086 四公会議
リナリア王国の王都は王国の中央部を流れる大河の東岸に築かれた都市である。海へと通じる大河を押さえ、王国各地への街道が伸び、文物の行き交う水陸両方の交通の拠点として栄えた。かつては大陸一の繁栄とも言われた都市である。
玉座が空位になってからは国内での争いが増え、王都の繁栄は衰えた。しかし、それでも王国内では随一の人口と、経済の規模を誇る都市である。都市の中央に聳えるのが、歴代の王が住まう王城である。
その王城の一室で、四人の人間がテーブルを囲んでいた。
「女王を名乗る輩は大神殿と接近しそうだというではないか」
でっぷりと太った白髪の男が言った。男が神経質に身体を揺するたびに、椅子の足が悲鳴を上げるような音を発している。
「土公さんよ、慌てるには早すぎると思わないか?」
中年のガタイのいい男が、太った男を嗜めた。太った男は露骨に舌打ちをして、
「随分と余裕ですな、風公は。何か余裕を保つ秘訣でも?」
嫌味ったらしい言い方に、ガタイのいい男がわざとらしく首を傾げる。
「はて……。強いて言えば、身体を鍛えることですかな」
その会話に、穏やかな顔の老人が割って入る。もっとも、その言葉は穏やかなどではなかったが。
「風公、とぼけるのはやめよ。女王とやらに付いているメレーゲ子爵──今は勝手に伯爵を名乗っておるが、彼女はお主の一門であろう」
「おいおい、水公さんよ。変な言いがかりを付けようとしてるんじゃないだろうな。あの跳ねっ返り娘が俺の言うこと聞くならこっちは苦労しねえんだよ」
「苦労してでも言うことを聞かせよ。我は一門のシマニエク伯爵を討たれた。此度のスダーフ男爵も同様だ」
三人の男が互いに牽制しあい、腹の探り合いどころか表立って互いを批難しはじめ、その場の空気が熱し始める。
彼らが互いにそう呼び合うように、この場は王国を統べる火、風、水、土の四公が集う四公会議の場である。格式ある会議の場としては、あまりにみっともない口論であった。
「おじ様方、最も大事なことをお忘れではありませんか?」
割って入った若い女、いや、少女の声に男たち三人が振り向く。四公のもう一席、火公の席を占めるのは、火公家を象徴する赤いドレスを纏った少女だった。美しい銀髪を長く伸ばし、その青い瞳は高温の炎のよう。
自身より遥かに年長の他の三公を相手に全く怯んだ素振りもない。堂々たる佇まい。
「今は、我々伝統ある貴族の結束を高める時でございましょう」
少女の言葉に、真っ先に言い返したのはその場の最年長である水公だった。
「アウレリア嬢。今は大人の話をしておる」
老人は、若輩者ものは黙っていろ、と言外に言っているのだ。少女はそれで怖気づくような人間ではなかった。すぐさま反論する。
「失礼な物言いはやめてくださいませ。私は火公たる父・ヴェルゲンの正式な代理でございますよ。皆様とは対等な立場です」
アウレリアの反論に、けっ、とわざとらしく反発したのは風公だった。
「そのお父君の容態はどうなんだ? あの野郎とは、昔から仲良くやってきたが、元気すぎるのが欠点でな。あれが病気で寝込むとは思えねえんだが。なあ、お二人さんもそう思わないか?」
憶測に過ぎない物言いに乗るのは避けたのか、他の二人の男は同調しなかった。アウレリアが父親を幽閉しているのは事実なのだが、ここで追及しそこねるのが、この歳を食った三人の男の情けないところである。
「皆様、女王を名乗る不届き者が現れたとて、焦る必要はございません。女王を名乗るのはどこの誰とも知れぬ女に過ぎません。一時の勢いに乗っただけで権威を偽装しているにすぎないのです。そのような者に、なにゆえ民が安心してその身を委ねましょうか」
アウレリアは他の三人に順に視線を送る。
「ですから、この場に集う四つ公爵家の結束が必要なのです。伝統ある貴族が、威厳をもって統治してこそ、民は安んじてその生を全うできるのですから」
「ごもっとも! お若いのに流石は王都一の才媛でございますな」
安易に同調してきたのは、土公だった。他の二人は渋々といった面持ちで頷く。
そのまま、女王への対策は各々の家の軍備の確認などの実務的な話へと移り、やがてその場は散会となった。
「アウレリア様、お疲れ様でございます」
王城の廊下で、するりと現れたレクアルがアウレリアに声をかけた。
「あら、レクアル。あなたは先程の会議を聞いていて?」
「ええ、通気口に身を潜ませておりましたので」
「どう思った?」
「あの老人たちには退場してもらう必要がありますね」
アウレリアは笑う。
「ええ、そのとおり。いずれはね。でも、今は女王とやらを叩き潰すほうが先よ」
神託の女王は、レクアルが騎士とやりあった感想からしても、民衆や諸領主たちを引きつける才からしても、本物なのだと思う。
だが、そんなことはどうでもいい。
重要なのは、アウレリアは女王など認めないということ、それだけだった。
「神託の女王は英雄の器です。世界をひっくり返し、嵐を起こし、人々を熱狂させることでしょう」
アウレリアはそれゆえに女王を恐れている。あれは危険な存在だ。
「ですが、英雄は麻薬と対して変わりません。長期的には民を不幸に導くだけのこと。この国に必要なのは秩序です。民は秩序にその身を委ねてこそ、長い幸福を得られるのです」
その秩序の管理者たるべきは、伝統ある貴族だ。その格式があってこそ、民は穏やかに身を委ねることができる。そして、その貴族の中でも、最も賢く、知恵のある者が頂点に立つ。
格式と知恵、その二つを併せ持って生まれてきた存在。
それがアウレリアだ。
ゆえに、アウレリアこそが、真の支配者に相応しい。
神々がなんと言おうと、アウレリアはそう自負していた。
「神託の女王、この私が、あなたを叩き潰してあげましょう」




