054 推薦
神官や町衆との会合はすんなりと終わった。
帰り道、文乃は「近道」を通らずに大通りへと足を向ける。後ろを歩くセゾもついてくるようだった。
「今日は助かりました。ありがとうございます」
首だけ振り返りつつ、文乃はセゾに礼を述べる。
会合では、祭りにおける商いの内容の規制や、それにかかる税の免除、領主としての神殿への寄付などの話し合いが持たれた。それらについて有里から委ねられた権限の範囲で交渉し、決定を下すのが文乃の仕事だったが、実際のところ、文乃はほとんど座っているだけでよかった。実務と慣例を把握しているセゾがほとんどの案をまとめてしまい、神官も町衆も文句を言わなかったからである。
セゾは気まずそうに顔を逸らし、ぶっきらぼうに返事をした。
「仕事をしただけだ。礼はいらない」
「礼の言葉くらい素直に受け取ってください。貢献に対して、礼を尽くす。こういうのは、そういう形式が大事なんですから」
「それなら給金を上げてくれ」
彼の給料は高くはない。だから、その言葉には本音も多少は混じっていたのかもしれないが、皮肉であることには間違いがなかった。
「女王陛下は、いずれこの街を出ていきます。その後は、この街は女王陛下の直轄地とする計画なのですが……」
唐突な話題の転換に戸惑ったのか、セゾはその場で足を止めた。そんな彼に合わせて、文乃もその場に立ち止まり、しっかりと彼のほうに向き直る。
「私はこの街の代官長にあなたを推薦するつもりでいます」
文乃が告げると、セゾは信じられないとばかりにぽかんと口を開けた。やがて、文乃の言葉が飲み込めたらしく、途端に表情が険しくなる。血が上ったのか、顔は赤く上気し、その身体はわなわなと震えていた。そして、
「何を考えてるんだ、お前は!?」
と怒鳴った。
思わず文乃はびくりと身を竦めるが、怯んでばかりもいられない。
「何、と言われても……。あなたの貢献に報いるうえで、出世というのは妥当でしょう? 無論、出世なんて嫌だと言うのなら、別の手立てで報いますが」
文乃が淡々と説明すると、セゾは首を左右に振り、
「それは……、ダメだろう」
「なぜです?」
文乃はあえて問うた。もちろん、彼が戸惑っている理由はわかっている。
セゾが文乃に問い返す。
「なあ、気づいてないわけじゃないんだろう?」
「ええ、もちろん。ですから、彼には後ろを付けてもらいました」
──そこの黒幕はどうする?
あの少年が文乃を抱き寄せたとき、彼はそう囁いた。
それはセゾが黒幕であるという告発だった。
もちろん、文乃もセゾが黒幕であることには気がついていた。襲ってきた男たちが黒幕の存在を口走ったとき、その視線がセゾのほうを向いたのを文乃は見逃さなかった。そもそも、文乃をあの場所に連れて行ったのはセゾなのだ。気づかないほうがおかしい。
──私に近づかないように
その言葉に込めた意味が少年に通じるかは賭けだったが、少年は文乃の意図を察してくれたらしい。距離を取って文乃たちに付いてきた。律儀にも、彼は文乃たちの仕事が終わるのを近くで待っていたらしい。文乃は今も少し離れたところに彼の姿を認めていた。
「じゃあ、どうして俺を推薦なんかするんだ?」
「街の事情に詳しく、規則や先例をしっかりと把握している人間を推薦するのは当然だと思いますが」
「そういう建前を聞きたいんじゃない。俺はついさっき、女王に背いた男だぞ」
「そうですね。理由くらいは聞いておいたほうがいいかもしれません」
文乃の言い回しに、セゾは苦笑する。
「ついでみたいに言いやがって」
事を起こした理由も、だいたい察しがついている。聞くのは念のため、というよりも、彼自身に整理をつけさせるために必要だと思ったからだった。
「あんたらに出ていってほしかった。それだけだ」
「それは、シマニエク伯爵への忠誠心からですか?」
文乃の問いに、セゾは吐き捨てるように答えた。
「バカを言え。あれはろくでもない領主様だったよ。忠誠を誓う価値なんてないさ」
そして彼は文乃をまっすぐに見据えた。単に睨むのとは違う目だ。抗う者の目と言ってもいいかもしれない。
「だが、あれはここの街の人間だった。外からずかずかとやってきて、我が物顔で指図するお前らとは違う。そうだろう?」
女王・金村有里の本質は征服者である。
元から人を魅了し、狂わせ、従わせる彼女は、その才を存分に発揮できる立場を得た。
異世界からこの世界に降り立ち、伝説に語られる女王となり、人を魅了して跪かせ、兵を起こしてこの街を奪った。
支配者となった彼女の統治は、善政と言っていいだろう。だがそれは、征服と侵略の上に成り立つものでしかない。
「それで、私を人質に取って女王陛下に退去を迫り、後はこの街の人間で自治をしようと思ったわけですか」
「そういうことだな」
「では、我々の利害はおおよそ一致していますね。我々はいずれこの街から出ていきます。そのとき、この街の統治は、多くを自治に委ねることになるでしょう。その責任者の地位には、あなたについてほしいと私は思っています」
セゾは納得していないとばかりに鼻を鳴らし、
「それで、王都からの指図に従えと?」
「王国の一部である以上、そういう場合もあるでしょうし、我々としては税も取ることになるでしょうね。ですが、基本的には街の自治に委ねます。有力者の合議制をとってはいかがです?」
文乃の提案に、セゾは顎に手をやり、軽く搔いた。それが、考えを巡らせているときの彼の癖だと、文乃は知っていた。
「女王に俺を代官長として推薦するんだろ? ってことは、俺を任命するのは女王ってわけだ。有力者の合議体との関係はどう考えてるんだ?」
「代官長は女王の代理人としてこの街の政務を執ります。女王が街の官吏から選び、その任命には合議体の合意を経る必要がある、という方向を考えています。また、新たな税制を含む街の法の制定にはやはり合議体の合意を得る形です。」
「つまり、街の統治に関して女王の権限を大幅に制約するわけか」
「そういうことですね」
理解が速くて助かる。要は立憲君主制の下準備だが、そのあたりの観念がこの世界にどれだけあるのか、文乃は十分に把握していなかったので、そういう言い回しは避けた。少なくとも、該当する語彙はないようである。
「だが、実効性はあるのか? 女王にしてみれば、都合が悪くなったら合議体とやらの構成員を殺せば済む。シマニエク伯爵を殺したように」
「実効性が全くないとは言いません。ただ、あなたの言う通り、女王の騎士は、女王陛下の命令ひとつであなたがたの首を落としにいくでしょうね」
「ぬけぬけと言いやがる」
セゾは再び顎を搔いた。文乃の意図を探っているようにも見えるし、文乃の話に、更なる落とし穴がないかを慎重に見極めているようにも見えた。文乃はじっと、彼の指先を見つめて、彼の言葉を待った。
「もう一つだけ聞かせろ」
セゾはまっすぐに文乃の目を見た。
「俺は一度女王に背いた。そんな奴を推薦して、バレたらどうする? お前が女王の不興を買うことはないのか?」
その答えを文乃は既に用意していた。
「ないと確信しています」
「なぜだ?」
「立場が逆ならば、有里先輩は同じ判断をするからですよ」
セゾは反応を返すまでに間を開けた。その間に文乃の言葉を咀嚼したらしく、すぐに大声を上げて笑い始める。腹を押さえ、息切れして苦しくなるまでひとしきり笑い続けたあと、笑いすぎて零れた涙を拭う。
「いや、失敬。ずっと理詰めで話してたくせに、最後の最後で理屈もクソもあったもんじゃない返答が来たからな。ツボに入っちまった」
まだ息苦しそうなセゾに、文乃は問う。
「それで、代官長の職、受けてくれますか?」
「お前の推薦が通ったらな」
「通りますよ」
文乃はそう答えてから、周囲を見回す。あの少年の姿は見えなくなっていた。




