第五話 ロンメルの退却(エルエアラメイン)
トブルク陥落の盤面を片付けたあと、鈴木とレナのテーブルでは新たな歴史の試練が始まっていた。
「よーし、次は北アフリカ戦線の最大の天王山……『エル・アラメインの戦い』だ!」
レナが広げたのは、補給線の伸び切ったドイツアフリカ軍団(DAK)と、圧倒的な物量を誇る英第8軍の新指揮官モントゴメリー将軍が激突する、運命のエル・アラメイン作戦シナリオだった。
「うぐぐ……これはキツいな……!」
ゲームが始まると、鈴木は早くも冷や汗をかいていた。潤沢な燃料と最新のアメリカ製シャーマン戦車、そして圧倒的な陣地砲兵を惜しみなく投入してくるレナのモントゴメリー軍団に対し、鈴木のロンメル装甲軍団は慢性的かつ致命的な燃料不足に喘いでいた。一歩進むごとに補給の目をダイスで確認しなければならず、じりじりと後退を余儀なくされる。
「ご主人様、攻めどころがありませんね。燃料切れで動けない戦車ユニットから順番に叩かせていただきます!」
「くっ……補給さえ、補給さえ届いていれば……! 史実通りの補給線の地獄だ……!」
鈴木が頭を抱えて悶絶していたその時、奥のバックヤードのドアが静かに開いた。
「あ、セリカちゃん……!」
レナが声をかけると、そこには先ほど体調を崩して奥に下がっていたセリカが立っていた。 表情や顔つきは、いつも通りの涼しげで可憐なセリカそのものだ。しかし——その歩き方が明らかに可怪しかった。
——ギコ……ガチャン……。
肘や膝の関節を硬直させたような、まるで昔のアニメに出てくるレトロなロボットを彷彿とさせるカクカクとしたぎこちない動作で、一歩一歩踏み出してくる。
(な、なにあの動き……!?)
レナは目を見開いてセリカを凝視した。いつもなら無駄のない完璧で滑らかな流体のような所作を見せるセリカが、今はまるで駆動ギアの噛み合わせが外れたスチール製人形のようだ。
(間違いない……! あの関節のぎこちなさ、サーボモーターの軸ブレ……あれは間違いなくAI人型ロボットのシステムエラーだわ!)
レナの脳内で、これまでの不自然な言動や超人的な反応速度が一本の線で繋がる。レナは心配を装ってセリカに駆け寄った。
「セリカちゃん、大丈夫!? 体調戻ったの?」
「ダイジョウブデス、レナサマ。ワタシ、ドウカシタンデスカ……? システム、ニ、イジョウハ……」
カタコトの機械音のような音声合成めいた声で答えようとした瞬間、バックヤードから青ざめた顔のユキが飛び出してきた。
「ちょっとセリカちゃん、まだ出ちゃダメだって言ったでしょ!?」
ユキは慌てた様子でセリカの華奢な身体を抱きかかえるようにして支えると、半ば強引にバックヤードへと連れ戻していった。
「す、すみませんご主人様! ちょっとセリカちゃんの看病手伝ってきますね!」
「あ、ああ……お大事にな……?」
ポカンとする鈴木をテーブルに残し、レナは決意を固めてバックヤードのドアを押し開けた。
「ユキさん!」
「あっ、レナちゃん!? い、いや、ダメ! 今は入ってこないで、出ていってー!」
室内では、ベッドに腰掛けさせたセリカの首元や背中のメンテナンスハッチらしき部分を、ユキが焦りながら操作しようとしていた。
「ユキさん、どうしたんですか!? セリカちゃん、本当に大丈夫なんですか!?」
「あ〜もう……! しょうがないわね、他のキャストには絶対にナイショよ!」
ユキは観念したように大きなため息をつき、セリカの肩を叩いた。
「セリカちゃんはね……海外製の最新型『AI人型ロボット・タイプC』なのよ」
「あー! やっぱりーーーーっ! 自律型アンドロイドだったんだ!」
長年の謎が解けたようにレナは思わず叫んだ。
「でも、なんでこんなミリタリーバーにAIロボットなんですか!?」
「うちのオーナー、海外の特殊部隊や軍事ロジスティクス系に太いパイプがあるじゃない? そこで極秘開発されたAI人型ロボットのフィールドテストと、うちの店の人手不足解消を兼ねて試験導入したのよ。『あからさまにロボットです』と言わずに店舗接客に投入して、一般客にどこまで人間として通用するか実証実験してたってわけ」
「やっぱりそうだったんだ……! だからドリンクも飲まないし、チュニジア作戦の知識も暗記じゃなくてデータベースの直接検索だったんですね!」
「そうなのよ。でも困ったわ……さっきバッテリーは急速チャージしたんだけど、関節のアクチュエータか制御プログラムのどこかが故障したみたい。……とにかく、オーナーにすぐ連絡して初期化か修理の手配をするわ。レナちゃん、セリカちゃんに毛布をかけて休ませてあげて」
「はいっ、わかりました!」
レナは毛布を優しくセリカの肩にかけてあげる。セリカは「アリガトウ、ゴザイマス……」と静かにまぶたを閉じ、スリープモードへと移行した。
◇
バックヤードを出てテーブル席に戻ると、鈴木は完全に盤上で打ちのめされていた。
「……ダメだ、これはもう完全に詰みだ。後退しかやることがないよ……さじを投げた!」
鈴木はサイコロをテーブルに放り投げ、降伏の意を示した。
「ふふ、やっぱりショートシナリオより、初期から準備できるキャンペーンシナリオにすれば良かったですね!」
「そうだねぇ。エル・アラメインの敗北を一人で噛み締めるのは辛すぎるよ。そろそろ良い時間だし、今日は終わりにしようか」
「ところでセリカちゃんは大丈夫なの?」
「今、奥で休ませてるから大丈夫です」
「そっか、お大事にしてね」
「はい! それじゃあ、本日の戦果報告(お会計)にさせていただきますね!」
鈴木は伝票を受け取り、大満足の笑顔でお会計を済ませて店を後にした。 ほぼ同じタイミングで、カウンターで熱いサバゲ談義を繰り広げていた舞と桐生もチェック(会計)を済ませ、「またトレーニングの成果報告に来るよ!」と爽やかに去っていった。
店内には、奥のテーブル席に残った一組のお客様だけとなり、落ち着いた静けさが戻ってきた。
レナは待機中の他のキャストたちを集め、「セリカちゃんは急な体調不良で奥で休んでいて、ユキさんが付き添ってるからね」と伝え、手の空いているキャストを連れてビル1階の入口へ客引き(キャッチ)に出ることにした。
秋葉原の夜の空気はひんやりと心地よい。ネオンが眩しく輝くビルの前で呼び込みをしながら、ふとレナが道路の先へと視線をやると——。
「痛い痛い! やめてください!」 「うるさいわね! 盗撮してんじゃないわよ!」
街灯の照らす路上で、よく見かける名物の女性が、自撮り棒を持った男性配信者をビニール傘でガンガンと叩きのめしていた。男性は悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
(あ〜あ……またあの娘かぁ)
レナは呆れたように息を吐き出した。秋葉原の路上ではもはや日常茶飯事となった見慣れた光景だ。
店内に眠る最新鋭のAIロボットと、路上で暴れる名物娘。カオスで、熱く、どこか愛おしい秋葉原の夜は、こうして静かに更けていくのであった。




