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第四話:弾丸とドレスの裏側

ガンオイルと挽きたてコーヒーの香りが漂うこのシックなアジト風空間は、ご主人様たちにとっては日常の戦場から離れて羽根を休める「セーフハウス」だ。

しかし――どんな華やかな城にも陰があるように、その舞台裏は決して平和な聖域ばかりではない。

表向きは「仲間たちと基地を守るメイド特殊部隊」として仲良く笑顔を振りまいているキャストたちだったが、一歩フロアの裏へ入れば、そこには女性特有の入り組んだ人間関係と、目に見えない火花が散っていた。


人気の奪い合い、シフトの押し付け合い、そして気に入らない相手への陰湿な牽制や無視。銃火器をコンセプトにした店でありながら、最も鋭くキャストたちの心をえぐるのは、いつだって同じドレスを着た「仲間」の言葉だった。

そんなキャストたちの中で、とりわけ強烈な存在感を放っているのが「カナ」だった。

出るところが出た抜群のナイスバディに、ドールのような濃いめのメイク。露出度の高めな変形ドレスを完璧に着こなし、男性客の視線を一身に集める彼女は、店の売上トップ3を常に争うエースキャストだ。

しかし、その華やかな容姿の裏側で、キャストからの評判は最悪と言ってよかった。 遅刻や欠勤は当たり前という私生活のだらしなさ。お気に入りの客を他のキャストから強引に横取りする。そして何より、自分より目立ったり、客から好かれたりするキャストに対する攻撃的な態度。

そして――レナとカナの関係もまた、最悪と呼ぶにふさわしいものだった。


戦史の知識が豊富で、真面目な接客と射撃の腕前でじわじわとファンを増やしているレナのことを、カナは「オタクウケしか狙えない地味女」と露骨に見下し、事あるごとに陰湿な嫌みをぶつけていたのだ。

(ハァ……できれば関わりたくないんだけどな……)

バックヤードでドリンクの準備をしていたレナは、胸元の名札を軽く整えながら溜息をついた。

その時、フロアと仕切るカーテンが開いて、

『レナちゃん、レナちゃん。カウンター奥のボックス席、カナちゃんの席から「場内指名」が入ったよ。大至急ついて』

(……えっ? カナさんの席から?)

レナは一瞬、耳を疑った。 「場内指名」とは、来店中の客が店内を見渡して、別のキャストを追加で自分の席に呼び出すシステムだ。カナが自分の指名客に他のキャストを近づけることなど、普段ならあり得ないことだった。

(絶対に何か裏がある……。でも、お客様からの指名を断るわけにはいかないし……)

レナはふうと小さく息を吐き出し、いつもの営業用スマイルを顔に貼り付けると、指定されたボックス席へと足を進めた。


そこには、胸元を大きく強調したドレス姿で脚を組み、妖艶な笑みを浮かべるカナと、その隣で少し身乗り出しているスーツ姿の中年男性客が座っていた。

「レナをお呼びだそうで、参りました」

レナはスマートにお辞儀をし、客の対面に座った。

カナは長い爪に塗られた真っ赤なネイルを弄びながら、レナを爪の先から頭のてっぺんまで侮蔑混じりの視線で見上げ、隣の客に向かって甘い声を張り上げた。

「ほら社長〜! この子がさっき言ってたレナちゃんですよぉ。私よりミリタリー詳しいんだって聞いたからさ、呼んだんだよ」

(……やっぱり)

レナは察した。カナは自分の客の前でレナを呼び出し、マニアックな質問をぶつけて答えられなくさせるか、逆に引かれるようなオタク談義をさせて「ほら、やっぱりこの子って可愛げがないでしょ?」と見下す引き立て役にしようとしているのだ。


「はじめまして、ご主人様。レナと申します」

レナはカナの嫌がらせに動じることなく、客に向かって丁寧にあいさつをした。

「へえ、君がレナちゃんか! カナちゃんから聞いたよ。すごく詳しいんだって?」

客は興味津々といった様子でグラスを置いた。

「ありがとうございます。どんな話題でしょうか?」

レナが尋ねると、客は少し声をひそめ、自慢げに胸を張ってこう切り出した。

「実はさ、来月、会社の研修も兼ねて海外の民間警備会社の『要人警護訓練(VIPプロテクション)』を受けにいくことになったんだよ。本格的なCQCや車輌エスコートもやるらしくてさ。何か予習することってあるのかな?」

客の問いかけに、カナは「すごーい社長! 要人警護なんてまるで映画みたい〜!」と大げさに手を叩いて持ち上げて見せる。そして、チラリと横目でレナを見つめ、小悪魔というよりは意地の悪い笑みを浮かべた。

「ねえレナちゃん、せっかくの社長の質問なんだから、なんかすごいアドバイスしてあげなよ? 詳しいんでしょ?」

カナの言葉には、「さあ、知ったかぶりでもしてみなさいよ」という挑発が露骨に含まれていた。

しかし、レナの表情から笑みが消え、その瞳には凛とした「プロ」の光が宿った。


「海外の民間訓練機関による要人警護プログラム……素晴らしいですね。ただ、そうした訓練の具体的なプロトコルやプロテクション・ドクトリンの核心は、本来なら極秘事項にあたる話題ですね」

レナの落ち着いた声に、客は思わず背筋を伸ばした。


「要人警護(身辺警護)において最も重要なのは、映画のような派手な銃撃戦や、華やかな格闘術ではありません。核心的な戦術や射撃技術は、現地のプロのインストラクターから直接習っていただくとして……もし、渡航前の『心構え』として予習されるのでしたら、いくつか事前にお伝えできる重要な注意点がございます」


「ほう……! 心構え、か。聞かせてくれよ」

客が身を乗り出す。カナは面白くなさそうに顔を歪めた。

レナは立て板に水のごとく、しかし聞き取りやすい静かなトーンで言葉を紡ぎ始めた。


「第一に、『警護の成功とは、一発も弾を撃たせないこと』という意識の切り替えです。一般的な戦術(CQB)が『脅威の排除』を目的とするのに対し、要人警護の目的は100%『対象の離脱と生存』です。自分が格好よく戦うことではなく、危険なラインからいかに素早く対象を退避させるかという『退避線の確保』に頭を切り替えることが、訓練での第一歩になります」

「なるほど……! 攻撃じゃなく、退避が優先か!」

「はい。そして第二に、『周辺状況の観察』の徹底です。訓練では必ず『脅威の予兆』を察知する眼力を見られます。レストランに入った際、出入り口の位置、死角となる場所、緊急避難路を無意識に確認する癖をつけておくと、現地での評価が格好良く上がりますよ」


レナは少しだけ茶目っ気のある微笑みを混ぜながら続けた。

「そして最後に……体幹と『姿勢の低さ』の意識です。要人をカバーする際、自分の体を防弾板代わりにするポジショニング(ボディガード)が求められます。派手なシューティングフォームよりも、足腰の粘りと、咄嗟に低い姿勢で対象を護衛しながら移動できる柔軟性を意識してストレッチをしておかれることをおすすめします」


完璧だった。

単なるミリタリーオタクの知識ひけらかしではなく、客のプライドを傷つけず、なおかつ現地での訓練がより充実するように配慮された、的確で知性あふれるアドバイス。

「すごい……! いやあ、目から鱗だよレナちゃん! まさに俺が知りたい『心構え』そのものだったよ!」

客は手を叩いて大絶賛した。

「出入り口の位置確認と退避線の確保か……よし、今日からこの店を出るときも意識してみるよ! いやあ、良い話を聞いた。レナちゃん、君にもドリンク一杯ご馳走させて!」

「本当ですか!? ありがとうございます、ご主人様!」


レナが深くお辞儀をすると、客はすっかりレナのスマートな対応に感心し、熱心に次の質問を投げかけ始めた。

その横で、カナの顔は怒りと屈辱で真っ赤に染まっていた。 レナを晒し者にするつもりが、逆にレナの知識と接客技術の高さを見せつけられ、客の関心を完全に奪われてしまったのだ。

(キーッ……! なによこのオタク女……っ!)

カナはネイルが折れんばかりの力でグラスを握りしめ、レナを殺気立った目で見つめている。

しかし、レナはその視線を正面から受け止めると、胸元の名札を静かに整え、一切の揺らぎがない笑顔をカナに向けた。

店内の至る所に飾られた無可動実銃――冷たい鉄の質感が、二人の間に漂う目に見えない緊張感を際立たせる。


「素晴らしいお話を聞かせていただきました、ご主人様。現地でのご武運をお祈りしております!」

客はすっかり満たされた表情で伝票を取り上げると、「またアドバイスを受けに来るよ」とレナに笑いかけ、満足そうにお会計を済ませて店を後にした。

その背中を丁寧に見送った瞬間、「・・・チッ」

舌打ちを一回残し、カナはヒールを荒々しく鳴らしてバックヤードへと消えて行った。


女同士のエゴとプライドが激しく衝突する、このコンカフェの舞台裏。 銃弾こそ飛び交わないものの、ここもまた、一瞬の油断が命取りになる激しい「戦場」なのだ。


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