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第五話 結末

 ボードゲームの衝立を取り払うと、マップの上には無数のマーカーと傷ついた艦艇のコマが並んでいた。

日米ともに機動部隊が互いの空母戦力を徹底的に削り合い、満身創痍で後退を余儀なくされるという、史実とはまったく異なる凄惨な相撃ちの展開。しかし、その陰で川田が強行させた上陸作戦は実を結んでいた。

残存する陸軍一木支隊と海軍特別陸戦隊が、戦艦部隊の砲撃によって破砕されたミッドウェー島へ次々と上陸。残存する米守備隊の抵抗を押し潰し、ついに星条旗を引き下ろして日章旗を掲揚したのだ。

「ミッドウェー島、全島占領完了……」

川田は盤上の勝利条件を満たしたはずだったが、その表情はどこか晴れない様子で、深くソファーに沈み込んでいた。

「どうしたんですか? ご主人様?」 レナが心配そうに覗き込み、セリカも優雅にシャンパンのグラスを川田の前へと押し進めながら微笑みかける。

「ミッドウェー島を占領できましたわね。おめでとうございます、川田ご主人様」

「うーん……」 川田は腕を組み、メガネの奥の目を狭めながら唸った。

「確かに島は取ったんだが……なんだか素直に喜べないんだよなぁ。そもそもこのミッドウェー作戦は、島を占領すること自体が主目的じゃなかったろ? 米機動部隊を誘い出して一挙に殲滅するのが本質だったはずだ。それなのに、空母同士の殴り合いで互角の引き分けみたいな結果になってしまった……。これが日本の勝利と言えるのかどうか、スッキリしないんだよなぁ」


 川田の苦く複雑な呟きを聞いて、セリカはくすくすと上品に喉を鳴らして笑った。

「ふふ、ご主人様。それこそがシミュレーションゲームの良さではありませんか? 史実通りの結果をなぞるだけではなく、自分の采配がもたらした『史実とは違う結果』……それこそがIFの世界の醍醐味でございますわ」

「そうですよ、川田さん!」 レナも大きく頷きながら笑顔で言った。

「完璧な大勝利じゃなくても、お互いに知恵を絞って全力を尽くした結果なんですから! ほら、戦果をまとめてみましょうよ!」

セリカがメモ帳を取り出し、滑らかな手つきで今回の「新ミッドウェー海戦」における両軍の損害を書き出していく。

【新ミッドウェー海戦 最終戦果報告】

•日本海軍(川田聯合艦隊)

o沈没: 空母『龍驤』、輸送船多数

o大破: 空母『瑞鳳』

o中破(戦線離脱): 空母『赤城』、空母『加賀』、空母『蒼龍』

o健在: 空母『隼鷹』、空母『飛龍』、主力戦艦部隊

o結果: ミッドウェー島の占領に成功

•アメリカ海軍(セリカ&レナ機動部隊)

o沈没: 空母『ヨークタウン』

o大破(戦線離脱): 空母『ホーネット』

o中破: 空母『エンタープライズ』

o結果: 日本の上陸船団に大打撃を与えるも、島を喪失


 メモを覗き込んだ川田は、「こうして見ると、まさに凄絶な血の削り合いだな……」と感嘆の声を漏らした。

史実では第一航空艦隊の空母4隻(赤城、加賀、蒼龍、飛龍)を一挙に失うという大敗北を喫した日本海軍だったが、今回のシミュレーションでは『龍驤』沈没・『瑞鳳』大破、という出血を強いられたものの、赤城・加賀・蒼龍・飛龍・隼鷹の主力空母群は沈没を免れ、修復可能な状態で留まった。一方の米海軍も『ヨークタウン』を失い、太平洋上の稼働空母が一時的に激減することとなったのだ。


「確かに……史実の壊滅的敗北に比べれば、ミッドウェー島を手に入れ、空母の完全喪失を防いだ分、日本海軍としては上出来な結果なのかもしれないな」

川田の表情に、ようやく少しずつ納得の色が戻ってきた。

「ええ。双方ともに航空戦力を使い果たし、引き下がるしかなかった……実にドラマチックでリアルな『もしも』の結末でございますわ」

セリカは満足そうに微笑み、細く美しい指先でジュースのグラスを傾けた。


 その整いすぎた美しい横顔と、戦術の盤面を完璧にコントロールしていた鋭い知性を見つめながら、川田はふと素の疑問をつぶやいた。

「いやあ……それにしてもセリカちゃんと話していると、なんだか人間じゃなくて、完璧な戦術AIと対戦してるみたいな気分になってくるよ。知識も判断も隙が無さすぎるんだもん」

その言葉を聞いた瞬間、前にいたセリカが「ちょっとー!」と声を上げて身を乗り出した。

「またー! 川田さんまで私をAI扱いしないでください! 私はちゃんと血の通った人間ですからねっ!」

「ハハハ! 冗談だよ、セリカちゃん!」

川田は手を叩いて大爆笑した。

「セリカちゃんがAIなわけないだろ。感情豊かな最高のキャストだよ」

川田はグラスを手に取り、嬉しそうに二人を交互に眺めた。


「だけどさ、レナちゃんの指揮ぶりも見事だったよ。空母ヨークタウンを率いて、俺の空母瑞鳳の防備を破って船団へ集中攻撃をかけてきたあの判断……あれには本当に肝を冷やした。レナちゃんの援護があったからこそ、セリカちゃんの作戦が完璧に決まったんだからな」

「えっ……! ほ、本当ですか……!?」

急に褒められたレナは、パッと表情を明るくして照れくさそうに頭をかいた。

「へへ……ありがとうございます! セリカ提督の指示通りに動いただけですけど、そう言ってもらえると頑張った甲斐がありましたっ!」

「よし! 大日本帝国海軍の苦い勝利と、我らが熱いシミュレーションの完結に……乾杯!」

川田の音頭で、再び三人のグラスが重なり合い、カチンと心地よい音を奏でた。


◇


 真夜中を過ぎ、満足感に満ちた顔で川田が伝票を手に会計を済ませ、「次はガダルカナル戦のシミュレーションだ!」と言い残して秋葉原の夜の街へと帰っていった。

静まり返った『Bullet & Lace』の店内で、レナとセリカはテーブルの上のボードゲームを丁寧に箱へと収めていた。


「ふぅ……すごく熱い戦いだったね、セリカさん」

「ええ、とても楽しいお時間でございました」

駒を綺麗に並べ終えたセリカは、ふと店の窓の外を見つめた。 夜の秋葉原のビルの狭間から見える空は深々と静まり返り、かつて太平洋で繰り広げられた激闘が嘘のように穏やかだった。

「史実の悲劇も、こうして語り継ぎ、思考を重ねることで、新しい物語として生き続ける……素敵なことだと思いませんか?」

「うん! 私もそう思う!」 レナは元気に頷き、セリカの隣に並んだ。

「さあ、明日もたくさんのご主人様が来てくれるよ! 次はどんな戦史の話ができるか、楽しみだね!」

「ええ、本当に……」


 重厚な木製のドアが閉ざされ、カウベルの音が静かに響く。 戦史への深い愛と情熱、そしてミステリアスな絆が交錯するコンカフェ『Bullet & Lace』の夜は、満足感あふれる余韻を残しながら、静かに幕を下ろしたのだった。


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