063 デートの誘い
「何をしに来たんですか」
無駄にきらきらとした笑顔を振りまくジルトに、文乃は問うた。もちろん、本当に理由が聞きたかったのではなくて、帰れの意味である。
「今日は誕生日なのでしょう? 昨日、謁見の場で陛下がおっしゃいました」
昨日、エンザルトたちが有里に謁見した場に、ジルトも臣下の一人として同席していた。そう計らったのは文乃自身なので、過去の自分に文句をつけたくなった。文乃の誕生日を口走った有里にも、文句を言っていいだろう。
「というわけで、一緒に出かけませんか」
「嫌です。忙しいので」
端的に切って捨てたつもりだった。だが、その直後に、館の奥からユキニアが走ってきて、有里からの伝言を告げた。
「アヤノ様、女王陛下から『午後からは休むように』とご命令が」
絶句する文乃の横で、ジルトはますます笑顔を輝かせる。
「お暇になったようですね」
そこでどうやら、有里の策略らしいと気がついた。もしかしてと、文乃は隣の守子をちらりと見る。顔を逸らして、眼帯に覆われていないほうの目は、文乃からは隠されていた。守子も知っていたらしい。
「暇だからと言ってあなたと出かける理由にはなりませんが」
「あのー……」
ものすごく言い出しにくそうに、ユキニアが声をかけてくる。
「女王陛下は、『仕事だと思ってジルト殿と仲良くしてきなさい』と」
休めという命令じゃなかったんかいと、文乃は内心でつっこみを入れる。そして何より、文乃の心理を完璧に見抜かれていることに腹が立った。
有里は単に面白がってこんなことをしたのではあるまい。悪ふざけの側面もあるだろうが、ヴェルジール公爵家との関係の強化や、その内情を知りたがっている。文乃とジルトが私的な交流を持つことで、その一助にしようという魂胆だ。
そして、その意図がわかってしまえば。
「わかりました」
ため息をつきたいのを堪えて、文乃は言った。
ぱっと、ジルトの笑みが変わった。格好をつけるための気障さが消えて、素の少年らしい笑みが浮かんだのだ。そっちの笑顔のほうが素敵ですよ、などと言ってしまうと負けな気がして、代わりに文乃はユニキアに伝言を託す。
「女王陛下には日の暮れないうちには帰ると伝えてください。どうせ、今夜は帰らなくていいとか言っていたのでしょう?」
ユキニアの苦笑いが、文乃の予想が正しいことを告げていた。
「まったくもう……」
あの女王陛下も、年相応の女子高生なのだ。女王として振る舞うと怪物のように思えるときがあるし、彼女の本質がむしろそちらにあるとしてもだ。だからこそ、文乃は彼女を慕うのだとも思う。
もちろん、尊敬できる先輩としてだ。
文乃としては、もう少しこちらを振り回すのをやめてほしいとは思うけれど。
文乃は足を外へと向け、ジルトに向けて言う。
「……では、行きましょうか」
ジルトがさっと文乃の隣に駆けてくると、背後から
「いってらー」
と間の抜けた日本語が聞こえた。同じ先輩でも、こっちの先輩は悪ふざけが九十九パーセントのようだ。文乃は後ろ手に小さく手を振って、その声に応える。文句は後で言わせてもらおう。
館の門を出たところで、ジルトがすっと手を差し出してくる。文乃はその手をしばし見つめ、やがて視線を彼の顔へと移した。にこにこと笑う彼に、文乃はじとっとした視線を向ける。
「この手は?」
「繋ぎませんか?」
「調子に乗らないでください。やっぱり帰りますよ?」
そう言うと、ジルトは差し出した手を引っ込める。意外と聞き分けがいいなと、文乃はちょっと笑ってしまいそうになる。
「それはそうと、出かける当てはあるんですか?」
「あるもなにも、この街はお祭りの季節です」
ジルトが街へと視線を向ける。街を行き交う人々は楽しげで、屋台も多く出始めていた。どの屋台からだろうか、肉を焼く香ばしい香りが漂ってきた。
ぐうう、と文乃のお腹が鳴る。
ジルトはそれを笑ったりはしなかった。わざとらしく周囲の匂いを嗅いでみせ、それから自分の腹を押さえて言った。
「まずは腹ごしらえですかね。実は、私も朝から緊張して何も食べていなくて」
「……ありがとうございます」
女性を口説きなれていそうなこの男が、文乃をデートに誘うくらいで緊張するとは思えなかった。昼過ぎだからお腹が空いているのは本当だろうが、緊張して腹が減ったというのは、文乃に恥を欠かせないための誇張だろう。
「さて、何か食べたい物はありますか? アヤノ殿」
「うーん。実は、この街の屋台をあまり見たことがなくて。少し見て回って、美味しそうなものがあれば食べましょう」
「いいですね。行きましょう」
二人で並んで街へと繰り出すと、先ほどから二人の鼻をくすぐっていた香りの出処は、すぐに見つかった。領主の館の正面の通りに陣取っている屋台だ。何かの肉を串に刺して焼いている。肉の焼ける匂いに、ハーブのような香りがあわさっていて、空腹の文乃はすぐさま飛びつくこととなった。
お金を払い、店主から串を受け取ってさっそく一口かじると、口の中で肉汁が溢れた。
「美味しい!」
思わず言葉を漏らした文乃に、ジルトはふっと吹き出すように笑った。文乃はむっとして、
「なんですか?」
「いや、失礼。そんな表情もするのだなと思いまして」
「しますよ、当たり前でしょう」
文乃はそれだけ言うと、店主に問うた。
「これは何のお肉ですか?」
「山羊だよ。祭りの時期になると山に住んでる奴らが卸しにくるんだ」
なるほどと、文乃は思う。この街は山の麓にある。そうした物流のルートもあるのだろう。流れで文乃は他の材料の仕入先などを聞き出した。次の川魚の料理の店でも味を堪能したあとに同じ事をする。
文乃はまじまじとジルトがこちらを見つめているのに気づく。やたら楽しそうな目だ。
「どうしました?」
「相変わらず、仕事熱心な方だなと」
言われて、初めて気がついた。自分への呆れ半分で、文乃は言う。
「ついでですよ。屋台を楽しみましょう。まだ、食べてないものもありますし」
半ば照れ隠しに、文乃は足を速めるのだった。




