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第四話 停電パニックと強盗

外は相変わらず激しい雨が降り続いており、時折、遠くで重苦しい雷鳴が響いていた。 ミリタリーカフェ『Bullet & Lace』の店内は、悪天候にもかかわらず、いつの間にか多くの客で賑わいを見せていた。カウンター越しにはカクテルをシェイクする音が響き、ボックス席では常連客たちが戦史やエアガンのカスタムについて熱っぽく語り合っている。

その時だった。

ズドンッ——!!!

店のすぐ近くで、地響きを伴う凄まじい雷鳴が轟いた。 直後、バリバリという不穏な放電音とともに、店内の照明、ネオン、バックバーの電飾が一斉に消え去った。


「うわっ!?」 「なんだ!?」

店内は文字通り一瞬にして完全な暗闇へと包み込まれ、客たちの動揺した声が響き渡る。

そのパニックを切り裂いたのは、カウンター奥からの鋭く通る声だった。

「全キャスト、保安レベル3(コード・ブラック)!!」

先輩メイドのユキが大声で指示を飛ばす。 その瞬間、店内の空気はパニックから一転、整然としたミリタリー演習の現場へと切り替わった。


サッ……カチッ! カチッ!

ユキ、レナ、セリカ、そしてフロアにいたキャストたちが一斉に腰のホルスターからタクティカルハンドライトを抜き放ち、点灯させた。幾筋もの鋭い白色光が交差し、暗闇の店内をストロボのように照らし出す。キャストたちは手慣れた動作でライトを天井に向け、反射光で店内全体を薄明るい状態へと保った。

「お客様、ご安心ください! 単なる落雷による停電です。パニックにならず、そのままのお席でお待ちください!」

ユキの落ち着いたアナウンスに、客たちのざわめきはスーッと収まっていった。


「カミナリが落ちて停電だな〜」

カウンター席で余裕の笑みを浮かべていたのは舞だ。彼女もまた、マイバッグから素早く自前のタクティカルライトを取り出し、手元を照らしている。 さらに驚くべきことに、彼女が着ているゴスロリドレスのフリルやレースの隙間から、まるで電飾を纏ったかのように小さなLEDプチライトが一斉に点灯した。

「じゃーん! 暗闇対策もバッチリな地雷系ドレスなのだ!」

「なんかローライト(暗所戦闘)演習みたいで楽しい雰囲気じゃない?」

無駄にテンションを上げてはしゃぐ舞の横で、姫ロリ服のユリは不安そうに肩をすくめ、ジュースのグラスをギュッと握りしめていた。

「ま、マイちゃん……すごく落ち着いてるね。私、暗いのちょっと苦手で……大丈夫かな……」

「大丈夫だって! レナたちもいるし、万が一暗闇から敵が突入してきても返り討ちにしてあげるから!」

「敵なんて来ないから安心してくださいね、ユリさん」

レナが優しく微笑みながら、ユリの元へあたたかい紅茶を運んできた。


そのまま待つことおよそ10分。

チカチカッと蛍光灯が明滅し、店内を一斉に本来の明るい照明が取り戻した。

「おおーっ!」 「点いた点いた!」

店内には安堵の声と小さな拍手が巻き起こり、誰もが平和な日常に戻ったことを喜んだ。


——しかし、事件はその直後に起きた。

「ない……!? ないぞ!! 俺の『限定版ヴィンテージ・ミリタリーフィギュア』がない!!」

奥のテーブル席から、悲痛な叫び声が上がったのだ。

声を上げたのは、ミリタリーフィギュアのコレクターとして知られる常連客だった。彼が今日、自慢するために店に持参していたという世界に数十個しか存在しない超激レアのロンメル将軍のフィギュアが、停電のわずか10分の間にテーブルの上から跡形もなく消え去っていたのである。

「盗難だ! 停電のどさくさに紛れて誰かが盗んだんだ!」


 一瞬で緊張が走る店内。そして、さらに悪いことに、そのテーブルを担当していたキャストはカナだった。

カナはキャスト陣の中でも屈指のスタイルと容姿を誇り、男性客からの人気は抜群に高い。しかし、大雑把な性格と我が道の強さから、バックヤードでは常に他のキャストとトラブルを起こしている、店一番の「困ったちゃん」でもあった。

「ちょっとカナさん! お客様の貴重品から目を離さないでっていつも言ってるでしょう!?」 ユキが眉をひそめて叱責する。

「えぇ〜? 私のせいですかぁ? 暗闇の中で急に消えたんだから、私に防ぎようがないじゃないですか〜。だいたい、こんな狭い店内で盗むなんて、周りの客の誰かが怪しいんじゃないですかっ?」

カナが反論したことで、犯人捜しは一気に泥沼化の様相を呈し始めた。


「よし、この『Bullet & Lace』の頭脳、私に任せなさい!」

ここでしゃしゃり出てきたのは、テンションの上がった舞だった。

「犯人は……この中にいる!」

お決まりの決め台詞を叫び、舞は店内を見回す。

「まず第一の容疑者! 常連の鈴木さん!」

「えっ!? 僕!?」

ボックス席で戦史ノートを開いていた鈴木が目を丸くする。

「鈴木さんはさっきまでレナ、セリカさんとブダペスト救出作戦の話をしていました! つまり『救出=奪取』のプロ! 停電の隙に電撃戦でフィギュアを奪取したのでは!?」

「どんな推理だよ! 僕は手元をライトで照らしながらノートに地図を描いてただけだよ!」

すかさずレナが「鈴木さんはずっと私と目を合わせていましたので不可能です」と冷静にフォローを入れる。

「じゃあ第二の容疑者! あそこにいるミリタリーコスプレの男性!」

「俺かよ!? 俺は停電中、怖くてじっと固まってただけだぞ!」

「ふふん、怪しいわね……じゃあ、カナさん自身が自分で隠して自作自演したっていうのは!?」

「なに罪着せようとしてるのよ! 私がそんな面倒くさいことするわけないでしょ!」


 舞の滅茶苦茶な珍推理により、店内は解決に向かうどころか迷宮入り寸前のカオス状態に陥っていった。ユキが頭を抱え、カナはぷいと横を向く。

そんな中、セリカだけは冷静に現場周辺を観察していた。


(停電中、ライトの光で店内はある程度見通せていた。大人がテーブルに近づいてフィギュアをポケットに入れるような動作があれば、誰かしらの目にとまるはず……。それに、人間が動いたなら衣擦れの音や足音が聞こえたはずだけど、あの時は雷鳴の後に静まり返っていた……)


 セリカはふと、隣のボックス席の足元に目をやった。 そこには、ペット同伴可のテラス席近くから紛れ込んできたらしい、別の客が連れていた小さな子猫が丸くなっていた。

「……あ」

セリカはひざまずき、子猫の口元をそっと覗き込んだ。

子猫は小さな口で、なにやらプラスチック製の細長い物体を「カジカジ」と大切そうに噛んでいた。それは、精巧にミニチュア化された1/6スケールの『アサルトライフル』だった。

「みなさん、犯人がわかりました」

セリカが静かに声をかけると、不毛な推理合戦を繰り広げていた店内が静まり返った。

セリカは子猫を優しく抱き上げ、その足元にあるソファの隙間を指差した。 そこには、子猫が「おもちゃ」として持ち去り、大切に隠し持っていた『限定版ヴィンテージ・ミリタリーフィギュア』が、奇跡的に傷ひとつない状態で転がっていたのだった。

「にゃ〜」

子猫が無邪気に鳴く。

「あ……! 俺のフィギュア!!」

「どうやら、停電で真っ暗になった瞬間、テーブルの端にあったフィギュアに子猫ちゃんが飛びつき、そのまま暗闇に乗じておもちゃとして持って行ってしまったようですね」

セリカの説明に、店内からは「なんだ〜!」という拍子抜けした爆笑と安堵の溜息が漏れ聞こえた。

「なんだ、子猫ちゃんだったのか〜! 脅かしやがって〜」

「よかったですね、壊れてなくて!」


 被害者の客もフィギュアが無事だったことに胸を撫でおろし、犯人が可愛らしい子猫だと分かると怒る気も失せたようだった。カナも「ほら〜、私のせいじゃなかったじゃないですか〜」と鼻を鳴らしている(ユキには『管理不足!』と後で怒られていたが)。


 大騒ぎとなった事件も無事に解決し、それから時間は静かに過ぎていった。

外の雨もいつしか小降りになり、夜が更けるにつれて客たちも一人、また一人と満足そうに店を後にしていった。

「ふぅ〜、一時はどうなるかと思ったけど、解決してよかったねユリさん」

「うん……びっくりしたけど、セリカさんの観察力、すごかったね」

荷物をまとめたユリが、カウンターの前で舞に向かって微笑む。

「じゃあマイちゃん、私、そろそろ帰るね」

「うん! 今日は来てくれて本当にありがとう、ユリさん!」

舞はユリの手をギュッと握りしめた。

「あ、帰り際に次回のサバゲーの約束、しておこうよ!」

「うん、もちろんだよ! ええと、来月の第2日曜日とかどうかな? 私、それまでに姫ロリドレスの裾を少しだけ短く詰めて、動きやすくカスタムしておくね!」

「最高! 私は新しい漆黒のマント羽織っていくから! 『ノワールルージュ』の初陣、絶対に大勝利収めようね!」

「ふふ、楽しみに設定しておくね。レナさんも、今度シューティング教えてね」

「ええ、喜んで。お気をつけてお帰りください、ユリさん」

レナと舞に見送られ、ユリは満足そうな笑顔を残して重厚なドアを開けた。 カウベルの綺麗な音が響き、彼女のフリルが夜の秋葉原の街へと消えていく。

「はぁ〜、今日は最高の1日だったなぁ……」

舞はカウンターに肘をつき、満足感たっぷりに息を吐いた。

「よかったね、マイちゃん。素敵な相方さんができて」

「うん! 私たちの『ノワールルージュ』、絶対にサバゲー界で有名になってみせるんだから!」


雨上がりの秋葉原の夜風が、ほんの少しだけ涼しく店内に吹き込んできた。



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