087 生徒会書記
出立が明日に迫っていた。
夜、僅かな明かりを頼りに、文乃は紙にペンを走らせる。
日向文乃は生徒会長・金村有里によって任命された生徒会書記である。そして、生徒会書記の最も重要な仕事は生徒会の活動記録をつけることであった。毎日、何をしたか、会議ではどのような話し合いが持たれたかなどを記録していく。
歴代の生徒会の積み重ねた記録は、先例となり、後輩たちを助ける。有里率いる生徒会も、過去の生徒会書記のつけた記録に何度も助けられている。
文乃はこの世界にやってきてからも、その仕事を継続していた。生徒会書記の任を降りていないというのが一つの理由で、もう一つの理由は、異世界に来るなんてわけのわからない状況に巻き込まれて、平静を保ち続けるためだった。
夜になると、こうしてその日の出来事を記録に残すのである。
異世界にやってきて最初の夜は、日本語で記録を書いた。
当然だ。それは生徒会の記録だからだ。
だが、すぐに有里が女王としてこの世界に介入しはじめた。そこからは、文乃は日誌をこの国の言葉で書き始めた。有里という存在が、この国を、この世界をめちゃくちゃにしてしまうのを予感して、この世界の記録という意味も持たせる必要を直観したからである。
文乃は有里たちの行動の記録をつけた。どのような話し合いが持たれたか、どんな決定をしたかを書いた。それだけでなく、確認できた戦争の死者の数も書いたし、玲奈が死んだときは、その経緯も記録した。
先日、女王の政府は陰謀に手を染めた。
くすぶっている土地問題を解決し、大神殿に恩を売るため、裁判で狂言を披露した。キリアスの名誉を傷つけ、スダーフ男爵の罪をでっち上げた。
その陰謀に、文乃は明確に反対しなかった。土地問題が拗れた背景には、自分のミスが含まれていたからである。だが、文乃はあのやり方には反対だった。黙認した以上、自分に罪はないと言うつもりはないが、それが文乃の心境だった。
そして同時に、文乃は職責を果たさねばならなかった。
生徒会書記は、どのような話し合いが持たれたかを記録する義務がある。
あのやり方に反対だったからではない。記録することは文乃の仕事なのだ。
とはいえ、そのままこの国の言葉で書くのは憚られた。うっかり誰かに見られて、女王の立場が危うくなることを、文乃は望んではいなかった。
文乃は日本語で事の顛末を記した。重要なことが書いてあると言わんばかりだが、この世界で日本語を読める人間は文乃たちしかいないのだから、秘密は守られる。後に残す記録である以上、いずれ誰かが解読できるようにする必要はあるけれど。
そのうち辞書でも作るかな、と文乃は思った。だが、それは手間がかかりすぎる。多忙な文乃には無理だ。その代わり、ちょっとした書き物を日本語とこちらの言葉の両方でしてもいい。それらを集めれば、この世界の趣味人が言語学的に解読することだろう。
とにかくも、文乃は生徒会書記としての仕事を果たした。
これからも、この仕事は続いていく。生徒会長であり、女王である有里の歩む道は文乃が記録していくことになるだろう。
※
翌日、女王は王都へ向けて、進軍を開始した。
王都に入ることは、有里が女王として君臨するうえで必要なことだった。
王国東方に位置するシマニエク市は自治に委ね、諸領主を軍勢に加えながら西進して王都を目指す計画である。進軍とともに、未だに服属を申し出てきていない、王都周辺の貴族たちを服属させる必要もある。
それは、征服者・金村有里としての道だった。
途中、激しい戦いもあるかもしれない。また、陰謀の類が必要になるかもしれない。
文乃はそれらも記録していくつもりだ。
女王の臣下として。生徒会の書記として。
「文乃、頼りにしてるからね」
進軍を開始する直前、有里は文乃にそう言った。尊敬する先輩から頼られるのは、やっぱり嬉しい。この人についていきたいと、文乃は思ってしまう。
「あなたに付いてきたことを後悔させないでくださいね」
それは、文乃が女王・有里に願う唯一のことだった。
第二部完結!
次回より第三部ですが、連載開始まで少し間が空きます。
申し訳ありません。




