071 神官の死
シマニエク市は裏路地の多い街である。
ゆえに、行方不明の人間を探すとなると、一つ一つの路地を調べねばならず、非常に手間だった。もっとも、文乃が指揮を取るために現場に出てきたときには、既にメレーゲの部下たちが綿密な捜索を開始しており、文乃は、女王が本気で捜索に協力していることをアピールすることに努めればよかった。
「ご迷惑をおかけします」
謝罪の言葉を述べたのはミゼリアだった。エンザルトが行方不明のため、使節団の長の役割はキリアスが代行しており、自力での捜索の指揮を神殿で取っている。そして、その彼女の使いとして、ミゼリアが文乃のところにやってきていたのだった。
「我々としてもエンザルト様のことは心配ですから」
文乃のその言葉は嘘ではなかった。いろいろな思惑があるとはいえ、見知った人間が行方不明となれば心配くらいはするものだ。ただ、今の文乃には立場がある。そのせいで自分の中に余計な意図が混ざり込んでいることを、文乃は意識せざるをえなかった。
「本当に、行き先に心当たりはないのですね?」
「申し訳ありません──、あっ!」
「何か思い出しましたか?」
「いえ、行き先の心当たりではないのですが。エンザルト様はこの街にお詳しいようでした。この季節のお祭りも見たことがあるようで、何度見ても壮観だから、私にぜひ見物するようにと」
ふむ、と文乃はその情報を頭の中のメモに書き込みつつ、思考を巡らせる。上級神官ともなれば、各地を巡ったこともあるのかもしれない。だが、「何度見ても」という言い回しを考えると、この土地に暮らした経験がありそうだ。
そこまで考えて、文乃はある可能性を思いつく。
誰にも言わずに姿を消したとして、目的は何だろうか?
エンザルトは夜遊びをする人間には見えない。それ以外だと、真っ先に思いつくのは人に会うことだ。何らかの事情で、表立って会えない相手である。だから、街中の人目につきにくい場所を優先的に探していた。
だが、この土地に深い縁があるのならば、会いに行く相手が生者とは限るまい。
文乃のこの思いつきは正しかった。
文乃は人をやって調べさせ、エンザルトは見つかった。
場所は、墓地だった。墓地は町外れにあるが、エンザルトが見つかったのはその中でも端のほうにある、罪人たちの墓地である。一般の墓地とは隔絶するように木々が植えられて、参る者はほとんどいない。そんなところで、エンザルトは見つかった。
報せを受けて、文乃とミゼリアはそこに駆けつけた。
「エンザルト様!」
青ざめたミゼリアがエンザルトに駆け寄ろうとするのを、文乃はなんとか制止しつつ、エンザルトの死体を見下ろした。
目立たぬようにやってきたのだろう。神官のローブではなく、普通のシャツとズボンに着替えている。胸に突き立てられた刃物と、服を染める血が生々しく彼の死の原因を物語っていた。生前の穏やかな表情とは対照的に、エンザルトの顔は歪んでいた。恐怖か、別の感情なのかはわからないが、死を間際にした彼の尋常ならざる情動が固定されている。
「エンザルト様……」
文乃を突き飛ばしてでも駆け寄りそうな勢いだったミゼリアだが、暴れつかれたのか、その身体から力が抜け、泣き崩れる。
文乃は惜しい人を亡くしたと思う。ほんの僅かな交流で彼の人柄を信頼できるほどには、彼は立派な人間だった。父のように慕うミゼリアからすれば、彼を失った悲しみは語るべくもない。
一方で、文乃はこの最悪の事態にどう対処するかを考えねばならなかった。とりあえず、人をやって有里には報せたし、現場検証も指示してある。だが、事はただの殺人事件ではない。
大神殿からの使者が、女王の管理する街で殺された。女王の大失態だ。
何者かが暗躍しているにしても、ただの突発的な殺人であるにしろ、これをきっかけに大神殿との関係が悪化するという事態だけは、絶対に避ける必要がある。
少なくとも、犯人を捕まえて大神殿に誠意を見せなければなるまい。
文乃は現場を観察する。
「足跡は……残ってなさそうですね」
罪人の墓地だからか、まともに掃除されていない。そのため、墓地には落ち葉が堆積している。靴のあとを見て取るのは難しそうだ。
「あとは、凶器ですかね」
犯人に繋がる重要な手がかりになりそうなものはこの凶器くらいだろう。刃物は護身用の短刀のように見える。柄に目立った特徴のようなものは見受けられない。突き刺さったままなので長さはわからないが、さほど重いものではなさそうだから、女性でも扱えそうだ。
──何も絞り込めないことも覚悟しないといけませんね
文乃は内心でため息をついた。




