第16話 今日は、みんなで寝よう
夜。
山の向こうで。
ごろごろ。
低い音が鳴った。
「…………」
食卓でパンを食べていたユラの手が止まる。
ごろごろ。
もう一度。
「おとうさん」
「雷だ」
「かみなり?」
「ああ」
「なに?」
「雲の中で鳴る、大きな音だ」
「雲?」
「空に浮いてる白いやつ」
「夜だから見えない」
「そうだな」
ユラが窓を見る。
外は真っ暗だ。
「こわい?」
俺が聞くと。
「こわくない」
「そうか」
ごろごろ。
「…………」
ユラの椅子が。
少しだけ俺の方へ動いた。
「怖いんじゃないか」
「こわくない」
「そうか」
また。
少し動く。
「お父さん」
ミレアが小さく笑った。
「ユラ、近くなってる」
「なってない」
「なってるよ」
「なってない」
さらに。
椅子を寄せる。
「もう俺の足に当たってるぞ」
「…………」
ユラは。
何も言わず。
パンを食べ続けた。
◇
そのうち。
雨も降り始めた。
ざああああ。
屋根を叩く音。
時々。
ぴかっ。
窓の外が一瞬だけ白くなる。
その直後。
どおん!
「きゃっ!」
ユラが飛び上がった。
俺の膝へ。
「…………」
「…………」
「ユラ」
「なに?」
「今、自分で来たな」
「ちがう」
「どう違う」
「かみなりが押した」
「雷にそんな力はない」
「ある」
「ない」
「ある」
ぎゅう。
服を掴む。
「まあいいけど」
頭を撫でる。
すると。
「お父さん」
今度はフェルナ。
「雷って倒せる?」
「倒せない」
「なんで?」
「相手がどこにいるのかも分からない」
「空!」
「空そのものを殴るつもりか」
「ラグナならできる?」
「できない!」
ラグナが即答した。
「まだ何もしてないのに巻き込まないで!」
「でもラグナ強い!」
「雷は無理!」
「じゃあ竜になったら?」
「…………」
ラグナが少し考える。
「それは……分からない」
「じゃあ一緒に考える?」
リシェルが本から顔を上げる。
「雷がどうして鳴るのか」
「今から?」
「うん」
「夜だぞ」
「気になる」
「お前は本当に何でも気になるな」
ぴかっ。
どおん!
「ひゃっ!」
今度は。
フェルナの黒い耳が。
ぺたん。
と伏せた。
「…………」
「フェルナ?」
ラグナが見る。
「なに」
「怖いの?」
「怖くない!」
「耳」
「これは!」
耳を両手で押さえる。
「音が大きいだけ!」
「それを怖いって言うんじゃない?」
「違う!」
「じゃあ外行く?」
「行かない!」
「怖いんじゃん」
「濡れるから!」
「耳も伏せてる」
「ラグナ嫌い!」
「はいはい」
喧嘩を始める前に止める。
「雷の時は外に出るなよ」
「なんで?」
フェルナ。
「落ちることがある」
「雷が?」
「ああ」
「空から?」
「ああ」
「当たったら?」
「危ない」
「…………」
黒い耳が。
さらに伏せた。
「絶対出ない」
「それがいい」
◇
夕飯を終えて。
七人を寝室へ送った。
「おやすみ」
「おやすみ、お父さん」
「おやすみ!」
「おとうさん、おやすみ」
「ああ」
扉を少しだけ開けておく。
雨音。
雷。
今夜は少し騒がしい。
俺は居間で。
明日の朝に使う薪を整理していた。
ぴかっ。
どおおん!
「…………」
少し近いな。
その直後。
とことことことこ。
複数の足音。
「…………」
振り返る。
七人いた。
「何してる」
「…………」
先頭は。
ユラ。
その後ろ。
ミレア。
ノエル。
リシェル。
セレス。
ラグナ。
最後。
フェルナ。
「寝る時間だぞ」
「…………」
誰も戻らない。
「雷か?」
「違う」
フェルナ。
「じゃあ寝ろ」
「…………」
動かない。
「セレス」
「なに?」
「お前まで?」
「私は」
妹たちを見る。
「みんなが来たから」
「本当か?」
「…………」
金色の目を。
自分で隠した。
「自分の嘘は見えないから便利だな」
「お父さん」
「冗談だ」
ラグナが。
ぼそっと。
「一回だけ」
「何が?」
「ここで寝てもいい?」
「ここ?」
「うん」
居間を見る。
「寝床ないぞ」
「毛布持ってくる」
「七人分?」
「うん」
「狭いぞ」
「平気」
「…………」
俺は。
七人を見る。
ぴかっ。
どおん!
「きゃっ!」
今度は。
ユラだけでなく。
フェルナまで。
びくっとした。
「…………」
「…………」
「今日はここで寝るか」
「ほんと!?」
フェルナの耳が。
一瞬で立った。
「雷怖くないんじゃなかったか?」
「みんなが寝たいなら仕方ない!」
「はいはい」
◇
毛布と獣皮を運ぶ。
暖炉の前。
七人分。
「お父さんは?」
ユラ。
「椅子で寝る」
「いっしょ」
「ここにいるだろ」
「そこじゃない」
「何が違う」
「こっち」
自分の隣を叩く。
「俺まで床か?」
「うん」
「狭いぞ」
「つめる」
フェルナが。
ずずず。
ラグナの方へ寄る。
「ちょっと!」
「お父さんの場所!」
「なんで私が押されるの!」
「ラグナ強いから平気!」
「関係ない!」
「じゃあフェルナこっち!」
ミレアが手招きする。
「ミレア狭くない?」
「ちょっと」
「じゃあノエル!」
「眠いから動きたくない」
「まだ寝てないでしょ!」
「もう寝る」
「リシェル!」
「本読む場所なくなる」
「寝る時に読まない!」
「…………」
「セレス姉!」
「はいはい。少し詰めるから」
結局。
俺の場所ができた。
「本当にここで寝るのか」
「うん!」
「七人もいるのに」
「八人」
ユラ。
「お父さんも」
「そうだったな」
仕方ない。
俺も獣皮の上へ横になる。
すると。
「おとうさん」
「今度は何だ」
ユラが。
当然のように。
俺の腕へ潜り込んだ。
「そこなのか」
「ここ」
「じゃあ動くなよ」
「うん」
反対側。
ミレアが横になる。
少し離れて。
セレス。
ラグナ。
フェルナ。
リシェル。
ノエル。
「ノエル」
「ん」
「もう寝た?」
「まだ」
「早いな」
「眠い」
「おやすみ」
「おやすみ、お父さん」
◇
しばらく。
雨の音だけ。
聞こえていた。
雷も。
少し遠くなった。
「お父さん」
暗闇の中。
セレス。
「ん?」
「昔も」
「ああ」
「誰かとこうして寝た?」
「俺が?」
「うん」
「子供の頃ならな」
「誰と?」
「親とか」
「…………」
「どうした?」
「親って」
少し。
間があった。
「子供と一緒に寝る?」
「家によるんじゃないか?」
「…………」
「俺は世界中の家を知らないぞ」
「うん」
「でも」
天井を見る。
「小さい頃なら珍しくないんじゃないか」
「そっか」
セレスが。
小さく言った。
「じゃあ普通?」
「何が?」
「今日」
「…………」
「普通の家族みたい?」
俺は。
暗い部屋を見る。
七人。
全部違う種族。
血も繋がってない。
拾った場所も。
生まれた場所も。
何もかも違う。
「普通ってのが何かは知らん」
「…………」
「でも」
ユラの頭を撫でる。
「うちでは普通でいいんじゃないか」
「うち?」
「ああ」
「私たちの家?」
「他に何だと思ってる」
「…………」
「そっか」
セレスの声が。
少し。
嬉しそうだった。
◇
「お父さん」
次はラグナ。
「なんだ」
「大きくなったら」
「ああ」
「一緒に寝たら変?」
「まあ」
少し考える。
「今みたいに全員で床に転がるのは狭いだろうな」
「そうじゃなくて」
「じゃあ?」
「大きくなったら」
少し。
言いづらそうに。
「こういうの、しちゃ駄目?」
「別に」
「ほんと?」
「ああ」
「家に帰ってきた時とか」
「帰ってくる?」
「…………」
「ああ」
いつか。
こいつらも。
大きくなれば。
自分で何かをしたくなるかもしれない。
山を下りたいと言う日も。
来るのだろう。
「帰ってきたいなら帰ってくればいい」
「…………」
「部屋が足りなかったら、また床で寝ればいい」
「お父さんも?」
「その時考える」
「今約束して」
「何年先の話だ」
「約束」
「…………」
「お父さん」
「分かったよ」
俺は。
少し笑う。
「帰ってきた時に、みんなで寝たいなら付き合う」
「…………うん」
「満足か?」
「うん」
暗くて。
顔はよく見えない。
でも。
声だけで。
笑っているのが分かった。
◇
「お父さん」
今度はフェルナ。
「まだあるのか」
「もし」
「ああ」
「フェルナがすっごく大きくなって」
「ああ」
「お父さんより強くなったら」
「それはありそうだな」
「……ほんと?」
「もう結構強いだろ」
「じゃあ!」
声が大きくなる。
「静かにしろ。ノエル寝てる」
「寝てない」
「起きてた」
「続けて」
「なんでノエルが聞きたがるんだ」
「気になる」
「……もし強くなっても」
フェルナが。
少しだけ声を落とす。
「お父さんは、お父さん?」
「当たり前だろ」
「フェルナの方が強いのに?」
「強さで父親決めるのか?」
「…………」
「じゃあ熊がお前より強かったら、熊がお父さんになるぞ」
「やだ!」
「だろ」
「お父さんがいい!」
「ならそれでいい」
「うん!」
「静かに」
「うん!」
「声」
「……うん」
◇
次第に。
一人。
また一人。
寝息が増えた。
フェルナ。
ラグナ。
ミレア。
リシェル。
セレス。
ノエル。
最後。
ユラ。
「おとうさん」
「まだ起きてたか」
「うん」
「眠くない?」
「ねむい」
「じゃあ寝ろ」
「…………」
「どうした」
「かみなり」
「ああ」
遠く。
ごろごろ。
まだ少し聞こえる。
「こわい」
今度は。
ちゃんと言った。
「そうか」
「うん」
「じゃあ」
ユラを。
少しだけ近くへ寄せる。
「ここにいろ」
「いい?」
「ああ」
「朝まで?」
「朝まで」
「…………」
小さな手が。
俺の服を掴む。
「おとうさん」
「ん?」
「みんなも?」
「ああ」
「朝になってもいる?」
「いるよ」
「ほんと?」
「ああ」
「…………」
「おやすみ」
「おやすみ……おとうさん」
やがて。
小さな寝息に変わった。
◇
雨音。
七人分の寝息。
暖炉の小さな火。
俺は。
なかなか眠れなかった。
狭い。
ユラは腕にくっついている。
フェルナの尻尾が足に乗っている。
誰かの毛布が半分こっちへ来ている。
寝づらい。
ものすごく寝づらい。
それなのに。
「…………」
悪くない。
そう思った。
いつか。
七人は大きくなる。
俺の知らないことを覚える。
俺よりできることも増える。
もしかすると。
この山を出ていく日も来る。
それでも。
帰ってきた時に。
「一緒に寝よう」
なんて言える家であればいい。
俺ができるのは。
たぶん。
それくらいだ。
ごろごろ。
遠くで雷が鳴る。
誰も起きなかった。
七人とも。
安心したように眠っている。
「おやすみ」
返事はない。
当然だ。
俺も目を閉じた。
その夜。
八人で眠った居間は。
いつもの寝室よりずっと狭くて。
ずっと寝苦しくて。
でも。
少しだけ。
暖かかった。




