第17話 誕生日が分からないなら、今日を祝えばいい
八人で居間に寝た翌朝。
「……重い」
目を開ける。
やっぱり。
重い。
右腕にはユラ。
腹の辺りにはフェルナの尻尾。
左足には。
「…………」
ラグナの足が乗っていた。
「何でこうなるんだ」
七人分の寝床を作った意味が。
まるでない。
「んぅ……」
ユラが動く。
「おとうさん」
「おはよう」
「……あさ?」
「ああ」
「かみなりは?」
「もう止んだ」
「…………」
耳を澄ませる。
雨音もない。
「ほんと?」
「ほんと」
ユラが。
俺の胸元へ。
もう一度顔を埋めた。
「じゃあ、もうちょっと」
「起きろ」
「もうちょっと」
「朝飯作れない」
「…………」
ぱっ。
顔が上がる。
「おきる」
「現金だな」
◇
朝飯の最中。
リシェルが。
また本を持ってきた。
「食卓に本は――」
「読まない」
「じゃあ何だ」
「聞きたい」
「何を?」
本を開く。
指差したのは。
子供が蝋燭の立った菓子を前にしている絵だった。
「これ」
「誕生日だな」
「たんじょうび?」
ユラ。
「ああ」
「なに?」
「生まれた日を祝うんだ」
「祝う?」
フェルナまで。
食べていたパンを止める。
「おいしいもの食べたり」
「あっ!」
食いついた。
「贈り物をしたり」
「なにそれ!」
「欲しい物を渡したりな」
「フェルナ誕生日!」
「今じゃない」
「いつ!?」
「知らん」
「…………」
フェルナが固まった。
「お父さん知らないの!?」
「お前がいつ生まれたか聞いてないからな」
「フェルナも知らない!」
「じゃあ俺にも分からん」
「…………」
食卓が。
少しだけ静かになった。
「私も」
ミレアが言う。
「分からない」
「ノエルも」
「……私も」
ラグナ。
リシェルも。
セレスも。
最後。
ユラも。
「ユラ、わかんない」
七人全員。
自分の誕生日を知らなかった。
「そうか」
俺としては。
それだけだった。
だが。
フェルナの耳が。
ぺたん。
と下がった。
「じゃあ」
「ん?」
「フェルナ、お祝いない?」
「何でそうなる」
「誕生日分かんない」
「分からないなら――」
そこで。
七人を見る。
全員。
少しだけ。
寂しそうな顔をしていた。
「…………」
なるほど。
子供にとっては。
結構大事な話なのかもしれない。
◇
「お父さんは?」
セレスが聞く。
「何が?」
「誕生日」
「一応知ってるぞ」
「お祝いした?」
「子供の頃はな」
「今は?」
「別に」
「どうして?」
「一人だったし」
「…………」
七人。
また静かになる。
「何だその顔」
「お父さん」
フェルナが。
急に真剣な顔になる。
「次、お祝いする」
「別にいい」
「する!」
「何でお前が決める」
「家族だから!」
「…………」
そう言われると。
少し弱い。
「まあ、その時覚えてたらな」
「いつ!?」
「まだ先」
「何日!?」
「数えてない」
「リシェル!」
「なに?」
「覚えて!」
「分かった」
「おい」
本気でやるらしい。
◇
「でも」
ラグナが言う。
「私たちは?」
「何が?」
「誕生日」
「ああ」
「分からないなら」
少し。
言葉に詰まる。
「ずっとない?」
その言い方が。
妙に引っかかった。
「別に」
俺はパンをちぎる。
「誕生日じゃなくても祝えばいいだろ」
「…………?」
七人が揃って首を傾げる。
「何で生まれた日じゃないと駄目なんだ」
「本にそう書いてある」
リシェル。
「本が全部正しいとは限らないって言っただろ」
「……うん」
「じゃあ」
俺は少し考える。
「お前らがこの家に来た日」
「…………」
「それを祝う日にすればいい」
七人。
止まる。
「家に来た日?」
セレス。
「ああ」
「でも」
「誕生日じゃない」
「そうだな」
「いいの?」
「誰に許可取るんだ?」
「…………」
「うちで祝うんだから」
七人を見る。
「うちで決めればいい」
しばらく。
沈黙。
そして。
「じゃあ!」
フェルナが立ち上がった。
「今日!?」
「何で今日だ」
「お祝いしたい!」
「家に来た日は今日じゃない」
「じゃあいつ!?」
「少し前だ」
「何日前!?」
「…………」
数えていなかった。
「分からない」
「お父さん!」
「仕方ないだろ!」
「じゃあ今日!」
「強引だな!」
「今日から!」
ラグナも。
少し笑いながら。
「今日でいいんじゃない?」
「お前まで」
「だって」
ラグナが。
姉妹を見る。
「みんな一緒の日なら」
「ああ」
「毎年、みんなで祝える」
「…………」
それは。
悪くないかもしれない。
「セレスは?」
俺が聞く。
「……今日がいい」
「ミレア」
「私も」
「リシェル」
「覚えやすい」
「ノエル」
「おいしいもの食べたい」
「お前はそれだな」
「ユラ」
「おいわいする!」
「分かった」
俺は。
少し笑った。
「じゃあ今日だ」
「やったあああ!」
フェルナが叫ぶ。
「今日から」
俺は七人を見る。
「お前らが家族になった日ってことにしよう」
◇
「お祝いって何するの!?」
「まず落ち着け」
「おいしいもの!」
「ノエルは黙ってろ」
「…………」
「そんな悲しそうな顔するな」
とはいえ。
急に祝いと言われても。
何も用意していない。
「甘いものでも作るか」
「甘い!?」
ノエルが復活した。
「木苺使う?」
「ああ」
「いっぱい?」
「そこそこ」
「いっぱい」
「そこそこ」
「いっぱい」
「増えないぞ」
七人で。
簡単な焼き菓子を作ることにした。
粉。
卵。
山羊乳。
少しの蜂蜜。
木苺。
「混ぜる!」
フェルナ。
「じゃあこれ」
木匙を渡す。
「全部?」
「ゆっくりな」
「分かった!」
ぐるぐるぐるぐる!
「速い!」
「混ざる!」
「飛ぶ!」
ぴっ。
生地が。
ラグナの頬についた。
「…………」
「…………」
「フェルナ」
「ごめんなさい」
「まだ何も言ってない」
「顔が怒ってる!」
「怒ってる!」
「ごめん!」
「舐める?」
ノエル。
「舐めない!」
「おいしいかも」
「ノエル、やめなさい」
セレスが止める。
相変わらず。
菓子一つ作るだけで騒がしい。
「リシェル、粉」
「これくらい?」
「もう少し」
「ミレア、木苺」
「うん」
「ノエル」
「なに?」
「食うなよ」
「まだ食べてない」
「手に持ってるのは?」
「確認」
「何を?」
「味」
「戻せ」
「むぅ」
ユラには。
最後に木苺を並べてもらった。
「ここ?」
「ああ」
「ここも?」
「好きなところ」
「じゃあここ!」
一個。
「ここ!」
二個。
「ここ!」
三個。
「…………」
全部。
一箇所に集まっている。
「ユラ」
「なに?」
「もう少し散らしてもいいぞ」
「なんで?」
「その方が食べた時に均等になる」
「きんとう?」
「みんなのところに木苺が来る」
「…………」
考える。
そして。
一個ずつ。
離して置き直した。
「これなら?」
「いいな」
「みんな?」
「みんなに入る」
「ふふ」
満足したらしい。
◇
焼き上がった頃には。
家の中いっぱいに。
甘い匂いが広がっていた。
「まだ!?」
「熱い」
「ちょっとだけ!」
「舌火傷するぞ」
「ミレア治せる!」
「治せるから怪我していい理論はやめろ」
「じゃあ冷めるまで見る!」
七人が。
食卓の周りで。
焼き菓子を囲んでいる。
「逃げないぞ」
「分かってる!」
「じゃあ少し離れろ」
「やだ!」
本当に。
食べ物が絡むと強い。
◇
少し冷めてから。
八つに切った。
「お父さんも?」
セレス。
「俺も作ったからな」
「違う」
「何が?」
「今日」
少し照れたように。
「家族になった日だから」
「…………」
「お父さんも家族」
「ああ」
「だから八つ」
「そうだな」
皿を並べる。
一人一つ。
「じゃあ」
俺は。
何となく。
言った。
「これからもよろしく」
「よろしく?」
フェルナ。
「家族なんだからな」
「……うん!」
セレス。
ラグナ。
フェルナ。
リシェル。
ミレア。
ノエル。
ユラ。
七人が。
一斉に。
「よろしく、お父さん!」
と言った。
「……声でかい」
「お父さん照れてる?」
フェルナ。
「照れてない」
「セレス姉!」
「…………ちょっとだけ嘘」
「セレス!」
「ごめんなさい」
「ふふっ」
七人が笑う。
「早く食え」
「いただきます!」
◇
「おいしい!」
フェルナ。
「甘い」
ミレア。
「木苺おいしい」
ノエル。
「生地も食え」
「食べてる」
ラグナは。
一口ずつ。
妙に大事そうに食べている。
リシェルは。
「これ、どうして膨らんだ?」
「今それ考えるのか?」
「気になる」
「後でな」
「うん」
ユラは。
自分の木苺を一個。
じっと見る。
「どうした?」
「おとうさん」
「ん?」
「これ」
木苺を。
俺の皿へ置いた。
「くれるのか?」
「うん」
「何で?」
「おいわい」
「…………」
「おとうさんも」
「ああ」
「かぞくになったひ」
俺は。
少しだけ。
言葉に詰まった。
「そうだな」
「おめでとう?」
「……そういう言い方でいいのか?」
「だめ?」
「いや」
もらった木苺を食べる。
「ありがとう」
「ふふ」
ユラが笑った。
◇
夜。
寝る前。
セレスが。
居間の壁に。
小さな印をつけていた。
「何してる?」
「今日」
「ああ」
「忘れないように」
壁に。
一本。
小さな線。
「来年」
「うん」
「またお祝いする」
「ああ」
「七人で?」
「八人だろ」
「…………」
セレスが。
嬉しそうに笑う。
「うん。八人で」
その横から。
「木苺いっぱい!」
ノエル。
「一年先の話だぞ」
「覚えてる」
「そこだけは絶対忘れなさそうだな」
「うん」
フェルナも。
「来年はもっと大きいの!」
「何が?」
「お菓子!」
「食べ切れる大きさにしろ」
「ラグナより大きい!」
「食べ物で私を測らないで!」
「じゃあお父さん!」
「もっと駄目だ」
「なんで!」
騒がしい。
でも。
今日だけは。
少しくらい。
騒がしくてもいいかと思った。
生まれた日は。
誰にも分からない。
だから。
祝えない。
そんな決まりはない。
生まれた日が分からないなら。
家族になった日を。
祝えばいい。
七人にとって。
何の日だったのか。
名前なんて。
別に何でもいい。
少なくとも。
我が家では。
今日が。
八人で家族になったことを。
毎年思い出す日になった。




