080 策士二人
キリアスの死の翌日には、スダーフ男爵が神官殺しの黒幕であったという噂が人々の口から囁かれていた。それは裁判で語られた内容と起きた出来事からして自然な成り行きであったし、意図的にそうした論調になるように誘導された側面もあった。その誘導の結果として、数日のうちには噂は「事実」へと代わっていた。
「相変わらず、抜け目がないですね」
守子は、そうした誘導の出処であるメレーゲ伯爵と、館の一室で会談を持っていた。メレーゲは彼女に与えられた部屋のデスクの椅子に腰掛け、胡散臭い笑みを浮かべている。
「モリコ殿の脚本がよかったからですよ。私は手助けをしたまでです」
守子は、メレーゲの言葉が決して嘘ではないことを理解していた。主導したのは守子だからだ。だが、彼女の言葉は彼女の考えの全てではない。失敗したときは守子に全部責任をなすりつけるつもりだった可能性も十分にある。
「しかし、モリコ殿。あの男を始末するのは、私に任せていただいてもよかったのですよ」
その言葉に、守子はなんとも言い難い反発を覚えた。
「口を封じるべきだと言ったのは私だから」
「あのあと、あなたの顔色が悪かったのをご存じですか?」
自覚はあった。人を殺しておいて、そのまま平然としていられるほど、守子は今の状況に慣れきってはいなかった。きっと、目の前の女はああいうことをしても、今浮かべているような、胡散臭い笑みを崩さないことだろう。
「他人の心配なんてらしくないんじゃない?」
「心外ですね。共に戦う仲間の精神の健康くらい気にしますよ」
「私が乱心したら、自分の不利益になる可能性があるからでしょ」
「ええ、その通り」
相変わらず本心が全く読めない女だった。本気で心配してくれているようにも思えるし、本当に利益にあうかしか見ていないようにも思える。
「ですが、無理はしないほうがいいというのは、年長者からの忠告として聞いておくべきです」
「子ども扱いしないでくれる? こっちとしては、同じ人に仕える立場として、対等に話しているつもりでいるんだけど」
守子は、だからこそ、守られるべき存在として扱われるのは我慢ならなかった。
守子の文句を聞き流して、メレーゲは言う。
「確かに、あなたの能力はこちらの世界に向いています。ですが、あなたの魂は善良すぎますね。我らが女王陛下は罪深い」
守子は感情的に言い返したら負けだと、湧き出した言葉を一旦飲み込む。
慎重に言葉を探して、応える。
「私の運命はあの人と出会ったときから決まってるんだって、私は信じてる」
有里の道を力で切り開き、その心の寄る処となるのが巴絵の仕事で。
有里に諫言し、彼女が道を踏み外さないようにするのが文乃の仕事で。
じゃあ、守子の仕事は?
「私はあの人の力になりたい」
有里が女王としてやっていくのであれば、後ろ暗いこともやらなければならないだろう。それを引き受けるためには、幸い、守子の能力は適しているのだ。
「本当に、女王陛下は罪深い」
先程と同じ言葉を零して、メレーゲは嘆息した。
「いいでしょう。私たちは気が合いそうですから、これからも協力しましょう」
二人は立ち上がって、堅く手を取り合った。相変わらず、メレーゲの笑みは胡散臭いままで、こちらを信頼しているとは欠片も思えないものだった。少しだけ、子供っぽい反抗心が浮かんでしまい、守子は言った。
「有里を裏切るつもりは本当にないんだよね?」
「ええ、もちろん。我が忠誠は女王陛下のものです」
「信用ならない軽さだね」
メレーゲはにやりと笑う。彼女が時々見せる、胡散臭さの奥にある本音の笑みだ。
「あなたがこちらの道を歩むなら、あなたのその態度は正解です。もし私への疑いを濃くしたならば、あなたが私を消せばいい。違いますか?」
「ふふふ……ハハハ!」
守子は笑いを堪えきれずに、半ば涙目になりながら応えた。
「そうだね、あんたの言うとおりだ。その時は潔くお願い」
「そんな時が来ないことを祈りましょう──さて、そろそろ時間ではないですか?」
まもなく、女王の名においてスダーフ男爵討伐の命令が下されることになっている。
嘘と陰謀に塗れた戦が始まろうとしていた。




