第18話 失敗したなら、一緒に片づければいい
朝。
いつもなら。
「お父さん、ごはん!」
だとか。
「フェルナ、走らない!」
だとか。
寝室から何かしら聞こえてくる時間なのに。
今日は。
妙に静かだった。
「……?」
鍋の火を弱める。
パンも焼けている。
それなのに誰も来ない。
「寝坊か?」
七人揃って。
それは珍しい。
寝室へ向かう。
扉の前まで来ると。
「どうする?」
小さな声。
セレスだ。
「お父さんに言った方が……」
ミレア。
「だめ」
今度は。
ユラ。
「おとうさんに、いわない」
何かあったな。
扉を開ける。
「おはよう」
「「「「「「…………」」」」」」
六人が。
一斉にこちらを見た。
ユラだけ。
見ない。
「どうした?」
「なんでもない!」
フェルナ。
声が大きすぎる。
「フェルナ」
「なに!?」
「何かある時のお前、分かりやすすぎるぞ」
「なにもない!」
「セレス」
金色の目を見る。
「…………」
セレスが目を逸らした。
「その目、こういう時便利だな」
「自分たちの嘘を見るための目じゃないよ」
「でも全員怪しい」
「…………」
「何があった?」
すると。
ユラが。
毛布を頭までかぶった。
「ユラ?」
「…………」
「具合悪い?」
ふるふる。
「怪我?」
ふるふる。
「じゃあ何だ?」
「…………」
答えない。
俺は近づこうとして。
「お父さん!」
セレスに止められた。
「待って」
「ん?」
「その」
珍しく。
言いづらそうだ。
「ユラが……」
「いわないで!」
毛布の中から声。
「…………」
「ユラ」
「やだ」
「怒らないから」
「…………」
毛布が。
少しだけ震えた。
「ほんと?」
「ああ」
「…………ほんと?」
「本当だ」
しばらくして。
毛布から。
小さな顔だけ出た。
目が赤い。
泣いたらしい。
「どうした?」
「…………」
「言いにくい?」
こくり。
「じゃあセレスに言ってもらうか?」
また。
こくり。
セレスが。
小さく息を吸った。
「ユラね」
「ああ」
「おねしょした」
「…………」
なるほど。
見る。
ユラの寝床。
毛布。
獣皮。
少し濡れている。
「それか」
ユラが。
びくっとする。
「ごめんなさい」
「何で謝る?」
「よごした」
「ああ」
「ベッド」
「ああ」
「ごめんなさい」
「分かったから、まず着替えよう」
「…………」
「濡れたままだと冷えるぞ」
「おこらない?」
「怒ることか?」
ユラは。
本気で分からない顔をした。
「だって」
「うん」
「よごしたら」
小さな声になる。
「そとに……」
そこで。
止まった。
俺も。
聞かなかった。
聞かなくても。
何となく。
続きを想像できたからだ。
「ユラ」
「なに?」
「ここでは」
俺は濡れた毛布を持ち上げた。
「汚したら洗う」
「…………」
「それだけだ」
「それだけ?」
「ああ」
「そとにいかない?」
「何で外に出す」
「…………」
「寒いだろ」
「…………」
「それに」
濡れた獣皮を見る。
「お前だけで洗うには大きすぎる」
「…………」
「だから手伝え」
「ユラも?」
「ああ」
「お父さんも?」
「ああ」
「…………」
「ほら。着替えてこい」
ユラは。
しばらく俺を見て。
「……うん」
ようやく。
毛布から出てきた。
◇
「お父さん」
「なんだ?」
「フェルナも手伝う!」
「私も」
ミレア。
「私もやる」
セレス。
「じゃあ私も」
ラグナ。
「……本、後で読む」
リシェル。
「ノエルも」
「珍しいな」
「ユラ泣いてるから」
「そうか」
結局。
七人全員。
いや。
本人を入れれば。
七人姉妹全員で。
寝床を片づけることになった。
「まず毛布」
俺が持つ。
「外?」
セレス。
「ああ」
「洗う?」
「水で流してからな」
「ユラも!」
着替えて戻ってきたユラが。
小さな桶を持っている。
「それで何する?」
「みず!」
「じゃあ頼む」
「うん!」
まだ。
目は少し赤い。
でも。
さっきよりは。
ずっとましだ。
◇
家の裏。
大きな桶に水を張る。
「つめたい」
ユラが手を入れる。
「朝だからな」
「お湯にする?」
ミレア。
「全部お湯にしたら薪使いすぎる」
「じゃあちょっと?」
「手が冷たくなったら足そう」
「うん」
毛布を入れる。
「ユラ」
「なに?」
「ここ持て」
「ここ?」
「ああ」
「セレスは反対」
「うん」
「ラグナは水足して」
「分かった」
「フェルナ」
「なに!?」
「水跳ねさせるなよ」
「なんでフェルナだけ!」
「一番やりそうだから」
「やらない!」
ばしゃっ。
「…………」
「…………」
「まだ何もしてない!」
「桶に足ぶつけただろ」
「わざとじゃない!」
「分かってる」
いつも通りだ。
「じゃあ洗うぞ」
ごし。
ごし。
毛布を揉む。
ユラも。
小さな手で。
真似する。
「おちる?」
「ああ」
「ほんと?」
「ちゃんと洗えばな」
「においも?」
「干せば大丈夫」
「ベッドも?」
「拭いて乾かす」
「なおる?」
「壊れてない」
「…………」
「だから大丈夫だ」
ユラが。
少し。
安心した顔をする。
◇
「お父さん」
洗いながら。
セレスが聞いた。
「ん?」
「こういう時」
「ああ」
「怒らないの?」
「わざとなら怒る」
「わざと?」
「面白がって寝床に水撒いたとか」
ちらり。
フェルナを見る。
「なんで見るの!?」
「何となく」
「しない!」
「ならいい」
「でも」
セレスが続ける。
「失敗だったら?」
「次から気をつける」
「それだけ?」
「ああ」
「何回もしたら?」
「原因考える」
「…………」
「寒かったのかもしれない」
ユラを見る。
「水飲みすぎたかもしれない」
「…………」
「まだ小さいから仕方ないかもしれない」
ユラが。
自分の指を見る。
「ちいさいから?」
「ああ」
「大きくなったら?」
「たぶん減る」
「ほんと?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「絶対なんて知らん」
リシェルが。
横から聞く。
「失敗って」
「ああ」
「悪いこと?」
「失敗したこと自体は悪くない」
「…………」
「わざと悪いことして」
毛布を絞る。
「『失敗しました』って言うのは違うけどな」
「じゃあ」
ラグナ。
「頑張ったけどできなかったのは?」
「次やればいい」
「また失敗したら?」
「また考える」
「ずっと?」
「できるようになるまで」
「できなかったら?」
「別のやり方探す」
リシェルが。
少し笑った。
たぶん。
火の時の話を思い出したのだろう。
◇
「でもな」
俺は。
七人を見る。
「一番困るのは」
「なに?」
フェルナ。
「失敗したのを隠すことだ」
「…………」
ユラが。
少し縮こまる。
「怒ってるんじゃないぞ」
「うん」
「たとえば」
少し考える。
「鍋を割ったとする」
「フェルナが?」
「何で私!?」
「例だ」
「むぅ」
「割ったのを隠して」
続ける。
「俺が知らずに使ったら?」
セレスが答える。
「漏れる?」
「そう」
「火に落ちる?」
「そう」
「危ない」
「だろ?」
「じゃあ言う」
「それがいい」
「怒る?」
「鍋の扱いが悪かったら注意はする」
「怒らない?」
「次から気をつけろとは言う」
「…………」
「でも」
ユラを見る。
「言ったから家から出すなんてことはない」
小さな肩が。
少し下がる。
「ほんと?」
「ああ」
「何回でも?」
「何回も同じ鍋割るなよ」
「ユラ、おなべわらない」
「なら大丈夫だ」
少し。
笑った。
◇
洗った毛布を。
物干し竿へ。
広げる。
「おお」
フェルナが見上げる。
「きれいになった!」
「まだ乾いてないぞ」
「でもきれい!」
「そうだな」
ユラも。
見上げる。
「なおった?」
「だから壊れてないって」
「…………」
「でも」
俺は言い直した。
「元通りになる」
「ほんと?」
「ああ」
「今日の夜つかえる?」
「天気良ければな」
「…………」
空を見る。
青い。
「はやくかわいて」
「天気に頼め」
「おひさま!」
ユラが。
両手を上げる。
「はやく!」
「そんな命令で早く乾いたら楽なんだけどな」
「おとうさんも!」
「俺も?」
「おねがいして!」
「何でだ」
「おとうさんのほうがきくかも!」
「太陽は俺の子じゃない」
「…………」
フェルナが。
吹き出した。
「お父さん、太陽のお父さん!」
「違う!」
「じゃあ山!」
「違う!」
「熊!」
「もっと違う!」
完全に話がずれた。
◇
昼。
毛布が乾くまで。
ユラの寝床には。
予備の毛布を敷いた。
「こっちでもいい」
「そうか」
「でも」
ユラが。
外を指差す。
「あれ、ユラの?」
「洗ってる方?」
「うん」
「そうだぞ」
「なくならない?」
「なくならない」
「誰かとらない?」
「山に誰がいるんだ」
「…………」
「動物は毛布使わない」
「熊は?」
「たぶん使わない」
「フェルナに聞く?」
「何でフェルナが熊のこと知ってる前提なんだ」
「フェルナ熊好き!」
「好きなのと詳しいのは違う」
本人がいなくて助かった。
いたら。
また熊を探しに行く話になっていただろう。
◇
昼飯。
ユラは。
いつもより。
少し静かだった。
「どうした?」
「なにが?」
「まだ気にしてる?」
「…………ちょっと」
「おねしょ?」
こくり。
「姉ちゃんたちに笑われた?」
首を横に振る。
「誰も?」
「うん」
「じゃあ何が気になる」
「またしたら」
「ああ」
「どうしよう」
「洗う」
「…………」
「また洗う」
「また?」
「ああ」
「三回したら?」
「三回洗う」
「じゅっかい?」
「十回洗う」
「ひゃっかい?」
「その頃にはお前より俺の腰が心配だ」
「…………?」
「毛布百回洗うの大変だろ」
ユラが。
少し笑う。
「じゃあ」
「ん?」
「ユラもあらう」
「ああ」
「お姉ちゃんも?」
「頼めば手伝ってくれるだろ」
すると。
向かいから。
「手伝うよ」
ミレア。
「私も」
セレス。
「ユラのなら」
ノエル。
「フェルナも!」
「私も」
ラグナ。
「……洗い方、もっと上手くできる方法考える」
リシェル。
「…………」
ユラが。
六人の姉を見る。
「みんな?」
「姉妹でしょ」
セレスが言った。
「困ってたら手伝う」
「…………」
「お父さんが言った」
ユラが。
俺を見る。
「言った?」
「ああ」
「できる奴が、できない奴を手伝えばいい」
「…………」
ユラが。
嬉しそうに。
笑った。
◇
夕方。
毛布は。
ちゃんと乾いた。
「ユラ!」
フェルナが。
取り込んだ毛布を持って。
寝室へ走る。
「乾いた!」
「ほんと!?」
「ほら!」
「わあ!」
ユラが。
両手を広げる。
毛布へ。
顔を埋める。
「おひさまのにおい」
「そうか?」
俺も。
少し嗅いでみる。
「……普通の毛布だな」
「お父さん分かってない!」
「何が?」
「おひさま!」
「フェルナは分かるのか?」
「分かる!」
「じゃあ説明してみろ」
「……あったかいにおい!」
「そのままだな」
「むぅ!」
ユラは。
毛布を。
ぎゅっと抱いた。
「ユラの」
「ああ」
「まだユラの」
「何で変わると思った」
「…………」
返事はない。
「ユラ」
「なに?」
「失敗しても」
俺は。
寝床を指差す。
「お前の場所はなくならない」
「…………」
「覚えとけ」
「うん」
「また何かやったら」
「いう」
「そうしろ」
「かくさない」
「ああ」
「おとうさんにいう」
「怒る時は怒るぞ」
「…………」
「でも追い出さない」
すぐに付け足す。
ユラが。
笑った。
「うん!」
◇
その夜。
灯りを消す前。
「ユラ」
セレスが聞いた。
「今日は大丈夫?」
「だいじょうぶ!」
「本当に?」
「うん!」
「寝る前にもう一回――」
「いった!」
「ならいいけど」
「セレス姉」
「なに?」
「もしまたしたら」
「うん」
「いっしょにあらって」
「いいよ」
「ミレア姉も」
「うん」
「ラグナ姉」
「もちろん」
「フェルナ姉」
「任せて!」
「水ひっくり返しそう」
「ラグナ!」
「だって本当でしょ!」
「リシェル姉」
「うん」
「ノエル姉」
「朝ごはんの後なら」
「そこ?」
「お腹すいてたら力出ない」
「ノエルらしい」
笑い声。
「おとうさん」
「ん?」
「お父さんも」
「ああ」
「いっしょ」
「分かった」
「ふふ」
満足したらしい。
毛布へ潜る。
俺は。
扉を閉めようとして。
「お父さん」
セレスに呼ばれた。
「なんだ?」
「失敗した時」
「ああ」
「隠さない方がいいんだよね」
「そうだな」
「誰かに言ったら」
「ああ」
「一緒に直せるから?」
「そういうこと」
「…………」
「どうした?」
「覚えとく」
「ああ」
その程度の。
何でもない話だった。
失敗したなら。
隠して。
一人で怖がるより。
誰かに言えばいい。
壊したなら直す。
汚したなら洗う。
間違ったなら謝る。
一人で無理なら。
手を借りる。
そうやって。
また元に戻せばいい。
少なくとも。
我が家では。
失敗一つで。
家族が一人いなくなるようなことだけは。
絶対に。
なかった。




