084 激痛
スダーフ男爵の死が広まると、兵士たちはすぐに降伏を始めた。館内の様子を察知した女王軍が、降伏すれば命は取らないと明言したことも効いているようだ。おかげで、巴絵はスダーフ男爵の首を抱えて、堂々と歩いて門を出ることができた。
もっとも、忠義に厚い数人の兵士は諦めずに斬りかかってきたので、斬りはらうことになってしまった。この首の持ち主が、それほどの忠義を受けるに値する人間であったのかどうか、巴絵はよくは知らない。
巴絵が本陣に帰参すると、歓声によって迎えられた。それに応える気も起きず、巴絵はまっすぐに待ち構えていた有里の前へと向かう。
彼女に対して跪き、男爵の首を差し出す。
「女王陛下、スダーフ男爵の首をお持ちしました」
「確かに、スダーフ男爵ですね」
と有里は頷いて見せ、同じくスダーフの顔を知るニルバスにも確かめさせた。首を兵士に委ねると、有里は言う。
「首はシマニエク市にて晒す。そのあと、丁重に弔いましょう」
晒すのは残酷だが、謀反人ということになっている以上、しかたがない。
するりと有里は立ち上がり、巴絵の側へと寄る。彼女は戦いを終えると、いつも返り血に塗れた巴絵を抱きしめる。自らがその血で汚れることも厭わずに。それは、巴絵が戦場で殺した罪を、自らも背負おうとしているようにも思えた。
有里は、今回も同じように巴絵を抱きしめた。巴絵から、血の色が有里へと移る。
そこで、有里は何かに気づいた。
「巴絵、あなた怪我して……」
「ああ、そういえば」
今回、巴絵の身体についた血は返り血だけではない。左肩と右足に傷を受け、巴絵自らの血も混じっているのだ。
「問題ないよ。痛みもないし」
軽く応える。
「そんなわけないでしょう!」
「だから、心配しないでいいよ、有里」
「かなりの大怪我なんだから、余計なこと喋らず休みなさい」
「そんな大げさな──っ!」
激痛。なぜ今まで感じていなかったのか、理解できないほどには、傷が激しい叫び声を上げ始めた。
熱い。痛い。汗も吹き出てくる。
崩れ落ちそうになるのは何とか堪えた。
「ミユハ! すぐに治療を」
有里の命令で、神聖術師のミユハが駆けてくる。彼女はレイエンの領地の村付きの神聖術師だが、今回は有里の護衛と軍の治療担当者として従軍していた。彼女はすばやく治療を施し、巴絵の傷を塞ぐ。
「陛下、騎士様は怪我で血を失っております。他で休ませようと思いますが」
「ええ、よろしく」
有里の顔には、自分で看病したいと書いてあるが、今の彼女は女王の立場。この場を指揮する責任があった。
ミユハに肩を貸してもらい、有里の幕から出て別の天幕へと移る。
「ありがとうございます、ミユハ殿」
巴絵が礼を言うと、ミユハは笑って応える。
「礼はいらん。治療をするのは私の仕事だ」
「そうではなく、有里の前から連れ出してくれたことです」
「ああ、そっちか。あれこれ聞かれたくなかったんだろう? 戦いの間、痛みを感じてなかったこととか」
巴絵は頷く。
明らかに異常だった。本当に、さっき痛みに苦しむまで、全く痛みを感じていなかった。怪我をしたことは理解していたが、それだけで身体の動きを止めるような痛みは全く覚えていなかったのだ。
「戦場では多少の痛みを忘れることがあるというが、さっきのあんたは大怪我だ。痛みを全く感じなかったというのはさすがにあるまい」
おそらく、女王の騎士としての力だろう。女王の剣となるべき戦いのときに、それを妨げる痛みは不要なのだろう。そして、有里が休めと命じた瞬間に、痛みが帰ってきたのだろう。
──化け物ですよ、あなたは
足の怪我を受けた直後に、あの女が言い放ったのも頷ける。動きを封じる怪我を負わせたはずなのに、痛みを感じる気配すら見せずに斬りかかってきたのだ。化け物呼ばわりも当然だろう。
「有里には気づかれないようにしないとな」
もしくは、もう気がつかれているかもしれない。有里は聡い。自分の異常を長く隠し切ることは不可能だと、巴絵は思っている。それでも、彼女に余計な心理的負担はかけたくない。だから、あえて黙っている。
「まあ、無理はするなよ。あの女王に殺されるぞ」
ミユハが言うと、巴絵は笑って応える。
「有里のために死ぬのは本望さ」
ミユハは呆れたとばかりに指でこめかみを押さえる。
「お前ら、そんな奴ばっかだな」




