070 行方不明
最低限の身支度だけを整えた有里は、執務室に主だった臣下たちを呼び寄せた。メレーゲは急な呼び出しにも息をするように応じるのが常なので普段通りだが、他の面々は慌てて身支度を整えてきたという様子だ。守子など、直しきれなかった寝癖が気になるらしく、髪を片手で弄りつづけている。
「ユキニア、状況の説明を」
有里の指示に、秘書官は一歩進み出る。
「はい。日の出の直後に神殿から報せがありました。昨夜からエンザルト様のお姿が見えなくなったとのこと。誰にも行き先を告げずにいなくなるのは奇妙だと、神殿の関係者で探していたようです」
エンザルトは大神殿からの使者であり、この街の神殿にとっては目上も目上の存在だ。そんな要人が姿を消したとなれば、騒ぎになるのは当然だろう。
「伝言を預かった者によると、日が登っても戻らないので、こちらにも報せることにしたと」
それに対して文乃が
「あの方は、夜遊びを楽しむような人には見えませんでしたね」
と、率直な感想を述べた。それは、この場の誰もが同意するところだ。エンザルトは敬虔な宗教者であり、夜遊びとは無縁な男だろう。そしてその認識は神殿側も同じはずだ。となると、姿を消したのは何か深刻な事情があると想像するのも無理な話ではない。
「陛下のご指示で、既にこちらからも捜索の人員を出しています」
有里は報せを受けた時点でユキニアに指示を出しておいたのだった。大神殿の要人であるエンザルトに万が一のことがあれば、大神殿との関係が拗れかねない。何か事件に巻き込まれたのであれば、なるべく早く保護する必要があった。
守子が口を挟んだ。
「報せてきた神殿側の意図は?」
有里は首を左右に振る。
「深読みをしすぎても無意味でしょう。まあ、本気で困っているのが八割、こちらの反応を見たかったのが二割といったところだろうけど」
二割のほうを考えそうなのはキリアスだ。彼女なら、こちらの何らかの関与を疑ってきてもおかしくはない。本気でそう疑ってくるとは思えないが、可能性の一つとして考慮に入れていることだろう。少なくとも、有里自身が彼女の立場ならそうする。
続いてメレーゲが発言を求め、有里が許可した。メレーゲはいつもの胡散臭い笑みを浮かべて意見を述べた。
「向こうの意図に関係なく、我々のまず為すべきことは単純です。適度に慌てて捜索をすればいいわけです」
既に人を出してはいるが、メレーゲの言う「適度に慌てて」を演出する必要があるだろう。
「伯爵、人を貸してもらえる?」
「我が部下も既に捜索に向かわせております」
「流石ね」
有里は文乃に視線を向ける。
「文乃、あなたは現場に出て捜索の指揮をとって」
「了解です」
「ちょっと待った」
すぐさま出ていこうとした文乃を、背後から守子が呼び止める。
「気をつけてね」
文乃は笑みを浮かべて
「危険を感じたら逃げますので安心してください」
と答えた。もちろん、何者かが暗躍していることを想定しての会話だった。この街でエンザルトを害することは、間違いなく有里たちの不利益だ。暗躍している何者かがいるのであれば、今回の事件にも関与している可能性は否定できない。
とはいえ、このタイミングで文乃が狙われる可能性は低い。
その時、有里の頭を過ったのは、玲奈のことだった。あの時は、自身の油断が直接の引き金となって仲間を失った。同じ過ちは繰り返したくはない。
だから一応、有里は明確に指示を出しておく。
「怪しいと思ったら深入りせず、報告すること」
文乃に限ってそんな独断専行はしないだろうが、念のためだ。
「深入りなんてそんな無謀なことはしませんよ。先輩たちじゃないんですから」
文乃は呆れたとばかりに言い、それからすぐに出ていった。有里は傍らに立つ巴絵に声をかける。
「いざとなったらすぐに動けるようにしておいて」
巴絵は黙って頷く。有里が他に打っておくべき手はあるかと、思考を巡らせようとしたとき、守子が言った。
「私はちょっと思いついたことがあるから準備をしておくよ」
「思いついたこと?」
彼女はいつも通りのへらりとした笑みを浮かべていて、何か企んでいるようには見えなかった。そんな有里の思考を読んでか、守子は言った。
「大丈夫。今回は真っ当なことだよ」
彼女は考えていることを説明し、それを聞いた有里は頷く。
「あまり想定したくない状況だけど、そのときは任せた」




