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第二話 索敵

パーテーションによって二つに隔てられた広大な北大西洋の海図の上で、静寂と緊張が入り混じる時間がゆっくりと流れていた。

ゲームは艦隊移動フェーズから索敵フェーズへと進む。 レナの守るイギリス海軍司令部には、潜水艦からの定期報告、沿岸監視員からの不確かな目撃情報、中立国スウェーデンを経由した機密情報や暗号解読データなど、錯綜する情報が次々と寄せられていた。しかし、広大な北海の濃霧と悪天候に阻まれ、決定的な「位置確定」には至らない。


(気配はある……間違いなく、戦艦ビスマルクとプリンツ・オイゲン、そして上級ルールで追加された幻の空母グラーフ・ツェッペリンを擁する強大なドイツ艦隊は、どこかで確実に動いているわ。広大な海で敵の影を追うこのもどかしさ……まさに歴史上のトーヴィー提督たちが味わった焦燥感そのものね)


レナは口元に手を当て、自陣の布陣と海図のマス目を鋭い目で見つめた。 スカパ・フローからベルゲン沖へ向けて何度も遠距離偵察機を発進させているものの、低く垂れ込めた暗雲と敵の厳重な警戒網に阻まれ、未だ敵影を明確に捉えられずにいる。索敵フェーズにおけるダイス目の不運も重なり、広大なセクターのどこに敵が潜んでいるのか、霧の向こうを見通すことができない。


(佐藤さんの性格を考えれば、無謀な南下ルートは選ばないはず。けれど、万が一にもビスマルクが急反転してイギリス本土とフェロー諸島の間を突破し、フランスのブレスト港へ向かわれたら大変なことになる……。でも、そこは賭けね。仮に抜けてもキングジョージ5世が待ち構えているし、まだプリンス・オブ・ウェールズ、フッドも駆けつけられるわ)


レナは腹を括り、自軍の艦艇駒を大きく再配置した。 史実の警戒網を踏襲しつつ、アイスランド南方に爆発的な威力を誇る巡洋戦艦『フッド』と最新鋭戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』を配置。さらにフェロー諸島南西には、旗艦『キング・ジョージ5世』、戦艦『レパルス』、軽巡洋艦2隻、そして空母『ヴィクトリアス』を展開させた。仮に北上と見せかけて南下してくるような奇策に出てきたとしても、この重厚な二重の防衛ラインで完全に叩き潰せる布陣である。


――カランコロン。

重厚な木製ドアが開いてドアベルが鳴り、静かな店内に賑やかな声が響いた。

「お疲れー!」

入ってきたのは、この店の常連でありレナの友人でもある舞(マイ)だった。 黒と白の繊細なフリルが躍るゴスロリドレスに身を包んでいるが、その背中には大きなガンケースを背負っている。サバイバルゲーム帰りなのだ。

「あ、マイちゃん! お疲れ様!」

カウンター奥のいつもの席に腰を下ろす舞を見つけ、レナがボックス席から声をかける。

「今日のサバゲはどうだった?」

「聞いてよレナちゃん、事件があったのー!」 舞はぷっと頬を膨らませ、注文を聞きに来たスタッフに『喫茶店のオムライス』を頼みながら語り始めた。


「今日、現場に有名な女子サバゲアイドルが来ててさ、参加者の間で賛否両論になっちゃって大変だったんだから。『華やかでいい』って喜ぶ層と『サバゲを舐めてる』って怒る層でギスギスしちゃって。男の人って、どうしてあんなに極端になっちゃうのかな。みんなで仲良く遊べればいいのにさ」

「あはは……ミリタリー界隈あるあるだね。マイちゃん、とりあえず美味しいものでも食べてゆっくりしていってね」

「うん、そうするー」


舞との会話を一区切りさせ、レナは再びボードゲームの盤面へと意識を集中させた。海図のマス目に視線を戻し、思考のスイッチを切り替える。

「さて、ご主人様。索敵フェーズに入りますよ。私の偵察機サイコロ、振ります!」

レナが手の中で六面体ダイスを2個シャカシャカと振る。 掌の中でカチカチと鳴るサイコロの音は、まるで偵察機のプロペラ音のようだ。祈りを込めて投げ放たれたダイスが、木製の盤上を転がる。

コロコロ……と音を立てて盤上を転がったダイスが止まった。

「あ!『2』だ! ピンポイント大成功!」 レナは思わず身を乗り出して声をあげた。

「索敵成功です! ついに戦艦ビスマルク艦隊を発見出来たんじゃない?! ……場所は、やはりノルウェーのベルゲン近郊、グリムスタフィヨルド!」

パーテーションの向こう側で、佐藤が「むー」と低い唸り声をあげた。頭を抱え、眉間に深くシワを寄せている。

「やっぱり見つかっちゃったか……さすがロイヤルネイビー、目が届くねぇ。完璧な索敵線だ」

「ふふん! これで位置は確定しましたよ、佐藤提督!」


佐藤は顎に手を当て、長考に入った。

(よし、やはりここまでは史実通り北上していたな。ベルゲンに潜伏しているということは、ここから一気に南下してブレストを目指す線は消えた。となると、次の選択肢は二つ。フェロー諸島の間を通り抜けるか、それとも大きくアイスランドを回り込んでデンマーク海峡を目指すか……)


一方、カウンター席では運ばれてきた熱々の『喫茶店のオムライス』を頬張りながら、舞がスマホの画面を凝視していた。そこへ、シフトに入っていた先輩キャストのユキが、グラスを拭きながら話しかける。

「どうしたのマイちゃん? 難しい顔して」

「あ、ユキさん。いやね、さっきのサバゲの感想を自分のブログに書いてたら、コメント欄にメッセージが来てさ……これ、本当かなと思って」

ユキがカウンター越しに舞のスマホを覗き込む。 そこには、こんな文面が残されていた。

『ゴスロリ服でサバゲ、とっても素敵ですね! 私も普段は姫ロリ服でサバゲをやっています』

「へえ、姫ロリでサバゲ! マイちゃんのゴスロリサバゲといい勝負じゃない。珍しい仲間が見つかったんじゃない?」

「そうなんですけど……ユキさん、これ本当だと思います? 最近はネカマとか、ネット上の偽物も多いからちょっと不安で……」

「うーん、確かにね。だったら、『今度よかったら、私が通ってるコンカフェに遊びに来ませんか?』って誘ってみたら? 一回うちの店で直接会ってみれば安心でしょ」

「あ、そっか! ここならレナちゃんやユキさんもいるし、安全ですもんね! そう返信してみます!」

舞はぱっと表情を明るくし、画面に向かってトントンと手際よく返信メッセージを打ち込み始めた。


その横のボックス席では、佐藤が衝立の向こうで

「うーむ、ここで取舵をとると索敵線に引っかかるか……」

「いや、しかし……」とブツブツ呟きながら、衝立の陰で艦隊駒を滑らせていた。


ビスマルク艦隊が動いているのは確認できたが、次なる針路によってイギリス艦隊をどこに動かすか思案のしどころだ。 しかもドイツ軍には、上級ルールによって空母グラーフ・ツェッペリンだけでなく、まだビスマルクの姉妹艦である超弩級戦艦ティルピッツも控えている。


(佐藤さんは本当に全艦を稼働させるつもりなのか……? もしティルピッツまで大西洋へ解き放たれたら、イギリス海軍の旧式戦艦群では太刀打ちできなくなる……)

レナは冷や汗を覚えながら、自分の編成表と海図の索敵網を交互に見比べる。 索敵フェーズで得た「ベルゲン潜伏」という一点の情報から、相手の次の一手を必死に読み解こうとするが、濃霧のパーテーションの向こうからは佐藤のコマを動かすかすかな音しか聞こえてこない。


盤上の情勢は、まだ序盤戦。 いまはまだ動向を見守り、下手に動く時ではなさそうだ。軽はずみに艦隊を動かせば、空母グラーフ・ツェッペリンの艦載機による逆索敵に引っかかり、こちらの布陣を暴露してしまう危険性すらある。今はただ、哨戒網の糸をピんと張ったまま、敵が牙を剥く瞬間を待つのが最善策だった。


ベルゲンの深いフィヨルドに、冷たい夜の帳が静かに降りていく。 濃霧が海面を覆う中、佐藤の動かす絶対王者・戦艦ビスマルクと重巡プリンツ・オイゲン、そして未完成のはずだった空母グラーフ・ツェッペリンや姉妹艦ティルピッツをも予感させる幻の巨大艦隊が、不気味な静けさとともに、そろりとその重い錨をあげた。


大西洋を血で染める大追撃戦の「接触」の瞬間は、すぐそこまで迫っていた。


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