066 あねさま
「ミゼリアがご迷惑をおかけしました」
文乃はキリアスから物腰柔らかに謝罪の言葉を受け取った。
ここは街の神殿の施設の中の応接室だった。
ミゼリアは大神殿からの使節団の一員である。軽症とはいえ、そのミゼリアが市中で暴力を振るわれたとなると、文乃は放っておくわけにもいかず、事情の説明も兼ねて、使節団の投宿する神殿に彼女を送り届けに来たのだった。
ちなみに、ジルトも付いてきている。あのような騒動の後だ、護衛としてもちょうど良かったし、そもそも振り払うほうが面倒だったので好きにさせることにしたのである。
「ミゼリアは優しい子なのですが、ときどき無茶することがありまして」
そう言って、キリアスはミゼリアを視線で叱る。ミゼリアはばつが悪そうに、「ごめんなさい、あねさま」と謝る。
お互い周りに苦労させられますね、という言葉を文乃は飲み込む。
「勇敢な行動だったと思いますよ」
これは嘘ではない。彼女の取った行動は間違いなく正しいのだから。
それにしても。
「アヤノ様に割って入っていただけていなければ、どうなっていたことか」
キリアスの態度は柔らかで、下手に出てさえいる。会談の場で、大神殿の権威を振りかざしていたときとは大違いだ。どちらかが本性、というわけではないのだろう。大神殿の代表としては権威を優先できる人間であり、普段はミゼリアにとっての姉代わりの優しい女性。
それは、矛盾などではない。
「こちらとしては、今回のミゼリアのことを大きな問題にするつもりはありません。ご安心ください。では、私は別件がありますので、これで失礼いたします」
と言い残して、キリアスは部屋を出ていく。
「はああああああ。良かったああああ」
ミゼリアが思いっきり気の抜けた声を出し、すぐに、
「あっ……」
と、文乃たちの前であることを思い出して固まる。文乃もジルトもどう反応すべきかを決めかねて、しばし三人は互いの顔を見合わせることになった。
「すみません、あねさまにもっと怒られると思ってたので……」
後で怒られるのではなかろうかと思いつつ、文乃は問う。
「キリアス殿は怖い方ですからね?」
「怖い……?」
一瞬、彼女はきょとんとしたあと、今朝、キリアスが文乃たちとの交渉に臨んだことを思い出したのだろう。あっと声を上げ、
「誤解しないでくださいね。怒らせると怖いですし、職務にも忠実なので厳しいときは厳しいですけど……」
ミゼリアの言い方で、キリアスの人間性を推し量ることができた。今後の交渉のためにキリアスの為人を知っておきたかったので、そういう問い方をしたのだが、見事に引っかかってくれたあたり、ミゼリアのほうはかなり素直な人間らしい。
「すみません、言い方が悪かったですね。素敵な方なのはわかっていますよ」
「そうなんです! あねさまは、小さい頃から私の面倒を見てくれて!」
ミゼリアの笑顔が輝く。「あねさま」のことを慕っていることは、それだけでよくわかった。
「実の姉、というわけではないのですよね?」
「はい、二人とも孤児ですから。大神殿に拾われて、同じエンザルト様に教えを受けています」
ジルトが相槌を打つように言う。
「なるほど、姉弟子というわけですね」
すると、ミゼリアが苦笑いして、
「よく勘違いされるんですが、エンザルト様の弟子という意味では、私のほうが姉弟子なんです。私は物心ついたときから神殿にいて、物心ついたころからエンザルト様に教えを受けていますから」
ミゼリア曰く、キリアスが大神殿にやってきたのは八年前だそうだ。ミゼリアも事情は詳しくは知らないが、両親を亡くしたキリアスを、仕事で大神殿を離れていたエンザルトが連れて帰ってきたのだという。
今のキリアスが二十歳くらいだろうから、当時は十二、三歳だろうか。ミゼリアは九歳だから、義理の姉妹の出会いとしてはちょっと遅めかもしれない。
「あねさまは凄いんですよ。神官としての勉学はしたことがなかったらしいんですけど、やってきて半年も経たないうちに、神学理論も儀式作法もあっという間に覚えて、ずっと年上の兄弟子姉弟子たちを追い抜いちゃいました、──今では、次期聖女の最有力候補ですね」
「聖女、ですか」
聖女。ファンタジー感が溢れるその語は、文乃たちにとって無関係ではないことを、文乃は既に知識として得ていた。
「神託を受ける役割を果たす女性神官ですよね」
異界からの女王の神託を受けたのも、二百年前の聖女だったはずである。
そして、聖女が次に王選の神託を受けるときは、金村有里が死ぬときなのだ。
「どうかされましたか?」
釈然としない気持ちが顔に出てしまったのだろうか、ミゼリアが心配そうに問いかけてくる。
「すみません。キリアス殿がそんな立派な方だとはつゆ知らず、失礼がなかったか思い返していました」
適当に誤魔化す。
これ以上、深入りするものでもあるまいと、文乃は席を立つ。
「そろそろお暇いたします」
文乃は自然とジルトに視線を向け、
「行きましょうか、ジルト殿」
と口にした。すると、熱のこもった視線がこちらに向けられた。
「ところで、ずっと気になっていたのですが……」
もちろん、ミゼリアだ。彼女も聖職者といえど、文乃と同い年の、年頃の少女である。
「お二人はどのようなご関係なのですか?」
そういうことには、彼女も興味津々なのだった。




