↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/87

073 尋問

 エンザルトの遺体の見つかった翌日。


 呼び出しを受けたキリアスが有里たちのもとに姿を見せたのは、午後になってからだった。


 呼び出しの名目としては、今後のことで相談したいことがあるという内容だった。神官はよほど無礼な態度を取られぬかぎり、世俗の権力者の呼び出しにはすんなりと応じるものである。それは、寛容さの誇示であるとともに、権力と上手く付き合っていくうえでの宗教者の戦略でもある。


 それゆえに、彼女は当然とばかりにここにやってきたのだ。


 広間で大仰に座って待ち構えていた有里に対して、キリアスは作法に従って、左手を前に出し、その手に武器がないことを示す。


 そのとき、女王の傍らに立っていた騎士が動いた。


「何を……!」


 瞬く間にキリアスに近づいた巴絵は、彼女の左手を掴んだ。とっさに振りほどこうとするキリアスに、巴絵が柔らかに告げた。


「お静かに。乱暴する気はありません」


 巴絵はなるべく穏やかな声を選んだのだろうと、文乃は思った。実際、キリアスは暴れるのは愚行だとすぐに悟り、大人しく腕を掴まれたままとなった。代わりに、その目はこの場の権力者を強く睨みつけている。


「この無礼の理由をご説明いただけますか、女王陛下」


「ええ、もちろん」


 冷たく微笑む女王は相変わらず自信に満ちていた。文乃からするとひやひやものの状況なのだが、よくもここまで堂々とできるものだ。


 有里は視線で文乃に指示を出す。文乃はキリアスに尋ねる。


「確認しますが、キリアス様、あなたは左利きですね」


「ええ。見ての通り」


 キリアスは視線で掴まれた左手を示す。


 神官は貴人への敬意と信頼の証として、掌を開いて上に向ける独特の儀礼を行う。武器を持たぬことを相手と天に示す行為であるから、差し出す手は当然に利き手でなければならない。


 初めての謁見のとき、エンザルトとミゼリアは右手を出し、キリアスだけが左手を差し出した。それを有里はしっかりと覚えていたのである。


「もう一つ聞かせてください。一昨日の夕方から夜にかけて、エンザルト様がいなくなったと騒ぎになるまで、どのように過ごされましたか?」


「どのようにと言われましても、普通に執務をしておりましたが──、まさか、私をお疑いになっているのですか?」


 キリアスの顔つきがますます険しくなる。文乃は調査した内容を告げた。


「神殿の関係者に聞き込みをしたのですが、一昨日、あなたの姿を見た人が途絶える時間帯があります。エンザルト様がいなくなったのと同じ頃合いに」


 要するに彼女にはアリバイがないのだ。


「まさか、それだけで私を疑うのですか?」


 会話の流れからすると、キリアスの怒りはもっともである。だが、アリバイの有無は裏付け調査の一環にすぎない。疑った理由はもっと物理的なものだ。


「実は、エンザルト様を殺害した犯人は左利きであることがわかっているのです」


 文乃が告げると、キリアスは冷静に問い返した。


「何故です?」


「それは私から説明するよ」


 守子が小さなコップから指紋の採取の実演を始める。くっきりと浮かんだ指紋。それをキリアスに見せつけたあと、


「これが凶器の刃物から写し取った指紋だよ」


 と突きつける。守子はメモを見せて、


「どの位置にどの指があったかも記録してあってね。左手だってことと、だいたいの手の大きさもわかってる。小さいから女性の可能性が高い」


 キリアスは聡い。すぐに自分がエンザルトに近しい左利きの女性だから疑われたのだと理解したようだ。だが、それで屈する程度の女性でもないことは確かだった。


「この街に左利きの女性などたくさんいるでしょうに」


「ええ。その通り。だからこれは賭けです」


 悪びれることもなく言い放つ有里。彼女にはそういうところがある。一か八かの賭けに平然と飛び込む無謀さが。これまでも、これからも文乃の胃を痛めることになるだろう、我らが女王の悪癖であり、覇者たる所以。


「ところで、このコップ。さっき少し待ってもらった間に水を出したでしょ。そのときに使ったものなんだ」


 守子が実演に使ったコップを示す。


「だから、ここに付いているのはあなたの指の跡ってわけ。指紋ってのは人によって微妙に違うんだけど、この指紋には細かく見なくても明確な特徴があってね」


 守子はコップを手に取り、キリアスからよく見える位置まで持っていく。


「人差し指の指紋が切れてるのわかるでしょ。かなりざっくりいった切り傷の跡だろうね。そして、これは凶器についていた指紋のほうにも同じ跡がある。これはかなり大きな特徴だね。それから、基本的に渦巻き紋だけど、この人差し指だけ蹄状紋だ。これも両者で一致している。これを偶然で説明するつもりですか、キリアスさん」


 キリアスは蒼白になり、これでもかとばかりに守子を睨みつけた。


「先ほどから無礼な。私は大神殿の使者ですよ」


 それに応えたのは女王たる有里だった。


「ええ。ですが、正使たるエンザルト様の死の真相を明らかにする必要がありますので」


「私がやったと、本気で言っているのですか?」


「ええ、もちろん」


 さらにキリアスが抗議をしようとした、そのとき。


「あねさま……!」


 その声を聞いて、キリアスの身体から力が抜けていくのがわかった。


「ミゼリア……!」


 妹同然の神官仲間に今のやり取りを聞かれていた。


 それが、彼女の心を折る決定打となった。


「妹の前で無様は晒せませんね。──私が、エンザルト様を殺しました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。