ」


「うん」


「なら使う」


「…………」


「それに」


 俺は。


 肩を回す。


「ちゃんと暖かい」


「ほんと?」


「本当」


 セレスの。


 金色の目が。


 俺を見る。


 そして。


 笑った。


「ほんとだ」


「だから毎回確認するな」


「だって」


「ああ」


「嬉しいから」


「…………」


「お父さん」


「なんだ」


「ありがとう」


「何が?」


「もらってくれて」


「直してもらったのは俺だぞ」


「それでも」


「そうか」


「うん」


     ◇


 灯りを消す。


 暗闇の中。


「お父さん」


 フェルナ。


「今度もっとすごいの作る!」


「まず真っすぐ縫え」


「服作る!」


「布を縫う練習からだ」


「じゃあ服の次は?」


「何で先へ進む」


「靴!」


「難しいぞ」


「じゃあ家!」


「もうある」


「もっと大きい家!」


「話が飛びすぎだ」


「八人だから!」


「今ので足りてる」


「十人になったら!?」


「増える前提やめろって言っただろ!」


 笑い声。


 その中で。


 上着の背中に。


 少し。


 違和感がある。


 糸が太い。


 縫い目も。


 きれいじゃない。


 俺が自分でやった方が。


 たぶん。


 ずっと上手くできた。


 でも。


 直し直す気には。


 ならなかった。


 子供に何かしてやるのは。


 親の役目だと思っていた。


 飯を作る。


 服を直す。


 寝る場所を作る。


 教える。


 守る。


 それでいいと。


 思っていた。


 でも。


 娘たちは。


 もらうだけでは。


 嫌らしい。


 自分たちも。


 何かをくれたがる。


 なら。


 受け取ればいい。


 たとえ。


 少しくらい。


 縫い目が曲がっていても。


 その方が。


 きっと。


 この上着は。


 前より。


 ずっと暖かい。


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