074 若き神官
「私が、エンザルト様を殺しました」
罪を告白したキリアスは、そのまま崩れ落ちるように床に膝をついた。そのまま、キリアスは女王に頭を下げる。神官が決してしない、世俗の権力への服従の意思表示だ。
「女王陛下に慈悲を請いたく思います」
有里は彼女を見下ろし、冷たく問うた。
「それは命乞いと見ていい?」
「いいえ。逆でございます。何も聞かず、我が首をお切りください。ただ乱心して師を刺殺した罪人として、大神殿に示していただきますようお願い申し上げます」
有里は彼女の意図を察する。
もともと、有里は殺害の動機を私怨だと推測していた。それは当たらずとも遠からずといったところだったのだろう。彼女はエンザルトを怨んでなどいないようだ。
おそらく、この事件の裏には、エンザルトの何らかの不名誉が隠されているのだ。それがきっかけで、二人の諍いとなり、悲劇が起きた、ということなのだろう。
そして、彼女はエンザルトの不名誉を語るつもりはなく、秘密をあの世に持っていくつもりなのだ。
自分で殺した相手の名誉を守るために、自らの処刑を望んでいる。愚かで切実な願いは、尊重に値するだろうと、有里は思う。
「私はそれでも構いませんが、それでは納得しない者がいるようですね」
有里の視線の先に誰がいるのかに気が付き、キリアスははっとして視線を向けた。
無論、ミゼリアである。同じ師に学んだ仲間であり、同じ人を父と仰いだ妹分。
その彼女に何も聞くなと言うことなど、キリアスにはできないだろう。
ミゼリアだけは、キリアスの師への最期の忠誠に、ふざけるなと言う権利を持つ。有里はそちらこそを尊重せねばならなかった。
「あねさま」
ミゼリアが震えた声でキリアスを呼ぶ。不安と恐れと、そして、悲しみとが混ざった悲痛な声だった。
「あねさま、どうして、どうしてエンザルト様を……?」
妹からの問いかけに、キリアスは唇を引き締め、首を左右に振った。
「聞かないほうがいいでしょう。完璧な父を、無謬な師をあなただけは信じていてほしいのです」
ミゼリアはそれで引き下がりはしなかった。さっとキリアスに駆け寄ると、彼女の手を取る。
「あねさま、教えてください。私は知りたいのです」
「私はもう、あなたの姉ではありませんよ」
冷たい言葉を選んで突き放すキリアスだが、ミゼリアは毅然と言い返す。
「あねさま、私は妹として聞いているのではありません。一人の神官として聞いているのです」
キリアスの目が見開かれるのが、有里からも見えた。
「私は、神々の命令の中で最も優先すべき命令は何かと、エンザルト様に問うたことがあるのです」
リナリア王国の神話の中で、神々は人々に数多の命令を下している。大きくは、王には国を治め、民を救えと、そして、小さくは、日々の暮らしのありかたを。
神官は小さな教えも丁寧に守る。それが神々を崇めることの初歩だが、神々の教えは時に相反することもある。
かつてのミゼリアは、それについて師に問うたのだろう。
「エンザルト様は言ったのです。それは罪人を愛することだと。俗世の罪は人が決めるもの。罪人を愛さないのは簡単だから、罪人だからと愛さなければ、次は別の罪で他の誰かを愛することをやめてしまうだろうと。また、こうも言いました。罪人の言葉を聴く者は少ない。我々が聴き届けねば、誰が彼らの苦しみを知ることができるのかと」
師の教えを語るミゼリアの声から、震えはすっかり消えていた。彼女の言葉は、一人のか弱い少女の言葉などでは、もはやなかった。
神官ミゼリアは告げる。
「あねさま──いえ、キリアス。あなたの苦しみを私に分けてはいただけませんか」
キリアスの頬を伝った涙は、何の涙だろうか。
妹の成長を知った姉の涙か、神官の言葉に救われた罪人の涙か。
「聴いていただけますか。私がなぜ罪を犯したのかを」
「ええ、必ず聴き届けましょう」
有里はミゼリアの穏やかな微笑みに、エンザルトの姿を見て取った。
──これは、思わぬ掘り出し物だ。
女王としての有里の思考が、頭の中で囁いた。
有里はそんな思考を振り払い、キリアスの告白に耳を傾ける。
「まずは私の出自から語らなければなりません」
キリアスはそう言うと、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。まるで、ずっとしまいこんでいた想いを、身体の奥から取り出すように。
「私はゼノヴァ人の両親のもとに生まれました」




