電話
『――はい? 高良さん? ええ、高良さんって、あの高良さん? なんでしたっけ、ジュリ? とかなんだとか、合ってます? あの人?
息子さん? やだあ、息子さんなんていたんですか。かわいそう、大変でしたよねえ、あの人本当に、お屋敷でも相手が若い女性だと本当に困った態度ばかりで、ね、師玉様には縋り付いてたくらいなのに。もう、助けが必要なのはあの人じゃなくて、むしろ息子さんの方ですよねえ。
え? あー、なんか亡くなったらしいですよねえ。何やったのか知りませんけど、せっかく師玉様にお会い出来て正しい道に戻れたのに、やっぱりこれまでの人生をきちんと精算できなかった方って、惨めな末路を迎えるしかないんですよね。本当に、お悔やみ申し上げます。
いやあ、詳しくは知りませんって。ああでも、御側付の方々なら知っているかもしれませんから、一度――なんですか? ええっと、凪宮さん? ああ、最近、うちでお祓いをして差し上げた方ですよね。
凪宮さんからのご紹介ですか? あら、違う? 勿体ない、折角ですから資料をお送りしますよ。ご住所を――何か言いました? ええ?
あー、いえ、私はまだ場に立ち会えるような人間じゃないから分かりませんけど。タチの悪いのに呪われちゃったらしくってね、大変だったみたいですよ。ま、あの類いの人って何処かしらで強い恨みを買ってるものですからね。
此処だけの話ですけど、女性関係の問題だったらしくって。いやですよねえ、あの歳にもなって。特別なお力のある師玉様だからどうにかなりましたけど、普通は、ああいうのは対応していないんですよ。
やっぱりね、正しい教えを理解できる人でないと、真理に出会っても意味がないんです。たとえば高良さん、貴方みたいに、理不尽でどうしようもない人と過ごしていても正しく生きられる聡明な方にこそ意味のある教えなんです。ですからね、貴方――ええと、お名前なんでしたっけ? 高良、何さん? お困りでしたら、是非とも一度師玉様のお話を――』
以上が、ハヤトに貰った番号に掛けた上で聞いた話である。
ちなみに、三つ教えてもらった番号の内の一つで、他の二人(年配の女性と、若い男性だった)はほとんど詳しいことは知らなそうだった。
最後にかけたのは甲高い声をした女性で、この人は他二人よりは事情を知っている様子だったのだが、聞いての通り、あまり上の立場にある人のようではなかった。
まあ、あんまり深く内側にいるような人と関わりにはなりたくないので、そのくらいでよかったかもしれない。
余計なお世話かもしれないが、勧誘の電話には向いていない人だと思う。会話の途中、本気で涙ぐんでいたのが妙に怖かった。まあでも、それこそ、ああいう人でないと、そもそも続けられないような仕事なのかもしれない。
ともかく、『亡くなったあの人のせいで迷惑を被った』と語っていた凪宮さんがタチの悪いのに呪われたというなら、その〝タチの悪いの〟とやらは間違いなくあの人だろう。
恐らくだが、俺の元に現れたのと似たような現象が起こったのかもしれない。少なくとも、一目で生きていないと分かる状態で、会いに行った筈だ。
そうして、普通ではない存在と遭遇してしまった凪宮さんは、どうにか適した方法で解決しようとした結果、たまぐす様に行き着いたのだろう。
あるいは、あの人由来の害が降りかかっているのだとしたら、何かしらの方法で察した団体側から凪宮さんに接触した可能性すらある。
そもそも、あの人が俺の夢を通して接触してきたのはたまぐす様――団体内ではしぎょく?様と呼ばれているらしい――の協力あってのようだったし。霊的な存在の居場所を探る、なんてことも出来るのかもしれない。
資金難であちこち集金しているくらいだから、お金になるような仕事はいくらでも欲しいだろうし、困っているところに訪ねに来ることそのものが特別な力を示す材料にもなるだろう。
もしかすると、たまぐす様自体は、俺が既に一度危害を加えられそうになったのも把握しているのかもしれない。先に呪われた筈の俺が無事で生きているのなら、対処の方法があると判断されてもおかしくはない訳で。
大変な苦労というのがどの程度のものかは分からないが、苦労なく済む手があるのなら、もちろんその方がいいのは分かる。
なるほど。
せっかくお金をかけて厄介な存在を祓ってもらったと思ったら、散々探していた筈の息子が後からやってきて霊的なことを関わっているかのような話をし始めたなら、『お金を搾り取るためにわざと見つからない振りをしていて、後から更に何かせしめようとやってきた』というように考えても不思議ではない気がする。
実際、凪宮さんはそれなりのお金を払って、もう関わらないでくれと言ってきたのだし。
「なんだかなあ……」
死んでからも迷惑をかけている、と言った凪宮さんの顔を思い出す。いくら呪われてしまったとはいえ、そんな風に言われる筋合いはないんじゃないか、とは思っていたが、紛れもない事実であるので、反論出来る気はしなかった。
したいのか、と言われればまた別だが。
何か事情が聞けるかと思って訪ねた先ではほとんど何も分からずに帰されたのに、何か聞ければいいかな、くらいの電話で事情を把握しているのは妙な気分だった。まあ、そういうものかもしれない。
『母をやり、妻になり、娘に戻った』と隣人は言った。
その言葉が本当に現状を示すものであるのなら、俺の元に来て、凪宮さんのところへ行き、そして今は祖母のところへ行った――という予測が立つように思う。多分、間違っていないだろう。
つまりは現在、俺の祖母が危険に晒されている、ということになる。
さて、困った。
何が一番困るかと言えば、俺がこれを把握したところで、俺自身には全く解決しようのない問題なことだった。
夢に現れたあの人を追い返したのは隣人であるし、現実に現れた『あの人だったもの』を渡せたのは、澄江由奈が求めたからだ。娘になってしまったからいなくなってしまった、というのなら、澄江由奈にも繋ぎ止めておく方法がなかったのだろう。
伊乃平さんが帰ってきたらお願いする、というのが穏当な気がするが、神藤さんによると、さっぱり連絡がつかないようだった。
凪宮さんはどのくらいの期間、あの人の害を受けていたんだろうか。
もしも、俺を探し始めたのが、隣人が顔を見せてくれた時期と同じだとしたら、五ヶ月ほどは経っていることになる。もっとシンプルに考えれば、あの人が俺の元に現れたのと同じ時期なんだろうか?
それならもっと期間は延びると思うが、その間の命が無事で済んだ――というのが、凪宮さんの体力的な理由なのか、それともたまぐず様だとかの、特殊な方法に頼ったからなのかは分からない。
澄江由奈から手紙が来たのがお盆明け、ということは、娘になったのはその時期の筈だ。まだ一月も経っていない。
「…………どうしたもんかな」
これが俺だけに降りかかっている問題だったならまだ良かったかもしれない。それなら、困るのは俺だけなのだし。
顔も知らない祖母だ。関わりが無いからこそ感情はマイナスにもプラスにも振れていない。危険が迫っているとなれば、素直に心配になる。
だってまさか、二十年以上も前に家を出た娘に呪われるだなんて、予想もしていない不幸だろう。
まあ、それは凪宮さんにとっても同じかもしれないが、彼の場合はまだ、呪われるだけの理由がある。祖母に関しては、恐らく完全なとばっちりだ。
たまぐす様が特別なお力とやらでなんとかしたからこそ巻き込まれてしまった訳で、あの人自身に害を成すために祖母の元に向かう、なんてつもりはない、気がする。
あの人は昔から、とにかく自分を被害者の立場に置くことにこだわっていた。可哀想な自分を演出して、自分を哀れむことで慰めていた。俺もまた、それを信じることで飲み込もうとしていたものがあったのだが、それはまあ、今更なので置いておくとして。
要するに、あの人が不幸を語る上で出てこなかった言葉にこそ意味がある、という話だ。
俺の記憶が確かなら、あの人が自分の母親を悪く言うところは、一度も聞いたことがなかった。
「酷いことになってなけりゃいいけど……」
願ったところでどうしようもない。ついでに言えば、願ったらなんとかしてくれそうな存在が隣に住んでいるが、願ってはならない。
本当に、困りものだった。




