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第六話 決戦!

深夜を過ぎ、秋葉原の街が深い眠りにつく頃、店内のお客様も疎らになっていた。火災騒ぎによるバタバタも完全に落ち着き、手空きとなったキャストたちが何人かシフトを終えて上がっていく。店内には、どこか穏やかで静かな時間が流れていた。


レナはパーテーション越しに、考え込む佐藤の横顔を覗き込んだ。

「佐藤提督、お飲み物のお代わりはどうしますか?」

「うん、もう1杯ウィスキーをお願いしようかな」

「了解しました!」

レナが返事をして立ち上がると、カウンター越しにそのやり取りを見ていた先輩キャストのユキが優しく声をかけた。

「私が作るわ。レナちゃんはちょっと休んでなさい」


ユキは厨房へ入ると、熟練の手つきで琥珀色のウィスキーをグラスに注ぎ、トレイにグラスとおつまみの小皿を載せて戻ってきた。ボックス席へ運ぶと、ユキは微笑みながら佐藤に問いかける。

「よければ、私も一緒に1杯いただけませんか?」

「あ、ふたりとも今日はお疲れ様だったから、何か好きなもの飲んでいいよ!」

「ありがとうございます! ご主人様!」

レナは嬉しそうにグラスを手に取り、喉を潤した。緊張感が続いていた身体に、冷たいドリンクが心地よく染みわたっていく。

しかし、盤上の戦況は依然として一触即発の極限状態だった。


イギリス海軍にとって最大の護衛対象である『WS8B輸送船団』は、最も足の遅い貨物船の速度に合わせなければならないため、牛歩のごとき遅さで進むしかない。


(このままじゃ……ブレスト港から出撃してきた戦艦グナイゼナウとシャルンホルストに追いつかれて捕まってしまうわ……!)


レナは眉をひそめたが、彼女が序盤に打っていた布石がここで大きな意味を持ち始めていた。空母『ヴィクトリアス』を船団護衛に回していたことが、怪我の功名となっていたのだ。 さらに南からは、空母『イーグル』と戦艦『ネルソン』が接近。ジブラルタルから急行しているH部隊の空母『アークロイヤル』と巡洋戦艦『レナウン』も、刻一刻と援護のために戦域へと近づいていた。

レナはヴィクトリアスの艦載機をフル稼働させ、東へ西へと広い海原をくまなく索敵させる。


(しばらくビスマルク艦隊の動向が途絶えているのが不気味だわ……。でも、燃料漏れを起こしているビスマルクを追う余力は、サフォークや満身創痍のプリンス・オブ・ウェールズには残っていなかった。今は引くしかない……)


佐藤は運ばれてきたウィスキーをごくりと飲み、ふぅと深い息を吐き出した。

「ユキさん、この勝負の行方、どうなると思う?」

「えーっと……私には戦史の難しいことはわからないわ。ただ……どっちも頑張れー!かな」

ユキの可愛らしいエールに、佐藤は思わず破顔した。ユキは興味深そうに盤面を見つめながら尋ねる。

「ちなみに、史実ではこの後どうなったんですか?」

「・・・でね、最後はビスマルクがイギリスの戦艦群に取り囲まれて、逃げ場を失って猛砲撃でやられちゃうんだよ」

「そうなんですね……! じゃあ佐藤様、今回はなんとしても勝ってほしいな!」

「ははは、嬉しいこと言ってくれるねぇ!」

「あー! ちょっとユキさん! そんなこと言わせませんよ!」

レナはドリンクをゴクッと飲み干すと、キッと佐藤を見つめた。

「ロイヤルネイビーが負けるわけにはいかないんですから!」


 やがて、レナの綿密な艦隊運用が盤上で実を結んだ。 WS8B輸送船団の周囲に、イギリス海軍の錚々たる大艦隊が一大集結を果たしたのだ。

船団の北側(後方)には、旗艦『キング・ジョージ5世』と戦艦『レパルス』。 南側(前方)には、空母『アークロイヤル』と巡洋戦艦『レナウン』。 東側(横)には、空母『イーグル』と戦艦『ネルソン』。 そして船団の目と鼻の先には、強大な16インチ砲を持つ戦艦『ロドネー』がピタリと寄り添う。

四方を重厚な鉄の城で囲まれた鉄壁の密集陣形。パーテーションの向こうで、それを想像した佐藤は思わず頭を抱えた。


(うぐぐ……あそこに突っ込んでWS8Bを攻撃していいものか……? 確実にイギリスの主力艦隊が伏せられている……)


 佐藤は東西から挟み撃ちにするような雰囲気を醸し出し、レナを揺さぶろうとした。しかし、この上級IFシナリオにおいて、史実で稼働していなかったティルピッツやグナイゼナウといった艦艇は、あくまでイギリスの戦力を分散させるための「ブラフ(脅し)」として使うのが彼の本心だった。 実際に直接打撃を与えられる手札は、手元にいる『ビスマルク』と『プリンツ・オイゲン』の二隻だけなのだ。


(ビスマルクはすでに燃料漏れを起こし、被弾損害もある。ここでイギリス戦艦群と正面から殴り合うような艦隊決戦は避けたい……。俺の目的は通商破壊作戦であって、全滅覚悟の艦隊決戦じゃないんだ)


佐藤の胸中で、冷徹なゲーマーとしての計算と、男のロマンが激しく葛藤する。


(だけど……全戦力を引き連れてバチバチに撃ち合って勝ちたいというロマンも、捨てがたい……!)


葛藤の末、佐藤は苦渋の決断を下した。


(ダメだ、ここは冷静になろう。船団攻撃は諦めて、このままブレスト港へ全速で逃げ込む!)


佐藤は駒を滑らせ、WS8B輸送船団の北側のセクターを素通りするように、回頭の指示を出した。


そして――レナのターン。

「索敵フェーズ! サイコロ振ります!」

コロンと転がったダイスが、奇跡的な数値を弾き出す。

「水平線上に敵マストを発見! ……ついに捉えました! ビスマルク艦隊、そこにいたのね!!」

「しまったーーっ! そこにいたのかー!」

佐藤が叫んだ。よりにもよって、一番出遭いたくなかった本国艦隊旗艦『キング・ジョージ5世』の目と鼻の先のセクターで、完全に見つかってしまったのだ。


 大西洋の洋上で給油艦からの最低限の補給こそ完了していたものの、ビスマルクの燃料漏れという根本的な致命傷は治っていない。


(くっ……高速移動ができるのはあと5ターン分だけか! 間に合うか……!?)


「ビスマルク、プリンツ・オイゲン! 28ノット全速で北のセクターを突き抜ける!」

佐藤は全速力を宣言し、逃げ切りを図る。だが、追撃する『キング・ジョージ5世』との距離が急激に縮まっていく。しかし、砲撃戦における有効射程までは、あと一歩のところでなかなか詰まらない。


 その時――空を切り裂くプロペラ音が、決戦の海に響き渡った。

「空母アークロイヤルより、ソードフィッシュ雷撃隊、発進!!」

レナの宣言とともに、アークロイヤルから飛び立った複葉の雷撃機群が、波間を低空飛行で迫り来る!

「ビスマルク、対空砲火開始! 叩き落とせ!」

佐藤のビスマルクから激しい対空砲火が打ち上げられ、空が黒い煙で覆われる。 しかし、時代遅れの布張り複葉機であるソードフィッシュは、弾丸が機体を貫通しても、フレームやエンジンに直接命中しなければそのまま飛び続けられるという異例のタフさを発揮した。


一機のソードフィッシュが、猛烈な弾幕を潜り抜けて果敢に最低高度の雷撃コースへと滑り込む。

――魚雷、投下!

「取舵いっぱい!」

佐藤は叫んだが、すでに遅かった。 海面を一直線に走る白い魚雷の条痕が、ビスマルクの左舷中央へと吸い込まれていく。

ドォォォォン……!!

水柱が上がり、喫水線の浅い装甲の薄い部分で爆発が起きた。船体に穿たれた巨大な大穴から、凄まじい勢いで海水が流れ込んでいく。

「くっ……浸水発生! 速度低下……!」


 ビスマルクの速度は一気に16ノットまで落ち込んだ。 この足止めにより、逃走の芽は完全に摘まれた。追撃する『キング・ジョージ5世』と戦艦『レパルス』が、みるみるうちにビスマルクの側背へと肉薄していく。

「間もなく射程内に入ります……! 全艦、左同航戦用意っ!」

レナは満を持して、戦闘ボードの上に艦艇駒を並べた。


 ドイツ艦隊の陣列は、先頭『プリンツ・オイゲン』、二番艦『ビスマルク』。 イギリス艦隊の陣列は、先頭『レパルス』、二番艦『キング・ジョージ5世』。

互いの主砲が仰角一杯まで持ち上げられ、巨砲の砲口が相手の艦体を完璧に捉える。

「レパルス、ビスマルクへ向けて砲撃開始!」

「プリンツ・オイゲン、ビスマルク! 前方のレパルスへ集中砲火!」

ドカアアアアン!! ズドォォォン!!

双方の主砲が一斉に火を噴き、海面が激しい水柱と炎で埋め尽くされた。 砲撃戦が進み、第8斉射目――。

ドイツ艦隊二隻からの正確無比な集中砲弾が、巡洋戦艦『レパルス』の艦体に集中着弾した。

――チュドォォォォォン!!

艦中央から天を突く火柱が上がり、レパルスは先のフッドと全く同じ悲劇的な末路を辿る。艦体が真っ二つにへし折れ、煙を上げながら波間へと消えていった。


(レパルスまで……!! でも、タダでは転ばないわ!)


キングジョージ5世の巨砲がビスマルクを捉え、確実な弾着を与える。しかし、ビスマルクの頑丈極まりない主砲塔は依然として健在だった。

レパルスを沈めたビスマルクとプリンツ・オイゲンが、ついにその残虐な砲口を『キング・ジョージ5世』一隻へと向け直す。

「全主砲、キング・ジョージ5世へ集中! 撃てぇっ!」

放たれた激しい斉射。そのうちの一弾――重巡プリンツ・オイゲンの放った大口径砲弾が、キング・ジョージ5世の艦橋構造物を直接打ち抜いた。

ドカンッ!!

艦橋内部が炎に包まれ、指揮系統と司令部要員が一瞬にして壊滅する。

「よしっ……! やったぞーーっ!!」

佐藤はボックス席で思わず立ち上がり、拳を高く突き上げた!

「えーーーっ!? つ、強すぎますよ佐藤さん!!」


 レナは髪をかきむしり、盤面に覆いかぶさるようにして金切声をあげた。

指揮を失い大破したキング・ジョージ5世には、もはや追撃する余力は残されていなかった。 死線を潜り抜けたビスマルクとプリンツ・オイゲンは、そのまま堂々と大海原を駆け抜け、ついに目的地であるフランスの『ブレスト港』へと滑り込んだのである。港内では、先に帰還していたグナイゼナウとシャルンホルストが、傷ついた勇者を迎えるように錨を下ろしていた。


◇

ゲーム終了の合図とともに、盤上の戦果が集計された。

護衛対象であったWS8B輸送船団は、一隻の犠牲も出すことなく無事にアフリカへと到達した。 しかし、それを守るためにイギリス海軍が払った代償は、あまりにも甚大だった。

重巡『ノーフォーク』、巡洋戦艦『フッド』、戦艦『レパルス』の三隻が沈没。 最新鋭戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』、そして旗艦『キング・ジョージ5世』が、戦闘不能レベルの大破。

ロイヤルネイビーの主力戦艦群を事実上壊滅させ、見事にビスマルクを温存してブレスト港へ生還させた佐藤の「大勝利」であった。


 佐藤はグラスに残っていた最後のウィスキーをクイッと飲み干すと、心底満足そうな、晴れやかな笑顔を浮かべた。

「ふぅ……最高のゲームだったよ!」

「ううう……悔しいです……! まさか幻のティルピッツやグナイゼナウの動向にここまで惑わされるなんて……。やっぱり、空母の運用と集中運用が命運を分けましたね」

レナはガックリと肩を落としたが、すぐにプロの笑顔を取り戻し、深々と頭を下げた。


「お疲れ様でした、佐藤提督! チェックですね?」

「うん、お会計お願いするよ」

「はい! 戦果報告(お会計)になりますね!」

レナは伝票を手に取ると、いたずらっぽく微笑んだ。


「マーケット・ガーデン作戦の時と同じで、ほぼ『オープンからラストまで』のフル参戦でしたね! いつも本当にありがとうございます!」


「こちらこそ、最高の相手をしてくれてありがとう。……そうだ、レナちゃん、次回のゲームは『ミッドウェー作戦』なんてどうかな?」

「あら! 」太平洋戦争の天下分け目の決戦ですね!ふふ、いつでもお相手しますよ!」

「よーし、じゃあ次はそれで!また来るね!」

「はい! ありがとうございましたー!」


ユキとレナの華やかな声に見送られ、佐藤は満足げに店を後にした。


 パタン、とドアが閉まり、静けさが戻ってきた店内で、レナは大きく背伸びをした。

「さぁ! 今日も色々事件があったけど、無事に終わったわね!」

「本当にね。火事に避難に、大海戦まで。お疲れ様、レナちゃん。片付けて早く帰りましょ」

「ハイッ!」


 二人がテキパキと店内を片付け、表のドアを開けると、秋葉原のビルの隙間から差し込む朝焼けの光が、二人の顔を優しく照らし出した。外の空気はすっかり薄っすらと明るんでいた。



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