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067 墓参り

 根掘り葉掘りしようとするミゼリアを振り切って、文乃は神殿を後にした。通りに出たところで、盛大に溜息をつくと、ジルトが大声を上げて笑う。


「私たちはお似合いだそうですよ」


 文乃はジルトの脛を蹴飛ばす。ジルトが痛っと飛び上がる。


「照れずともよいではないですか」


「照れてません」


 バカバカしいやりとりをして、文乃はジルトとの距離の取り方を誤ったことに気がつく。女王の臣と、公爵家の使者との仕事上の付き合いで、脛を蹴り飛ばすなどありえない。


「申し訳ありません、ジルト殿。非礼をお許しください」


 改めて線を引き直すと、ジルトは爽やかな笑みをつくって、


「あなたからの非礼ならいくらでもお受けしますよ」


 と応じてくれた。相変わらず、ふざけた台詞ではあったが、こちらの意図を汲んでくれたらしい。続けて、ジルトは文乃に言う。


「さて、まだ明るいですけど、屋台巡りを再開する気にもならないでしょう? 館までお送りしましょう」


「ありがとうございま──」


 そう言いかけて、文乃はふと気がついて言葉を切る。すぐさま、ジルトは問うた。


「どこか寄りたいところがあるならお供しますよ。前のようなことがあるといけませんし」


 前のようなこと、というのは誘拐未遂のことだろう。


 街の治安は比較的良好で、まだ日も高いし、この前のように、人通りの少ない裏路地に入る予定もない。だから実のところ、あまり心配はしていない。だが、無理に断るのもかえって変だろう。


「では、少し遠回りしてもいいですか。墓参りがしたくて」


 せっかくの休暇だ。玲奈の墓参りには行くべきだろう。


 女王たる有里のために死んだ、生徒会の先輩。その墓前で、なるべく墓参りはすると言ったのに、多忙にかまけて、一度行っただけになってしまっている。


「いいのですか?」


 事情は聞き及んでいるのだろう、ジルトが初めて自ら遠慮というものを見せた。思わず吹き出してしまった文乃は、咳払いをして慌てて取り繕った。


「構いませんよ。女王陛下に心強い味方ができたことも報告しないといけませんし」


「そういうことなら謹んでお供いたします」


 過剰な恭しさのない礼節でもって、ジルトは応える。


 墓地は街の外れにあるので、歩いていくと意外と時間がかかる。途中、ジルトは一度も軽口を叩かなかった。言葉を交わしたのは、水を飲むかと尋ねてきたときだけだった。


 墓地に並ぶ多くの墓の中に、真新しい墓石がいくつもある。先の戦いで命を落とした者たちの墓だろう。女王の出現がもたらした死の証が、ここには象られている。


 そうした新しい墓石の中の一つが、玲奈の墓だった。


「遅くなってすみません、玲奈先輩」


 墓石の前に屈んで、文乃は日本語で語りかける。両手を合わせて拝んでから、文乃は言った。


「有里会長たちと、王都へ向けて出発する準備を進めています。会長のことは、私と守子先輩と巴絵先輩とでしっかり支えますから、安心してください」


 ──街を出たら、墓参りは今よりもっとできなくなります。ごめんなさい。


 そう言おうかとも思った。だが、あえて口にはしなかった。金村有里に心奪われ、命を捧げた少女が望むのは、有里の覇道のみなのだから。


 それは文乃には決して理解のできない感覚だ。言葉では説明できても、玲奈の生き方、そして、おそらくは巴絵や守子の生き方でもある、それは文乃の人生観とは決定的に違う。だから、文乃は謝罪の言葉を述べる。


「先に謝っておきますね。やっぱり私はあなたのように、有里会長のためには死ねません」


 危なっかしい先輩たちとともに生きるために、文乃が誓っていることだ。あの人のためになら死んでもいいなんて陶酔を、文乃だけは持たないし、持ちたくもない。命がけで有里を諌めて、改めて思ったのだ。


「だから、安心して眠っていてください」


 これは文乃の我儘でもあるのだ。玲奈が自分の身勝手で命を有里に捧げたのと本質的には同じなのだと思う。


 文乃が立ち上がると、背後で黙ってみていたジルトが文乃に問うた。


「私も祈ってよいでしょうか?」


「ええ、もちろん」


 ジルトは静かに墓前に跪く。胸に両手を当てるのは、この世界の祈りの作法だ。


 ジルトは何も言わず、目を閉じて、ただ祈った。


 文乃たちの心の領域に立ち入ることなく、外側から死者を悼んでいるのだ。


 やがて、ジルトはゆっくりと立ち上がる。


「ありがとうございます。女王陛下に心強い味方ができて、彼女も喜んでいると思います」


 文乃の社交辞令的な言葉に、ジルトはまっすぐな視線で応えた。


「その件ですが、改めて誓わせてください。私は何があってもあなたの味方となりましょう。それは、あなたの仕える女王の味方であるということです」


 文乃はその言葉のニュアンスを汲み取った。


「私は、ですか」


「はっきり申し上げれば、我が公爵家の内部は割れています」


 嫡子でなく、三男であるジルトが派遣されてきたのは、そういうことかと文乃はおおよその事情を察した。


「公爵閣下──、お父君は我々の味方と思ってよいですか?」


「はい。ただ、父は病床にあります。もう自ら戦場に立つことはできないでしょう。そして、兄たちは必ずしもあなたがたの味方ではありません」


「家の内情を私に話してよかったのですか?」


 ジルトは玲奈の墓を見やった。


「あなたがこの場に踏み込むことを許してくれたのです。私も応えねば非礼でしょう」


 文乃はジルトをしかと見つめて、問いかける。


「先程の、あなたは味方だという言葉は信じてかまいませんね?」


 ジルトが無言で頷くのを、文乃はその目で確かめた。


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