078 脚本
罪を告白したキリアスは、館の一室に軟禁された。広い部屋でも豪華な部屋でもないが、窮屈なわけではない。地下牢でないのは、神官という立場に一定の礼節が払われているのだろう。もっとも、その立場を、キリアスは重んじてはいなかったが。
軟禁されてしばらくして、キリアスを尋ねてくる者があった。
「何のご用でしょうか、モリコ様」
大蔵守子。女王の側近の一人で、キリアスの罪を暴いた少女だ。右目を覆う眼帯が目を引くが、それ以上に、軽薄な笑みが印象的だった。見慣れない服装をしているが、女王の一行は異界から来たというから、そちらの服だろうか。それを着崩しているのがこちらにわかってしまうのは、彼女の軽い雰囲気のなせるわざだ。
「ちょっとした交渉に来たんだけど」
「交渉?」
キリアスが問うと、守子はずかずかと部屋に入ってきて、適当な椅子に腰掛けた。遠慮される立場ではないが、こうも遠慮がないのは交渉とやらの主導権を握るためだろう。
「君の裁判は公開で行うことになったからね。その脚本の交渉だよ」
裁判が公開で行われる理由を察したキリアスだったが、そんなことはキリアスにとって知ったことではない。重要なのは、エンザルトの名誉を守ること。公開の裁判はキリアスの最期の望みに反する。
「裁判すら不要でしょう。私は既に罪を認めています。ただ処刑すればよいのです」
「そういうわけにはいかないよ」
へらへらと笑って、守子は予想通りの理由を口にした。女王の裁きの正当性を公に示し、大神殿との関係を悪化させないこと。それが彼女たちの目的なのだ。
「ならば、私は裁判では素直に罪を認めましょう。それ以外は何も語りません」
守子は一度椅子から立ち上がると、椅子を回して背もたれを身体の前に出し、そこにより掛かるように腕を置く。行儀がよくない座り方だ。
「まあまあ、そこでちょっと別の脚本で演じてもらいたいんだよ。私たちの更なる利益のために」
「あなたがたの利益に、私が協力する義理はありませんね」
「私たちの利益だって言ってるでしょ」
守子は体重を前にかけ、椅子が少し傾く。守子が力を抜くと、かたりと椅子が戻った。
「裁判で動機を語らないのはまずいことくらい、わかるでしょ。君たちの間にあった諍いが何だったのか、世間は必ず噂する。裁判なしで処刑しても、結局は同じことだ」
実のところ、その懸念はキリアスの中で不安として残っていた。揺らぎ始めたキリアスに対して、守子が追い打ちをかける。
「巷を賑わす醜聞としては格好の標的だろうね。若くて美しい女神官の師匠殺しは」
「いくらなんでも無礼ですよ!」
思わず、キリアスは声を荒げる。
守子はキリアスがエンザルトと男女の仲だったと噂されると言っているのだ。エンザルトに対するこの上ない侮辱であり、その上で、そういう噂になりうることもまた否定できなかった。
守子が何か企んでいますと言わんばかりの露骨な笑みを見せる。
──言うことを聞かなければ、積極的にそういう噂を流す。
これはおそらくそういう脅しだ。
「私にどんな役を演じさせるつもりですか?」
「愛する男に騙されて師匠を殺した哀れな女だよ。恋人だと思っていた男は、実はスダーフ男爵の手の者だった。素敵な筋書きでしょ」
面白くない冗談を最後に付け足した守子は、相変わらずへらりとした笑みを浮かべていて、その本心は読めない。ただ、彼女の目的は明確だった。
「なるほど。例の土地の問題について、スダーフ男爵側の罪を捏造するわけですね。それを口実に土地を召し上げて大神殿に渡すだけ。男爵には明確な罪があるから領主たちからの不信も抑えられる」
「その通り。未来ある神官である君が不名誉に塗れて死ねば、みんな狂言だとは思わないよ。同じ捏造でも説得力が違う」
眼の前の隻眼の少女は平然と、少なくとも、平然と振る舞いながら言ってのけた。
「あなたは魂を悪魔にでも売ったようですね」
※
キリアスの裁判のあと、守子は事情を知る兵士だけを連れて工作員を演じた男を訪ねた。男は館に侵入した犯人として、真実を知らない衛兵によって地下牢に戻されていた。
「素晴らしい演技だったよ」
守子の書いた脚本を、彼は上手く演じてくれた。既に死んだキリアスも。二人とも男爵が黒幕とは一度も言うことなかったが、既に裁判を見ていた者たちの口からは、男爵が裏で糸を引いていたのだという言葉が漏れ始めている。
守子の褒め言葉を素直に受け取った男はへつらうような笑みを浮かべて、
「女王陛下の御為に頑張りましたんでね」
と白々しく言う。彼の言葉は建前に過ぎない。実際すぐに、
「それで、約束の金は?」
と要求してきた。
守子は金貨の入った袋を揺らして見せ、男を牢から出す。守子が袋を投げ渡すと、男は器用にそれをキャッチし、袋を開けて笑みを浮かべた。
「お、気前がいいな。銀貨二枚の約束だったのに金貨二枚とは。いい演技した分か?」
「あんたの家族への見舞金だよ」
「へ?」
直後、兵士が剣を抜いた。剣に貫かれた男はどさりと倒れ、すぐに事切れる。
「金は家族に届けてやって」
守子は兵士に指示した。
──あなたは魂を悪魔にでも売ったようですね
真相を言いふらされては困るので口を封じる必要があった。だから殺した。
たしかに悪魔の所業だった。
だが、守子は魂を悪魔になど売った覚えはない。
守子の魂は有里だけのものなのだから。




