第二章 インパール作戦 第一話 ご新規さん来店
「ご主人様方、戦地へのご帰還、お疲れ様です! 『Tactical Maids & Armory Cafe — Bullet & Lace』へようこそっ!」
秋葉原の裏通り、雑居ビルの2階に佇む重厚なドアが開くと、真鍮製のベルがカラリと甲高い音を鳴らした。
店内はダークウッドと黒のアクリルで統一された、シックで大人っぽいアジト風の空間。壁一面のガンラックにはヴィンテージの無可動実銃やリアルなエアガンが整然と並び、ほのかにガンオイルと香ばしいコーヒーの香りが漂っている。
入ってきたのは、スーツのジャケットを羽織った40歳前後の男性三人組だった。商社勤めの同期である彼らは、少し酒の入った赤い顔をしており、人生初のコンセプトカフェという空間に戸惑ったように足を踏み入れた。
「うお……なんだここ? コンカフェって聞いてたけど、サバゲーショップか?」
体格の良い男が店内を見回して声をあげる。
「入口の看板にはカフェって書いてあったぞ。まあ入ってみようぜ」
細身で眼鏡をかけた男が続き、少し落ち着いた佇まいの三人数目の男が静かに店内を見渡す。
「三名様ですね! こちらの作戦本部(ボックス席)へどうぞ!」
出迎えたのは、この店の看板キャスト・レナだ。クラシカルな黒フリルの短丈メイドドレスに、実物のマルチカム・ブラックのプレートキャリア(防弾ベスト)を装着したスタイル。まさに「フリルと鉄と火薬の匂い」を全身で体現している。
レナは革表紙のメニューシートをテーブルに広げ、胸元のネームタグ「RENA」を整えた。
「ご主人様方、まずはお店のシステムからご説明いたしますね」
ハキハキとした心地よい声で語りかける。
「基本システムは60分制でして、チャージ名称は『作戦準備費用』と呼びます。お一人様60分で4,000円頂戴しておりまして、お飲物代は別となっております。お会計の際のお伝票は『戦果報告』とお呼びしますね」
「へえ、作戦準備費用に戦果報告か。了解したよ」
笑う体格の良い男に、レナは小悪魔的な微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! そして……せっかくの初着任ですので、皆様の作戦開始を祝して、私にも一杯乾杯のおねだりをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいねえ、初コンカフェの記念だ! 飲みなよお姉さん」
豪快に応じる男に対し、レナは親切にメニューの『補給物資』の欄を指で示した。
「ありがとうございます! 当店のキャストドリンクはS、M、Lの3サイズございまして、それぞれ1,000円、2,000円、4,000円となっております。もし『今日は色んなキャストと話してみたい』という場合は、20分ごとのキャストチェンジに合わせてお手頃なSサイズ(1,000円)をお選びいただくのがおすすめですよ」
「へえ、親切だな! 実は俺たちコンカフェ自体が初めてだから、20分ごとにチェンジしていろんな子と話してみたいと思ってたんだよ。じゃあレナちゃんにはSサイズの乾杯ドリンクを頼むよ。俺たちはビールで!」
「かしこまりました! では、最初の20分間の担当は私、レナが務めさせていただきますね! ただちに補給物資を手配してまいります!」
レナはスマートにお辞儀をし、手際よく冷えたビールと自身のSサイズドリンクを準備してテーブルへと戻ってきた。
「それでは、お三方様の着任を祝して……乾杯!」
「乾杯!」
グラスが鳴り、場が一気に和む。
「そういえば、まだお互いに自己紹介がまだでしたね。私はレナと申します! ご主人様方のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
レナが尋ねると、体格の良い男がビールグラスを置いてニッと笑った。
「俺は藤堂。で、こっちの眼鏡が桧山で、こっちが鈴木。同じ会社で同期なんだよ」
「藤堂様、桧山様、鈴木様ですね! 改めてよろしくお願いします」
レナは三人の名前をしっかりとメモするように微笑んだ。藤堂が壁のガンラックを指さす。
「それにしても、レナちゃんはなんでまたこんなディープなミリタリーコンカフェで働いてるの? 昔からミリタリーが好きなの?」
「ふふ、よく驚かれるんです。実は私、小さい頃から父親の影響をすごく受けていて……」
レナは遠い目をして懐かしむように語り始めた。
「父が重度の『戦史オタク』で、家の一部屋がまるまる書庫だったんです。壁一面に太平洋戦争や第二次世界大戦の本がギッシリあって、子供の頃はアニメの絵本代わりにその書庫の本を読んでいたんですよ」
「絵本代わりに戦史本!? それはすごい環境だな……」
藤堂が驚くと、桧山も眼鏡の位置を直しながら感心したように頷く。
「おかげで小学生の頃には主要な作戦や戦術の知識が頭に入っちゃって。学校の歴史の授業では先生より詳しく戦況を解説できました(笑)」
「すごい少年時代……いや、少女時代だな。じゃあ、昔からサバゲーとかもやってたの?」
「いえ! 私、人に向けて撃ち合うサバゲーはやらないんです。知識と……あとは奥のシューティングレンジで標的を撃ち抜くターゲットシューティングだけなんですよ」
「へえ、シューティング専門なんだ」
「はい。じっくり狙いを定めてターゲットの中心を射ぬく静寂と集中力が好きなんです。……で、ある時、シューティングバーで集中して的を撃ち抜いていた私の射撃姿を、たまたま見かけて声をかけてくださったのが、この『Bullet & Lace』のオーナーだったんです」
「なるほど、そこでスカウトされたわけだ」
「はい! 『フリルと鉄と火薬の匂いを融合させたアジトを作りたい』って誘われまして。……オーナーは元・海外PMCのロジスティクス担当だった方で、お店の装備や内装のこだわりもすごいんですよ。そんな本格的な空間で、お客様と一緒にミリタリーや歴史の話をしたり、射撃を楽しんでもらえる場所を作れるならと思って、ここで働き始めたんです」
「へえ! オーナーも経歴がガチなんだな。だからこんなに格好いいお店なのか」
藤堂が店内を見渡して感心していると、レナはふと思いついたように三人を見つめ、小首を傾げた。
「ちなみに……藤堂様たちは、普段ミリタリーとか歴史とかって興味あったりされるんですか?」
「俺は全くだね! 銃の名前どころか、映画に出てくるような有名な兵器くらいしか分からんよ」
藤堂がハハッと豪快に笑い、隣の桧山も肩をすくめて苦笑いする。
「俺も全然だなあ。サバゲーをやっている知り合いはいるけど、自分ではさっぱりだね」
二人ともミリタリーには疎い様子だ。しかし、グラスを傾けていた鈴木だけが、ふっと眼鏡の奥の目を緩め、少し照れくさそうに口を開いた。
「……まあ、僕は少しだけ、かな。歴史というか、戦史の分野だけどね」
「えっ、本当ですか!?」
レナの瞳がパッと輝く。まさか初めてのフリー客の中に、戦史に興味を持つ人物がいるとは思わなかったのだ。
「――あっ、申し訳ございません!」
その時、レナの腰のタイマーがピピッ、と静かな電子音を鳴らした。
「お話に夢中になっているうちに、ちょうど最初の20分が経過してしまいました。システム通り、私はここで一度後方へ下がらせていただきますね」
レナは名残惜しそうにしつつも、ハッと正気に戻って可愛らしく頭を下げた。そして鈴木の方へと向き直り、いたずらっぽく小悪魔的な笑みを浮かべる。
「鈴木様、もしまたこの後、私の番が回ってきたら……ぜひ詳しいお話を聞かせてくださいね!」
「ああ、もちろん。楽しみにしているよ」
鈴木が穏やかに頷き、藤堂と桧山も「また後でな!」と楽しそうに手を振る。
「ありがとうございます! それでは藤堂様、桧山様、鈴木様、引き続き『Bullet & Lace』での作戦行動をお楽しみくださいっ!」
レナは胸元の階級章を整えると、最高の笑顔で深々と一礼し、軽やかな足取りで次のテーブルへと向かっていった。
初めてのコンカフェに戸惑っていたサラリーマン3人組は、レナの魅力的な接客とディープな店内の雰囲気にすっかり引き込まれていた。次のキャストの到着を待ちながら、三人組の会話はすでに弾み始めていた。




