第五話:終幕と、明日への砲声
夜の喧騒も一段落し、マーケットガーデン作戦も結末を迎える。
「——サイコロの出目、1と2。戦闘結果……『全滅』です」
レナの容赦ない宣告が、朝焼けの店内に静かに響き渡った。
ボードゲーム『Market Garden』の盤面上では、連合軍の希望の灯火が消えかけていた。 進撃の要であった英第30軍団は、ソーン橋とフラーフェ橋の間で道路を完全に遮断され、立ち往生したまま身動きが取れなくなっていた。米第101空挺師団は、残存部隊を集め、英歩兵第43師団とともにドイツ軍の攻撃に耐えていた。
そして、アルンヘム(アーエム)橋の南側という苛烈な戦場へ降り立った英第1空挺師団『レッドデビル』は、四方からの重包囲に耐えていた。ソサボフスキ少将率いるポーランド旅団がやっと増援で降下してきた。
米82空挺師団の1個大隊が果敢にもワール川を渡河し橋の北側を確保して、英第30軍団の工兵部隊もナイメーヘンに到着し、浮橋を作り出した。
ドイツ第2SS装甲軍団(兵力再編成中で必ずしも強力ではなかった)も攻撃の限界だった。アルンヘムの市街戦で戦車が思うように動けないでいた。
「結果報告です、ご主人様。……連合軍がかろうじてアルンヘムを確保していたことでルール上勝利しました。……史実と違い勝ちましたね。でも、米空挺師団がほぼ壊滅してるから完全勝利とは言えないですけど。」
レナが静かに告げ、撃破した緑の米軍のカウンターを盤面の中央へと並べた。
ゲーム開始時には「史実のモンゴメリーは慎重すぎた」「南側に降りれば勝てる」と熱弁を振るっていた佐藤はかろうじて勝利したことでバーボングラスを一口飲んだ。
「ゲームとしては勝ったがずいぶんと部隊がやられたな。俺の……俺の82空挺が……。101空挺が……」
ポロリと、佐藤の目から一筋の涙が零れ落ちる。
「作戦で勝ったが、勝負で負けた気分だな……。」
うなだれ、ガクリとテーブルに両肘をつく佐藤。 可憐なフリルドレスにプレートキャリアを纏ったレナは、そんな彼の姿をじっと見つめると、スッと腰を落として佐藤の顔を覗き込んだ。
先刻までの冷徹なドイツ軍指揮官の顔は消え去り、そこにはいつもの優しく温かいコンカフェ嬢の笑顔があった。
「ご主人様……シミュレーションゲームなんですから、勝ったり負けたりですよ! 佐藤さんの作戦は成功したんですから!」
佐藤が力なく顔を上げる。レナは盤上のアルンヘム橋の南側を指差した。
「南側への奇襲降下、本当に凄かったです! 私、ナイメーヘン橋が爆破成功したからなんとかなりましたけど、史実通り失敗してたら大敗でしたよ。素晴らしいアイデアでしたよ!」
「レナちゃん……」
「でも、戦争は『点』じゃなくて『線』なんですね。どれだけ個々が強くても、味方との連携や補給線が切れたら負けちゃう♪」
レナはいたずらっぽくウインクしてみせた。その言葉には、ミリタリーオタクとしての深い知識と、実戦の冷酷さを知る彼女ならではの説得力がこもっていた。
「……次は空母戦のゲームとかはないんですか?緊張感がでそうで面白そう♡」
佐藤は目をこすり、真っ赤な眼のまま、何か大きな悟りを開いたかのようにニッコリと爽やかに笑った。
「ハハ……『空母戦』か、最高だな。よし、次も勝つからな! 完璧な作戦計画を立ててきてやる!」
佐藤はカウンターの上に置かれていたロックグラスを取り上げると、氷がすっかり溶けたバーボンをぐっと一気に飲み干した。グラスをカチャンとテーブルに置くと、彼はすっきりとした表情で立ち上がった。
「レナちゃん、ユキさん、マイちゃん。朝まで付き合ってくれてありがとう! 美味しい酒と最高の戦場だったよ!」
「ありがとうございました、ご主人様! またのご来店をお待ちしておりますッ!」
レナがビシッと綺麗な敬礼を送る。佐藤は満足げに手を振り返すと、朝日が差し込む『Bullet & Lace』の扉を押し開け、秋葉原の街へと帰っていった。
ドアベルがカランコロンと鳴り、静寂が店内に戻ってくる。
「ふぅぁあ……終わったぁ……!」
佐藤の姿が見えなくなった瞬間、それまでカウンター奥で澄ました顔をしていたマイが、盛大な欠伸とともにテーブルへ突っ伏した。
「ちょっとレナ、マジで朝までやり通すとは思わなかったんだけど。マイ、もう体力限界。サバゲ行ってナポリタン食べて徹夜でボードゲーム観戦って、どんなハードスケジュールよ」
「あはは、マイちゃんごめんね! でも付き合ってくれてありがとう! CZの援護、本当にかっこよかったよ!」
「ふふ、二人とも本当にお疲れ様。はい、温かい紅茶淹れたわよ」
ユキが厨房から湯気の立つマグカップをふたつ運んできた。甘いレモンの香りが、徹夜の疲労が残る空間をやさしく包み込んでいく。
レナはマグカップを両手で包み込み、ふーふーと息を吹きかけながら一口啜った。温かい液体が身体に染み渡っていく。
強盗紛いのゾンビプレイヤーの襲撃、暴漢に追われた怪我人の護衛と交番への緊急エスコート、そしてテーブルの上で繰り広げられた血みどろの歴史シミュレーション——。
フリルとレース、そして鉄とガンオイルの匂いが交錯する『Bullet & Lace』の長い長い一日が、ようやく終わりを告げようとしていた。
「ん〜〜っ! 美味しい! ユキさんの紅茶は世界一です!」
「もう、オーバーなんだから。さ、レナは着替えてお店締めましょう。今日も平和(?)に終わってよかったわ」
「そうねー。マイは帰ったら12時間は泥のように眠るわ……」
マイがキャリーバッグと巨大なAKのガンケースを立ち上がらせながら呟く。レナも胸のプレートキャリアのベルクロをバリバリと剥がし、深く息を吐き出した。
可憐なメイドドレスの少女たちは、それぞれの「日常」へと戻っていく。 だが、この秋葉原の片隅にある小さなアジトでは、また夜が来れば、銃声と甘いおまじない声が交差する新たなドラマが始まるのだ。
「それじゃあ、二人とも……お疲れ様ー!」
朝陽が眩しく照らす街へ、少女たちの明るい声が溶けていった。
(第一章 完)
今では懐かしいウォーゲームシミュレーション、筆者の周りには戦史を知っている人もあまりいない。
ミリタリーコンカフェ、そこは過去や未来を体験できる場所だけど、現実の人生は計画通りには進まない。
予測不可能な日常こそが、私達にとっての最もスリリングなミッションだ。




