第二話 ユリとマイ(ノワールルージュの出会い)
カランコロン——。
重厚な木製のドアが開くと、心地よい重みを持ったカウベルの音が店内に響き渡った。
「ここで待ち合わせだって言うお客様、ご来店でーす!」
明るい声とともに、キャストのスズが一人の女性を伴って店内へ入ってきた。ほのかにオイルと珈琲の香りが漂う店内。無機質なコンクリートの壁面に飾られたエアソフトガンや銃器パーツの陰から、視線が一斉にそちらへと向けられる。
「いらっしゃいませ、お嬢様!」
カウンターの中でグラスを拭いていた先輩メイドのユキが、すぐさま察したように微笑みを浮かべた。
「……ユリさん、ですね?」
「あ……はい。ここでマイさんと待ち合わせをしておりまして……」
入口で少し緊張した面持ちで立っていた女性が、細い声を漏らす。その視線が、カウンター奥の指定席に座っていた少女と交差した。
「あっ……!」
舞が弾かれたように席を立ち上がる。
「はじめまして、ユリさん……だよね!?」
「はじめまして、マイさん……! ついに会えましたね」
ふたりは互いに近づき、小さくお辞儀を交わした。しかし、次の瞬間には舞の目が輝きでいっぱいになっていた。
「うわぁぁっ、ユリさん、すごい……! めちゃくちゃ綺麗!!」
舞は思わず声を上げた。ユリは深紅のベルベットに漆黒のレースを纏った、妖艶で絢爛なゴシックロリータドレスファッションだった。頭の大きなリボンから足元のストラップシューズに至るまで、一切の妥協がない。まさに絵本から飛び出してきたお姫様そのものだった。
「そんな、マイさんこそ……!」
ユリもまた、舞の姿を見て感嘆の溜息を漏らした。舞が今日のために気合を入れて着てきたのは、黒と深紅を基調としたフリルとレース、そしてどこか退廃的で危険な香りを漂わせる「ゴシック&地雷系」の装い。
「マイさんも、すごく完璧なゴシック服じゃない! 黒と赤のコントラストが本当に素敵……!」
「本当!? やったぁ、今日のために気合入れて選んできた甲斐があったよ〜!」
お互いのファッションに対するリスペクトが合致した瞬間、初対面の緊張は一瞬で吹き飛んだ。二人はまるで昔からの親友のように手を取り合い、カウンター席へと並んで腰かけた。
注文を聞きに来たユキからドリンクを受け取り、改めて自己紹介を交わす。 会話を進めるうちに、ユリは舞よりも二歳年上であることが分かった。年上らしい柔らかく落ち着いた雰囲気を持つユリと、天真爛漫でエネルギーに溢れた舞。一見すると対照的な二人だったが、波長は驚くほどぴったりと噛み合っていた。
「ねえ、SNSでも言ってたけど、ユリさんサバゲーもやってるんだよね?」
舞が身を乗り出すと、ユリは少し恥ずかしそうに頬を緩めた。
「うん。でも、私は最近サバゲーを始めたばかりで、まだまだすごく下手っぴなの。……でもね、この『姫ロリ服』でフィールドに立って戦うのが私の絶対のポリシーなの!」
「姫ロリでサバゲー!? それ、めちゃくちゃカッコいい! 私もゴスロリでサバゲーしてるよ」
「ふふ、よく『動きにくくないの?』って言われるんだけどね。でも、好きな服を着て戦うのが私なりの美学なんだぁ。マイちゃんはサバゲー歴どれくらいなの?」
「私はサバゲー一年生だよ! 始める時の基本テクニックは、この店の奥にあるシューティングレンジで、同級生のレナから教わったんだ〜」
「へえ、レナちゃん……?」とユリが感心したように呟くと、舞は店内を見回した。
「あ、レナ! ちょっと大丈夫?」
舞は、二番ボックス席で常連客の鈴木と熱く戦史(ブダペスト救出作戦)について語り合っていたレナに向かって声をかけた。
「あ……ごめんなさい、鈴木さん。少しだけ席を外してもよろしいですか?」
「ああ、もちろん! セリカちゃんと話しているから、どうぞどうぞ」
鈴木の快諾を得て、レナは「ありがとうございます」と頭を下げると、カウンター前で待つ二人のもとへ歩み寄ってきた。
「ユリさん、初めまして。キャストのレナです。舞からお話は伺っていました」
「初めまして、レナさん。マイちゃんから、シューティングの師匠だって聞きましたよ」
「師匠なんてそんな……ちょっと姿勢やトリガーコントロールのアドバイスをしただけですよ」
レナは謙遜しながらも、凛とした笑みを浮かべた。
「でも、もしユリさんも銃の構え方やシューティングの基礎で気になることがあれば、いつでもアドバイスできますからね。気軽に声をかけてください」
「本当!? 嬉しいな、私、フリルの袖が邪魔で照準がブレちゃったりするから、今度ぜひ教えてほしいな」
頼もしいレナの言葉に、ユリの目がぱっと輝いた。
その時、舞が手をポンと叩いた。
「ねえねえ、ユリさん! 私たちのこの服装、すごく並ぶと映えると思わない? 黒のゴシックな私と、深紅の姫ロリなユリさん……」
「本当ね……まるで、黒と赤、闇と光の対比みたいでワクワクする」
「でしょ!? ねぇ、今度サバゲーに行く時、ふたりでユニット組まない? 名前も作っちゃおうよ!」
舞の提案に、ユリは「ユニット……!」と胸を躍らせた。
「ユニット名、何がいいかな? フランス語で『黒』はノワール(Noir)、『赤』はルージュ(Rouge)……うーん」
「『ノワールルージュ(Noir Rouge)』……それ、すごく響きがカッコいい! 黒と赤、危険で華麗な感じがして最高じゃない?」
「うん! ドレスを着て戦場を舞う二人組——『ノワールルージュ』! 決まりだね!」
こうして、秋葉原の片隅にあるミリタリーカフェで、可憐で異色なサバゲーユニット「ノワールルージュ」が誕生した。
「よしっ、決起集会代わりに何か食べよう! ユリさん、ここの懐かしのナポリタン、すごく美味しいから食べてみて!」
「本当? じゃあそれにする! 一緒にクリームソーダも頼んじゃおうかな」
熱々の鉄板に乗せられて運ばれてきたナポリタンは、香ばしいケチャップの香りを漂わせ、二人の食欲を大いにそそった。
それから二時間——。 雨が重厚なドアを叩く音も忘れるほど、舞とユリは夢中で話し込んだ。
お気に入りのロリィタブランドの新作服の話、フリルを汚しても気にしない匍匐前進の話、愛銃のカスタム方法、次に遊びに行くサバゲーフィールドのロケーション……。
話は尽きることを知らず、二人の弾けるような笑顔と笑い声が、オイルと珈琲の香るシックな店内にどこまでも心地よく響き続けていた。




