082 男爵邸包囲戦
館の包囲はあっさりと成功した。敵の兵力がほぼ籠りきりであり、麓の町も抵抗を示さなかったためだ。町の民衆に被害を出さずに済んだのは、今後の統治を考えると非常に幸運なことだと言えた。
陣中で、有里は諸将を集めて軍議を開いていた。傍らでは、巴絵がその赤い瞳で将たちに女王の威を見せつけていた。
「降伏勧告の使者は追い返されました」
ニルバスが有里に報告を始める。
「なかなか堅牢な守りです。無理に攻めるのは禁物ですな」
「しかし、長く囲み続けるのも難しいでしょう」
有里の指摘にニルバスは頷く。
「おっしゃる通りです。兵糧にも限りがありますし、兵の疲弊も考慮せねばなりません」
ニルバスはあえて政治的なことは口にしなかったが、女王軍は周辺の領主たちを動員した連合軍である。下手に戦が長引くと離反が起きうる。
それだけは避けなければならない。
「地形の面から言えば、兵力差を活かしやすいのは、南側ですが……」
とニルバスが言う。館は東側の山からの急斜面を背にして、西側を正面としている。南側は少し開けており、多くの兵で殺到しやすい。無論、相手も守りの兵を多めに配するだろうから、攻略は容易ではない。
有里の決断は早かった。
「ならば、主力は南側から攻めましょう。あとは……」
※
館の奥で、スダーフ男爵は落ち着かない様子で手の爪を噛んでいた。さすがに、戦の最中にうろうろと歩き回るのは兵に示しがつかないのか、何とか腰を椅子に据えているといった様子で、彼女の足は落ち着かないように時折動いている。
レクアルは彼女を哀れに思いつつ、女王軍の動きを気にしていた。
伝令の兵が告げる。
「女王軍が主力を南側に振り向けています」
「当然ではあるな。如何ほどだ? ──なるほど。ならば正面を守る兵から一部隊回せ」
スダーフ男爵は予想済みのことには大して慌てる様子は見えない。不足する兵力をなるべく効率よく使うために割り振る手腕は、十分に将としての能力を備えているように見える。彼女に足りないのは、結局のところ目まぐるしく変わる状況に強く構える度胸なのだろう。
やがて、女王軍の攻勢が始まった。向こうも慎重なのか、無理な攻勢はかけてきていないが、やはり兵力差の大きい南側で、こちらに負担がかかっているようだ。
「北側から一部隊南へ回せ!」
一方で、他はかなり堪えている。このまま攻め続ければ女王軍にも余計な犠牲が出る程度には守れているようだ。
その時、別の兵士が飛び込んでくる。
「申し上げます!」
「どうした?」
「北側で敵の一部に動きがあります。兵を再編しているようです」
スダーフ男爵はしばし思考を巡らせ、レクアルに問うた。
「どう思う?」
「女王の騎士の部隊ではないでしょうか」
主力が南側から攻め、こちらの守備をそちらに偏らせたところを、反対側から女王の最大の武器を投入するという作戦だ。まさに、レクアルの望んでいた展開だ。
「北から回せと言った先程の命令は撤回だ! 女王の騎士に備えさせろ!」
スダーフ男爵はそう命令を改めると、レクアルに問うた。
「お前も、北側の警戒に当たってくれるか?」
「承知しました」
レクアルは一礼して、部屋を出る。
彼女は、男爵に告げたのとは違う、もう一つの可能性も考えていたが、あえて言わずに北側の防壁へと向かう。飛び込んでくる矢を剣で打ち払い、外を見やる。明らかに攻めかかる勢いが弱い。
斜面を下ったところに別働隊が見える。何かを企む一団であるのか、これ見よがしに動き回っている。そのくせ、本気で攻めかかってはこない。
「腹立たしい奴らだ」
と、近くの部隊の長らしき兵士が口走った。実際、あれを陽動と見て兵力を他に回した途端に一気に攻めかかってくる、という可能性もありうるのだ。こちらがそう考えることまで計算に入れて、南側に兵力を回させないための嫌がらせともとれる。
レクアルはもしかすると、もう一つの可能性のほうが当たりではないかと思っていた。
その時、レクアルの考えを裏付けるように、にわかに館の内側が騒がしくなる。
「敵襲! 東側から何者かが侵入した!」
──そちらが本命だったか。
「東側だと!? あんな急斜面、まともな軍勢は降りてこれまい!」
軍勢は必要ないと、レクアルは思った。女王の騎士が一人でやってきたのだから。




