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053 通りすがりの美男子

「我らが女王陛下に用がある、というわけですね?」


 文乃を囲んだ男たちが興味を持っているのは、女王の側近としての文乃だ。文乃を人質に、有里に何か要求を突きつけるつもりなのだろう。


「俺らみたいな日陰者には、女王陛下に興味なんてないさ。俺らは頼まれたとおり、あんたを拐うだけさ」


 雇い主がいるとあっさり口を滑らせる男。そして、そう語るときの男の視線を文乃は見逃さなかったが、今は見なかったふりをする。


「というわけだ、付いてこい」


 男が三度言った。文乃が動かずにいると、


「嫌だと言うなら、無理やり連れて行くことになるな。怪我をさせたくはないんだが」


 一歩一歩、男たちが包囲を狭めていく。


 文乃が恐怖のあまり思わず目を閉じた、その時だった。


「うぐっ!」


「お前、いつの間に! うがっ」


 文乃の背後で男のうめき声がした。目を開けた文乃が振り返る前に、背後を塞いでいた男たちが次々と吹っ飛んできて、前の男たちの前に転がる。そのうち、一人は前の男の一人に思い切りぶち当たり、彼を巻き込んで倒れる。


「おい、何してくれてんだ、テメエ」


 首領の男が、この事態を引き起こした何者かに怒号を向けた。


 その言葉が向けられた先を、文乃が振り返って見る。


 そこに立っていたのは、若い男だった。文乃と同じくらいだろうか、まだ少年と言っていいくらいの歳だろう。青い髪は、染めているのでなければ、地球では見られない色合いだ。すらりと背が高く、細身な印象を受けるが、よく見れば鍛え上げているのがわかる体つき。


 革製の胸甲を身につけており、傭兵稼業でもしている男のようにも見える。だが、その手に握られた剣の鞘の装飾は見事で、彼がただの傭兵でないことは見て取れた。


「何者だ?」


 首領の男が問う。少年が答えた。


「通りすがりの美男子さ」


「「はあ?」」


 首領の男と文乃が同時に素っ頓狂な声を上げ、滑稽な光景が生まれてしまった。


 たしかに、少年の顔立ちは整っている。街を歩けば、女性の視線を集めるだろう。だが、自分で、それも一応は荒事の場で名乗ると、バカバカしく聞こえた。それに、巴絵の美形を見慣れている文乃にとっては、大したことないと言えなくもない。


「おい、相手は一人だ。やっちまえ」


 首領の男の一声で、男たちが動き出す。


 少年はさっと文乃の横を通り過ぎ、文乃たちを背後に隠すと男たちと向き合った。少年は剣を抜くことなく、軽やかな身のこなしで男たちを打ち、地面に伏せさせた。


 文乃は彼の背後で、自分がもはや恐怖を抱いていないことに気がついた。男たちが彼を抜いて文乃に危害が及ぶことなどありえない。そう確信できるほど、少年と暴漢たちの間には力量に差があった。


「貴様、調子に乗りやがって……! おい、お前ら。この程度でへばってんじゃねえ」


 諦めの悪い首領の男が、手下を煽る。


 それを見た少年はゆっくりと剣を握り直し、左手で鞘に手をかける。そして、ほんの僅かに刃を鞘から覗かせて、


「今なら見逃してやる。これ以上やるというのなら、剣を抜くけど?」


 圧倒的な実力差からの恫喝は、十分に効果があったらしい。男たちは情けない声を上げながら逃げ去っていった。


 男たちの姿が見えなくなったあと、少年はくるりと身を翻し、文乃の手を取る。


「お怪我はありませんか?」


 いきなり男性に手を取られるというのは、大抵、あまりいい気がしないものだ。同じ仕草でも、巴絵ならもっと華麗にやって女性を魅了するのだろう。この少年がやると、そのどちらにもならずに呆れが勝つ。


「ええ、お陰様で。危ないところを救っていただき、ありがとうございました」


「お礼など不要です。あなたのような美しい女性を助けるのが、私の仕事ですから」


「あ〜、えっと、はい」


 歯の浮くような社交辞令に困惑しつつ、文乃はそういえば、と疑問を口にする。


「あなたはどうしてこんなところに?」


 腕の立つ人間がたまたまこんな裏道にいて助けてくれるというのは、あまりにも都合が良すぎる気がする。


「大通りでこの道に折れていくあなたがたを見かけまして。美しくか弱い女性を連れて行くには危険な道だからと、遠くから見守っていたのです」


「は、はぁ……」


 要するに、ずっとつけられていたらしい。ちょっと気持ち悪いなこの人、と思い、手を離そうとした文乃を、少年はぐいと引き寄せる。そして、文乃の耳元へ口を寄せた。文乃はとっさに彼を突き飛ばして、


「いきなり何するんですか!?」


「いやあ、あなたがあまりに美しいので、つい」


 へらりと笑って頭をかく少年に、文乃は言う。


「今回は助けていただいた恩がありますから、許します。私に近づかないように」


 そして、文乃はぽかんと突っ立っていたセゾに顔を向ける。


「あなたも、何をボケっとしているんですか。行きますよ」


 文乃はセゾを伴い、神殿への道を急ぐ。ちらりと振り返ると、少年はその場から動かず、じっとこちらを見つめていた。


 裏通りを抜ける間、文乃は神経を尖らせなければならなかった。もう一度襲撃がないとは限らなかったからだ。セゾはというと、ずっと無言で後ろから歩いてきている。もともと口数が多いわけではないが、緊張しているように見えた。


 結局、そのまま何事もなく大きな通りに出て、文乃はほっとする。


 周囲の景色を見て、ここ最近で覚えた風景と照らし合わせる。


「ああ、本当に神殿のすぐそばですね」


 どうやら、近道というのは本当だったらしい。


「余計な時間を食いましたから、近道を通っても遅刻気味ですね。急ぎましょうか」


 文乃がセゾに言うと、彼は何か言いたげな表情を見せたが、黙って従った。


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