第三話:ライヒスヴァルトの影と、ミリタリーの深淵
ボードゲームはターンを繰り返し進んでゆく。
そして店内ではもめ事が起きる。
レナはおもてなしのプロとしてどう対応するのか。
「出目、ふたつとも『1』……嘘だろ……!?」
店内にはまだ深夜の静寂が漂っていたが、常連客・佐藤の悲痛な叫びが、アジト風の暗がりへと響き渡った。
ボードゲーム『Market Garden』の盤面上では、緑色のコマが不穏な停滞を見せ始めていた。英第30軍団がアイントホーフェンを解放し、ソーン橋を抜けフェーヘル橋へ迫る一方で、その北方に降下した米第82空挺師団は鬱蒼としたライヒスヴァルトの森からの激しい火網に捕らわれていた。フルースベルク高地に505連隊と本部を置き抵抗していた。
「フフフ……甘いですよ、ご主人様。ライヒスヴァルトはドイツ本土の目と鼻の先。我が第84歩兵師団および装甲教導師団の残存勢力が、森林の地形効果を最大限に活かして猛反撃を開始しました!」
レナは怪しく目を輝かせ、赤いドイツ軍のカウンターを次々と前線へ投入していく。
「ああっ! 森林戦の補正で防御力が倍増してる……!? これじゃ第82空挺師団がナイメーヘン橋に到達できない!」
「それだけじゃありませんよ? 補給線となる一本道『地獄のハイウェイ』の各所で我が軍の突撃砲が アンブッシュ(待ち伏せ)を敢行。これにより、英第30軍団の進撃は大幅に遅延します!」
「うぐぐ……! 史実通り、いや史実以上に進路が詰まっていく……ッ!」
カウンターの奥では、マイが2杯目のノンアルシャンディガフをチビチビと飲みながら、レナの鬼畜な采配に呆れ顔を浮かべていた。
「レナってば、相変わらず勝ち方がエグい。ミリタリーオタクの夢を粉砕するのが趣味なの?」
「ち、違うわよぉ! 歴史シミュレーションは史実の厳しさを噛み締めてこそ面白いんだから!」
レナがぷくっと頬を膨らませた、その時だった。
——カンッ! カンッ! ガンッ!
店内奥のシューティングレンジから、ポリカーボネート板を激しく叩く異様な撃ち合いの音が響いた。さらに、それに続いて横暴な男の罵声が飛び交う。
「ふざけるなッ! なんだこの銃は! ゼロイン(照準調整)が狂ってんだろうが! でなきゃ俺の撃った弾がブルズアイ(中心)から外れるわけねえだろッ!」
レンジの防音扉が乱暴に開かれ、顔を真っ赤にした中年男性客が怒鳴り込んできた。対応していた後輩キャストが、怯えた表情で頭を下げている。
「も、申し訳ございません……ですが、先ほど使用前にスタッフがサイトの調整を点検しておりまして……」
「言い訳すんじゃねえ! 俺はサバゲ歴2年だぞ!? 射撃大会で優勝したこともあるんだ! たかがメイドごときに勝負で負けるわけねえだろ! イカサマだ、金を返せ!」
男は大声を張り上げ、手に持っていたガスブローバックのGlock 17をカウンターへ叩きつけようとした。
店内が一瞬で緊張感に包まれる。 カウンター席のマイが即座に腰のCZ75へ手を伸ばしかけ、ユキが静かに防犯盾のバックヤードへ視線を送った。だが、レナはそっと手を掲げて二人を制した。
(——これは治安維持の出番じゃない。『サバゲーマー』としてのプライドの問題だ)
レナはふわりと可憐な笑みを浮かべ、男の前へと滑らかに歩み出た。
「ご主人様、当店の銃に不備があったとのこと、大変申し訳ございません。もしよろしければ……私と『もう一勝負』していただけませんか?」
「ああん? お前、さっきからオタクとボードゲームやってたメイドだろ。お前が相手になって何が変わるんだよ」
「もし私がご主人様に負けたら、今夜のお会計は全額当店で負担いたします。ですが……もし私が勝ちましたら、当店の銃の整備に不備がなかったこと、そしてキャストの実力を認めていただけますか?」
「……ハッ! 面白いじゃねえか。メイドの鼻を明かしてやるよ!」
男は不敵に笑い、再びポリカーボネートで仕切られたシューティングレンジへと足を踏み入れた。店内中の客たちが息を呑み、レンジのガラス越しに注目する。
勝負は、10メートル先のターゲット(直径5センチのブルズアイ)へ、制限時間5秒以内に5発を叩き込み、その集弾性を競うというものだった。
「よし、俺から行くぞ!」
男が構える。サバゲ歴2年を自称するだけあり、フォーム(ウィーバー・スタンス)は一見すると様になっていた。だが、レナの目にはその「クセ」が瞬時に見抜かれていた。
(トリガーを引く瞬間に、右手に無駄な力が入ってる。リコイル(反動)を過剰に抑え込もうとして、銃口がわずかに下を向く『ガク引き』の傾向があるな)
バババババンッ!
男が5発を射ち切る。電子ターゲットの中央に2発入ったものの、残りの3発は右下に散っていた。
「どうだ! タイムは3.8秒! かなり良い線だろ!」
男が誇らしげに胸を張る。
「素晴らしいスピードですね。……では、次は私がいかせていただきます。」
レナは男性客からGlock 17を受け取った。 その瞬間、レナの雰囲気がガラリと変わる。
肩の力が完全に抜け、自然体でターゲットと正対するアイソセレス・スタンス。 両手でしっかりと、しかし無駄な握力を使わずにグリップを包み込む「ハイグリップ」。 銃口は水平に保たれ、まるで体の一部のようにターゲットの中心へと一直線に吸い付いていく。
「——レディ、ゴー。」
ユキの合図とともに、電子音が響いた。
パパンッ! パパンッ! パンッ!
タイム——「3.1秒」。
男の3.8秒を上回るスピードだった。
しかし、電子ターゲットの結果を見た瞬間、観客たちから「おお・・・?」と微妙な声が漏れた。
レナの放った5発の弾痕。
ブルズアイ(中心圏)に2発。そして、その周囲の8点圏に散るように3発。
合計得点は、先ほど男性客が叩き出したスコアと全く同じ同点だった。
「なっ……同点だと!?」
男が目を見開く。レナのスピードは圧倒的だったが、命中の精度に関しては「男と引き分け」という結果になったのだ。
レナはGlock17のセーフティをかけると、困ったように両手を合わせて首を傾けた。
「あちゃ~っ! タイムは出ましたけど、命中精度が追いつきませんでした・・・!ご主人様、やっぱり素晴らしい腕前ですね!さすがです!」
「あ、いや・・・まあな!俺も伊達にサバゲやってないからな!」
鼻高々になる男に対し、レナは柔らかい声で言葉を続けた。
「ちなみにご主人様、今のご自分の射撃、何かお気づきになりませんでしたか?」
「え?照準が狂ってたんだろ?」
「いいえ、サイトはぴったり合っていましたよ!実はですね、ご主人様のように反動をしっかり抑え込もうとする上手な方ほど、無意識にトリガーを強く引きすぎて銃口がわずかに下を向く『ガク引き』になっちゃうことがあるんです」
「ガク引き・・・?」
「はい!次に撃たれるときは、人差し指の第一関節の腹で、ゆっくり『壁』を感じながらトリガーを絞り込むように引いてみてください。ご主人様のフォームなら、それだけで絶対に5発全弾がブルズアイに入りますから!」
プロの視点に基づいた、相手の誤りを傷づけない完璧なアドバイス。
男は自分の癖をズバリ言い当てられ、ハッと目を見開いた。
「そうか・・・無意識に力んでたのか。・・・おい、君。今回の勝負、タイムはお前の方が速かったし、スコアは同点だ。お互いに『引き分け』ってことでどうだ?銃の整備に文句を言ったのは撤回するよ」
「まあっ!引き分けで許していただけますか?ありがとうございます、ご主人様♡」
レナは満面の笑みで頭を下げた。自分のプライドを守られ、さらに射撃の上達のコツまで教えてもらった男は、すっかり機嫌を良くして「次はアドバイス通りに練習しに来るよ!」と笑顔で席に戻っていった。
「ふぅ・・・良かった~」
レナは小さく息を吐きながら、カウンター席の佐藤とマイの元へと戻ってきた。
すると、隣でノンアルシャンディガフを飲んでいたマイが、グラスの縁越しにじとーっとした視線を向け、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた。
「・・・わざと外したのね。」
レナは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにクスクスと可憐に微笑んだ。
「なに言ってるのマイちゃん。お客様がとっても上手だっただけよ?」
「嘘おっしゃい。あの完璧なハイグリップとトリガーコントロールで、10メートルのブルズアイを外すわけないでしょ。最後の3発、あえてグリップの握り込みを緩めて逃がしたでしょ?」
マイの目は誤魔化せなかった。
レナの真の実力なら、3.1秒どころか2秒台でワンホール(同じ場所に全弾集弾)を作ることなど造作もない。だが、それでは客のプライドを完全に粉砕し、店内に気まずい空気を残してしまう。
「ふふっ。ここはコンカフェよ?お客様に気持ちよく楽しんで帰ってもらうのが、私の『お仕事』なんだから」
レナは人差し指を唇に当て、可愛くウインクしてみせた。
「・・・ハハン、相変わらず良い顔しちゃって。ほんと、ホスピタリティーの鬼ね」
マイはあきれたように肩をすくめたが、その口元にはどこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。非常時には冷徹な保安要員として店を守り、平時には最高のおもてなしで客を魅了する。それがコンカフェ嬢・レナの持ち味なのだ。
「さあご主人様!邪魔者・・・じゃなくて、アトラクションも終わりましたよ!ゲームの続きをやりましょう!」
「お、おう!レナちゃん、君の接客術には頭が下がるよ・・・。じゃあライヒスヴァルトからの反撃で足止めされた第82空挺師団のターンから再開だ!」
「望むところです!寄せ集めのドイツ軍とは言え手強いですよ!」
「第9SS装甲師団を迂回させナイメーヘンを鉄壁の守りにしてみせますわ!」
「おい!そんなの史実でないぞ!」
外の街並みが薄紫色から朝焼けのオレンジ色へと染まり始める。 コンカフェ『Bullet & Lace』の熱い夜は、まだ終わらない。歴史のIFを巡る少女たちの「アルンヘムへの道」は、朝陽の中でクライマックスへと向かっていくのだった。
マーケットガーデン作戦も中盤から後半へ。
戦いの行方は?コンカフェは何事もなく終われるのか?




