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第19話 山の外には、何があるの?



 その日の夕方。


 夕飯を食べ終えた後。


 俺は暖炉の前で、狩りに使う革紐を直していた。


 七人はそれぞれ好きなことをしている。


 リシェルは本。


 セレスとミレアは洗った食器を片づけ。


 ラグナは木剣を布で磨き。


 ノエルは今日最後の木苺を、一個だけ残して眺めていた。


 ユラは床に座って木片を積んでいる。


 そして。


「お父さん」


 フェルナが俺の前に座った。


「なんだ?」


「山の外って何があるの?」


「…………」


 ずいぶん大きな質問が来た。


「急にどうした」


「今日ね」


「ああ」


「一番高い木に登ったら」


「待て」


「なに?」


「一番高い木?」


「うん!」


「登るなって言っただろ!」


「低い木ならいいって言った!」


「一番高い木は低くない!」


「でも落ちなかった!」


「結果の話じゃない!」


「お父さん」


 セレスが横から口を挟む。


「その話はもうした」


「したのか?」


「うん。フェルナも謝った」


「……なら今回はそれでいい」


 フェルナがほっとする。


「で」


「ああ」


「上からね」


 窓の向こう。


 山の下の方角を指差す。


「ずーっと向こうに、何か見えた」


「何が?」


「ちっちゃいのがいっぱい」


「家じゃないか?」


「家?」


「ああ」


「これ?」


 自分たちがいる家を指す。


「同じようなのがたくさん集まってる」


「なんで?」


「人がたくさん住んでるからだ」


「…………」


 フェルナが固まる。


「人って、そんなにいるの?」


「いるぞ」


「七人より?」


「比べものにならない」


「百人?」


「もっと」


「千人!?」


「もっといるところもある」


「…………」


 フェルナの目が。


 ものすごく大きくなった。


「みんな!」


 突然振り返る。


「外、人が千人いる!」


「もっとって言っただろ」


「もっと!?」


 ラグナまで木剣を置いた。


「そんなに?」


「ああ」


 リシェルも。


 本を閉じた。


 珍しい。


「どこに?」


「町とか村とか」


「町?」


「人がたくさん集まって暮らしてる場所だ」


「どうして集まるの?」


 当然。


 リシェルの質問が始まった。


「便利だからだろうな」


「何が?」


「店がある」


「みせ?」


「物を売ったり買ったりするところ」


「売る?」


「買う?」


 今度はラグナとミレア。


「…………」


 俺は革紐を置いた。


 これは。


 長くなりそうだ。


     ◇


「まず」


 俺は小さな木片を一つ。


 床へ置いた。


「これを俺が持ってる」


「うん」


 七人が。


 何となく集まってきた。


「でも俺は」


 別の木片を指す。


「こっちが欲しい」


「取れば?」


 フェルナ。


「他の人の物だ」


「じゃあ、ちょうだいって言う」


「そうだな」


「くれる?」


「相手も何か欲しかったら?」


「…………」


「交換する」


 リシェルが言った。


「そう」


「これとこれ?」


「そんな感じだ」


「じゃあ」


 ノエルが。


 自分の最後の木苺を持ち上げる。


「木苺あげるから、お肉もらう」


「お前ならそうなるな」


「できる?」


「相手がいいって言えばな」


「…………」


 ノエルが木苺を見る。


「やっぱりあげない」


「早いな」


「木苺大事」


「じゃあ肉もらえないぞ」


「……悩む」


 本気で悩み始めた。


「でも」


 セレスが聞く。


「交換するものがなかったら?」


「金を使うことが多い」


「おかね?」


 今度はユラ。


「これだ」


 俺は棚から。


 小さな革袋を持ってくる。


 中には。


 銅貨が何枚か。


「丸い」


 ユラ。


「食べられる?」


 ノエル。


「食べるな」


「おいしくない?」


「そういう問題じゃない」


 フェルナが一枚持つ。


「これで何できる?」


「物を買える」


「これ一個で?」


「物による」


「家は?」


「無理」


「熊は?」


「熊を買うな」


「なんで!」


「飼えないだろ!」


「じゃあ熊のお肉」


「それなら売ってるところもあるかもな」


「食べたい!」


「結局食うのか」


     ◇


「町には」


 俺は続ける。


「店のほかにも、いろいろある」


「なに?」


「宿」


「宿?」


「家がない時に泊まるところ」


「なんで家がないの?」


 ミレア。


「旅をしてる時とかな」


「たび?」


「別の場所へ行くこと」


「どうして?」


「行きたいから」


「…………」


 七人が。


 少しだけ考えた。


「山から出る?」


 セレス。


「そういう旅もある」


「…………」


「他には?」


 リシェル。


「学校」


「なにそれ?」


「いろんなことを教える場所」


「お父さんみたい?」


 ユラ。


「俺みたい?」


「いろいろ教える」


「ああ」


 そういう意味か。


「でも」


 俺は少し考える。


「一人じゃなくて、先生っていう人が何人もいることもある」


「お父さんがいっぱい?」


 フェルナ。


「違う」


「先生もお父さん?」


「違うって」


「じゃあ何?」


「教えてくれる人だ」


「お父さんと同じ」


「お前らにとっては似てるだけだ」


「学校行かないとだめ?」


 ラグナ。


「別に」


「ほんと?」


「ああ」


「お父さん教えてくれる」


「俺が知ってることだけな」


 リシェルが手を上げる。


「学校なら、お父さんが知らないことも分かる?」


「たぶんな」


「…………」


 目が。


 ものすごく輝いた。


「行きたい?」


 聞くと。


「…………」


 迷う。


 それから。


 俺を見る。


「今は、本でいい」


「そうか」


「お父さんにも聞ける」


「ああ」


「でも」


「ん?」


「いつか見てみたい」


「好きにしろ」


「一人で?」


「大きくなったらな」


「…………」


 小さく。


 頷いた。


     ◇


「町にはお父さんいる?」


 ユラ。


「父親がいる家もある」


「お母さんも?」


「ああ」


「姉妹も?」


「いる」


「七人?」


「七人の家もあるかもしれない」


「もっと?」


「いるかもな」


 ユラが。


 ものすごく驚いた顔をする。


「十人!?」


「いるかもしれない」


「お父さんたいへん」


「本当にな」


「うちは七人だから大丈夫?」


「十分大変だぞ」


「…………」


「冗談だ」


「ほんと?」


「ああ」


 頭を撫でる。


「七人くらいなら何とかなる」


「じゃあ八人?」


「増やす前提で話すな」


「九人?」


「だから増やすな」


「でも」


 フェルナが横から入ってくる。


「また山に子供いたら?」


「…………」


 一瞬。


 答えに詰まった。


「拾う?」


「その時考える」


「お父さん絶対拾う」


 ラグナ。


「なんでそう思う」


「私たち拾ったから」


「七人まとめて」


 セレス。


「…………」


「否定しないんだ」


「見つけてもない子の話で悩ませるな」


 七人が笑う。


     ◇


「お父さん」


 ミレアが聞く。


「町には魔族もいる?」


「場所によるんじゃないか?」


「竜人は?」


 ラグナ。


「いるところにはいるだろ」


「獣人!」


 フェルナ。


「いる」


「エルフは?」


「たぶんな」


「吸血鬼」


「夜なら会えるかもしれない」


「ノエルは昼でもいる」


「そうだな」


「鬼人も?」


 ユラ。


「いると思うぞ」


「じゃあ」


 セレスが。


 少しだけ。


 真面目な顔で聞いた。


「みんな、一緒に暮らしてる?」


「…………」


 難しい。


「場所による」


「仲良し?」


「それも場所によるな」


「喧嘩する?」


「するだろうな」


「姉妹じゃないのに?」


「姉妹じゃなくても喧嘩はする」


「どうして?」


「考えが違うから」


「話し合えばいい」


 ラグナが。


 当たり前のように言った。


「それで駄目なら?」


 フェルナ。


「一回離れる」


 セレス。


「それでも困ってたら?」


 ミレア。


「できる人が手伝う」


 リシェル。


「悪いことしたら?」


 ユラ。


「ごめんなさい」


 ノエル。


「…………」


 俺は。


 七人を見る。


「まあ」


「なに?」


「それで全部済めば、世の中楽なんだけどな」


「済まないの?」


 セレス。


「済まないこともある」


「どうして?」


「人が多いからだ」


「千人いるから?」


 フェルナ。


「もっといる」


「…………」


 また。


 フェルナが固まった。


「そんなにいたら大変」


「そうだな」


「誰がまとめるの?」


「村なら村長とか」


「町なら?」


「町長とか領主とか」


「りょうしゅ?」


「その土地を治めてる人」


「王様?」


 リシェル。


「もっと広いところを治める王様がいる国もある」


「王様って何するの?」


「国をまとめる」


「国?」


「…………」


 俺は。


 額を押さえた。


「一気に聞くな」


「でも気になる」


「順番だ」


「じゃあ国から!」


 フェルナ。


「いや、今日はもう終わり」


「なんで!」


「頭が疲れた」


「お父さんも?」


「俺もだ」


 リシェルが真剣に頷く。


「頭も休ませないと」


「よく覚えてたな」


「うん」


     ◇


 夕方から始まった話は。


 結局。


 寝る時間近くまで続いた。


 海。


 森。


 大きな川。


 雪の降る土地。


 砂ばかりの土地。


 馬車。


 船。


 城。


 王様。


 騎士。


 商人。


 冒険者。


 七人は。


 何を話しても。


 初めて聞いたような顔をした。


「海って」


 フェルナが言う。


「山より大きい?」


「ずっと大きい」


「向こう見える?」


「見えないくらい広いところもある」


「…………」


「嘘!」


「本当だ」


「セレス姉!」


「お父さん本当」


「そんな水あるの!?」


「ある」


「飲める?」


「しょっぱい」


「水なのに!?」


「そういう水もある」


「見たい!」


「いつかな」


「明日?」


「遠い」


「じゃあ明後日!」


「そういう遠さじゃない」


 ラグナも。


「竜って外にいる?」


「たぶんな」


「見たことない?」


「ない」


「…………」


「会いたい?」


「ちょっと」


「怖くない?」


「…………ちょっと怖い」


「それくらいでいい」


 ノエルは。


「町に木苺ある?」


「たぶん売ってる」


「いっぱい?」


「金があればな」


「お金いる」


「そうだな」


 完全に。


 木苺を買うための知識として覚えている。


     ◇


 寝る時間。


 七人を部屋へ入れる。


「お父さん」


 セレスが呼んだ。


「ん?」


「山の外」


「ああ」


「危ない?」


「危ないこともある」


「楽しい?」


「楽しいこともある」


「怖い人いる?」


「いるだろうな」


「優しい人も?」


「いる」


「…………」


「どうした?」


「分からないこといっぱい」


「そうだな」


「お父さんも?」


「俺も全部は知らない」


「…………」


 セレスが。


 少し笑った。


「じゃあ」


「ああ」


「いつか私たちが外に行ったら」


「うん」


「分からないこと、どうする?」


「まず考える」


「うん」


「分かりそうな奴がいたら聞く」


「うん」


「それでも分からなかったら」


「うん」


「自分で決める」


 七人が。


 静かに聞いている。


「間違ったら?」


 ラグナ。


「直す」


「困った人がいたら?」


 ミレア。


「自分に余裕があれば助けろ」


「殴ってくる人は?」


 フェルナ。


「まず逃げろ」


「逃げられなかったら?」


「自分を守れ」


「どれくらい?」


「相手がやめるまで」


「…………」


 ラグナとフェルナが。


 妙に真剣に頷いた。


「お前ら」


「なに?」


「必要以上に殴るなよ」


「必要って?」


「…………」


 また難しい質問が来た。


「相手がもう攻撃できないなら、そこで終わり」


「分かった!」


 フェルナ。


 本当に。


 分かったのだろうか。


「あと」


 俺は付け加える。


「外には、うちと違う決まりもある」


「従う?」


 セレス。


「筋が通ってるならな」


「通ってなかったら?」


「まず理由を聞け」


「それでも変だったら?」


 俺は少し考えた。


「自分で考えろ」


「お父さんが決めてくれないの?」


「俺はその場にいないかもしれないだろ」


「…………」


 七人が。


 少しだけ。


 寂しそうな顔をした。


「でも」


 俺は言う。


「今まで教えたことまで消えるわけじゃない」


「…………」


「お前らで考えればいい」


「姉妹で?」


「ああ」


「一人だったら?」


「俺ならどうするか考えてもいい」


「…………」


 セレスが。


 その言葉を。


 確かめるように繰り返した。


「お父さんなら、どうするか」


「ああ」


「分かった」


     ◇


「おとうさん」


 灯りを消す直前。


 ユラが呼んだ。


「なんだ?」


「お山の外」


「ああ」


「ユラもいく?」


「大きくなって行きたければな」


「お父さんも?」


「俺は山にいるかもしれない」


「…………」


「どうした」


「じゃあいかない」


「今決めなくていい」


「でも」


「大きくなったら」


 俺は。


 ユラの小さな頭を撫でる。


「今とは考えが変わってるかもしれない」


「かわる?」


「ああ」


「お父さん好きじゃなくなる?」


「それは知らん」


「やだ!」


「そこまで大声出すな」


「好き!」


「分かった分かった」


「ずっと!」


「はいはい」


 すると。


「私も」


 ミレア。


「何が?」


「お父さん好き」


「…………」


「私も!」


 フェルナ。


「私も」


 ラグナ。


「……好き」


 リシェル。


「木苺の次」


 ノエル。


「俺、木苺に負けてるのか?」


「今は同じくらい」


「上がった」


「お父さん」


 最後に。


 セレスが笑う。


「私も」


「…………」


「どうしたの?」


「いや」


 七人。


 全員。


 こっちを見ている。


「分かったから寝ろ」


「お父さん照れてる!」


 フェルナ。


「照れてない」


「セレス姉!」


「……少し嘘」


「セレス!」


 寝室に。


 笑い声が響く。


「もう寝ろ!」


「はーい!」


     ◇


 山の外には。


 俺の知らないことが。


 たくさんある。


 たぶん。


 こいつらがいつか外へ出れば。


 俺から聞いた話と。


 違うことだって。


 いくらでも見つかるだろう。


 その時。


 何を正しいと思うのか。


 何を選ぶのか。


 そこまで。


 俺が決めるつもりはない。


 ただ。


 知らないことは聞け。


 困っている奴がいたら。


 無理のない範囲で助けろ。


 喧嘩するなら。


 まず話せ。


 間違ったら。


 直せ。


 どうしても危ない時は。


 自分を守れ。


 俺が教えられるのは。


 その程度だ。


 あとは。


 こいつら自身が。


 いつか。


 自分で考えればいい。


 この時の俺は。


 まだ知らなかった。


 七人が。


 山を下りた後も。


 困るたびに。


 本当に。


「お父さんなら、どうするだろう」


 と考え続けることになるなんて。


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