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第22話 初めての雪は、食べるものじゃない



 朝。


 妙に明るかった。


「……ん?」


 まだ日の出から。


 それほど経っていない。


 なのに。


 窓の外が。


 いつもより白い。


 俺は。


 毛布から出て。


 窓を開けた。


「降ったか」


 山。


 木。


 畑。


 家の屋根。


 全部。


 白かった。


 昨日の夜。


 冷えるとは思っていたが。


 思ったより。


 しっかり積もっている。


「お父さん?」


 後ろから。


 眠そうな声。


 セレスだ。


「おはよう」


「おはよう……」


 目を擦りながら。


 窓を見る。


「…………」


「どうした?」


「…………白い」


「ああ」


「山が」


「ああ」


「白い」


「雪だ」


「…………」


 次の瞬間。


「みんな!」


「おい」


「起きて!」


「まだ早いぞ」


「雪!」


 ばたばた。


「ゆき!?」


 フェルナ。


「ほんと!?」


 ラグナ。


「どこ?」


 ミレア。


「雪……」


 リシェル。


「寒い」


 ノエル。


「ゆき?」


 ユラ。


 全員。


 一気に起きた。


「窓に集まるな」


「白い!」


「全部白い!」


「お父さん言ってたやつ!」


「これが雪?」


「ああ」


「触っていい!?」


「朝飯の後」


「なんで!」


「腹減るだろ」


「今触ってから!」


「外寒いぞ」


「平気!」


「上着も着てないだろ」


「…………」


 フェルナが。


 自分の薄着を見る。


「着る!」


「飯が先」


「お父さん!」


「駄目」


     ◇


 朝飯は。


 七人とも。


 落ち着かなかった。


「フェルナ」


「なに?」


「窓見るな」


「見てない」


「首がずっと外向いてる」


「雪見てるだけ」


「それを見てるって言うんだ」


「ラグナ」


「なに?」


「パン噛め」


「噛んでる」


「ずっと同じところ噛んでるぞ」


「…………」


 完全に。


 雪に気を取られている。


「リシェル」


「うん」


「お前だけ妙に静かだな」


「雪がどうして降るか考えてる」


「やっぱり雪のことか」


「空の水が凍る?」


「大体そんな感じだ」


「じゃあ」


「詳しい話は後」


「…………分かった」


 ノエルは。


 窓ではなく。


 皿を見ていた。


「お父さん」


「ん?」


「雪」


「ああ」


「甘い?」


「甘くない」


「ほんと?」


「本当」


「木苺みたいじゃない?」


「全然違う」


「白いから砂糖?」


「違う」


「食べたら?」


「冷たい」


「…………」


「食うなよ」


「まだ食べてない」


「その言い方は食う奴だ」


     ◇


「ごちそうさま!」


 フェルナが。


 一番に立つ。


「待て」


「食べた!」


「皿」


「…………」


 戻る。


「片づけ」


「…………」


 皿を持つ。


「歯」


「…………」


「顔」


「…………」


「上着」


「…………」


「お父さん!」


「外に出る準備だ」


「いっぱいある!」


「雪だからって生活まで変わらない」


「むぅ!」


 それでも。


 いつもの倍くらいの速さで。


 全部終わらせた。


「できた!」


「靴」


「履いてる!」


「手袋」


「ある!」


「帽子」


「耳あるからいらない!」


「耳が寒いだろ」


「…………」


 帽子もかぶる。


「よし」


 扉を開けた。


「行ってこい」


「わああああああ!」


 七人。


 一斉に飛び出した。


     ◇


 最初に。


 転んだのは。


 当然。


「うわっ!」


 どさっ。


 フェルナだった。


「つめたああああい!」


「走るからだ!」


「雪が滑った!」


「お前が滑ったんだ!」


 黒い毛に。


 白い雪。


 分かりやすい。


「フェルナ」


 ラグナが。


 手を差し出す。


「大丈夫?」


「大丈夫!」


 起き上がる。


「見て!」


「何を」


「黒いから雪ついてるの分かる!」


「前にお父さんが汚れ分かりにくいって言ってた」


「雪は分かる!」


「よかったね」


「うん!」


 何がよかったのか。


 俺には分からない。


「おとうさん!」


 ユラが。


 雪の上にしゃがむ。


「これ!」


「ああ」


「つめたい!」


「雪だからな」


「さわっていい?」


「いいぞ」


 小さな手で。


 そっと。


 掬う。


「…………」


「どうした?」


「なくなった」


「溶けたんだ」


「とけた?」


「あったかいところに置くと水になる」


「みず?」


「ああ」


「じゃあ」


 ユラが。


 雪を。


 両手いっぱいに集める。


「おうちにもってく!」


「何で?」


「おみずにする!」


「水なら桶にある」


「…………」


「でも少しなら持ってっていいぞ」


「ほんと?」


「ああ」


「ユラのゆき!」


 何でも。


 自分のものにしたがる。


     ◇


「お父さん!」


 フェルナ。


「雪投げていい!?」


「人に?」


「ラグナ!」


「なんで私!?」


「当てる!」


「嫌!」


「遊びなら相手がいいって言ってからにしろ」


「ラグナ!」


「……一回だけなら」


「やった!」


「顔は駄目」


「分かった!」


 フェルナが。


 雪を掴む。


 握る。


「これ?」


「雪玉だな」


「いくよ!」


「待って」


 ラグナが。


 自分も作る。


「私も」


「いいよ!」


 二人。


 少し距離を取る。


「せーの!」


 投げた。


 ぱすっ。


 フェルナの雪玉は。


 ラグナの肩。


 ラグナの雪玉は。


「…………」


 フェルナの後ろ。


 太い木へ。


 ばごん!


 雪が。


 木の幹ごと。


 少し抉れた。


「…………」


「…………」


「ラグナ」


「…………」


「雪玉だぞ」


「うん」


「何で木が削れてる」


「ちょっと強かった」


「ちょっとじゃない」


「ごめんなさい」


「フェルナに当たってたら?」


 ラグナが。


 青くなる。


「…………」


「痛かった」


「で済まないかもしれない」


「…………」


「遊びは」


 俺は。


 雪を一つ。


 軽く丸める。


「相手が怪我しない強さでやれ」


「うん」


「できる?」


「やる」


「じゃあ」


 俺の雪玉を。


 ラグナの肩へ。


 ぽす。


「これくらい」


「…………」


「弱い?」


「うん」


「遊びならそれでいい」


「分かった」


 ラグナが。


 今度は。


 ものすごく慎重に。


 雪玉を投げる。


 ぽと。


 フェルナの足元に落ちた。


「届いてない!」


「弱くしすぎた!」


「極端だな!」


     ◇


 しばらく。


 二人で。


 何度も。


 強さを調整する。


「これ!」


 ぽす。


「当たった!」


「痛くない?」


「全然!」


「じゃあもうちょっと!」


「上げすぎるな!」


「分かってる!」


 その横。


 セレスとミレアは。


 雪を集めている。


「何作ってる?」


「人」


「人?」


「雪で」


 セレス。


「本にあった」


 リシェルが。


 小さな雪玉を作りながら言う。


「雪を丸めて大きくする」


「よくそんな本まであるな」


「絵だけ見た」


「やってみる?」


 ミレア。


「ああ」


 大きな玉。


 小さな玉。


 重ねる。


「顔は?」


 セレス。


「木の実使うか」


「目」


「二つ」


「鼻」


「枝」


 少しずつ。


 形になる。


「できた」


 ミレアが。


 嬉しそうに笑う。


「お父さん」


「ん?」


「これ、誰?」


「誰でもいいだろ」


「お父さんにする」


「何で」


「家族だから」


「じゃあ髪ない」


 フェルナ。


「俺に髪あるぞ」


「雪だるまにはない!」


「そういうことか」


「角つける?」


 ラグナ。


「俺に角ない」


「じゃあユラ」


「ユラ!」


 本人が来る。


「ユラの?」


「ああ」


「つの!」


 一本。


 短い枝を。


 頭に刺す。


「ユラ!」


「似てる?」


 セレス。


「…………」


 ユラが。


 雪だるまと。


 自分の角を。


 何度も見比べる。


「ちいさい」


「同じくらいにしたよ」


「…………」


 にこっ。


「ユラ!」


 満足したらしい。


     ◇


「お父さん」


 ノエルが。


 いつの間にか。


 俺の横にいた。


「ん?」


「食べていい?」


「何を」


 手を見る。


 雪玉。


「食うなって言っただろ」


「ちょっとだけ」


「何でそんなに食いたいんだ」


「白い」


「理由になってない」


「冷たい」


「それは合ってる」


「おいしいか確認」


「じゃあ」


 俺は。


 きれいな場所の雪を。


 ほんの少し。


 指に取った。


「これくらいなら舐めてみろ」


「いいの?」


「大量に食うなよ」


「うん」


 ぱく。


「…………」


「どうだ」


「冷たい」


「言っただろ」


「味ない」


「言っただろ」


「甘くない」


「言っただろ」


「…………」


「満足したか?」


「うん」


 一拍。


「木苺の方がおいしい」


「それも知ってた」


     ◇


 昼近く。


 七人とも。


 まだ遊んでいた。


「そろそろ入るぞ」


「まだ!」


 フェルナ。


「手見ろ」


「…………」


 赤い。


「寒いだろ」


「ちょっと」


「ラグナ」


「まだ平気」


「鼻赤いぞ」


「…………」


「ミレア」


「手、冷たい」


「セレス」


「ちょっと寒い」


「リシェル」


「雪の中って」


「続きは家で聞く」


「ノエル」


「もう帰りたい」


「最初からそれ言ってたな」


「ユラ」


「…………」


 返事がない。


「ユラ?」


 見る。


 雪だるまの前。


 しゃがんでいる。


「どうした?」


「おとうさん」


「ん?」


「これ」


 雪だるま。


「なくなる?」


「ああ」


「…………」


「暖かくなったら溶ける」


「なくなるの?」


「形はな」


 ユラの顔が。


 曇る。


「やだ」


「雪はそういうものだ」


「ずっとおいとく」


「春になったら無理だ」


「おうちにいれる」


「もっと早く溶けるぞ」


「…………」


 泣きそうだ。


「ユラ」


「なに?」


「なくなるのが嫌?」


「うん」


「じゃあ」


 俺は。


 雪だるまの顔についていた。


 小さな枝角を抜く。


「これは取っておこう」


「つの?」


「ああ」


「また雪降ったら」


「うん」


「同じの作ればいい」


「…………」


「全く同じにはならないけどな」


「またユラ?」


「またユラにすればいい」


「…………」


 枝を。


 受け取る。


「じゃあ」


「ん?」


「またつくる」


「ああ」


「みんなで?」


「みんながやりたければな」


「おとうさんも?」


「手伝う」


 ようやく。


 笑った。


     ◇


 家へ戻る。


「さむい!」


 フェルナが。


 暖炉の前へ。


「近づきすぎるな!」


「でも寒い!」


「手を急に火へ近づけるな」


「なんで?」


「痛くなるぞ」


「冷たいのに?」


「急に温めすぎると余計にな」


「じゃあどうする?」


「まず布で拭いて」


「ああ」


「少しずつ温める」


「…………」


 七人。


 濡れた手袋。


 濡れた靴。


 濡れた上着。


「全部干すぞ」


「また仕事!?」


「遊んだ後の片づけまでが遊びだ」


「…………」


 フェルナが。


 ものすごく嫌そうな顔。


「お父さん」


「なんだ」


「片づけない遊びない?」


「探してみろ」


「ある?」


「知らん」


「リシェル!」


「本で調べる」


「そこまでしなくていい」


     ◇


 昼飯。


 温かいスープ。


「おいしい……」


 ラグナが。


 両手で器を持つ。


「外寒かったからな」


「いつもよりおいしい」


 ミレア。


「同じスープだぞ」


「でも違う」


「そう感じるだけだ」


「お父さん」


 ノエル。


「雪入れてない?」


「入れてない」


「水になるって言った」


「だからって料理に拾った雪使うな」


「…………」


「何で残念そうなんだ」


 ユラは。


 枝角を。


 自分の隣に置いている。


「大事か?」


「うん」


「なくすなよ」


「ここにおく」


「飯の横はやめろ」


「なんで?」


「枝だから」


「ユラのつの」


「お前の角は額についてるだろ」


「これは雪ユラの」


「……分かった」


 もう。


 好きにさせた。


     ◇


 午後。


 リシェルが。


 窓の外を見ながら。


 聞いた。


「お父さん」


「ん?」


「雪は溶けたら水になる」


「ああ」


「その水は?」


「地面に染みたり、川に流れたりする」


「じゃあ」


 少し考える。


「なくなってない?」


「まあ」


「形が変わっただけ?」


「ああ」


「…………」


 ユラが。


 その話を聞いていた。


「雪ユラも?」


「雪だるまのことか」


「うん」


「溶けたら水になる」


「なくならない?」


「見えなくはなるけどな」


「でもお水?」


「ああ」


「…………」


 ユラが。


 窓を見る。


 それから。


 少しだけ。


 安心したように笑った。


「じゃあいい」


「いいのか?」


「また雪ふる」


「ああ」


「またつくる」


「そうだな」


     ◇


 夜。


 七人を寝かせる頃。


 外では。


 また。


 静かに雪が降り始めていた。


「お父さん」


 フェルナ。


「明日もっと積もる!?」


「たぶんな」


「遊ぶ!」


「先に仕事」


「ええっ!?」


「薪運び」


「雪あるのに!?」


「雪があっても薪は必要だ」


「…………」


「遊びたいなら早く終わらせろ」


「ラグナ!」


「なに?」


「明日競争!」


「いいよ!」


「仕事を競争にするなって前にも言っただろ」


「早く終わる!」


「雑にやるなよ」


「分かった!」


 本当に分かったかは。


 怪しい。


「お父さん」


 ラグナ。


「ん?」


「雪玉」


「ああ」


「今日」


「うん」


「強く投げすぎた」


「そうだな」


「でも」


「うん」


「弱くするの難しかった」


「ああ」


「強い方が簡単」


「そういうこともある」


「じゃあ」


 少し考える。


「強いって」


「ああ」


「いっぱい壊せることだけじゃない?」


「そうだな」


「壊さないようにできるのも?」


「ああ」


「…………」


 ラグナが。


 自分の手を見る。


「そっちの方が難しい」


「だから練習するんだろ」


「うん」


「そのうち上手くなる」


「竜になるより?」


「それは知らん」


「…………」


「でも今できることだ」


「うん」


 納得したらしい。


     ◇


「おとうさん」


 最後に。


 ユラ。


「なんだ?」


「雪」


「ああ」


「またなくなる?」


「溶ける」


「でも」


「うん」


「なくなったら、またつくる」


「ああ」


「できなかったら?」


「来年またやればいい」


「らいねん?」


「ああ」


「みんなで?」


「みんなで」


「…………」


 毛布の中で。


 嬉しそうに。


 丸くなる。


「おやすみ」


「おやすみ、おとうさん」


 灯りを消す。


 窓の外。


 白い雪。


 子供たちにとっては。


 初めての冬。


 初めての雪。


 初めてだから。


 何でも触る。


 何でも聞く。


 何でも試す。


 雪まで食べようとする。


 少し。


 目を離せない。


 でも。


 知らないことは。


 知ればいい。


 できないことは。


 練習すればいい。


 形がなくなっても。


 また作れるものなら。


 また作ればいい。


 明日の朝。


 家の前には。


 今日より。


 もっと雪が積もっているだろう。


 そして。


 たぶん。


 今日より。


 もっと騒がしくなる。


 俺は。


 今から。


 少しだけ。


 覚悟しておくことにした。


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