083 騎士と殺し屋
巴絵が振り返った先にいたのは若い女だった。
歳は二十歳過ぎくらいだろう。短く切りそろえた黒髪に、黄金色の瞳。夜闇に紛れるための、黒い衣服と、対照的な白い肌。
巴絵は肩に刺さったナイフを引き抜き、投げ返す。女は手元の短剣でそれを弾く。
「さすがは自称女王とやらの騎士、ずいぶんなご挨拶で」
「それはこちらの台詞だ。背後から襲うのが君の挨拶か?」
巴絵が言い返すと、女は恭しく一礼し、
「これはご無礼を。我が名はレクアル。あなたを殺す者です」
その瞬間、巴絵は足元に異変を察知した。本能的に一歩下がった直後、足元から氷の刃が飛び出した。
「神聖術……!」
それと同時に、レクアルと名乗った女は斬りかかってくる。巴絵がその剣を数度凌いだところで、今度は頭上から落下する氷柱を回避せねばならなかった。
最初の一撃といい、不意を狙うことに特化した戦い方だ。それもかなり手慣れているのだろう。殺気を察知して瞬時に動ける巴絵でも、最初の攻撃は反応が遅れた。気配を消すのにも慣れているに違いない。
「こちらは騎士などではなく、裏の仕事が専門でして」
「それは言っていいのかい? 顔も見てしまったが」
「この場で殺せば問題ないでしょう?」
レクアルは言い終わるよりも前に、袖の中の暗器を投擲。巴絵がそれを躱すと、レクアルは距離を詰めて斬りかかってくる。
巴絵はやられてばかりもいられない。目の前の女を本気で殺しにかかる。
巴絵の振るう剣は、大の男でも吹き飛ぶほどの威力がある。しかし、レクアルは剣を巧みに受け流し、まともに食らわないようにしているようだ。以前、ジルト・ヴェルジールにやられたのと同じである。
「……あいつほどじゃない」
彼ほどには余裕を感じられない。力で押し切れば勝てる。
それが巴絵の直感だった。
「くそっ……!」
突如として巴絵の足元の床が凍りつき、足を滑らせた巴絵は体勢を崩す。そこを上から叩くようにレクアルの短剣が襲ってくる。なんとか凌ぐも、レクアルに距離を取られる。
不意討ちで崩して、追い討ちをかけて攻める。相手が立て直して反撃に出ると、また不意をついて自分の体勢を立て直す。
じわじわと消耗させる気だろう。自分より強い者との戦いに慣れた行動だ。
だが、巴絵は甘いと思った。
「悪いが、こちらは疲れ知らずでね」
今度はこちらから一気に距離を詰める。読んでいたのか、レクアルは真正面から受け止めず、回避を繰り返す。とはいえ、巴絵の連撃を回避しきれる者などそう多くはない。五度目の剣を彼女は自らの剣で受けた。
勢いを殺しきれずに、一歩下がる。
──今だ!
巴絵は体勢を崩したレクアルの胴を切り裂かんと剣を振るおうとした。
しかし、
「くっ!」
閃光が走って巴絵の目が眩み、止めを刺しそびれる。
視界を塞がれた巴絵は背後に敵の気配を感じて、斬りかかる。巴絵の一撃は防がれ、剣と剣のぶつかる感触。巴絵の一撃を予測していなかったのか、敵は体勢を崩して吹き飛んだ。
「視界を塞いでもそれですか。恐ろしい」
戻り始めた巴絵の視界の奥、廊下まで吹き飛んだレクアルが、立ち上がりながら言った。吹き飛ぶことで身体へのダメージを逃がしたのだろう。平然としている。
「間近の敵の気配くらいはわかるさ」
「それを言う奴はだいたい化け物みたいに強いので嫌いなんです」
化け物か。たしかに、そう見えるかもしれない。
だが、巴絵は有里の騎士でなければならない。
「君が有里の敵ならば、斬る。それだけだ」
巴絵は再びレクアルとの距離を詰める。目指すは、目の前の女の首のみ。
カチリ。
と足元に違和感。何かを踏んだ。
その瞬間、側方から矢が放たれる。目の前の敵に気を取られていたこともあり、機械仕掛けの罠に巴絵の危険を察知する力は、その反応を大きく遅らせた。
矢は巴絵の右足を貫く。
腱は切れていない。十分に動ける。
巴絵はそのままレクアルに突っ込む。
「あなた、まさか痛みを……!?」
巴絵の一撃を受け止めるレクアルの表情は驚愕に歪んでいた。数度にわたる打ち合いの末、レクアルの剣が折れる。止めを刺そうとした、そのとき、
「化け物ですよ、あなたは……!」
突如として煙で視界が塞がれる。レクアルの気配が遠ざかっていくのを巴絵は感じとった。
どうやら、逃げられたらしい。
巴絵は食らった矢を引き抜く。急所を外れていてよかった。
そのまま、巴絵は気を失ったままのスダーフ男爵に歩み寄る。ゆっくりと、その首へと剣を振り下ろす。転がった首を巴絵は拾い上げる。哀れな顔だと思う。彼女は、戦乱の時代に向かない人間だったのだろう。
幾人かの兵士が、男爵を守るためにこちらへ駆けてくる。スダーフ男爵の首を持った巴絵を見て、悲鳴を上げて腰を抜かす。
「私は女王の騎士である。スダーフ男爵は討ち取った。お前もこうなりたくなければ、男爵は死んだと触れ回れ」
兵士たちはまたしても悲鳴を上げて逃げ散っていく。男爵が討たれたとなれば、兵士たちもすぐに降るだろう。
この戦いは有里の勝ちだ。




