第五話 新たなチームの予感
「ご主人様、そろそろお時間ですが……延長されますか?」
レナが優しく声をかけると、鈴木は腕時計に目を落とし、どこかすがすがしい満足感の混じった溜息をついた。
「いやぁ、もうそんな時間か! 史実通りの戦力じゃ南から奇襲しても結局は燃料不足でブダペスト救出は難しい、ってことが身にしみて分かったよ。今日はこれで帰るよ。ありがとね、レナちゃん、セリカちゃん」
「かしこまりました。では、戦果報告(お会計)をお持ちしますね」
レナは手際よくレシートを用意し、鈴木は機嫌よく支払いを済ませて「また面白い作戦を考えてくるよ!」と言い残し、雨上がりの夜の街へと帰っていった。
その直後、入口横のボックス席でうとうと眠っていた常連客の工藤も「ん、もうそんな時間か……」と目を覚まし、自分の戦果報告を確認して静かに店を後にした。
潮が引くように客が去り、広い店内には珍しく誰もいなくなった。
「あーあ、誰もいなくなっちゃったー」 スズがカウンターに肘をついて呟く。
「よし、それじゃあ一旦、ビルの前で呼び込みをしましょう! みんな、準備して」
ユキの呼びかけに、キャストたちは「はーい!」と声を揃えた。
秋葉原の夜風は、雨上がり特有の湿り気と冷たさを包み込んでいた。ビルの前に並んだキャストたちが通行人に声をかけていく。しばらくすると上手いこと二組の客がつかまり、店内へと案内されていったが、レナだけは街頭の明かりの下で立ちん坊のまま残されていた。
その時、道路の向こうから自撮り棒を持った配信者が、カメラに向かって大声で喋りながら歩いてくるのが見えた。毎度のことなのでレナが視線を外して無視していると、突然、道路の中央で金切り声が響き渡った。
「ちょっと! なんで私が撮影してるのに車が通るのよーっ!?」
配信者の女性が、徐行してきたパトカーの真ん前に仁王立ちして喚き散らしていた。 パトカーの屋根から、警察官の冷静なアナウンスがスピーカー越しに響く。
『……撮影が終わりましたら、速やかに道を開けてください』
だが、女性はまったく動じない。腰に手を当て、パトカーに向かって不満をぶつけ続けている。周囲を行き交う歩行者たちは、あきれ顔で笑いながらその光景をスマホで撮影したり、横を通り過ぎたりしていた。やがて、女性の気がふと路地のネオンへと逸れた一瞬の隙を突き、パトカーは滑らかなハンドルさばきで素早く女性の脇をすり抜け、去っていった。
(本当に、秋葉原にはいろんな不可解な人がいるなぁ……)
レナが小さく苦笑いを浮かべたその時、見覚えのある男性が歩道を進んでくるのが見えた。
「あ、桐生さん! こんばんわ」
「おー、レナちゃん。また銃の調整がしたくて来ちゃったよ」
落ち着いたスーツ姿に、重厚なガンケースを手にした男性——桐生だった。
「ありがとうございます! どうぞ中へ!」
レナは嬉しそうに店内へ案内し、重い扉を開けると同時に「いらっしゃいませ、ご主人様!」と決まり文句で店内に来店を知らせた。
店内奥のシューティングレンジ横にあるテーブル席へ通し、手際よくメニューを広げる。
「補給物資(お飲み物)は如何いたしますか?」
「まずは生ビールをお願いするよ」
桐生はガンケースをテーブルの横に降ろした。その長さに、レナは目を留める。
「長物ですか?」
「そうなんだ」
桐生がジッパーを開け、中から黒く引き締まったアサルトライフルを取り出した。
「あら、陸上自衛隊の20式小銃ですね!」
「おっ、一目で見抜くとはさすがだねぇ」
桐生は感心したように目を細めた。
「ふふ、あそこの壁にレンタル用として飾ってありますから。すぐ分かりますよ」
「なるほどね。いやぁ、買ったばかりだから、今日ここで初撃ち(試射)したくてね」
桐生がマガジンを取り出しながら銃の感触を確かめていると、レナはふと思い出したように尋ねた。
「そういえば桐生さん、例のサバゲーチームのメンバーは見つかりましたか?」
「いやぁ……それがまだなんだよ。そろそろ合同訓練を始めないと、本番に間に合わないんだけどね」
「訓練……!? 相当本格的ですね」
「年に一回の大規模な大会だからね。優勝を目指すとなると、かなりみっちり合わせないと厳しいんだよ。あと2人、メンバーを探しているんだけど……」
桐生が困ったように首をひねるのを見て、レナはピンと胸に浮かぶものがあった。
「あの……例えばですけど、女性2人でもメンバーとして可能ですか?」
「ん? やる気と最低限の動けるガッツがあれば全然構わないよ。誰か心当たりでもあるの?」
「はい! 私の友達がサバゲーをやっていて、実はさっきまでここにいたんです」
「へえ、どれくらい本気の子たち?」
「さっきもここで『サバゲーで有名になってみせるんだから!』って、目を輝かせて叫んでいましたよ」
「ハハハ! それは頼もしいな。やる気があるならぜひ検討したいよ。今度、話を聞いてみてくれるかい?」
「はい! よろしくお願いしますね」
「ありがとう」と桐生は冷えたビールを一口煽ると、20式小銃を手に立ち上がり、シューティングレンジの中へと入っていった。
レナがカウンターへ戻ると、グラスを磨いていたユキが、レンジの方をチラリと見ながら耳元で囁いてきた。
「ねえレナ……あのレンジのご主人様、すごくイケオジじゃない?」
「えっ!? ユキさん、まさか桐生さんがタイプなんですか?」
尋ねられたユキは何も答えず、ただ静かに笑みを浮かべたまま、レンジの中で整った射撃姿勢をとる桐生の姿を目で追って楽しんでいた。
指名もなく落ち着いた店内。カウンターに立ったレナは、先ほどまで鈴木と交わしていた「ブダペスト救出作戦」のシミュレーションを思い返していた。
(それにしてもセリカさんは何故あんなにマイナーな戦史を知っていたんだろう)
「セリカさん、さっきのコンラート作戦なんで知っていたの?」横にいるセリカに話しかける
「そうですね、何でですかね?なんか頭の中で浮かんできたんですよ」
「鈴木さんの言う通りまるでAIみたいね」
「そんな・・・レナさんまでそう言わないで下さい」
レナはふと店内を見渡した。
(でも……出会いって、本当に奇跡みたいなものだな)
地雷系ファッションの舞と、姫ロリ服のユリ。異色のふたりが出会い、「ノワールルージュ」という小さな芽が生まれた。そして今、メンバー不足に悩む桐生のもとへ、その芽がつながろうとしている。
この先、どんな運命のギアが噛み合い、まさかの成り行きで奇跡のような出会いとドラマが巻き起こるのか——。
この時のレナは、まだ知る由もなかった。
ガラス越しに響くパン! パン! という高い残響音を聞きながら、秋葉原の夜は深く静かに更けていくのだった。




