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第四話:紅い悪魔の賭けと、血塗られた朝もや

英空挺師団はアルンヘムの南に降下した。佐藤は勝利を確信していた。

その時店に血だらけの男が駆け込んでくる。

「——勝負だ、レナちゃん! これが俺の考えた『絶対勝利のマーケットガーデン』だッ!」

店内を包む朝焼けの光の中、常連の佐藤が狂喜の表情で盤上へカウンターを解き放った。

「英第1空挺師団『レッドデビル』の主力を、史実の北側ではなくアルンヘム(アーエム)橋の『南側』へ直接降下! さらに1個連隊を北東の空地へ降下させ、南北からの挟み撃ちを狙う! ……ただし天候不良により、ソサボフスキ少将率いるポーランド空挺旅団の降下はキャンセルだ!」


「な……ッ!? 橋の南側に直接降下……!?」

レナは目を見張った。史実では降下適地ではないと切り捨てられた南側の平原。そこに無数の赤ベレー(レッドデビル)たちが舞い降り、一挙にアルンヘム市街地へと雪崩れ込んでいく。

「南側の橋頭堡を即座に確保! これで第9SS装甲師団が再編成を終える前に、アルンヘム橋は完全に我が手に落ちた! 勝ちだ……! これで連合軍の勝ちだ!!」


佐藤は既に勝利を確信したように、喜々とした笑みを浮かべ、テーブルを叩いた。盤上のイギリス空挺兵のカウンターが、破竹の勢いで橋を占拠していく。

しかし、レナの目は死んでいなかった。冷徹な戦術眼が、盤上の僅かな「歪み」を捉える。

「……素晴らしい奇襲です、ご主人様。ですが、盤面全体(全体の戦術目標)が見えていますか?」

レナは不敵に微笑むと、赤いドイツ軍カウンターを静かに動かした。


「史実と異なる強引な降下は、我が軍の戦術警戒度を最大に引き上げました。私は第82空挺師団への圧力を極限まで高め……ナイメーヘン橋の防衛部隊に命じます。——『橋を爆破せよ』と!」

「な、なにぃッ!? 史実では不発で爆破は失敗に終わったはずだぞ!?」

「史実では、ね。ですが、このタイムラインのドイツ軍指揮官は冷酷です。」

サイコロを振る……ドカン! ナイメーヘン橋、崩落! これで第30軍団の北上ルートは完全に断たれました!」

「嘘だろ……!? 史実であり得ないことが起きてる……!」 佐藤の顔から一瞬で血の気が引いていく。


——カランコロン……ッ!

その時、店の重厚な防音ドアが、悲鳴のような音を立てて乱暴に開いた。

「た……助けてくれッ!!」

朝もやの差し込む店内に転がり込んできたのは、肩と腹部から血を流した一人の男性だった。服は破れ、顔面は腫れ上がり、激しい暴行を受けたのは一目瞭然だった。

「追われてるんだ……外で喧嘩になって……あいつら、ナイフを持って追いかけてきて……ッ!」

男性が床に崩れ落ち、店内に血の匂いが漂う。 瞬間、店内の空気が凍りついた。

「レナ!」 カウンターの奥から、ユキが鋭い声で指示を飛ぶ。

「了解! マイちゃん、ドアのロックと警戒! ユキさんは応急手当を!」

「任せて!」

マイは即座にCZ75を引き抜き、ドアの覗き窓からエレベーターホールを注視。外部からの追っ手が押し寄せてこないか、射撃体勢で警戒に入る。ユキはバックヤードからファーストエイドキット(救急箱)を即座に持ち出し、男性の出血部位を止血帯とガーゼで手際よく圧迫止血していく。オーナーの店舗マニュアルが完璧に機能していた。

「外に人影がふたつ……ナイフを持ってる。けど、店の防犯カメラとこっちの構えに気づいて逃げていくわ」 マイが冷ややかな声で報告する。


「よし、匿うのはここまでです。店舗保安マニュアルに基づき、この方を交番まで護衛します」

レナはプレートキャリアのベルクロを締め直し、カウンター裏から高剛性ステンレス警棒を手に取った。

近くにいたチハルにレナは指示を出す。

「あなたがこの方を抱えて!私が援護する!裏口の非常階段から行くよ!」

「は、はいっ!」

チハルは怯えを押し殺し、肩を貸して負傷した男性を抱え上げた。レナは裏口の扉を蹴り開け、警棒を低く構えながら非常階段を駆け下りていく。


朝もやの漂う裏路地に降り立った。

瞬間、追っ手の2人組と鉢合わせしてしまった。相手はサバイバルナイフを握りしめ、目を血走らせている。

「いたぞ!逃がさねぇッ!」

暴漢がナイフを振りかざして突進してくる。チハルが「きゃっ!」と悲鳴を上げた。

「チハル、交番へ!私が足止めする!」

レナは短く叫ぶと、逃げ道を塞ぐように暴漢たちの正面へ立ちはだかった。

「邪魔だ、どかねえと刺すぞ女ッ!」

ナイフが一直線にレナの胸元へ突き出される。だが、レナは冷静だった。警護訓練で叩き込まれた「防御的攻撃」の体勢をとる。

無理に相手を倒そうとはせず、間合いを保ちながら相手の攻撃ラインを外す。

バシィッ!

突き出された刃に対し、レナは警棒を斜め下から振り上げ、暴漢の前腕を的確に弾き飛ばした。ナイフの軌道が大きく泳ぐ。

「ぐあっ!?」

「手出しはさせません!」

もう一人が横から掴みかかってくるが、レナはステップワークで軽やかにかわし、警棒の柄で男の鎖骨あたりを突いて体勢を崩させた。踏み込ませず、かといって深追いもせず、相手の意識を自分一人に釘付けにする完璧なディフェンス。

「な、なんだこの女・・・硬すぎる・・・ッ!」

暴漢たちがレナの隙のない構えに気おされ、足踏みしている間に、チハルは負傷者を抱えて角を曲がり、交番へと走り込んでいった。

それを見届けたレナは、すっと間合いを大きく取り、警棒を構えたまま後ろ足で後退。

「これ以上追ってくると、警察が黙っていませんよ?」

遠くからチハルが呼んできた警察官たちの足音が響いてくると、暴漢たちは「ちくしょうッ!」と捨てゼリフを残して路地の奥へ逃げ去っていった。


数分後。

交番の中で乱れたツインテールをサッと指先で整え、警棒を何事もなかったかのように腰へ収めたレナが、いつもの爽やかな笑顔で立っていた。

チハルが「レナさんっ・・・!」と涙目で抱きつき、警察官たちもレナの見事な足止めと判断力に感心しきりだった。

交番での手続きを素早く終え、店に戻ってきたレナは何事もなかったかのようにカウンター席の佐藤の前へと戻ってきた。


「レナちゃん、大丈夫なのか……!?」 不安そうに尋ねる佐藤に、レナは可憐なコンカフェ嬢の笑みを向けた。

「ふぅ・・・作戦完了です、ご安心ください。当店の『VIPエスコート作戦』は完璧でした♪」

「お待たせしました、ご主人様! 盤上の戦争(ゲーム)を再開しましょう!」

佐藤はマップへと視線を落とした。だが、彼が目にしたのは、絶望的な状況だった。

「な……なんだこれ……!?」

レナがドイツ軍の増援部隊を並べていく、盤上ではドイツ軍の反撃が完璧に完了していた。

「ナイメーヘン橋が爆破されたことで立ち往生した英第30軍団、第82空挺師団を激しく攻撃する降下猟兵部隊——ソーン橋とフラーフェ橋の間で、道路(地獄のハイウェイ)の完全遮断に成功しました」

レナは赤色のカウンターで、連合軍の長蛇の列を分断するように配置した。


「あ……あぁ……進撃路が切断された……! 補給も増援も届かない……!」

「そして、アルンヘム橋の南に降下した英第1空挺師団『レッドデビル』ですが……孤立したまま、四方から我が重戦車大隊と歩兵連隊の包囲網に押し潰されています。南側に降りたことで、かえって退路を失いましたね?」

レナの指先が、盤上のイギリス軍コマを一つ、また一つと取り除いていく。

「まずい……まずいぞ……ッ!」

佐藤の頬を、一筋の冷や汗が伝い落ちた。 先ほどまで喜びに満ちていた彼の顔は、今や完全な絶望へと塗り替えられていた。南側に降下するという彼の「絶対の奇襲案」は、戦術的な局地勝利をもたらしたものの、作戦全体の補給線と戦略的連携を崩壊させ、レッドデビルを完璧な袋のねずみへと追い詰めてしまったのだ。


パチ……と、窓から差し込む太陽の光が、テーブル上の盤面を鮮やかに照らし出す。

外は完全に明るくなっていた。 秋葉原の街が新しい一日を迎えようとする中、コンカフェ『Bullet & Lace』のテーブルの上では、孤立無援となった「紅い悪魔」たちの悲痛な叫びが響き渡ろうとしていた。

「さあ、ご主人様。……最終ターンの準備はよろしいですか?」

レナの可憐で、どこまでも冷徹な声が、朝の店内に静かに響き渡った。


お店の保安マニュアルに従いレナは護衛任務を遂行した。

佐藤とのゲームはいよいよクライマックスが迫っていた。

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