077 裁判
キリアスの告白から二日後、キリアスの裁判が行われることになった。
街での犯罪は、大神殿の神官であっても、その裁判権は領主──この街は女王の統治下にあるから女王にある。とはいえ、女王が密室で神官を裁いては大神殿と世間の不信を買いかねない。ゆえに、近隣の領主や街衆の代表、そして神殿側の関係者を集めて、公開に近い形で裁判が行われるのである。
公正な裁判であることを世に示すためだ。
ミゼリアは大神殿側の出席者として呼ばれたのだった。街の神殿の関係者とともに、領主の館の前の広場に用意された席に座っていた。エンザルトが死に、キリアスが囚われた以上、大神殿へ顛末を報告する役割はミゼリアにあった。
──どうして、こんなことになったのだろう。
尊敬する師を、姉と慕う人に殺されて、その姉の罪の告白を聞き届けた。
もし、キリアスの抱えていた苦しみの、ほんの一部にでも、ミゼリアがもっと早く気がついていれば。もっと早く、その言葉に耳を傾けていれば。
ミゼリアのうちにあるのは、後悔だけだった。
「これより、大神殿の神官エンザルト殺害犯の裁判を開始します」
その場を取り仕切っているのは、女王の秘書官だった。たしか、名前はユキニアといっただろうか。
「被告をこちらへ」
ユキニアの合図で、兵士がキリアスを連れてくる。口元は硬く結ばれ、ミゼリアにとっての優しい姉であるときとは様子が違う。手枷などは嵌められておらず、裁判が終わるまでは大神殿の神官として丁重に扱われているようだった。
続いて、女王たる有里が騎士である巴絵を伴って姿を見せる。有里は、被告の正面に用意された椅子に大仰に座る。
ユキニアが裁判の開始を宣言し、守子が書類を片手にキリアスの罪状の説明を始めた。エンザルトの殺害。キリアスを犯人と特定した経緯が説明される。そして、守子がそのままキリアスに問うた。
「キリアス様、罪を認めますか?」
「認めます」
聴衆がざわめく。神官が本当に罪を認めたことが、半信半疑だった者たちの驚きを生んだようだった。
「なぜ、エンザルト様を殺したのですか?」
その問いに、キリアスは答えないだろうと思った。先日聞いた経緯を話せば、それはエンザルトにとって不名誉になる。キリアスがそれをこの開かれた場で語るとは思えなかった。
「エンザルト様の悪事を止めるためです」
──はい?
ミゼリアは思わず声を上げそうになるのをなんとか堪えた。
今、キリアスはなんと言った?
「どういうことですか?」
重ねて、守子が問う。彼女は驚いた素振りは見せていなかった。
「ある人が言ったのです。エンザルト様が古文書を捏造して、スダーフ男爵から土地を奪って大神殿に献上しようとしていると! 私はエンザルト様の悪事を止めるために彼を殺したのです! それは陛下とこの国の利益に叶うことかと思います! どうか、賢明なご判断をいただきたい!」
キリアスはいったい、何の話をしているのだ?
混乱するミゼリアを置き去りにするように、守子が問うた。
「エンザルト様はあなたの師でしょう? その人が罪を犯そうとしているとあなたは信じたのですか?」
「はい」
「それほど、『ある人』とは信用できる人なのですか?」
キリアスは黙って頷いた。さらに守子が問う。
「それは誰ですか?」
「……恋人です。もっとも、この街に来る少し前に出会ったばかりなのですが。それでも、私は彼を深く愛し、信頼しています」
またしても、場がざわめく。神官は配偶者を持たないものだ。恋人を作ることも、当然ながら不名誉なことと受け取られる。そんなことをキリアスがするはずがないと、ミゼリアには確信できた。
ならば、この場で起きていることは、いったい何なのだ?
「その者が信頼に足るか調べる必要があるかもしれませんね。名前は? どのような容姿ですか?」
キリアスが語ったその「恋人」の容姿は具体的だった。茶色がかった髪に、焦げ茶色の瞳。背は男性としては小柄でキリアスと同じくらい。首筋に大きな黒子があるという。
すると、女王の関係者たちが、驚いた表情を見せた。
守子や文乃、ユキニアに加えて、衛兵たちの一部も動揺を見せた。そして何より、女王自身がにやりと笑ったのである。女王は自ら口を開いた。
「それは偶然ですね。昨夜、我が館に忍び込もうとして囚われた不届き者がちょうどそんな容姿をしていましたよ」
場のざわめきがいっそう大きくなる。それを女王が一喝して沈め、さらに語った。
「その不届き者は、忍び込んだ目的を頑なに語ろうとしないのですが、もし、神官の不正を暴こうというのなら、必死にそれを訴えるはずですね?」
「ならば、別人ではないでしょうか。彼がそんな不届き者であるはずがありません」
有里は面白がるように笑みを見せて、
「ならば、確かめましょう。誰か、あの男を連れてきなさい」
女王のその命令を受けて、守子が側にいた衛兵に指示を出した。衛兵はその場を駆け出していく。じわじわと、ざわめきが場に戻ってくる。
女神官を誑かし、師匠殺しまでさせた不届き者がいる。それが、聴衆のほぼ一致した考えのようである。
やがて、衛兵が一人の男を連れて帰ってきた。男は、キリアスの語った通りの容姿をしていた。茶色がかった髪に、焦げ茶色の瞳。背は男性としては小柄。そして、首筋に大きな黒子が目立つ。顔立ちとしては、端正な部類だった。
キリアスが愕然とした顔で言う。
「なぜ、あなたがここにいるのですか?」
男はばつの悪そうな顔をして、答える。
「これはバレちまった感じだな? 俺は例の古文書を盗みに入って捕まったのさ。あれは本物なもんでね、処分したかったのさ」
「……騙したのですか?」
「騙されるのが悪いんだよ。ちょっと色目使ったらほいほい股開きやがって」
あからさまな侮辱。
「ふざけるな!」
キリアスは金切り声とともに、近くにいた衛兵を突き飛ばした。不意を疲れた衛兵が転倒し、キリアスは素早く衛兵が腰に帯びていた剣を抜く。
「あああああああ!!!」
もはや、言葉にもならぬ叫び声を上げて、キリアスは男に向けて走り出す。衛兵たちが剣を抜こうと、手を柄にかけた。
誰よりも速く、女王の騎士が動いた。
騎士は風のごとく、瞬く間にキリアスの首筋を断ち斬った。
キリアスの身体からすっと力が抜けて、崩れ落ちる。
「あねさま!」
ミゼリアは椅子を蹴るように立ち上がり、キリアスに駆け寄った。
キリアスは既に事切れていた。




